国連広報センター ブログ

国連のさまざまな活動を紹介します。 

「再び被爆者をつくらないで」――原爆投下から80年 ヒバクシャの訴え

広島・長崎に原爆が落とされてから、2025年8月で80年になります。被爆者は「核兵器は人類と共存できない」と声を上げ続け、「ヒバクシャ(Hibakusha)」という言葉は国際的に認知されるようになりました。しかし、核兵器の惨劇を二度と繰り返してはならないと声を上げてきた被爆者たちの努力をよそに、地政学的な対立の深まりから、核兵器、そしてその使用の威嚇は、現実の国際関係において、日常的なレトリックとして再び姿を現しています。
80年の節目を前に、国連広報センターは2025年7月27日に上智大学で開催された「ノーベル平和賞カンファレンス」(ノルウェー・ノーベル研究所主催、上智大学日本原水爆被害者団体協議会日本被団協」共催)と、同日行われた記者会見を取材しました。

ノーベル平和賞カンファレンス」記者会見での記念撮影

ⒸUNIC Tokyo / Yudai Hiraka

ノーベル平和賞受賞の意義

日本被団協代表委員を務める田中熙巳さんは記者会見で、ノーベル平和賞受賞の意義を問われ、「世界の市民が改めて核兵器の脅威に気付く機会を与えていただきました」と振り返りました。

ノーベル平和賞の受賞について振り返る田中さん
ⒸUNIC Tokyo / Yudai Hiraka

 日本被団協は、47都道府県のそれぞれにある被爆者の団体の協議会で、被爆者の唯一の全国組織です。1956年の結成後、核兵器廃絶や、原爆被害への国家補償要求を続けてきました。核兵器のない世界の実現を目指し、「核のタブー」という国際的な価値を築いてきたことが評価され、2024年10月にノーベル平和賞を受賞しました。
 ノーベル委員会によると、平和賞の受賞者の国を委員が訪れ、賞に関連するイベントを開催するのは初めてのことだといいます。ヨルゲン・バトネ・フリードネス委員長は「被爆者がまだ話せるうちに、彼らの声に耳を傾け、核軍縮のために活動することが必要だ」と今回の訪日の理由を説明しました。

ノーベル委員会のヨルゲン・バトネ・フリードネス委員長と握手を交わす田中さん
ⒸUNIC Tokyo/Yudai Hiraka

日本被団協の歩み

満席の会場に熱気が満ちる中、田中さんはノーベル平和賞カンファレンスに登壇。基調講演で、日本被団協結成からのこれまでの歩みを紹介しました。

日本被団協は、1954年のビキニ水爆実験による第五福竜丸被爆をきっかけとした原水爆禁止運動の広がりを受け、1956年に結成。結成宣言では、「自らを救うとともに、私たちの体験を通して、人類の危機を救う」との決意を表明しました。

1978年、1982年には国連ニューヨーク本部で開催された国連軍縮特別総会(SSID)に、それぞれ41人の代表団を派遣し、演説や表現活動を展開。2016年には、核兵器の廃絶を求める「ヒバクシャ国際署名」を呼びかけ、1370万を超える署名を国連に提出しました。そして、2017年に核兵器禁止条約が国連の場で採択され、2021年に発効したことを振り返り、「私たちにとって、大変喜ばしいことでした」と語りました。

2011年10月、日本政府、国連広報局(DPI)、国連軍縮局(UNODA)が共催する軍縮週間を記念したニューヨークの国連本部でのイベントで被爆者による演説が行われました。左の像は、長崎・浦上天主堂被爆した聖アグネス像 ⒸUN Photo/Paulo Filgueiras

現在も1万2千発以上核兵器が地球上に存在するとして、「核兵器は一発たりとも持ってはいけないというのが原爆被害者の心からの願いです」と力を込めました。

被爆者の高齢化は進み、厚生労働省によると、現在存命している被爆者の平均年齢は、86歳を超えました。田中さんは「今話せる被爆者の声を聞くとともに、これからは私たちがやってきた運動を次の世代の皆さんが工夫して築いていくことを期待しています」と来場者に語りかけ、エールを送りました。

ノーベル平和賞カンファレンス」で核兵器の非人道性を訴える田中さん
ⒸUNIC Tokyo / Yudai Hiraka

80年経った今も

続いて登壇したのは、日本被団協の事務局次長を務める児玉三智子さん。広島で7歳のときに被爆しました。原爆が投下された直後に目にしたのは、「この世の地獄」でした。変わり果てた街の中で、助けを求めていた、自分と同じぐらいの年齢の女の子に、声をかけることさえできずに通り過ぎてしまったことが忘れられず、女の子の視線が「突き刺さって離れない」のだと言います。

「80年経った今も、あの日が消えることはありません。」

1945年8月に原子爆弾が投下された直後の広島 © UN Photo/Mitsugu Kishida

被爆者」から逃れることはできない

8月6日の後にも、被爆の苦しみは続きます。当時10歳だったいとこは軽傷でしたが、下痢を繰り返していました。ある日鼻から血を流し、口からは血の塊をたくさん吐き出し、突然亡くなりました。外見は何ともなくても、体の中から命を蝕まれる放射能の怖さを知り、恐怖に襲われました。

