国連広報センター ブログ

国連のさまざまな活動を紹介します。 

日本から世界に伝えたいSDGs⑥【生まれる前から被爆者 家族それぞれの8月6日を胸に】

©UNIC Tokyo/Mariko Iino

【略歴】濱住治郎(はますみ・じろう) 広島県出身。母親が妊娠3カ月の時に被爆したことで、「胎内被爆者」として被爆者健康手帳を持つ。2003年に東京都稲城市原爆被爆者の会を結成し、2007年から体験を伝え始める。原爆胎内被爆者全国連絡会の結成にも尽力した。2019年の核兵器不拡散条約(NPT)運用検討会議第3回準備会で胎内被曝者として初めて発言。日本原水爆被害者団体協議会事務局次長。

いま、世界には1万2512発の核兵器があります。1945年に広島、長崎に原爆が落とされてから78年が経ちましたが、この間にも2000回を超える核実験が行われ、世界各地で核兵器による苦しみや破壊が続いてきました。

「原爆の恐ろしさは十分に知られていないのではないか」。核兵器廃絶を訴え続ける被爆者の思いの根底には、もう誰にも同じような苦しみを味わってほしくないという切なる願いがあります。唯一の被爆国日本からは多くの被爆者が声を上げ続けてきました。

広島で父を原爆で失い、家族全員が被爆した濱住治郎さん(77)もその一人です。濱住さんは母親の胎内で被爆した「胎内被曝者」です。何をどう伝えていくのか模索しながら活動を始めたのは50代後半でした。濱住さんの思いを支えるのが、家族から伝え聞いた8月6日、そして被爆者の先輩たちの姿です。

平和や公正はSDGsの大切な一つの柱。平和な世界でなければ、人間の尊厳も地球環境も守ることはできません。濱住さんの言葉や記録から、核兵器のない世界への願いを次の世代にどう継承していくかを見つめます。

 

父が原爆で亡くなった年齢になってこみあげた思い  

8月6日は、濱住さん家族の運命を大きく変えました。あの日、濱住さんの父親の正雄さんは爆心地500メートル付近の職場に出かけたきり戻ってきませんでした。母親ハルコさんは当時妊娠3カ月。翌日広島市中心部に入り、正雄さんを捜索する中で被爆しました。濱住さんは翌年2月に生まれ、父親の遺影がかかる家で育ちました。母親が電気の集金や畑仕事をし、兄は進学をあきらめて働き、7人の兄弟を支えてくれたと言います。

家族や親戚を含め、周りの多くの人が、被爆の体験を詳しく語ることはなかったと言います。市の中心部から4キロの位置にあった濱住さんの家は倒壊をまぬがれ、あの日多くの人が避難してきたことなどを断片的に聞く程度でした。

みんな生きるのに精いっぱいでした。兄も下に何人も妹たちがいて、私もいるでしょう。父が原爆で亡くなったという事実は自分の中にずっとあったんだけれども、そのことを詳しく聞こうということはあまりなかったんです」

しかし、父親が亡くなった年齢の49歳になった時に強い思いがこみあげてきました。

「私が母のおなかの中で3カ月の時に父は亡くなったんだけど、その3カ月の差で私はいま生きています。この不思議さは何なんだろうといつも思っていました。父が亡くなった年齢になった時、父親は8月6日どんなことをしていたんだろうか、どんな思いだったんだろうかと、もっと知りたいと思ったんです」

©UNIC Tokyo/Mariko Iino

自らは被爆の体験や記憶がない濱住さんは、6人の兄姉に手紙を書き、8月6日の様子を教えてほしいと頼みました。原爆投下から50年がたっていました。兄姉全員が便箋にしたためた返信をくれました。いつもと変わらず始まったはずの8月6日の朝、しかし家族の誰にとっても生涯忘れることのできないあの日の記憶が浮かび上がりました。

 

家族のあの日の記憶を胸に

2023年8月6日の広島 とうろう流しの様子 写真提供:濱住治郎

1945年8月6日、濱住さんの一番上の姉(当時16歳)と二番目の姉(14歳)は学徒動員で、朝早く出かけていました。激しい光と爆音、爆風の中、建物が崩れてきたことなどを綴っていました。濱住さんがまとめた手記から一部を抜粋します。(漢字の表記などは原文ママ

暗闇の中、何が起きたか分からなかった。工員さんたちが屋根を破って、一人ずつ外にだしてくれた。(中略)被爆し、火ぶくれになった人たちが逃げてきた。髪はバサバサ、裸同然であった。(中略)汽車の中は、ヤケドの人でいっぱい。「お願いします。水を下さい。」という声がする。川の中も、人でうまっていた。「家の者が、この様子だったら?自分は助かるだろうか?」心配しながら歩き続けた。

 

長兄(当時12歳)と三番目の姉(当時9歳)は、山間地域に集団疎開し、農作業の日々を過ごしていました。そこからもはっきりと原爆の様子が見えたことを書いていました。午後には黒い雨が降ったことも覚えていました。

ー八時から校庭で朝礼。六年生から二列に並んで五十メートル離れた兵台の校舎へ入る手前で、「ピカッ」と光った。暫くして「ドガン」。東方面、「広島がやられたぞ」と叫ぶ声。山の向こう側へもくもくと盛り上がるキノコ雲。(中略)夜は、空が真っ赤であった。「これは、大変なことになっている。」わが家のことが心配であった。

