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国連PKOの現場から、国連の存在意義と日本の貢献を考える(3)緊張の高まりに奔走する国連PKO幹部たち

国連広報センターの根本かおる所長は、2025年3月2日~9日に南スーダンを訪問し、同国に展開する国連PKOの「国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)」の活動を視察しました。国連の代表的な平和活動である国連PKOの最前線を、シリーズでお伝えします。

 

第3回 緊張の高まりに奔走する国連PKO幹部たち

南スーダン出張時に起きた緊張の高まりに伴い、首都ジュバのUNMISS本部の幹部たちは緊急対応に追われていた。ある意味で、危機において国連PKOの政治・民政部門がどのようにフル回転するのかを現場でつぶさに見ることができた。 

グァン・ソン国連事務総長副特別代表(左)にインタビューする
国連広報センターの根本かおる所長 ⒸUNMISS

政治担当のグァン・ソン国連事務総長副特別代表は、UNMISSトップのニコラス・ヘイソム事務総長特別代表の指示のもと、首都ジュバのレベルで、駐南スーダンアフリカ連合ミッション(AUMISS)、「アフリカの角」地域の準地域気候である「政府間開発機構(IGAD)」、和平合意の履行をモニタリングする「合同モニタリング・評価委員会」と連携しながら、南スーダンに影響力を持つ近隣国によるトップ外交も含め、様々なルートを通じて武力衝突の鎮静化に向けて必死に働きかけていた。 

 

首都をあずかるソン副特別代表のもとで、地域レベルの関係を担う民政部長の平原弘子さんは、スマホを片時も離さず、WhatsAppの電話・メッセージ機能を駆使し、地域のリーダーや宗教関係者、市民社会の活動家、若者リーダーらと連絡を取り合っていた。対面での意見交換も行いながら、草の根のネットワークをフル稼働させて情報を吸い上げ、鎮静化に向けて協力を仰いでいた。 

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地域行政の長や長老ら地域に影響力を持つ人々や、戦闘に加わる可能性のある人々への働きかけを行い、衝突や紛争に陥りかねないところを思い留まるよう仲介している。国連のような中立的な存在が間に入ることで、反目し合っている勢力同士も話がしやすくなる、と平原さんは言う。同時に、地域のリーダーたちにこそ主導してもらえるよう、国連として移動や場の設定などの面でサポートを行っている。

部族間の利害の対立が中央の政治につながっている南スーダンでは、中央の政治状況と部族ごとに集住する地方の動きとが密接に相互に連動しているだけに、民政部の任務は重要だ。それにしても、南スーダンでの駐在が13年になる平原さんは、ここまでの地域の人々とのネットワークをどのようにして築いてきたのだろうか。 

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時間がある限りいろいろな人々に会いに行って、信頼関係を築くことにエネルギーを使っていると言う。信頼関係がなければ、いざ問題が起こった時に部族間の対立や政治に関わるセンシティブな話だけに、なかなか心を開いてくれない。信頼の構築こそが民政部の最優先課題、と強調する。

IDPキャンプのリーダーたちとのミーティングで、平原さんは「ママ・ヒロコ」と呼ばれていた ⒸUNIC Tokyo/Kaoru Nemoto

さらに、困った人がいると、国連の仕事だから支援するのではなく、大阪人の気質として助けずにはいられない、とも笑いながら言う。自分たちが手伝うことで平和構築を行い、紛争を未然に防げるのは、人間・平原弘子にとって本望なのだ。

平原さんを見ていて、「大阪のおばちゃん気質」は確かに国連のフィールドでの仕事にとって、大いに役立つと納得した。同時に、緊迫する非常事態においても緊張を周りに感じさせない平原さんは、さすがだった。 

平原さん、ベンティウのIDPキャンプのリーダーたちと ⒸUNIC Tokyo/Kaoru Nemoto

国連PKOの現場から、国連の存在意義と日本の貢献を考える(2)脆弱な和平プロセスにおける、世界最大クラスの国連PKOの活動

国連広報センターの根本かおる所長は、2025年3月2日~9日に南スーダンを訪問し、同国に展開する国連PKOの「国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)」の活動を視察しました。国連の代表的な平和活動である国連PKOの最前線を、シリーズでお伝えします。

 

第2回 脆弱な和平プロセスにおける、世界最大クラスの国連PKOの活動 

南スーダン共和国は、スーダン北部のイスラム教徒と自治・独立を求める南部のキリスト教徒との間の半世紀にわたる内戦を経て、住民投票を受け、2011年7月9日にスーダンから分離独立した。国際社会の祝福を受けながら生まれた、世界で一番新しい、193番目の国連加盟国だ。 

南スーダン独立記念祝賀会では人々が国歌斉唱し、国家の誕生が祝われた (2011年)
ⒸUNMISS

国の誕生とともに南スーダンで展開するUNMISSは、もともとは平和構築、国家建設及び国家の機能強化をマンデートとしていた。しかし、残念ながら南スーダンは政治リーダー間・部族間の権力争いなどから武力衝突を繰り返し、それとともにUNMISSのマンデートも、文民の保護ならびに人道支援実施のための環境づくり中心に変節してきた。

南スーダンの地図

2016年には、私が初めて南スーダンを訪れた直後に首都ジュバの治安状況が急激に悪化し、ディンカ族で主流派のキール大統領派とヌエル族で反主流派のマシャ―ル第1副大統領派との間で大規模な武力衝突に発展した。ようやく2018年にキール大統領とマシャール第1副大統領を含む関係者の間で「再活性化された衝突解決合意」が署名され、2020年に暫定政府が設立された。

現在のUNMISSのマンデートは、1)文民の保護、2)人道支援実施に資する環境づくり、3)「再活性化された合意」および和平プロセスの履行支援、4)国際人道法違反および人権侵害に関する監視、調査および報告、の4つの柱からなる。 