広島で医療処置を受けた被爆者 ⒸUN Photo/Hajime Miyatake

周囲の人々からは、「放射能がうつる」と怖がられ、差別されます。被爆者は奇跡的に生き延びても、脳裏に焼きついた地獄の光景や、音、声、匂いを抱きながら、「自分だけが生き残った」という罪悪感に苛まれ、その後も世間の偏見や差別を受けてきました。

結婚し、子どもを授かった時にも、「放射能の影響が出ないか」と迷い、苦しんだと言います。明るく元気に育った子どもは、45歳で癌に奪われ、発症からたった4カ月で亡くなりました。

被爆者は命果てるまで被爆者。被爆者から、逃れることはできません」と、児玉さんは声を詰まらせて訴えました。

 

核兵器をなくすことができるのも人間

世界各地では、今この瞬間にも、戦争や紛争が続いています。学校や病院が破壊され、多くの人々の命が奪われる映像を見る度に、児玉さんは自身の過去の記憶が重なり、体が震え、涙が溢れるといいます。

「未来ある子どもたちの命を奪う戦争は、何のための、誰のための戦いでしょうか」

そして、核兵器による抑止力ではなく、戦争をしないための外交努力こそが重要だと訴えます。

「今もし、核兵器が意図的であれ、偶発的であれ、使われることがあれば、未来に甚大な被害を及ぼします。核兵器が地球上にあること、それ自体が人道的に許されるものではありません」

核兵器の非人道性を訴える児玉さん
ⒸUNIC Tokyo / Yudai Hiraka

講演の最後には、声を震わせながら、力強く、こう語りました。

「皆様に心から訴えます。再び被爆者をつくらないでください。核兵器をつくるのも、使うのも、私たち人間です。そして、使うことを止めることができるのも、核兵器をなくすことができるのも私たちです」

 

自分が核兵器の被害者にならないために

2時間超のカンファレンスの終わり際、2人から、これからの平和教育への想いが語られました。

田中さんは、「抑止力」という言葉に焦点を当てました。「核兵器による抑止力はない」と前置きをしたうえで、「争いがあるから、抑止力が生まれる。争いの原因が何かということをもっと明らかにして、原因をなくしていく努力をすれば、戦争も段々なくなっていく」と教育の過程で、平和について掘り下げる重要性を語りました。

児玉さんは、日本もかつて加害国だったことを子どもたちに伝えていく必要があると強調。「核兵器の被害者にならないために、他人事ではなく、一人ひとりが自分事として取り組んでほしい」と呼びかけました。

イベントの最後に、次世代への想いを伝える児玉さん
ⒸUNIC Tokyo / Yudai Hiraka

被爆から80年。あの日の記憶は、次の世代へと渡されようとしています。核兵器による悲劇を、二度と繰り返さないために、それぞれの立場でできることから始めてみませんか。核兵器のない未来を願うのなら、今、私たち一人ひとりがそのバトンを受け取る番です。

写真でつづる、フレミング国連事務次長(グローバル・コミュニケーション担当)の訪日

国連広報センターが所属する国連グローバル・コミュニケーション局のトップ、メリッサ・フレミング国連事務次長が5月末に訪日しました。2年半ぶりとなった訪問の間、フレミング事務次長は朝から晩まで精力的にさまざまな日本の関係者と対話し、協力関係を深めました。

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レミング事務次長が日本に到着してまず向かったのが、大阪です。

開催中の大阪・関西万博における国連パビリオンおよび他の国や政府、企業などが手がけるパビリオンの視察が主な目的でした。初日に真っ先に向かったのはもちろん、「人類は団結したとき最も強くなる。」がテーマの国連パビリオン。アテンダントたちの連日の頑張りに感謝と激励を送ったのち、マーヘル・ナセル国連事務次長補兼陳列区域代表の案内でパビリオン内の展示を一巡しました。

国連パビリオンでは、日常生活で使うものと国連の関わりを表した展示を常設している

同日午後には、国連パビリオンと株式会社サンリオとの共催で実施された#HelloGlobalGoalsのグリーティングイベントに参加し、世界中で人気のキャラクターであるハローキティと一緒に、来館者にSDGsと「よりよい未来のために団結する」ことの重要性を伝えました。2日間を通してアメリカ合衆国、国際赤十字赤新月運動、サウジアラビア、中国といった海外パビリオンに訪問したほか、バチカンパビリオン主催のイベントに参加。ウーマンズ パビリオン in collaboration with Cartier、大阪ヘルスケアパビリオン、日本館にも足を運びました。また、大阪府の渡邉繁樹副知事などの万博関係者や各館代表者と意見交換も行いました。

Ⓒ 2025 SANRIO CO., LTD. APPROVAL NO. GS660006
マーヘル・ナセル国連事務次長補兼陳列区域代表(右端)と株式会社サンリオの辻友子常務執行役員、グローバルサステナビリティ推進室 室長(左端)も加わり、ハローキティと国連パビリオンの来場者をお出迎え。SDGsの認知度の高さを実感した。