 

四番目の姉(当時7歳)と五番目の姉(当時4歳)は、広島市の中心部から4キロ離れた自宅にいました。すぐに多くの人が家に避難してきて手当に追われました。

ーガラスのあった部屋はガラスが破れ、ふすまに立ち込んでいた。壁つちはタンスに寄りかかっていた。北側の道路に面した戸は全部壊れ、道行く人が全て見えた。(中略)三十分もすると、焼けただれた人達、血を流した人たちがどんどん逃げてきた。

 

濱住さんの家に30人ほどが身を寄せました。ひどい火傷を手当てする薬もなく、じゃがいもをすったものを塗りました。大きな外傷がなくてもその後高熱を出し、髪の毛が抜け、亡くなる人もいました。そんな中、家族全員が父の帰りを待ち続けました。

母親と、二番目の姉たちは、父正雄さんを捜すために、翌日から市内を歩き回りました。爆発の熱が残り、誰だか区別できない姿があちこちに転がっていたと言います。二日後ようやく焼け跡から見つかった父は変わり果てた姿で、身に着けていたベルトの金具など遺品3点から確認できました。幼かった姉たちは、帰宅した母から「お父さんがこんなになっちゃったよ」と見せられ、母親と抱き合って泣き、食事ものどを通らなかったと記しています。二番目の姉たちは数日後に高熱が出て下痢や吐き気に襲われて寝込みました。

手紙から、家族のそれぞれが、言いようのない悔しさや、辛さを心に秘めてきたことを濱住さんは感じたと言います。初めて知ることばかりでした。

爆心地から500メートルのところで見つかった遺品のベルトなど 写真提供:濱住治郎

「私がまだ生まれる前の知らなかったことが具体的に書かれていました。そんなことがあったのかと思いました。直接話せなかったのでしょう。兄弟によっても、自分のことを知られたくない、知らせたくないというのがあったと思うんです。二番目の姉は話したくないと言っていました。広島で行われる式典や運動についても冷ややかでした」

原爆によって、その年だけで広島では約14万人が、長崎で約7万人が命を落としました。日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)の資料によると、家族に看取られながら亡くなったのは全体のわずか4%、42%は行方不明のままでした。

 

胎内被爆者としての使命を感じて

濱住さんが「胎内被曝」について調べ始めたのは、兄姉の体験を手紙で読んだのと同じ頃でした。

2022年3月末時点で被爆者の数は11万3649人、そのうち胎内被爆者として認定されているのは6602人です。妊娠早期に強い放射能を浴びたことで発症する小頭症などの障がいを持って生まれたり、がんなどの病気に苦しんだり、早くに亡くなったりする人も多く、若い細胞の胎児だったからこそ影響を大きく受けたことがわかっています。濱住さんも体が強い方ではなく、健康への不安や、結婚してからは子どもへの影響なども気にしながら過ごしてきました。胎内被爆者の中には病気や社会の無理解に苦しみ、若くして自ら死を選んだ人もいました。

胎内被爆者のつながりを作りたいと、濱住さんは、2014年の「原爆胎内被爆者全国連絡会」の結成に加わりました。その中で多くの胎内被爆者の人生も知りました。濱住さんは、40歳で亡くなるまでがんとの闘病を続け、核兵器廃絶を訴えた胎内被爆者の女性が残した文章が忘れられません。

「”生まれる前から被爆者だった”という言葉を残しているんです。それが一番強烈でした。核兵器は人間として生きることを否定するのだと思います。そういうものを人間に落とすということは、人間を人間として認めないということだと思います。核兵器は絶対にあってはならない。胎内被爆者という立場で訴えていくのが自分の使命だと思っています」

濱住さんは、2003年に暮らしていた東京都稲城市でも原爆被爆者の会を結成し、2007年に原爆を語り継ぐ絵本を出版したことでできた市民グループでも、毎年のように核の問題を伝える展示を行ってきました。学校で話をしてほしいと頼まれたのが後押しとなり、胎内被爆者として語り始めました。

市民グループ稲城平和を語り継ぐ三世代の会」で今年8月行った展示にて
©UNIC Tokyo/Mariko Iino 

濱住さんは、ニューヨーク国連本部も数度訪れ、2019年の核兵器不拡散条約(NPT)運用検討会議第3回準備会では、胎内被爆者として初めて発言しています。濱住さんは歴史を知るほどに、先の被爆者たちがどれほど懸命に原爆被害の事実を調べ、補償や援護体制の実現を訴え、核兵器廃絶を願い活動してきたか、その重みや深みを感じてきました。”一番若い被爆者”としての責任と使命を抱いて活動していると言います。

「単なる被害者として被爆者がいるんじゃない。かわいそうな人間というのではなく、人間として原爆の悲劇をどう乗り越えていくのか、世界の人たちの問題として意識して先輩たちが取り組んできてくれたのです。核の問題はそこで終わりません。どれだけの人間が苦しんできたか。一番苦しんでいる人たちの声をどれだけ聞けるか、そこを無視していては同じことを繰り返すんじゃないかと思うのです」