UNMISSは、紛争により3か月で1000人以上が犠牲になったジョングレイ州に
バングラデシュからの平和維持要員を派遣した(2015年)  ⒸUNMISS

しかし、不安定な情勢が続き、選挙の実施を含む和平プロセスの履行と本格政府の樹立は何度も期限が延期されてきた。現在、暫定政府の期限は今年2月から2027年2月にまで延期され、選挙が2026年12月に行われることになっている。延期されかたらと言っても、時間の猶予はない。本来であれば猛スピードで様々な準備が進んでいなければならないのだが、公式の憲法制定プロセスはまだ緒に就かず、選挙の実施に必要な法律の整備や区割りに向けた準備をはじめとする作業も進んでいない。軍の統合にも遅れが目立つ。 

UNMISSの部門長会議は緊迫する情勢の分析に追われたⒸUNIC Tokyo Kaoru Nemoto

さらに、私が滞在した3月2日から9日までの間にアッパー・ナイル州のナシルで南スーダン軍と反主流派につながるとされる武装若者グループとの間で衝突が発生し、反主流派の閣僚らが逮捕され、緊張が劇的に高まっていった。さらに3月7日には、ナシルに取り残された負傷した軍関係者らの救出に向かったUNMISSのヘリが攻撃に巻き込まれ、ヘリの乗員も含め多数の死者が出るという悲劇が起こった。 

 

ナシルでUNMISSのヘリが攻撃に巻き込まれた第一報を伝えるXのポスト

 

緊迫する情勢の中、ヘイソム事務総長特別代表はインタビューの時間を作ってくれたⒸUNMISS photo

独立から14年、なぜ南スーダンではこうも衝突が繰り返され、和平への道のりが険しいのだろうか?UNMISSを束ねるニコラス・ヘイソム国連事務総長特別代表に聞いた。 

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ヘイソム事務総長特別代表は、現在の南スーダンのように国が移行期を終え、初めての民主的な選挙を実施しようとする過程は、政治勢力の間や社会全体で競争や緊張が生じやすいとしながら、南スーダンの場合は和平合意があり、国が達成すべき相互に合意された基準が定められていることは大きなプラスだと強調した。

キール大統領(右)は、国内の紛争を終結させる和平協定を締結した後、指導者のマシャール第1副大統領と握手した(2018年9月)ⒸUNMISS/Nektarios Markogiannis 

民主的な制度や国の安定化に関する基準として、新しい憲法の起草、選挙の枠組みの整備、そして初めての自由で公正な選挙の実施などが掲げられているが、同時にこれらのプロセスは非常に困難であり、新たな紛争の引き金になり得る、とヘイソム氏は説明した。だからこそ、国全体を強化し、包摂的な国家を築くことに貢献し、さらなる分裂を防ぐ形で取り組むことの重要性を強調した。

同時に、ヘイソム事務総長特別代表は、南スーダンを取り巻く様々な困難を挙げた。北隣りのスーダンでの戦争によって、100万以上の人々が南スーダン流入。さらに、洪水により100万以上の国内避難民(IDP)が発生し、食料不安が国民の3分の1以上を直撃している。

南スーダンの北部のユニティ州ベンティウの周辺では、洪水で集落が沈み、水が引かない ⒸGregório Cunha/UNMISS

また、政府にとって主な収入源である石油が、紛争下のスーダンを通るパイプラインの修復ができないため輸出が進まず、経済危機を引き起こしている。その結果、公務員や軍隊への給与未払いが続き、人々を圧迫している。内戦中の北のスーダンから食料をはじめ物資が入らず、インフレが激化。昨年のインフレ率はほぼ300%にも達し、国民生活を直撃している。

外にいてはなかなかうかがい知れないUNMISSの活動の難しさを慮った。

 

私の出張後も緊迫が深まる南スーダン情勢について、ヘイソム事務総長特別代表は3月24日、ニューヨークの国連本部とビデオでつないで、記者会見を行った。

ナシルの若者武装グループに対し、政府軍は、民間人居住地域への報復空爆を行った。民間人に対するこうした無差別攻撃は、女性や子どもを含む多数の死傷者と恐ろしい負傷、特に火傷を引き起こし、少なくとも6万3000人がこの地域から避難している。若者武装グループと国軍の両方がさらなる衝突に向けて動員を強化しているとされ、子どもの徴兵も行われているとの疑惑がある。さらに、政府の要請による外国軍の派遣は緊張をさらに高めている。

ヘイソム特別代表は「南スーダンは、暴力が激化し、政治的緊張が深まる中、本格的な内戦への再突入の瀬戸際に立っている」と強い懸念を示し、UNMISSは南スーダンの和平に関わる国や機関と連携しながら、シャトル外交を通じて内戦に再び陥るのを防ごうと働きかけていると説明した。同時に、その成否は、紛争当事者自身が関与し、自分たちの利益よりも人々の利益を優先することができるかに掛かっている、とも強調した。

3月26日にはキール大統領と反目するマシャ―ル第1副大統領が自宅軟禁され、さらに緊張が高まった。28日にはアントニオ・グテーレス国連事務総長が記者団へのぶら下がりの形で声明を発し、南スーダンの指導者らに対して武器を捨てて、南スーダンの人々の利益を第一に考えるよう求めるに至った。

日本ではほとんど報じられない南スーダン情勢だが、是非注目していただきたい。

国連PKOの現場から、国連の存在意義と日本の貢献を考える (1)なぜ今、南スーダンなのか?

国連広報センターの根本かおる所長は、2025年3月2日~9日に南スーダンを訪問し、同国に展開する国連PKOの「国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)」の活動を視察しました。国連の代表的な平和活動である国連PKOの最前線を、シリーズでお伝えします。

 

第1回 はじめに:なぜ今、南スーダンなのか? 