阪急阪神ホールディングスでは、嶋田泰夫社長への表敬訪問を行ったほか、各目標のデザインをあしらったSDGsトレイン「未来のゆめ・まち号」を試乗し、電車全体が丸ごとSDGsの発信につながっているSDGsトレインを体感しました。

SDGsトレインに初乗車し、社内のSDGsに関するポスターなどを熱心に見入っていた

大阪での2日間の滞在の後に東京に移動し、3日間みっちり日本政府をはじめ幅広い関係者と対話を持ちました。国連創設80周年という節目に国連と日本が連携する重要性を改めて共有するとともに、紛争や気候変動、国際社会の分断などの危機にどう対応すべきか話し合うためです。

 

藤井比早之外務副大臣への表敬では、日本政府の長年の国連への支援に謝意を述べるとともに、安保理改革をはじめとする国連改革と多国間協調、国連と日本の連携の強化について認識を共有しました。

総務省の玉田康人総括審議官からは、オンライン上の誤情報・偽情報に対する日本政府の施策について伺い、啓発活動から法制度の整備に至るまで幅広い取り組みの重要性について意見を交わしました。

誹謗中傷や違法情報と関連するオンライン上の誤・偽情報の傾向とその対策について、最新の状況を伺った

また、日本原水爆被害者団体協議会日本被団協)の田中熙巳代表委員と和田征子事務局次長に2年半ぶりに面会し、ノーベル平和賞受賞を祝うとともに核兵器廃絶にむけたたゆまない活動に改めて敬意を表しました。

今回の訪日では4つものイベントに登壇し、それぞれ異なるオーディエンスに対して語り掛けました。気候変動に関する誤・偽情報への対策というテーマについて、一般社団法人Media is Hope主催の気候変動メディアシンポジウムでメディアへの期待を、東京大学グローバル教育センター主催のDialogue at UTokyo GlobEで若者への期待を語りました。この分野での誤・偽情報は、科学に対する信頼を損なわせ気候変動対策を阻害させようとするだけでなく、気候行動を支持する人々への危害につながっています。しかし、フレミング事務次長は80%以上の人々は気候変動に対する政策の強化を求めていると示し、解決提案型の報道など人々に希望をもたらす発信の有効性を強調しました。

気候変動メディアシンポジウムでは、100名以上の参加者に気候変動の実情だけでなく解決策も提示して発信する重要性を強調した

東京大学の様々な学部や大学院の学生らからは、気候変動と人口問題の関連性や、環境問題に関する効果的なコミュニケーションについて質問があがった

国際文化会館主催の会員特別講演会でも誤・偽情報が社会にもたらす影響を解説し、AIなどの新技術の危険性と可能性や、広告代理店やテック企業の責任について参加者と意見を交わしました。

国際文化会館主催のイベントでは、国際的な知見を持ったメディア、企業、学術界など様々な分野の参加者に、誤・偽情報が国連にとっても脅威となっていることを紹介した

読売新聞社とYIES(読売国際経済懇話会)共催の読売国際会議2025の5月フォーラムでは、研究者や元大使らとなぜ今日も国連が必要なのかを議論。国連が人道支援や医療保健分野の現場で人々の命を支えるとともに、国際的な協力の枠組みや規範をつくってきたことなど、多面的な国連の役割を解きほぐしました。そして、国連が創設80年を経てこれからも効果的に活動するために必要な国連システムの改革の重要性について話し合われました。

大きく揺れ動く世界情勢の中で、多国間協調を国連と日本がどのように維持・強化できるか、白熱した議論が展開された

その他、企業、メディア、国連機関らとも会談を行いました。

NHKでは、公共メディアとしての誤・偽情報に対する取り組みの意義や気候変動に関する報道について意見交換しました。

正しい情報を人々に届けるために、メディアもオンライン上で発信する有効性について認識が共有された

また、SDGsのアイコンの日本語化や気候キャンペーン「1.5℃の約束」、そして国連パビリオンのロゴの日本語化でご協力いただいている、博報堂DYホールディングスのクリエイティブ・ボランティアの皆さんとも面会。フレミング事務次長は、人々に情報を伝えるうえでクリエイティビティが果たす役割の大きさを語り、これまでの協力に感謝の意を伝えました。

国連のコミュニケーションが、コピーライター、アートディレクター、デザイナー、プランナーなど多くの方に支えられていることに感謝を述べた

日本の国連ファミリーとも意見交換の場をもらい、資金をめぐる影響を鑑みた効果的なパートナーシップの強化と拡大について、日本からの視点や経験を学びました。

首都圏に拠点を置く国連機関に加えて、関西などの国連機関もオンラインで参加し、多国間協調を強化する必要性について議論が行われた

あっという間の1週間の滞在中に、フレミング事務次長が何度も口にした言葉は「希望」でした。紛争、分断、気候変動、誤・偽情報の蔓延といった幾多の困難があってもなお、世界はこれらを解決する手段を持っており、希望を広めなければならない。フレミング事務次長は、このメッセージを分かりやすく的確に伝えるために、会議の合間にスピーチ原稿や発表資料を自ら何度もギリギリまで修正していました。

 