2019年ニューヨーク国連本部での会議で発言する濱住さん 写真提供:日本被団協

この時代にどう伝えていくのか

戦後78年がたち、原爆を直接体験している人が少なくなる中で、伝える難しさは増しています。濱住さんは体験を話す度に、「自分は何も話せていないのではないか」という思いになると言います。それでも、胎内被爆者の自分が、つなぎ役になれればという思いを強くし、事務局次長を務める日本被団協では被爆二世として活動する人たちを支援する役割も引き受けています。

一つの希望は、若い世代の反核や平和活動への参加です。コロナ禍での核兵器についてのオンラインの証言会や禁止を求める署名も若者の呼びかけで実現しました。

若い人たちは決断がすごく早いんですよね。私だったら何をしようか迷い、何にもできないでくることもあったんだけど、彼らの行動力に励まされています。若い人たちの行動が、被爆者の力になっています」

そうした若い世代の力を得て、今年新たな伝える試みが実現しました。これまで被団協がNPT運用検討会議の機会に合わせて国連で4回行った原爆展を、オンラインでも見られるようにしたのです。サイトは約50ページにわたります。

広島・長崎の被害の概要に加え、被爆者が核とどう向き合ってきたか、核実験や核廃棄物の問題、チェルノブイリ、福島の原発事故など、現代に続く核の問題を体系的に日本語と英語で紹介しています。展示会場に足を運べなくとも、世界中からアクセスでき、核の問題について知ることができます。日英に加えてさらなる多言語化も目指しています。

2022年国連本部で開かれた原爆展の様子 この展示の48枚のパネルすべてをオンラインで見ることが可能に 写真提供:日本被団協

いま、分断が広がる世界で、核兵器使用のリスクが高まっています。穏やかで静かな口調の濱住さんが、世界は広島、長崎に向き合っていないのではないか、日本もまた十分に向き合えていないのではないかと、語気を強めました。

「生きることを否定する核兵器は許してはいけないのです。それを世界中の人にわかってほしい。犠牲になるのは市民であり、子どもです。私は命の大切さを子どもたちにも伝えていきます」

核兵器も戦争もない世界を次世代に届けることが、被爆者と世界の大人たちの使命”。母の胎内で生まれる前に被爆し、被爆者としての人生を歩んできた濱住さんの思いです。

 

(取材・構成 飯野真理子)

胎内被爆者のイメージを描いた絵とともに(絵:稲田善樹) ©UNIC Tokyo/Mariko Iino  

国連本部での原爆展をオンラインミュージアムとして開設したページはこちらからご覧になれます。

 

SDGs実施のハーフタイム:後半戦での反転攻勢を目指して

SDGsのこれからを決する国連総会ハイレベルウィークの開幕を前に、9月16日、ニューヨークの夜空がドローン・アートで彩られた。国連本部のXアカウントより

国連広報センター所長の根本かおるです。

今年は、持続可能な開発目標(SDGs)にとって、2016年から2030年までの15年間にわたる実施の中間点という重要な節目です。9月18日からの国連総会ハイレベルウィークでは、4年に一度のSDGサミットが開催されます。いまSDGsの進捗は、窮地に立たされています。

 

前回のSDGサミットが開催された2019年の時点で、SDGsの進捗は2030年までの達成の軌道から大きく外れていたのですが、その翌年に新型コロナウイルス感染症の世界的大流行が始まり、さらに気候変動が加速度的に進んで「地球沸騰化」の時代に突入し、大きな気候災害が世界中でドミノのように発生しています。さらには2022年2月のロシアのウクライナ侵攻の始まりに端を発するウクライナ戦争とそれに伴う食料危機や物価の高騰によるダメ押しがありました。はっきり言って、「赤信号」がともっているのです。

7月に国連が発表した「SDGs報告2023・特別版」のグラフを示しながら、いかにピンチにあるのかについてお話したところ、シンポジウムに関わっているメディア企業の方から、「今日の話を聞くまで、ここまで窮地にあるとは知らなかった」とのコメントをいただきました。

SDGs17のゴールの最新の進捗を示すグラフ 緑色が順調に推移している部分

 

SDGsのターゲット全体の中からデータに裏打ちされた140ターゲットについて分析したところ、順調に進捗しているのは15パーセントにとどまり、48パーセントは進捗が不十分、そして37パーセントは停滞あるいは後退しているのです。17つの目標のうち6つについては、順調に進んでいるものは一つもありません。しかしながら、SDGsの認知度が90パーセントを超え、関心も高い日本において、「SDGsが窮地にある」ということがあまり知られていないのでは、と感じています。

2018年9月にローンチされた国連とメディアとの連携の枠組み「SDGメディア・コンパクト」は、加盟メディアの数は400を超え、そのうち200を超えるメンバーは日本のメディアです。これらSDGsに熱心なメディアが、日本でのSDGsの認知度向上に大きく貢献したと感じていますが、後半戦に向けたSDGサミットの機会に、SDGsを取り巻く厳しい現状についてより積極的に取り上げるとともに、2030年までの実施の後半戦における変革の動きを太い運河のような流れにすべく、提案型・課題解決型の発信を強めていただきたいと願っています。