南スーダンに展開する国連の平和維持活動(国連PKO)の「国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)」に受け入れてもらい、2025年3月2日から3月9日まで首都ジュバと北部のユニティ州のベンティウでUNMISSが取り組む課題とその活動を視察した。私にとっては2016年春以来、2回目の南スーダンだ。 

キプロスを巡回中の国連キプロス平和維持軍(UNFICYP)
(1964年) ⒸUN Photo/BZ

国連PKOは、紛争で傷ついた国が紛争から平和への困難な道のりを確実に歩むのを支援するため、国連が活用することのできる最も効果的なツールの1つだ。治安の維持と政治の移行プロセス、平和構築への支援を提供する国連PKO、その平和への貢献から、1988年にノーベル平和賞を受賞している。

国連は、国連憲章の前文の冒頭に記されているように、2度にもわたる世界大戦の悲哀を経験した教訓から、「戦争の惨害から将来の世代を救う」ことを最も中核的な目的として80年前に設立された。その後、東西冷戦で国連憲章が想定していたようには国連安全保障理事会が十分に機能しない中、国連の存在意義である「国際の平和と安全の維持」を推進するために、国連憲章には明確に想定されてはいないものの編み出されたのが、国連PKOだ。安全保障理事会の承認を得て、1)当事者の同意、2)不偏不党、そして3)自衛およびマンデートを守るための防衛以外の武力の不行使、の3つの原則のもと展開する。

巡回中の国連レバノン暫定軍(UNIFIL)1980年 ⒸUN Photo/John Isaac

1948年に中東に派遣された「国連休戦監視機構(UNTSC)」を先駆けとし、伝統的には国家間の戦争終了後に主に停戦監視と兵力の引き離しという軍事的任務を担うのが中心だった。それが東西冷戦終結以降、国際の平和と安全の維持での国連の役割が高まる中で、国家間の戦争から内戦、あるいは内戦と国際紛争の混合型への対応が中心となり、任務も武装解除・動員解除・社会復帰(DDR)、治安部門改革(SSR)、政治プロセスの促進、選挙支援、紛争下における文民の保護、人権・法の支配など多岐にわたる複合型ミッションへと拡大していった。

コンゴ民主共和国では国連警察(UNPOL)は地元警察と合同でパトロールも行っている
(2025年)MONUSCO/Kevin Jordan

日本の自衛隊も1992年のカンボジアを皮切りに、モザンビークゴラン高原東ティモール、ハイチ、南スーダンPKOに部隊派遣してきた。南スーダンへの部隊派遣は2017年に終了したものの、今も自衛隊員6名が首都ジュバのUNMISS司令部に派遣されている(自衛隊からの司令部要員の派遣はUNMISSのみ)。

国連PKOカンボジア暫定統治機構(UNTAC)では明石康氏(写真中央)がトップを務めた(1992年) ⒸUN Photo/Pernaca Sudhakaran

さらに、日本は国連のPKO予算に対して、米国・中国についで世界で3番目に多額の分担金を提供している。そして、アフリカでの国連PKOの撤退や縮小がある中でUNMISSは派遣部隊が1万3000人を超え、中央アフリカ共和国に展開するMINUSCAと並び世界最大規模のPKOミッションの1つになっている。

国連創設80周年であり、かつ国連も共催者である第9回国際アフリカ開発会議TICAD)が8月に横浜で開催される今年だからこそ、国連の最も根源的な存在理由である平和の分野で国連と日本のパートナーシップが際立つUNMISSを再訪し、国連の平和活動の最前線について発信したいと思った。

UNMISSでは、制服組も文民も合同で幹部会議を行う
ⒸUNIC Tokyo Kaoru Nemoto

特に南スーダンでは気候変動のしわ寄せで大洪水が起こり、気候変動のショックが人々の暮らし向きや人道状況のみならず、安全保障・治安にまで大きな影響を与えている。しかも、そこには性差があり、女性と女児の安全面への打撃が大きい。昨今Climate Securityは注目を集め、安保理でも議論されているが、UNMISSは国連PKOの中で唯一「Climate Security Advisor」を置いているオペレーションだ。Climate, Peace and Security、そしてWomen, Peace and Securityとその交差性、ならびにUNMISSの対応を見たい ― それが今回のねらいだ。

UNMISSトップのロイ国連事務総長特別代表(当時)から激励を受ける日本の自衛隊施設部隊の隊員たち(2016年)ⒸUNMISS

前回2016年に大変お世話になった南スーダンの北部のユニティ州のUNMISSベンティウ事務所の所長をしていた平原弘子さんは、首都ジュバのUNMISS本部に移り、民政部長として全国の10のフィールド・オフィスに展開する民政部門チームを統括する立場にある。彼女から南スーダン全体にわたって状況を聞けることも、非常にありがたいことだ。 

UNMISSの平原弘子民政部長(左)と国連広報センターの根本かおる所長

陸上自衛官の活躍:インドネシアでの地域能力の強化

国連の平和維持要員を訓練するには何が必要か考えたことはありますか。ヒントです。それは最新の技術や最新の装備ではありません。一言で言えば、「パートナーシップ」です。

実習中のブルドーザーに乗る増田3曹(左) ©陸上自衛隊

2030アジェンダの目標の一つであるパートナーシップは、国連の基盤であり、国連平和維持活動に派遣される国々(要員派遣国:TCC)を支える力です。2015年以来、国連オペレーション支援局の三角パートナーシップ・プログラム(TPP)は、これらの国々の能力を高めるために重要な役割を果たしてきました。このプログラムには、工兵(施設)、医療、情報通信(C4ISR(指揮、統制、通信、コンピュータ(C4)、情報、監視および偵察(ISR))・宿営地警備技術の分野が含まれます。

TPPの設立以来、日本は財政支援と陸上自衛隊内閣府からの教官派遣を通じて、このプログラムの支援と活動範囲の拡大に重要な役割を果たしてきました。最近では、日本は2022年から2024年にかけて、インドネシア政府が主催するTPP地域工兵訓練コースに9人の女性自衛官(うち2人は幹部)および1人の女性国際平和研究員を派遣しました。インドネシアで実施された3つのコースは、地域のパートナーシップである東南アジア諸国連合ASEAN)とTPPが連携して、地域の要員派遣国の能力を高める機会を提供する国連の取り組みの一環です。*1

「パートナーシップは平和維持の中心です。国連と日本やインドネシアなどの支援国が緊密に協力することで、平和維持活動をより効果的、効率的、そして影響力のあるものにすることができます。」と、アトゥール・カレ国連オペレーション支援担当事務次長は述べています。