今回の訪日で、フレミング事務次長は国連が取り組む課題について日本の多くの人々もともに取り組んでいることを肌で感じたようでした。日本の関係者からいただいた意見やアイディア、そして平和とよりよい世界に向けた力強い想いを携えて、フレミング事務次長は帰国の途に就きました。

イベントや会談の合間を縫って、国連広報センターの職員とも写真を一枚。今回の訪日は、2年半ぶりに日本にいる職員とも顔を見て話す機会となった

国連PKOの現場から、国連の存在意義と日本の貢献を考える 特別編(3)南スーダンにおける航空安全 新山英亮3等陸佐 寄稿

国連広報センターの根本かおる所長は、2025年3月2日~9日に南スーダンを訪問し、同国に展開する国連PKOの「国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)」の活動を視察しました。現地で出会ったUNMISS司令部に派遣されている3人の自衛隊員の方々に任務の詳細ややりがいなどを寄稿していただきました。3人目は航空運用幕僚、新山英亮えいすけ3等陸佐の寄稿です。

航空運用幕僚 3等陸佐 新山英亮
【略歴】2012年防衛大学校卒業。陸上自衛官。2012年に陸上自衛隊入隊以降、第1ヘリコプター団においてヘリコプターパイロット、陸上自衛隊航空学校にて教官等として勤務。2025年1月より国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)に司令部要員(航空運用幕僚)として参加。

※写真はすべて著者からの提供

 

はじめに

私は2025年1月から南スーダン共和国でUNMISS司令部要員(航空運用幕僚)として勤務しています。業務では司令部内各部署からの要求に応じて、南スーダンにおいて主要輸送手段である航空機を日々どのように使用するかを具体的にした飛行計画の作成、航空機の運航状況の監督、また、事故や病気等により、緊急で航空輸送が必要な際の各所との調整を実施しております。

派遣直後の導入教育メンバーと

パイロットへの憧れから陸上自衛隊に入隊

高校時代にパイロットに憧れて、防衛大学校に進学を決意して入学、陸上自衛隊に入隊し、卒業後から派遣前までの多くの時間を陸上自衛隊CH-47(愛称チヌーク)のパイロットとして勤務しておりました。元々、英語を通じて他国の文化に触れることに興味があったことから、様々な国際訓練の場で他国の軍人と多く接し、2019年にはオーストラリアでの訓練にも参加しました。その中で、現在の日本を取り巻く国際環境から日本の平和と安全を保つためには、日本と価値観を共有する国々とより深い関係を構築する必要性があることを肌で感じました。

国際社会への興味から南スーダン派遣へ

約10年近く操縦士としての経験を積み重ねると同時に、幹部自衛官としての他国軍人との交流や自衛隊内の様々な教育の中で、国際社会における日本の立場や役割を学ぶにつれ、日本国内だけでなく国際社会で日の丸を背負って挑戦してみたいという気持ちになりました。その想いがなければ、南スーダンへは派遣されていなかったと思います。

南スーダンにおいて航空機を運航するということ

南スーダンで勤務して約2ヶ月ですが、航空安全というキーワードは万国共通であると感じます。航空機を安全に運航するというのは簡単なことではありません。航空機の運航には一つのミスが大きな事故に直結する危険性が至る所に潜んでいます。それは日本においても同様で、私がパイロットの時は、他のパイロットのみならず整備士、管制員、通信員、気象予報士など多くの人のサポートを得て、航空安全に心掛けていました。

そして南スーダンにおいては、同国がいまだ国造りの途上にあるということもあり、航空機の安全確保により一層の注意を払っています。例えば、南スーダンでは過去に国連の航空機が射撃される事故がありました。それ以来、UNMISS内ではパイロットに対して各離着陸地域が安全かどうか情報を提供するようになっています。

このシステムを活用しつつ、航空に携わる各国からの軍人や民間人と共に勤務していると全員が航空機の安全確保に最大限努力していると日々感じます。

航空機運航状況を把握

日本人として、国連の任務に如何に貢献するか

現在、UNMISS司令部内で勤務する陸上自衛官は6名です。部隊派遣されている国と比べると少ない人数の中で、南スーダンの平和と安全のために自らの立場・役職を全うすることは勿論のこと、数多くの国から参加する国連の場において、日の丸を多くの人に見てもらい、日本人とはこういう仕事をするんだと理解し、日本人を信頼してもらうことが最終的には日本の平和と安全に通ずると考えています。

そのため、日本では当たり前のことかもしれませんが、提出期限を守り、書類のミスは極力少なくすること、また、自分だけで一生懸命になることなく、周りへの気遣いを忘れないよう意識しています。加えて、職場のみでなくプライベートの時間を他国の軍人とともに過ごしたり、様々なイベントに積極的に参加したりすることは自らのリフレッシュになると同時に日本のことを多く知ってもらえる機会を付与出来ていると感じます。

インド軍人とクリケットの観戦

最後に

派遣準備から派遣以降も様々な方からのご支援なくしては本任務は成り立たないと毎日感じております。その中で約1年間の派遣を遠い日本の地からサポートしてくれている妻と2人の息子達への感謝の気持ちは絶えません。少しでも家族の不安を払拭するために派遣前の準備期間の多くを家族とともに過ごし、子供達が容易に理解できるようにパワーポイントを用いて、南スーダンの概要や業務内容について説明しました。