先日更新したブログ記事「『地球沸騰化』時代の気候アクション」でも多くの意識調査の結果を取り上げましたが、危機感を持ってもらうことは大切ではある一方で、終末論的な発信ばかりにさらされると、人は感覚がマヒし、ニュースに心を閉ざしてしまいがちです。同時に、ニュースを避けがちな人々が、明るいニュース、解決策を伝えるニュース、複雑な出来事を理解するのに役立つ解説などを求めていることも浮かび上がっています。

 

 

人類の存亡を左右する脅威であり、ほぼすべてのSDGsのゴールを台無しにしてしまう影響をもたらす気候変動についても、今年3月に公表された「気候変動に関する政府間パネルIPCC)」第6次評価報告の統合報告書は、「私たちがこの10年に行う選択と行動が数千年にわたり影響を与える」と指摘し、私たちが地球をつないでいけるかどうかの分岐点にあることを示しています。そのような重要な分岐点にあって、人々の諦めや無関心が勝ってしまうような事態は何としても避けなければなりません。

 

 

そのような中、国連総会ハイレベルウィークに合わせてニューヨークの国連本部で開催されるライブ配信イベント「SDGメディア・ゾーン」(9月18日―22日)に、ナタリー・ポートマン氏やテレビドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」にも出演していたニコライ・コスター=ワルドー国連開発計画(UNDP)親善大使をはじめとする著名人、国連機関の長、グローバル企業や研究機関、市民社会団体の役員等が登壇します。登壇者には、日本の研究者やメディア関係者、国連の邦人幹部職員も含まれ、窮地にあるSDGsの救済策や地球沸騰化時代の気候アクションなどをテーマに、議論を展開します。

 

 

SDGsの実施期間の中間点にある今年は、試合に例えればまさにハーフタイム。この重要な節目に、日本からの登壇者らは日本と世界の人々にSDGsの達成や気候危機への対応に有効なアイディアや視点を提供しながら、白熱する議論や成果を受けて緊急報告を行います。

SDGサミット(9月18日-19日)の初日には、4年ぶりとなるグローバル・サステナブル・デベロップメント・レポート2023(Global Sustainable Development Report 2023)の執筆に関わった世界15人の独立科学者の一人である、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科の蟹江憲史教授から、SDGs達成に向けた変革において科学の果たす役割を中心に、私がお話を伺います。さらに、SDGメディア・ゾーンを舞台に、「1.5℃の約束」気候アクションキャンペーンに関して、日本のメディア関係者からの発表も行われる予定です。

 

国連本部のSDGメディア・ゾーンには日本からの登壇者も複数出演

 

「SDGメディア・ゾーン」のプログラムは、日本関係者のセッションも含め、国連本部のウェブサイトに順次公開されていきます。すべてのセッションが国連のオンライン・プラットフォーム「UN WebTV」から世界にライブ配信され、同プラットフォームにアーカイブされます。国連広報センターは日本からの登壇者が参加するセッションについてSNSで情報を発信する予定ですので、どうぞご注目ください。

2023年の国連総会ハイレベルウィーク中には、世界の首脳が集結する一般討論(9月19-23日および26日)に加え、SDGサミット(9月18日-19日)、開発のための資金調達に関するハイレベル対話(9月20日)、気候野心サミット(9月20日)、パンデミック予防・備え・対応(PPR)に関するハイレベル会合(9月20日)、「未来サミット」のための閣僚級準備会合(9月21日)、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)に関するハイレベル会合(9月21日)、結核との闘いに関するハイレベル会合(9月22日)といった重要な会合が開かれます。

国連総会ハイレベル・ウィークを前に9月13日に記者会見したアントニオ・グテーレス国連事務総長は、ハイレベル・ウィークでの最優先課題について質問され、次のように答えています。

SDGsの実施を突破する上で、国際社会のキャパシティーが飛躍的に前進するよう、確かなものにすることこそが、私たちにとって最も重要な目的です」

 

 

飛躍的に大きな進展につながる成果を見守っていただきますよう、どうぞよろしくお願いします!

平和のための連合:一丸となって平和維持を強化する

インドネシアジャカルタの国連広報センターによる、「三角パートナーシップ・プログラム(TPP)」の訓練についての記事を日本語でお送りします。TPPとは、平和維持活動(PKO) 要員派遣国、支援国、国連の三者が共同で取り組む国連のPKO力構築事業のことです。PKOの効果的な実施には、施設(工兵)、医療、情報通信(C4ISR)といった分野の知見と技術が欠かせません。本プログラムの下、日本の陸上自衛隊インドネシアカンボジアモンゴルの兵士に、重機操作の指導に必要なスキルやノウハウを提供した訓練の様子をお伝えします。

訓練に参加したインドネシアカンボジア、モンゴルの兵士らと日本の自衛官

 

「自信に満ちている」、それこそが、ジャカルタに近い故郷から1万キロ以上も離れた中央アフリカ共和国で、重機を巧みに操作するライアン・ハーディカ士長を表現するのに、最もふさわしい言葉でしょう。その自信を支えている原動力とは何でしょうか。それは、昨年日本の自衛官による訓練を通じて得られた、知識と専門技能なのです。

 

ハーディカ氏は、国連平和維持軍の誇り高き一員であり、国連中央アフリカ多面的統合安定化ミッション(MINUSCA)に派遣されたインドネシア軍部隊に加わっています。派遣に先立ち、ハーディカ氏ら19名は昨年、補給路やキャンプ地を含めたインフラ建設、修繕の手助けや、派遣地域で想定される自然災害後の国の復興活動の支援を目的とした、国連による「三角パートナーシップ・プログラム(TPP)」の訓練を完了しました。