アトゥール・カレ国連オペレーション支援担当事務次長と、TPP主要支援国である日本政府(林芳正内閣官房長官)との会談 ©UN

女性自衛官が拓く平和維持活動の未来

訓練に参加したTPPの教官団には、女性自衛官も含まれています。これは、専門知識の共有だけでなく、平和維持活動における女性の役割やスキル、そして派遣の可能性を強化する重要性を伝えることを目的としています。

日本と陸上自衛隊にとって、これらの訓練コースは、国連安全保障理事会決議1325号(女性、平和、安全保障)に基づく平和維持活動におけるジェンダー統合の重要性を強調するものでした。

平和維持活動における女性の役割はますます重要になっています。北京宣言(第4回世界女性会議)から30年が経ち、国連安全保障理事会決議1325号の25周年を迎えるにあたり、国連は女性が平和維持訓練に参加しやすくするために積極的に取り組んでいます。TPPのコースを通じた日本の専門知識と貢献は、男女が平等に参加することで平和維持活動が多様な視点とスキルで豊かになることを強調しています。多様な平和維持部隊は、特に伝統的なジェンダーの役割が男性の平和維持要員との交流を難しくする地域であっても、地域社会と幅広く関わることができます。

自衛隊統合幕僚長によって派遣の激励を受ける髙栁3曹(左)©陸上自衛隊

日本の専門技術が光るTPPコースの成功

実際、インドネシアでのTPPコースに対する日本の専門技術の教育は非常に好評で、参加者はこのコースを非常に価値があると感じています。「この訓練はとても有益で、訓練の目標を完全に達成しました。また、他国の文化を学ぶ貴重な機会にもなりました。」と、参加者の一人が匿名のアンケートで述べています。「この訓練は多様性を尊重し、参加者同士の敬意を育む素晴らしい学習環境を提供しました。」

参加者は、理論と実践を組み合わせた総合的なアプローチが取られていることを強調し、安全性や業務の効率性、そして他国の平和維持要員との国際的なつながりを築く機会に焦点を当てている点を高く評価しました。

現地スタッフと調整を行う津田士長(中央)©陸上自衛隊

インドネシア軍平和維持訓練センターの司令官、タウフィク・ブディ・サントソ少将は、「三角パートナーシップ・プログラムの訓練は、参加者の運用および管理スキルを大幅に向上させました。インドネシアの卒業生は現在、特に中央アフリカ共和国の国連ミッションでこれらのスキルと知識を活用し、平和維持活動に大きく貢献しています。」と述べています。(プログラムの卒業生と参加者の体験談をこのビデオでご覧ください!

TPPやそのコースへの日本の貢献を通じて、日本の教官たちは国連平和維持活動における専門知識以上のものを共有することができました。TPPのようなパートナーシップを通じて、加盟国はお互いの理解を深め、信頼を築き、要員派遣国同士の一体感を育むことができます。これは、平和活動で一つの「国連」として協力する際の相互運用性を高める上で非常に重要なのです。

重機操作教官養成訓練コースの開会式。外務省から前国際平和協力室長・石塚恵氏が参加。©UN

TPPの詳細については、こちらをクリックしてください(ファクトシート広報ビデオ)。

*1:日本だけでなく、ブラジルもインドネシアで開催された2つのTPP地域工兵訓練コースに教官を派遣しており、1人の女性教官が地域の能力向上に貢献しました。

偽情報・誤情報の先にあるもの ― 「情報の誠実性のための国連グローバル原則」に寄せて

選挙イヤーと言われた2024年は、世界各地で大型選挙が行われる中で情報戦が過熱し、オンライン上のデマや不確かな情報、ヘイトスピーチなどの問題が顕著になった年でした。災害や紛争などの緊急事態でもデマや不確かな情報、ヘイトスピーチが流布されやすい傾向があり、2024年1月に発生した能登半島地震も例外ではありませんでした。これらの情報は社会の分断に拍車をかけ、現実社会に深刻な危害をもたらしかねません。国連は2024年6月、その解決策を探る出発点として「情報の誠実性のための国連グローバル原則」を発表し、国連広報センターはその日本語仮訳を11月に公開しました。

情報を巡る世界の状況やその展望、本原則の意義について、東京大学情報学環教授の板津木綿子さんにご寄稿をいただきました。

板津木綿子(いたつ・ゆうこ)東京大学情報学環教授。
東京大学Beyond AI研究推進機構 B'AI グローバルフォーラム ディレクター.
『AIから読み解く社会:権力化する最新技術』(東京大学出版会 2023)共編者. 2024年 W20 ジャパンデレゲート. 南カリフォルニア大学大学院歴史学科博士課程終了(Ph.D.). 

「火星人が地球に降りたった!」米国ニュージャージー州の架空の町で宇宙船から火星人が降りてきたというラジオドラマの設定で、その火星人の様子を実況する役者の演技があまりにも緊迫感があるものだったために、このラジオ番組を聞いていた市民が混乱して、警察や消防署に通報したり、避難したりと大騒ぎになった。このドラマが放送されたのは、1938年10月30日。翌日の新聞各紙は放送局や新聞社に確認の電話が殺到したことなど人々が混乱したことを、こぞって報じた。ラジオ局や番組制作に関わった人々は、悪意のあるいたずらをしたわけではなく、番組冒頭でSF作家H.G.ウェルズの『宇宙戦争』を元にした劇をこれから放送すること、それを人気役者のオーソン・ウェールズなどが演じることを、ちゃんと事前にアナウンスしていた。

ラジオドラマの話を信じてしまい、全米各地で混乱が起きた、というこの話を聞いたことがある人は少なくないだろう。いくつもの地方自治体で警察や消防署の通常業務に支障をきたすくらい公衆に著しい混乱をきたしたことで、主役のウエールズら関係者は謝罪に追い込まれた。また、この番組を放送したラジオ局CBS連邦通信委員会FCC)の調査を受ける羽目になってしまった。そして、米国議会でこのような騒ぎの防止のための立法を要望する声が上がるまでの騒ぎになったことも知られているかもしれない。結局、この騒動の結末としては、放送局が防止策を取ることを約束したため、FCCによるおとがめは免れることができた。その後、アメリカでは「犯罪・大災害に関する虚偽の放送の禁止」、フランスでは「情報の誠実性の確保」、韓国では「事実性等の適合留意義務」、日本では「報道は事実をまげないですること」など、さまざまな国で法律や規則が整備されて、同じような公衆の混乱を招くような事件はあまり見なくなった。実際、毎年、4月1日のエイプリル・フールで、どの程度の嘘や冗談であれば公衆の混乱を招かないか、絶妙のアイデアを捻り出そうと躍起になる放送局があり、判断を間違えると炎上してニュースになっている。