出国時に、息子達からは「僕達も頑張るからパパも頑張って」と言われたことは今でも私の心の支えになってます。

残り約10ヶ月の派遣間、楽しいことばかりではないと思いますが、辛いときにこそ前向きに楽しく南スーダンの平和構築のために頑張りたいと思います。

国連PKOの現場から、国連の存在意義と日本の貢献を考える 特別編(2)学生時代にみた国連ミッションと今 皆川桃子3等陸佐 寄稿

国連広報センターの根本かおる所長は、2025年3月2日~9日に南スーダンを訪問し、同国に展開する国連PKOの「国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)」の活動を視察しました。現地で出会ったUNMISS司令部に派遣されている3人の自衛隊員の方々に任務の詳細ややりがいなどを寄稿していただきました。2人目は施設幕僚、皆川桃子3等陸佐の寄稿です。

施設幕僚 3等陸佐 皆川桃子

【略歴】2012年防衛大学校卒業。陸上自衛官。2012年に陸上自衛隊入隊以降、施設科部隊や陸上総隊司令部において勤務。2024年9月より国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)に司令部要員(施設幕僚)として参加。

※写真はすべて著者からの提供

 

はじめに

私は2024年9月から南スーダン共和国でUNMISS司令部施設幕僚として勤務し、主に同国内の補給幹線道を整備するため、司令部内の関係部署及び6カ国から南スーダンの地方に派遣されている陸軍工兵隊との現地調整及び整備計画の作成を行っております。

ヤンビオの補給幹線道の整備状況の確認(右から2番目)

学生時代にみた国連ミッション

そもそもこのミッションに参加させていただくに至った経緯についてですが、学生時代に家族とネパールに旅行した際にみた国連ミッションに派遣された軍関係者の姿が印象的で、彼らは軍人として何をこの国でしているのだろうと国連に興味を持ち始め、調べていく中で自分も参加してみたいという気持ちが強くなりました。自衛隊に入隊した当初からずっと国連PKOミッションへの参加を希望しており、この度、機会をいただき第16次施設幕僚として勤務しております。学生の頃から熱望していたこともあり、ここ南スーダンの地で多くの国の軍隊・文民の方と協力しミッションを行うことに非常にやりがいを感じております。特に、各地方に展開する工兵部隊の補給幹線道の整備状況を確認するため出張する機会が多くあるのですが、その際に自分が日頃計画・調整している道路整備を工兵部隊が実際に行っているのを見て、自分の業務が南スーダンの発展に少しでも繋がっているのだと実感し、喜びを感じております。

タイ工兵部隊の部隊評価(右から1番目)

施設課軍人スタッフとの交流(右から1番目)

たくさんの国旗のなかでの日の丸

道路整備の他、私は自身の所属する施設課及び他の部署の多くのスタッフとの関係構築のため厚生活動等を通じた交流を持つように努めております。私は南スーダンにきて日々実感することがあります。それはどの国の方も皆日本、自衛隊が大好きであるということです。これは歴代の南スーダンに派遣されてきた幕僚や部隊の方々が築きあげてきた自衛隊に対する他国からの「信頼」であり、我々もこれを継承していくことが非常に大切なことであると考えております。司令部要員としての個人派遣は部隊派遣と比して他国の方との交流を持つことが必須事項であり、時に言葉の壁を感じることはあるものの、仕事のみならず互いの文化について共有したり、時に食事を共にしたりすることで互いのことを深く理解するようにしております。彼らと時間を共にしていることは今の私にとってかけがえのないものです。

厚生活動への参加(右から1番目)

イベントでの空手の披露(右から4番目)
※幼少期に空手を実施、現在週2回空手稽古を実施

離れても家族の毎日

私は日本にいる間は同じ自衛官である夫、10歳の息子、5歳の娘、私の両親と暮らしております。家族には本派遣間、特に育児の面で多大な負担をかけてしまっておりますが、日頃からテレビ電話等を通じて、家族の日常の把握や家族にこの仕事への理解をしてもらえるようによく話をしております。私のここでの勤務間での1番の励みは家族、特に子供たちからの「かか(子供たちの私の呼称)、がんばれー!」の応援です。家族には感謝の気持ちでいっぱいです。

家族とのテレビ電話の様子(左画面筆者、右画面右から息子、夫)

本派遣の1年間、家族や自衛隊からの期待を胸に、南スーダン共和国の平和と安定に最大限寄与するよう、引き続き尽力してまいります。

国連PKOの現場から、国連の存在意義と日本の貢献を考える 特別編(1)「東北のために」から「南スーダンのために」喜田一磨3等陸佐 寄稿

国連広報センターの根本かおる所長は、2025年3月2日~9日に南スーダンを訪問し、同国に展開する国連PKOの「国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)」の活動を視察しました。現地で出会ったUNMISS司令部に派遣されている3人の自衛隊員の方々に任務の詳細ややりがいなどを寄稿していただきました。1人目は兵站幕僚、喜田一磨3等陸佐の寄稿です。

 