 

「重機をうまく操作できるようになることは、このコースのほんの一部に過ぎません。重機の整備をより厳格に行うこと、作業や安全管理の手順により注意を払うことなど、他にも多くの知識を得ることができました」と氏は話しています。

 

昨年実施されたコースの成功を受けて、日本の陸上自衛隊JGSDF)は先月、インドネシアのセントゥールにあるインドネシア平和安全保障センターを再訪し、今度は将来の教官や機材指導員の候補たちを指導しました。この訓練には、国際協力の精神の下、カンボジアとモンゴルの兵士たちも参加しました。

 

重機操作教官養成訓練は、兵士が自国の軍隊で教官を務められるよう準備と装備を整えることを目的としています。3カ月にわたるこのコースは、重機操作技能、教育方法、建設プロジェクト管理の3つの技能を向上できるように設定されています。

 

訓練中に実際に重機を操作するカンボジアの兵士

 

「平和維持活動は、多様で流動的な環境下で行われており、それぞれが固有の課題を抱えています」と日本からの訓練部隊を率いる竹本憲介2等陸佐は話しています。「これら3つの技能を習得することで、平和維持要員たちは、パトロール中の重機の操作から地元コミュニティーに重要な技能を教えることや、復興作業の管理に至るまで、さまざまな業務に対処する適応性と多才さを身に付けられるようになります」

 

インドネシア東ジャワ州から参加したエンガ・パーマディ大尉は、コースで学んだことを次のように説明しています。「掘削機、積み込み機、地ならし機、ブルドーザーといった機器や重機の操作を学ぶだけでなく、教え方についての知識や経験も得られます。それによって、その知識を多くの国に展開している部隊にも伝えることができるのです」

 

カンボジアのヴァンナ・ネン中佐は、自国の軍隊で約300人の平和維持要員候補者を育成する予定で、このように話しています。「しかしもちろん、この訓練によって最も恩恵を受けるのは、派遣先の地域に暮らす人々です。それは特に、道路に損傷が多く、移動が困難になっている中央アフリカ共和国の人々です」

 

世界平和を構築するためには、世界規模の解決策を

インドネシアには、平和維持活動に参加してきた長い歴史があり、世界中のさまざまな国連ミッションに向けた部隊や人員の派遣に積極的に関与してきました。すでにグローバルな平和維持活動において世界第8位の貢献国となっているインドネシアでは、さらなる関与を視野に入れており、インドネシア軍が今回の訓練の開催を申し出たのはそのためだと、インドネシア平和安全保障センターの司令官であるレティオノ少将は述べています。「わが軍の兵士は、この訓練で重機や機械類の操作経験が豊富な人たちから学ぶことができ、その恩恵を受けています。来年もインドネシアでのコースが続くよう期待しています」

 

現在、インドネシアは、派遣が必要とされる地域に2,700人を超える国連平和維持要員を派遣しています。中でも、中央アフリカ共和国コンゴ民主共和国(国連コンゴ民主共和国安定化ミッション(MONUSCO))の2つの地域は重機の運用を必要としています。2022年以降、インドネシアはこれらのミッションに350人を超える平和維持要員を派遣しており、重機操作の専門知識を持つ平和維持要員の増員が引き続き求められています。

 

国連三角パートナーシップ・プログラムは、平和維持要員の能力を高め、包括的な訓練と能力開発を提供すべく創設されました。このプログラムでは、協働による取り組みを通じて世界平和を達成するという共通のビジョンを持つ参加者が、複数の国から一堂に会します。

 

「国連の平和維持要員たちが世界の変動や不安定さの高まりに直面している中、世界各国から派遣される、十分に訓練された部隊に対する需要は、依然として高いままです」とアトゥール・カレ国連オペレーション支援担当事務次長は述べています。「この訓練の真の成功は、世界的な平和活動のパフォーマンスを高めることだけでなく、国際協力における強い絆を育むことでもあります。そしてこれらは、世界の調和と永続的な平和を実現する上で有益なのです」

 

(本記事は英語インドネシア語で掲載されています)

「地球沸騰化の時代」の気候アクション

                     執筆: 根本かおる国連広報センター所長                                                                    

この夏は日射しが痛いほど強烈だ。高温と多湿で、命に危険なほどの暑さを体感している。「熱中症対策アラート」が頻繁に発令され、体調を崩さないためにめっきり外出が減ってしまった。習慣になっていた週末のジョギングも、中断している。気候変動と健康との関係をこれまでになく痛感している。7月下旬から8月初めにかけて2週連続で、全国の熱中症による搬送が1万人を超えた。

世界気象機関より 20237月の世界の平均気温

今年7月の世界の平均気温が、いずれの月を対象にしても、史上最高となった。1991年から2020年の7月の平均よりも0.72℃高く、1850年から1900年の7月の平均よりも1.5℃高い。年平均で1.5℃上昇したわけではないものの、「1.5℃上昇」の世界をイメージする手掛かりにはなるだろう。