オーソン・ウエールズの謝罪会見(1938年10月31日)
出典:https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=37849780

この『宇宙戦争』のラジオドラマの話に戻ろう。この騒ぎでよく知られていない部分もある。全米で混乱が起きたことについてのナチスの反応である。あるニューヨーク州の地方紙が国際通信社からの配信として、ナチス幹部の談話を報じている。アメリカ人は、火星人の奇襲をこれほどまでに簡単に信じる無知な人々だからこそ、ナチスの残虐行為に関する話も信じてしまうのだ。(中略)無知であることは神の恵でもあるが、ナチスドイツ下における残虐行為の話を真実と思い込むとは、無知にもほどがある」。             注)  Press and Sun-Bulletin (Binghamton, New York), Monday, October 31, 1938,   page 1

このナチス幹部は、この発言で典型的なガスライティング(gaslighting)を試みている。ガスライティングとは、相手が真実だと知っていることについて誤った情報をわざと投げかけ、感覚を錯乱させることを意味する。つまり、この幹部は、ナチスの残虐行為が行われている事実が広く認識されつつあるなか、このように断言的に事実の否定をすることで、自分が正気を失って勘違いしているのではないかと不安を感じさせ、ナチスの残虐行為が嘘であるかのように錯乱させようとしており、何が信じられることで、何が信じられないのか、分からなくなる不安を社会全体に刷り込んでいく心理戦を展開しているのである。このように疑いの気持ちを刷り込むことをガスライティングと言う。

このように不誠実な情報をわざと発信して、社会の秩序を脅かすことは、最近もよく起きている。新型コロナが5Gの通信アンテナ塔を介して蔓延しているというデマが流れ、英国ではアンテナ塔が100基も放火にあった2017年のケニアでの選挙では、警察当局と市民との小競り合いが過大報道され、警察官による暴行の画像に至っては加工されたものがSNSで拡散されたことがわかった2020年、オーストラリアで大規模山林火災が起きたとき、東海岸に高速鉄道を通すための伐採のために放火しただとか、新都市整備のために海外の富豪がレーザーで火災を起こしたとか、環境保護主義者の過激派の仕業だといくつものデマが流れた。これらの陰謀論SNSで拡散され、主要メディアでも取り上げられ、政治家も無視できないほどに瞬く間に広まった。

インドでは、デマの拡散を防止するために、政府が腰をあげ、WhatsApp(Meta傘下のメッセージ・アプリ)でテキストを転送できる回数を制限できるようになった。これは、ある人が誘拐などの犯罪の濡れ衣をきせられ、そのデマが拡散されたために、18人もの人が知らない人から集団暴行をうけ殺害されたという痛ましい事件が発端である。この事件をきっかけにインド政府がインドで最大シェアをもつメッセージ・アプリWhatsApp社にかけあい、ユーザーひとりが同じメッセージを5回しか転送できないように設定を変えてもらった。

Jamillah Knowles & Reset.Tech Australia / Better Images of AI / People with phones / CC-BY 4.0

2023年以来、AI技術が急激に発展している。AI技術を用いて新しいテキストや画像をソフトウェアが作り出すことを「生成系AI」と呼ぶが、この技術によって、本当ではないテキストや画像・映像を簡単に作ることができるようになった。作ったものは本物か偽りか簡単に判読できないものが多い。さらに誰しもが簡単にこれらを自分で作れるようになり、誰しもがSNSを使って広く拡散できる状況になった。

2024年、技術を使って、ウクライナ政府の外務相のふりをした人が、アメリカ外交委員会の上院議員とのビデオ会談に成功した。アメリカの上院議員が質問されている内容を不審に思い、国務省に確認させて偽物だと分かった2022年には、ウクライナ大統領のディープフェイク画像を作って、ウクライナ兵士に降参するように呼びかけるメッセージを拡散させた人がいたことも記憶にあるだろう。 ガザ地区をめぐる軍事行動に目を向けても、過去の映像が今回の戦闘の画像として流布されており、偽情報が溢れていることは広く報道されているアメリカの大統領選挙でも、ニューハンプシャー州の予備選挙で、バイデン大統領を装った音声メッセージを有権者に自動発信し、投票忌避を招こうとする人たちがいたこのロボコールを拡散した通信会社は制裁金を支払うことで和解をし、アメリカ連邦通信委員会の取り締まりは強化されつつある

このように正しい情報、勘違いの情報、わざと間違った情報など、さまざまな情報が大量にSNS を通じて流通しているなか、何が正しい情報なのか、何が誠実に発信された情報なのか、分からなくなってきている。「偽情報・誤情報に注意」というフレーズは浸透しているが、どうして目くじら立てて警戒しなければならないのか、説明が不十分であるように思う。そもそも偽情報・誤情報とはなにを意味するのか。二つ並べてひとくくりにすることが多いが、偽情報と誤情報の違いはなにか。総務省・情報流通適正化推進室は次のように定義している。「偽情報」とは、意図的・意識的に作られたウソや虚偽の情報を指し、「誤情報」とは、勘違いや誤解によって広められた間違いの情報を指す

これらを作って拡散している人は、「大意がないおふざけ」「ちょっとしたイタズラに過ぎない」「自分一人が共有したからといって大したことにはならない」と思っている節があるように思われ、この小さな行為のもたらす大きな影響までが見えないで、注意のフレーズだけが一人歩きしているように見える。