兵站幕僚 3等陸佐 喜田一磨
【略歴】1985年生まれ。2001年陸上自衛隊生徒として陸上自衛隊に入隊以降、第6後方支援連隊、第13後方支援隊、教育訓練研究本部、水陸機動団で勤務。2024年法政大学経済学部卒業。

※写真はすべて著者からの提供

 

はじめに

今回、幸いにも国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)に参加させていただくとともに、国連広報センターブログへの投稿の機会を得ることができましたので、任務とやりがい、家族との絆、国連で働く意義について寄稿したいと思います。

任務とやりがい

第16次司令部要員兵站幕僚として2025年1月24日に南スーダンに到着して、早2ケ月が経過しました。私は、軍事部門司令部の兵站課に所属しており、チーフ以下6名で業務を行っています。

兵站幕僚としての任務は、南スーダン北部にあるセクター・ノースとセクター・ユニティーに各国から派遣されている部隊のロジスティックスに係るステータスの把握・改善に係る調整と部隊評価を行っています。部隊評価とは、派遣部隊が実施する食料、燃料、医療品、車両の補給・整備、保管状況について、司令部が書類確認と現場確認を行い、部隊の問題点を発見して、改善策を助言するものです。また、ナイル川を活用した大規模な物資補給(河川輸送作戦)の連絡調整も合わせて行っています。

セクター・ユニティーパキスタン工兵隊における部隊評価

私は、陸上自衛官として、火器・車両・誘導武器・施設器材の補給、整備、回収等を行う専門部隊に所属していました。これまで、3度の災害派遣に参加し、特に、東日本大震災では、石巻市に約3ケ月間派遣され、整備を専門とする部隊運用の補佐、被災者への支援物資の受け入れ、保管、払い出しを市役所の職員の方と連携して行いました。また、常に心にとめていたことは、「東北のために」でした。東北のためにできたことは小さかったかもしれませんが、誠実な姿勢で業務を行うことを心掛けていました。現在の任務では、偶然にも、自分が石巻市で担当していたのと同じ業務を各国からの派遣部隊が現場で行っており、これまで防衛省で培った約25年間の経験を最大限活かすことができると考えています。

今は、「南スーダンのために」を常に心にとめて業務を行い、誠実な姿勢だけは忘れないように業務しています。日本を代表して業務をしているだけでやりがいに感じています。更に、職場の上司・同僚・後輩や大学の学友からたくさんの応援メッセージ、南スーダン国民、担当しているセクター・ノース、セクター・ユニティーのカウンターパートの方々からも感謝の言葉をもらいました。着任してまだ2ケ月しか経過していないものの非常にやりがいを感じています。

家族との絆

妻と3人の子どもを滋賀県に残して南スーダンで勤務しています。長女は、高校受験、長男と次女はハンドボール全国大会・東海大会をそれぞれ控えており非常に多忙な時期です。そのような状況でも、妻は一人で家事、育児、仕事、部活の送迎をしています。妻が日本で頑張っている分、「負けずに頑張らないと」といつも触発されています。妻のおかげで後顧の憂いなく業務ができていると考えており、家族にはとても感謝しています。

連絡は、家族5人が共有できるグループチャットを利用しています。例えば、子どもの写真や部活動の動画共有、子どもの勉強相談のやりとりをしています。日本との時差は、7時間あるものの文明の利器を活用して絆を維持することができています。

また、内閣府防衛省も日本にいる家族のケアを行ってくれています。特に、陸上総隊司令部運用部国際協力課の上司は、私と家族の架け橋となってくれています。自衛隊では家族支援と言っています。この家族支援がとても有効に機能しています。具体的には、自衛隊での必要な手続き・団体傷害保険の取次などです。最近では長男がクラブ活動で指を骨折した時、自衛隊の傷害保険の担当に連絡し、妻と保険担当者をつないでくださり、スムーズに保険の請求ができました。家族支援が家族との絆をより良くしてくれていると考えています。

国連で働く意義

この記事を最後まで読んでいただきありがとうございます。UNMISSの編成は、各国の自衛隊・軍隊から派遣されている軍人だけではありません。警察も文民職員の方も多く勤務しています。また、南スーダンの他にも様々な国連PKOミッションが全世界をまたにかけて展開されています。国連職員は多様性に富んでおり、国連で働くということは、異なる背景や文化をもち、幅広い観点や経験、アプローチを有する多文化チームで働くことを意味していると言われています。実際に警察や文民職員の方も、南スーダンの発展のために誠実かつ積極的に業務を行っている印象です。国連職員の仕事に少しでも興味を持ってくださった方は、是非UNICのホームページで「国連職員とは」のページをチェックしてみてください。

軍人2名(日本(右から2番目)・バングラデシュ(左から1番目)) 警察2名(インドネシア(左から2番目・3番目)) 文民職員2名(アルゼンチン(右から1番目)・フィリピン(右から3番目))

国連PKOの現場から、国連の存在意義と日本の貢献を考える(6)「日の丸」の重み 

国連広報センターの根本かおる所長は、2025年3月2日~9日に南スーダンを訪問し、同国に展開する国連PKOの「国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)」の活動を視察しました。国連の代表的な平和活動である国連PKOの最前線を、シリーズでお伝えします。

 