1940年から2023年までの7月の世界の地表気温の推移  Data: ERA5. Credit: C3S/ECMWF

地球温暖化の時代は終わった。地球沸騰化の時代が到来した」と、7月の事態を受けてアントニオ・グテーレス国連事務総長は記者会見で危機感をあらわにしている。

この高温熱波 は大規模な気候災害を引き起こしている。春以降続いているカナダの森林火災による大気汚染は、ニューヨークをディストピアのようにオレンジに染めた。同じく熱波と山火事に見舞われている米国では、600万戸もの住宅が森林リスクの増大のために保険に加入できなくなっている。地中海沿岸の国々での山火事に続き、日本人にとってリゾート地として馴染みのあるハワイ・マウイ島でも大規模な森林火災が起こり、米国での山火事としては過去100年で最悪のものになった。

同時に、地球が温暖化するにつれて、海水温が上昇し、大気中の水蒸気が増え、ますます激しく、より頻繁に、より深刻な豪雨が発生し、洪水につながることが予想される。日本、韓国、中国ではこの夏、まさにそれが起こっている。また、フロリダでは海水温の上昇でサンゴの白化が大規模に進むなど、生物多様性の喪失にも拍車が掛かっている。

 

次から次へと続く大規模な気候災害のニュースを前に、ニュースの受け取り手である私たちの心は麻痺してしまう。ニュース報道には、ややもすると事件・事故・災害などネガティブなニュースに注目しがちな傾向がある。職業柄日常的に多くのニュースに接することが必要な私も、大量の暗いニュースに触れていると受け止めることができなくなり、意図的にニュースを遮断する時間を設けることにしている。自分にとって、心が侵食されるのを防ぐ自己防衛策でもある。

イギリスでの調査結果によると 、新型コロナウイルス感染症パンデミックが始まった当初、人々はこの未知の感染症について積極的に情報を集めようとしたが、悲惨なニュースばかりが重なって耐え難くなると、人々はニュースへの心の窓を閉ざしてしまった。調査に協力した人々は、終わりのない危機のリストに直面して絶望に圧倒され、自分自身を守るためにオフにしたと回答している。情報を入手することよりも自分自身のウェルビーイングを優先することを選択した、メディアには人々の気持ちを上向かせるニュースやパンデミックから抜け出す方法などについてもっと取り上げてもらいたかったなどと指摘している。来る日も来る日も破滅論的な破壊と喪失のニュースばかりで警告が多すぎると、人々の心を麻痺させるだけではなく、恐怖と諦めの念を植え付け、その先の思考をストップさせてしまう。問題を問題として伝えるだけでは、不十分なのだ。

パキスタン、パンジャーブ州ラジャンプル地区にあるUNICEF施設の外に立つ子ども 
© UNICEF/Juan Haro

ではどうすれば、気候危機について危機感を持って伝えつつも、危機打開の解決策と可能性に自分事として目を向けてもらうことができるのだろうか。今年3月に公表された「気候変動に関する政府間パネルIPCC)」第6次評価報告の統合報告書は、「私たちがこの10年に行う選択と行動が数千年にわたり影響を与える」と指摘し、私たちが地球をつないでいけるかどうかの分岐点にあることを示している。そのような重要な分岐点にあって、人々の諦めや無関心が勝ってしまうような事態は何としても避けなければならない。コミュニケーションに携わる関係者が力を合わせて、解決のためのアクションをそれぞれのやり方で可視化し、人々を巻き込んでいくに価する大問題だろう。ロイタージャーナリズム研究所の「デジタルニュースリポート2023」も、ニュースを回避する人々が明るいニュース・解決策を提案するニュース・複雑な出来事を理解するのに役立つ解説を望んでいることを浮き彫りにしている。

長年コミュニケーションに携わっていて感じるのは、私たちはチャレンジする人の姿にこそ共感し、希望や可能性を見出すということだ。だからこそ、気候変動という大きな課題に対して問題意識を持って行動する人々のストーリーを可視化し、閉ざされがちな思考回路をほぐして「私にもできる(かも)」と感じてもらい、巻き込んでいくことが重要だろう。だからこそ、国連広報センターでは日本の多くのメディアとともに、気候アクション提案型の「1.5℃の約束」キャンペーンを昨年から展開している。

 

 

地球の気温上昇を1.5℃に抑えるための余地はどんどん狭まりつつあるが、社会の仕組みを脱炭素型に大きく舵を切って排出量を大幅に減らしていけば、最悪の結果を回避することができる。まだ間に合ううちに、関心を失った、または気候危機に目覚めたばかりのオーディエンスを対象に、より効果的な巻き込み型コミュニケーションが必要だ。気候変動について知ってはいるものの、積極的に情報を収集していなかったり、危機の大きさに圧倒されていたりする人々に、いま一度気候変動について強い関心を持ってもらいたいのだ。地元の農業、旬の食材、趣味のスキー、夏の高校野球、水、子どもの健康、年老いた両親など、人々が気にかけていることと気候課題とを点線でつなぎ、気候に関する警告を人々に関係あるものとして提示することができるだろう。