そんななか、先日、「情報の誠実性のための国連グローバル原則」(以下、「国連グローバル原則」)の日本語版が発表された。国連グローバル・コミュニケーション局が発表したものの日本語仮訳である。「偽情報・誤情報に注意」の先にあるものが何か、明解に説明してくれる文書である。ヘイトスピーチや社会の分断や紛争が、SNSなどのデジタル・プラットフォーム上の誤った情報や偽りの情報によってさらに悪化しないように、21世紀型の情報流通における現代的な課題を明示したものである。国連加盟国、民間、ユースリーダー、メディア、研究者、そして市民団体の人たちが議論して作成されたものだそうだ。

Jamillah Knowles & We and AI / Better Images of AI / People and Ivory Tower AI 2 / CC-BY 4.0

この「国連グローバル原則」の特徴的なところは、さまざまなステークホルダーに向けて、具体的なステップを示していることである。テクノロジー企業、AIの開発に携わっている会社、広告主やその他の民間企業、報道機関、研究者や市民団体、各国政府や自治体、そして国連が、それぞれ情報の確かさを担保するために何ができるか、それぞれの立場の人たちへ具体的な行動を要請するのがこのグローバル原則である。現在、テクノロジー企業に巨大な資本と権力が集中しつつあり、このグローバル原則が企業に要請する事項のリストも長い。安全やプライバシーの遵守から、労働者の権利保障から、危機対応体制の整備、政府へのロビー活動の開示など幅広い要請が列挙されている。報道機関については、AIを倫理的に使うこと、労働基準を尊重すること、情報源について誠実な対応を確保することなど、挙げられている。

文書は、より健全で安全な情報空間を育むための5つの原則と、ITや広告業界等の企業、 研究者、政府等への提言を示している

偽情報・誤情報を流されることで、人一倍、心身への危機がおよぶ人たちへの配慮が必要だ。国連が持続可能な開発目標(SDGs)でもあげている「誰一人取り残さない(No one left behind)」の精神がよく反映されている。女性、高齢者、子供、青少年、障害者、先住民、難民、国籍を持たない人、性的少数者エスニックや信条を理由に社会からマイノリティの扱いを受けている人が、偽情報・誤情報の被害に遭わないためにどうしなければならないか。このような偽りの情報で被害を受けないためには、情報を鵜呑みにしない力を養うことが大事である。鵜呑みを避けるには、どのような条件が必要か。国連グローバル原則では次のように述べている。

・多様な情報源にアクセスできて、情報の真偽について自分なりに見極めることができること

・自分自身が社会の一員として平等に扱われて、公正な社会であると実感できること

・社会や経済の運用について、安心感を持っていること

・社会でうまくいっていないことがあれば、投票や政治家への上申などを通じて市民として政治に参画できているという実感を持つこと

(『国連グローバル原則』日本版p.9、筆者要約)

これらを担保することがデマの流布防止のために必要であると国連グローバル原則は唱えている。

待ったなしで進むAI技術の開発と偽情報・誤情報の容赦ない拡散。安定していると思っていた社会構造がいかに脆いか、SNSで流れる偽情報・誤情報は私たちの社会の耐性を試している。誤情報・偽情報によって社会が朽ち、秩序が壊れないように、それぞれの立場から私たちがやらなければならないことはたくさんある。

Yutong Liu & The Bigger Picture / Better Images of AI / AI is Everywhere / CC-BY 4.0

 

未来への約束を果たすためのアクションはもう始まっている ー 国連「未来サミット」を受けて

国連ハイレベルウィークにニューヨークに出張した根本かおる国連広報センター所長の現地報告をお届けします。

国連総会ハイレベルウィーク期間中に設けられた「SDGメディア・ゾーン」で、フェリペ・ポーリエ ユース課題担当事務次長補、高橋悠太「かたわら」代表理事、井上波TBSサステナビリティ創造センター長とのパネルセッションを司会した

世界中から政府のトップが「国連総会ハイレベルウィーク」にあわせてニューヨークの国連本部に集まる9月は、国連にとって最も忙しくなる月です。国連総会でスピーチを行ってそれぞれの国の立場を世界に向けて主張するほか、多くの首脳級のハイレベル会合が国連を舞台に行われます。政府だけではなく、国連ピースメッセンジャーのマララ・ユスフザイさんら社会的な課題に取り組む著名人やビジネスリーダーたちも集結します。私も、ニュースメーカーたちが国連に集まるこの機会に現地入りしました。国連本部の外にはずらり並んだ世界のメディアのライブ中継用のセットの中には、CNNのニュースキャスターのクリスチャン・アマンプールさんの姿もあり、思わず写真を撮ってしまいました!

国連の動向を伝える世界メディアが集結 CNNのクリスチャン・アマンプールさん(左)も現場からリポート

今年のハイレベル・ウィーク中のハイライトは、9月22・23日に開催された「未来サミット」でした。1945年に生まれた国連を、高まる地政学的緊張、増大する紛争、気候危機、格差の拡大、生成AIに代表される新しい技術の脅威など、21世紀型の課題に効果的に対応できるようにアップデートすることを目指した国際会議です。

サミットの成果文書である「未来のための協定」と2つの付属文書の政府間交渉は難航を極め、土壇場まで採択されるかわからず、アントニオ・グテーレス国連事務総長は、採択・採択ならず・どちらとも言えない、の3パターンのあいさつ原稿をもって議場入りしたと報道にありました。採択にあたりロシアなどが修正を求めましたが、この修正を認めないとする動議が出されて可決され、何とかコンセンサス採択にこぎつけることができました。採択を受けてスピーチしたグテーレス事務総長は、「私たちは多国間主義を崖っぷちから救うためにここに集まっている」と力を込めました。

 

未来サミットに向けて、グテーレス事務総長は繰り返し「私たちは、祖父母世代のために作られたシステムで、孫世代の未来を築くことはできないと訴えてきました。79年前の1945年に51の加盟国で出発して以来、国連を取り巻く環境は大きく変わりました。今では加盟国数193カ国と4倍近くになり、そのうちの54カ国はアフリカの国々で、国連が生まれた時にはほとんどがまだ植民地で国として存在していませんでした。それから大きく変貌した国際社会をより公正に反映して国連の制度を強化することは、「未来のための協定」の主眼の一つです。その代表例が、日本でも関心の高い「安全保障理事会の改革」です。一大勢力であるアフリカに一つも常任理事国が割り当てられていないなど、アフリカの代表性が歴史的に低いままになっている問題を優先的に是正することなど、1960年代以降最も具体的な改革の計画が盛り込まれています。安保理改革の緊急の必要性を認めたこの協定を出発点に、総会の政府間交渉を舞台に進めていくことになります。