第6回 「日の丸」の重み 

今回の南スーダンへの出張では、重要な目的の1つとして、自衛隊からUNMISS司令部に派遣されている方々にお目に掛かり、それぞれのやりがいや手ごたえなどについてお話をうかがうことがあった。と言うのも、部隊での派遣とは異なり、合計6名という少数での個人派遣であり、「日の丸」の重みがそれぞれの肩に圧し掛かる中での任務だろうと思ったからだ。

南スーダン訪問中に6名のうちの4名の方々からお話をうかがうことができた。皆、自ら志願し、大きなやりがいを感じながら活動している。 

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施設、情報、兵站、航空運用と任務は様々だ。国連PKOへの参加を志して自衛隊に入った方や、東日本大震災津波への対応の経験を世界に還元したいと考えた方など、強い思いを持って関わり、日本の自衛隊だからこその強みと信頼を自分自身もつないでいこうと努めている。隊員の方々は国連広報センターのブログに寄稿してくださることになっており、任務の詳細や手ごたえなどについてそちらもご覧いただきたい。

UNMISS司令部に派遣されている自衛隊員と国連広報センターの根本かおる所長(中央)

いずれの方についても、日本に残してきた家族とのきずなを保つ上で工夫し、かつ自身の南スーダンへの派遣が、自衛隊の先輩や家族を含め、多くの人々の支援と協力があって成り立っていることに感謝する姿勢が強くあり、大変印象的だった。

彼らの仕事ぶりについて、UNMISS民政部長の平原弘子さんのもとにも彼らの働く部門の関係者らから好意的な評価の声が寄せられていると言う。

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世界で一番新しい国・南スーダン共和国。平原さんは日本から遠く離れたこの国での勤務が13年にもなる。南スーダンの人々に関与し続ける理由について、平原さんに聞いた。 

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南スーダンでの経験が自分自身の成長の糧になったと平原さんは言う。南スーダンの人々や国連PKOで働く様々な国籍の職員らは、敗戦後焼け跡から復興した日本がこれまでに勝ち得てきた評価と信頼を、この連載で取り上げてきた邦人職員や自衛隊員らの仕事ぶりや人柄を通じて再確認しているのかもしれない。

グローバル化の進む今日にあって、一国の安全保障の課題は地域全体を不安定化させ、それが飛び火して国際的な安全保障のリスクになりかねない。アフリカ大陸の不安定化は瞬く間に中東やヨーロッパを揺るがせ、あらゆる意味でグローバル化の進んだ今日、日本を含む東アジアにも早晩影響をもたらすことになる。さらに、気候変動の影響でギリギリにまで追い詰められた社会は、紛争に陥りやすくなるが、本をただせば、その気候変動の原因の多くの部分を、温室効果ガスの大量排出という形で豊かな国に生きる私たちが作ってしまっているのだ。そして、気候変動の課題に国境はなく、世界中の人々は一蓮托生、同じ宇宙船地球号に乗っている。

まさに5月13、14日の両日、日本も共同議長国の一つとしてプロセスに関わってきた国連PKO閣僚級会合が、ドイツの首都ベルリンで開催され、国連PKOの将来が議論されている。そして、今年は8月20日から22日まで横浜で第9回アフリカ開発会議が開催され、アフリカ諸国から多くの首脳の訪日があり、アフリカが話題になる機会も増えるだろう。是非国連PKOへの参画を国益という観点からも見つめると同時に、アフリカと日本とをつなげて考える機会にして欲しい。

UNMISS平和維持部隊のパトロールは、地域の安全を確保するだけでなく地域住民の間に信頼関係を築くことにも役立っている ⒸGregório Cunha/UNMISS

国連PKOの現場から、国連の存在意義と日本の貢献を考える(5)気候変動の影響、女性の安全へのしわ寄せ大きく

国連広報センターの根本かおる所長は、2025年3月2日~9日に南スーダンを訪問し、同国に展開する国連PKOの「国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)」の活動を視察しました。国連の代表的な平和活動である国連PKOの最前線を、シリーズでお伝えします。

 

第5回 気候変動の影響、女性の安全へのしわ寄せ大きく

気候変動の安全面での影響は、男性と女性とで異なると言うが、日本にいてはなかなかピンと来ない。そこで、国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)本部でシニア・ジェンダー・アドバイザーを務める西谷佳純(にしがや・かすみ)さんにお話をうかがった。これまでメールでやり取りしたり、国連広報センターのブログに寄稿してもらったりしたことはあったが、直接お目に掛かるのは初めてで、今回の出張で会うのを楽しみにしていた。  

南スーダンは60以上もの部族が暮らし、一般化は難しい」と前置きした上で、西谷さんは「こうした複雑さを理解した上で言えることは、気候変動ショックは、すでに存在する男女間の不平等や女性・女子の脆弱性を明らかに悪化させている」と強調した。 