さて、では「日本」を考えてみよう。若者に関する国際比較調査で、日本では他国と比べて気候変動への危機感の低さや自分事化が進んでいないことが明らかだ。同時に、気候変動対策を取ることに対して、「機会」よりも「負担」 と捉える傾向が強い。「エアコンの設定温度を28℃に」などの「我慢」型の節電が対策の主流として語られがちだったことも関係しているかもしれない。これからは気候変動対策について、より快適でお得な生活を営むためのライフスタイル変革  という打ち出し方が一層大切になるだろう。国内での年代別調査では、気候変動を心配する気持ちは年代が上の世代の方が下の世代よりも強く、行動に関しては下の世代が上の世代よりも実践していることが明らかになっており、気候変動について年代を越えてともに考え行動することがポイントだろう。

環境省も昨年秋から「脱炭素につながる新しい豊かな暮らしを創る国民運動」を立ち上げ、その運動を支える官民連携協議会には700を超える企業・自治体・団体などが参加している。国民運動の愛称も、脱炭素の「デカーボナイゼーション」と環境にやさしいの「エコ」とを掛け合わせた活動を指して、「デコ活」に決まった。愛称とともに、脱炭素につながる快適でゆたかな暮らしのイメージを共有しつつ後押しして欲しい。

振り返れば、今は当たり前になっている食品パッケージに記載されている栄養成分表示も、禁煙・分煙も、ビデオ参加を活用した会議やイベントも、使い捨てレジ袋をもらわずにエコバッグを使用することも、少し前には当たり前のことではなかった。いずれも社会のニーズや国際的な潮流などに押されて、世の中に広まったものだ。排出量削減の努力の見える化を進める動きが加速する中、私たちが栄養成分表示を参考にしながら食品を買うように、従来のものよりどれだけの量・比率で排出量削減につながるかという情報を手掛かりに製品・サービスを選ぶ ことが主流になる時代ももうすぐ来るかもしれない。

忘れてはならないのが、気候変動で一番深刻な被害を受けるのは、最貧国や小さな島国、スラムに暮らす人々、住民、そして若者・子どもやこれから生まれてくる世代だという点だ。地球温暖化をはじめとする気候変動の原因である温室効果ガスの排出にほとんど関わっていない彼らに、気候変動の影響のしわ寄せが行ってしまうことについて、「クライメート・ジャスティス(気候正義)」のレンズを通して見つめることが必要だろう。現在と過去の世代が作り出した負担をこうした人々に押し付けることは、気候正義に反するものだ。彼らへの共感と連帯を大切にするとともに、持続可能な開発目標(SDGs)が提示する経済・社会・環境を統合的にとらえるアプローチと「誰一人取り残さない」との原則が、気候変動へのアクションでも不可欠だ。

 

この原稿を執筆中の8月15日、画期的なニュース が飛び込んできた。米国モンタナ州で5歳から22歳までの子どもと若者16人が州政府を相手取って起こした気候訴訟で勝訴したのだ。モンタナ州憲法第9条第1項はすべての州民に「清潔で健康な環境」を約束し、きれいな環境が州民の権利として明文化されている。報道によると、判決は、州政府の不十分な対応によって排出された温室効果ガスが、原告側の子どもや若者に経済的な損失や肉体的・精神的な損害などを与える重大な要因となっていることが証明されていると結論づけた。温室効果ガス排出量が増えるごとに、原告の損害は増え、気候変動による損害が固定化される危険性も指摘。その結果、州民に認められている「清潔で健康的な環境の権利を侵害し、違憲である」としている。

世界的に気候変動に関する訴訟は増加傾向にあり、国連が7月に発表した調査によると、世界で気候変動に関連した訴訟は2017年(884件)から2022年(2180件)にかけて2倍以上に増えている。ほとんどは米国の訴訟だが、2180件のうち約17%は開発途上国での訴訟だ。モンタナ州での勝訴が他の気候訴訟にもインスピレーションと刺激を与える だろう。

国連総会は2022年7月に「清潔で健康的かつ持続可能な環境への権利」を人権と認める決議を採択した。さらに2023年3月には、気候変動と人権に関する国際司法裁判所(ICJ)の諮問的意見を求める決議を採択した。4年前に太平洋の島国フィージーの大学の学生たちが授業での議論を出発点に太平洋諸国の指導者たち宛てに手紙をしたためたところ、バヌアツが反応し、この決議案を主導したのだ。決議は、気候変動の悪影響から現在および将来の世代の権利を守るために、国家が負うべき義務とは何かを明らかにすることを目的としている。ICJは今後、気候変動に関する裁判に引用される可能性のある提言を作成することになる。

9月の国連総会ハイレベルウィーク期間中の9月20日には、グテーレス国連事務総長の呼び掛けで「気候野心サミット」が開催される。加速度的に気候変動が進む中で、野心・信憑性・実施の3つの分野において真のファースト・ムーバーズとファースト・ドゥーアーズ(先行者および実行者)のみが発言の機会を得られると事務総長は語っている。

11月30日からドバイで開催される気候変動枠組条約第28回締約国会議(COP28)に向けた前哨戦だ。

国連広報センターではこの機会をとらえ、「やればできる」の精神でクリエイティブに発想して行動する人々のストーリーを中心に、世界が気候課題に取り組む危機感と熱量とを「1.5℃の約束」キャンペーンを通じて発信していく。

 

 