第79回国連総会で、グテーレス国連事務総長は、「未来サミットは最初の一歩であり、道のりは長い」と訴えた UN Photo / Laura Jarriel

さらに、未来サミットで目立ったのが、若者の存在です。30歳未満の人口が世界人口の半数にもなる中、教育・雇用・デジタルアクセスなどの若い世代の優先課題を支援し、若い世代が政策決定プロセスに参加できるよう後押しすることは、このサミットの重要テーマの一つでした。サミットで採択された成果文書「未来のための協定」では、まるまる一つの章を、若者とこれから生まれてくる将来世代の課題に充てています。サミット開幕式でも、国連総会議長、国連事務総長に続き、各国首脳よりも先に3人の若者がスピーチし、若者にスポットライトがあたりました。国際社会の分断が深まる中、前向きな変化を生み出し、対立を越えてつながる力を持つ若者への期待の表れでもあります。

未来サミット開幕式で若者代表として演説した一人、カタールの ガニム・ムハンマド・アル・ムフタさん UN Photo / Loey Felipe

サミットに先立ち前夜祭として9月20・21日に開かれたイベント「アクション・デイズ」の初日は、若者たちが中心になってプログラムを企画し、参加登録者数は1,600人と、まさに若者たちが主役でした。会場に向かうエレベーターは長蛇の列で、広い国連総会議場も一番上の階まで満席でした。世界各国の若者代表が、環境・政治・教育・ジェンダー・先住民・障害者など様々な視点から若者課題について自らの経験をベースに主張を繰り広げましたが、最も中心にあったのは、名ばかりに終わらない、質を伴った「若者の意味ある参加の実現」でしょう。

「アクション・デイズ」の期間中、国連本部の総会議場に入るため、列をなす参加者
UN Photo / Manuel Elías

若者たちの企画でオンライン・アンケートにより回答をライブで集計し、国連関連で若者がどの程度参加できているのかについて尋ねたところ、一番多かった回答は「形だけ」で、その次に多かったのは「若者に情報を提供する程度」という厳しい結果でした。国連は「国連ユース戦略」を2018年にまとめて若者課題の主流化を組織的に進めてきましたが、中身を伴った若者の参加とするには、まだまだ努力が必要です。この熱気を臨場感をもって伝えようと、未来サミットとその前夜祭に出席した日本の若者たちとともに、日本の皆さんに向けて現地からフレッシュな情報を届ける報告も行いました。

未来サミットに参加した若者たちと一緒にライブ配信 で現地報告
©未来アクションフェス実行委員会

未来サミットを受けて、国連の発信拠点「SDGメディア・ゾーン」から「平和と安全保障の課題における若者のリーダーシップ」について考えるパネルディスカッションを司会する機会がありました。広島出身で核兵器のない世界を目指して活動している高橋悠太さん(24歳)が、被爆者の方々の苦しみの経験談に心を動かされてこの活動に深く関わるようになったことや、核兵器も気候危機も人類史的な脅威であり、気候変動課題に取り組むユースと連携していることなどについて共有したのに対して、新設された「国連ユース・オフィス」のトップを務めるフェリペ・ポーリエ初代ユース担当事務次長補は「若者は軍拡の流れを止め、共通価値を創ることができる」と賛同を示しました。高橋さんにとっても、今後の活動に励む上で大きな手ごたえになったことでしょう。

広島出身の高橋悠太さん(右から2人目)、TBSの井上波さん(右)、フェリペ初代ユース担当事務次長補(左から2人目)らが登壇したSDGメディア・ゾーン

こうした一つ一つの手ごたえの積み重ねが、社会を変革することのできる可能性への自信につながるとともに、国連や政府などの既存の制度への信頼回復への一歩になるでしょう。より多くの日本の若者が、国連を通じて世界とつながり、国際的な政策決定の場に声を届けて欲しいと願っています。

私たちは多国間主義の新たな出発点に立っています。未来のための協定全体のフォローアップを点検する首脳会合は2028年に開催されますが、フォローアップの作業は国連総会のもとにあるテーマ別の委員会などですでに始まっています。国レベルでも市民社会をはじめ関係者の方々に政府と対話を進め、協定で示された加盟国政府のコミットメントの実施を確かなものにしていただきたいと思います。

中満泉 軍縮担当国連事務次長も忙しいスケジュールの中、日本の若者たちと面会する時間を作ってくれた。若者たちが政策決定プロセスに関わることを中満事務次長も重視し、寄稿している。成果につながる声の上げ方についてアドバイスしてくれた。

国連「未来サミット」が目指すもの(2):主要議題としての、若者の意味ある参画

国連ハイレベルウィークを前に、注目が集まる「未来サミット」について、根本かおる国連広報センター所長の寄稿をお届けします。 

朝日を浴びるニューヨーク国連本部 ©UN Photo/Manuel Elías

9月22・23日開催の国連「未来サミット」に向けたプロセスの中で、アントニオ・グテーレス国連事務総長はしばしば「私たちは のるかそるかの瀬戸際(breakthrough or breakdown moment )にある」という強い言葉を用いながら、国際社会の分断がますます深まる中にあって対立を乗り越えて団結の道を選ぶことを世界のリーダーたちに呼びかけてきた。

こういう時だから一層、国レベルでそして国際レベルで私たちが望む未来について語り合い、固定観念にとらわれず、柔軟に解決策を提案して実践していくことがなおのこと重要だ。その上で、エネルギー、創造性、そして新鮮な視点を持つ前向きな変化の原動力として、世界人口の半分をも占める30歳未満の存在は大きい。そして、さらにこれから生まれてくる将来世代について言えば、今世紀中に100億人以上が新たに誕生すると見込まれている。