特に顕著なのは、雨が降る時期と雨量が不安定で、洪水・干ばつ・害虫の蔓延などの現象が起こりやすくなっていることだ。これは紛争に対する脆弱性や紛争に起因する怒りや不満を助長してしまう。例えば、南スーダンで水汲みや薪集めは女性や女子が行う仕事と見なされるが、気候変動ショックが続くことにより、こうした無償労働の負担が大幅に増加している。より遠くまで徒歩で集めに行かねばならなくなり、その長い道すがら性被害も含め様々な危険に巻き込まれるリスクがある。 さらに、無償労働の負担が増えて、女の子が学校に通えなくなりかねない。  

南スーダン、ジョングレイ州の光景 ⒸUN Photo/Martine Perret

UNMISSのベンティウ事務所で7年間所長を務めた平原弘子UNMISS民政部長は、女性たちの安全をめぐるリスクについて、国内避難民キャンプの人口密集が女性の安全を脅かすことに加えて、水で道がなくなって水の中を移動する際にヘビやワニに襲われることや、薪集めの道すがらのリスクが高まり、警察の捜査も水浸しで思うように進まないことなど、具体例を挙げて説明してくれた。 

ベンティウでの市民社会とのミーティング出席者と。
前列左から2番目が平原弘子UNMISS民政部長。

また、南スーダンでは、和平合意の履行をめぐる政治的対立と並行して、コミュニティー間の紛争や対立も顕著であり、気候変動が紛争の頻発という形で影を落としている。特に、土地や飲み水を求めた家畜と遊牧民の移動は、移動先のコミュニティーに脅威を与えるだけでなく、農業や家畜の世話を行う女性や女子の誘拐や性暴力などのリスクを伴う、と西谷さんは指摘する。  

西谷さん(右)は気候変動が紛争を悪化させる危険性を指摘する

西谷さんによると、UNMISSでは他のミッションに先駆け、2021年、UNMISSのマンデートを更新する安保理決議2567号において、「気候変動は、紛争をさらに悪化させることになる脅威である」という認識を示す記述が前文に盛り込まれて以降、マンデート更新の安保理決議で、気候変動リスクが人道状況や平和と安定に与えるインパクトなどに関する記述と報告義務などが強められていった。  

では、現場では具体的にどんな解決策があるのか。

対策として、地域のリーダー達への啓発に加えて、性被害が起こりやすいホットスポットを重点的に国連PKO部隊によるパトロールを強化していると平原さんは言う。 

こうしたパトロールで性暴力などに関する女性たちの懸念の声を汲み取るには、女性ピースキーパーたちの存在が不可欠だ。しかしながら、長距離パトロールにおいては、排せつや生理などの面で女性は課題に直面する。その中で、ユニティ州に展開するモンゴル部隊では、女性隊員たちの考案でFemale Friendly Kit(女性用キット)を作って配布。これに、ポータブルの囲いを1チームに一つ携行して、女性たちに対して長距離パトロールに道を開いた。こうした好事例をどんどん他の部隊にも共有して、可能性を広げていってほしい。  

モンゴル部隊の女性隊員は、女性たちの長距離パトロールのためにFemale Friendly Kitを考案した ⒸUNIC Tokyo Kaoru Nemoto

ベンティウに出張した際、この地域で活動するUNMISSの制服組の女性達から話を聞く機会があった。乾季になると移動しやすくなるため、薪などを求めて遠くなで行く女性が増え、それにともなって性暴力が増えることや、地域の女性たちの懸念を吸い上げるためにはより多くの女性の通訳が必要だということなど、様々な声が寄せられた。

UNMISSに各国から派遣されている軍や警察の女性たち。意見交換のために集まってくれたⒸUNMISS

西谷さんが特に目指しているのは、紛争解決から復興・開発へと続く意思決定の場において、女性の参加と意見の尊重が担保されること、そしてそれを阻害する要因を取り除いてそのリーダーシップが見事に発揮できるようにすることだ。地域レベルでは、女性たちの声を吸い上げるための目安箱をIDPキャンプに設けて、具体的な問題解決につなげた、とも聞く。  

記者ブリーフィングを行う西谷さん。千葉県出身で、NGOでの難民支援活動を振り出しに、バングラデシュ国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)での経験をきっかけにして、ジェンダー分野での専門的なキャリアを歩んできた ⒸUNMISS

ベンティウで開かれた市民グループとの集まりに参加した23歳の女性は、他の出席者のほとんどが年上の男性という中で、臆することなく自分の家族でのジェンダー格差と父親による家庭内暴力について力強い声で語り、その解決策として父親たちを対象にした啓発活動を積極的に提案していた。非常に強い眼差しが印象的だった。 

ベンティウでの市民団体とのミーティングで積極的に発言する女性 ⒸUNMISS Photo

南スーダンの和平合意には、多くの女性市民団体が連帯して働きかけた結果から、和平合意の実施に関わるメカニズムや機構すべてに、少なくとも35%までのレベルに女性を指名することが盛り込まれている。しかしながら、十分に履行されているとは言えない。  

UNMISSトップのニコラス・ヘイソム国連事務総長特別代表は、女性がより積極的に議論と決定に参加する和平プロセスの方が平和がより定着し、より確かな制度につながると、その効用を強調した。 

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南スーダンの女性たちに諦めることなく、ふさわしい役割を求め続けて欲しい ― 南アフリカアパルトヘイトを闘い抜いたヘイソム氏からのメッセージに、強い説得力を感じた。