グテーレス事務総長の若者への期待は大きい。今年4月の国連ユース・フォーラムの場では、「若者の活力や信念には、拡散力があり、これまでになく必要となっている」と力を込め、世界中の若い世代が立ち上がり、声を上げ、真の変革を求めて活動していることを称えた。同時に、事務総長自身が若者の政治的な意思決定への参加に全力を尽くしていること、そして若者の意見を聴くだけにとどまらず、その声に基づいた実践につなげなければならないことを強調している。

グテーレス事務総長は持続可能な開発目標(SDGs)や、気候変動などについて、積極的に若者たちと議論の場を持ってきた

教育や職業訓練格差是正、雇用や経済的機会、メンタルヘルスを含む健康の確保などは、若者に関わる最優先事項であり、また気候変動対策は彼らの将来を大きく左右する課題だ。しかし、こうした政策の立案や資金・リソースの提供を含む意思決定に、どれだけ若者が参画できているだろうか。真に変革をもたらすためには、若者の有意義な参画のためのグローバルな基準が必要だ。

グテーレス事務総長は、国連「未来サミット」を前に、若者の果たす重要な役割について、SDGsヤングリーダーの一人と対談

国連を中心とする多国間主義への信頼、そしてより良い世界への希望を取り戻すためには、その取り組みの最前線に若者が立つことが不可欠だと、国連のすべての加盟国によって既に強く認識されている。それを背景に、国連では既にユース課題を担当する部局「国連ユースオフィス」が事務総長直属の組織として新設され、そのトップを務める事務次長補に弱冠32歳のウルグアイフェリペ・ポーリエ氏 が昨年任命された。同オフィスは、加盟国が義務的に分担する国連通常予算で賄われ、国連の活動の中で主流化されている。

2023年12月に国連の初代ユース担当事務次長補に就任したフェリペ・ポーリエ氏 世界の若者との対話を進める ©UN Photo Eskinder Debebe

この流れをさらに確かなものにし、国レベルにも浸透させようと、未来サミットで採択予定の「未来のための協定」は、若者そして将来世代に充てた章を設け、さらに協定の付属文書として「将来世代に関する宣言」が採択されることになっている。未来サミットの前夜祭として行われる2日間の「アクション・デイズ」では、その初日はユース課題がテーマだ。

国連広報センターは、日本の若者たちの実行力が未来サミットを目指して力を結集して実現した「未来アクションフェス」にも協力し、併走してきた。今年3月24日、未来サミットに向けて、東京の国立競技場で、気候変動対策と核兵器廃絶を柱に、歌とダンスのパフォーマンスも絡めた大規模なフェスを開催して機運を高め、日本の若者の声を発信したイベントだ。社会課題を全面に掲げ、エンターテインメントと融合させた日本でのイベントとして、稀有な例でもある。

6万6千人が会場に集まった未来アクションフェスでは、フェリペ・ポーリエ国連ユース担当事務次長補のビデオメッセージも放映された ©UNIC_Tokyo

 

特筆すべきは、フェスで採択する共同声明の礎として、オンラインで青年意識調査を行い、12万人近くもの声を集めたことだ(注:調査は10代から40代までを対象にしている)。

現在の社会に「満足している」「ある程度満足している」(計44.1%)との回答よりも「満足して いない」「あまり満足していない」(計55.9%)との回答が多く、未来に希望を「持てる」「どちらかといえば持てる」(計43.5%)との回答よりも「持てない」「どちらかといえば持てない」(計 56.5%)との回答が多い結果となった。同時に、社会に「貢献をしたいと思う」「どちらかといえばしたいと思う」との回 答は92.9%を占め、この思いを具体的な行動へと結び付けられるかどうかが鍵だということを示している。

未来アクションフェス実行委員会の「青年意識調査」 結果概要レポートより

また、若者の声がどの程度政策に反映されているかとの問いに対して、「あまり反映されていない」 「ほとんど反映されていない」との回答が合わせて 80.7%の結果となり、若者の声が届いて いないと感じる人が多いことが分かった。さらにクロス集計では、「未来に希望が持てるか」と「国や地方自治体の政策に若者の声が反映されているか」への回答の間に正の相関関係があることがわかり、若者の声を政策に反映する仕組み作りが、未来への希望という観点からも急務だということを浮き彫りにしている。

アンケートは国連についても尋ねている。国連について「良い印象を持っている」「どちらかといえば良い印象を持っている」との回答が合わせて 78.1%を占め、また「必要だと思う」「どちらかといえば必要だと思う」 との回答が合わせて 82.6%を占めた。さらに、国連は「必要ない」とする声の中で、圧倒的に多かった理由(自由回答)は、昨今の世界情勢を踏まえ、安全保障理事会の役割を問うものが多かった。

12万人の若者の声を集めた調査をもとにした提言がマルワラ国連大学学長に手渡された
©未来アクションフェス実行委員会

フェス実行委員会の若者たちは、調査で得られた声をもとに提言を盛り込んだ共同声明をまとめた。フェスのクライマックスでマルワラ国連大学学長に手渡された時には、雨が激しく降っていたものの、客席は満席のままだった。

国立競技場に7万人弱、オンライン視聴で50万人を動員した未来アクションフェスは多くのメディアにも取り上げられ、未来サミットに向けた顕著な若者の取り組み事例として国連で評価されている。そして、共同声明と青年意識調査の結果は国連のみならず、日本政府(外務省と子ども家庭庁)にも提出された。さらに、5月のケニアの首都ナイロビで開催された国連「市民社会会議」でブース展示を行い、世界から集まった多くの市民社会関係者からの注目を集めた。

    「市民社会会議」での一コマ 青年意識調査の結果は国連本部幹部にも伝えられた

9月の未来サミットとアクション・デイズには、未来アクションフェス実行委員会のメンバーをはじめ、多くの日本の若者が当事者として出席することになっている。私自身も現地入りし、「SDGメディア・ゾーン」から、日本の若者活動家、メディア関係者とユース課題担当のポーリエ事務次長補とのディスカッションをモデレートするなど、若者課題を中心に現地から発信する予定だ。そして、一世代に一度の多国間主義強化のための機会について、日本の皆さんに報告したい。

2024年1月世界経済フォーラムでの国連事務総長特別演説より