「1.5℃の約束」キャンペーン2年目に掛ける思い キーワードは「野心」と「正義」

UN Photo/Mark Garten

「人類は薄氷の上を歩いている。しかもその氷は急速に溶けつつある」

「気候の時限爆弾が時を刻んでいる」

これは今年3月20日、「気候変動に関する政府間パネルIPCC)」が第6次評価報告書の最終章にあたる統合報告書を発表した際に、アントニオ・グテーレス国連事務総長が寄せたメッセージの冒頭の言葉だ。

9年ぶりとなるIPCC統合報告書は「私たちがこの10年に行う選択と行動が数千年にわたり影響を与える」と指摘し、私たちが地球をつないでいけるかどうかの分岐点にあることを示している。

 

2022年、国連広報センターは国連としては世界で初めて、国レベルで多くの「SDGメディア・コンパクト」加盟メディアを動員して、「1.5℃の約束」気候アクションキャンペーンを展開した。なぜ世界の平均気温の上昇を産業革命前から1.5℃に抑える必要があるのか、それが私たちのいのち・暮らし・経済にどう関係するのか、そして私たちに何ができるのか。6月17日から11月18日までタイミングを合わせて、メディア主体のキャンペーンを、業態も規模も様々な146ものSDGメディア・コンパクト加盟メディア有志の力を結集して行うことができた。

画期的な一歩を踏むことができた訳だが、気候変動はそれ以上のスピードで進み、事態はもっと悪化している。3月のIPCC統合報告書は、全人類にとって住みやすく持続可能な未来を確保する機会の「窓」は急速に閉じつつあると強い警鐘を鳴らした。

世界の平均気温は産業革命前よりも既に1.1度上昇。海面上昇のペースは70年代以降加速し、世界の平均海面水位は20世紀初頭と比べて20センチ高くなっている。熱波や豪雨、干ばつといった異常気象も起きやすくなり、複合災害が起きるリスクも高まっている。世界人口の半分に迫る約33億~36億人が高い気候リスクにさらされているが、インフラが整っていない脆弱な途上国ほど、温室効果ガスの排出に加担していないにも関わらず深刻な被害を受ける。気候変動に対する責任が最も少ない人々が、不当にその影響を被っている中、「気候正義」の視点が決定的に重要であることは言うまでもない。10~20年の洪水や干ばつ、暴風雨による死亡率は、影響を非常に受けやすい地域ではインフラが整った豊かな地域に比べて15倍も高かった。

2022年のパキスタンの洪水 娘を抱きかかえる女性 @UNICEF/UN0730486/Bashir

IPCC統合報告書は、排出削減努力の必要性についてこれまで以上に踏み込み、1.5度目標実現への窓を閉ざさないためには、2035年までに温室効果ガスの排出を2019年比で65%削減することを世界に求めている。強い危機感のもと、今後10年で待ったなしで大幅な排出削減が欠かせない。報告書は解決策として、この10年間で大幅、急速かつ持続的な緩和策および適応策を加速すれば、人間や生態系に対して予測される損失と損害が軽減される、として各国の行動を促すとともに、気候変動対策に資金を振り分け、十分な資金を動員すること、国際協力が重要であることを強調している。

さらに、こうした措置が幅広く恩恵をもたらすことも指摘している。恩恵の具体例としては、クリーン・エネルギーやテクノロジーへのアクセスは特に女性と子どもたちの健康を増進するとともに、発電の低炭素化、徒歩や自転車、公共交通機関での移動によって大気環境が改善される。大気の改善だけを取っても、人々の健康増進による経済的恩恵は排出量の削減または回避にかかるコストと同等、あるいはそれを上回る可能性がある、と挙げている。

デンマークの洋上風力発電 @UN Photo/Eskinder Debebe

気候変動を前に、「途方もなく大きな課題」という虚無感や「どうせ何をやっても無駄」という無力感を感じる方も多いかもしれない。しかし、今必要なのは、もう一歩先を見越して、より野心的な行動に対する緊急の必要性を認識し、もし私たちが今すぐに行動を起こせばすべての人々が住み続けられる持続可能な未来を確保できるという可能性への確信だろう。

昨年の「1.5℃の約束」キャンペーンでは、日本中のメディア・パートナーの創造性、リーチ、影響力が活用された。この経験を単年にとどめるのではなく継続してこそ、より強力なインパクトを生むことができる。深刻化する気候危機に対処するための圧力をこれまで以上に強めていく必要があると考え、私たちは2023年も「1.5℃の約束」キャンペーンを継続して推進することを、IPCC統合報告書発表と同じ3月20日に発表して即日実施を開始した。キャンペーン2年目の実施開始から1ケ月で、参加表明は150メディアとなり、昨年の参加総数の146を超え、メディアの間の関心の高さをうかがうことができる。

 

 

今年11月から12月にかけてアラブ首長国連邦UAE)のドバイで開催される気候変動枠組条約第28回締約国会議(COP28)は、パリ協定の目的や長期目標と比較して、国際社会全体の温暖化対策の進捗がどの位置にあるのかを、各国の温暖化対策や支援に関する状況やIPCCの最新報告書などの情報を基にして、5年ごとに評価する「グローバル・ストックテイク」を行う。各国はこの点検の結果をもとに、2035年の削減目標をより野心的なものに引き上げることが求められることになる。

この原稿を執筆中の4月21日に国連の世界気象機関(WMO)が発表した世界の気候に関する2022年の年次報告書は、切迫する気候変動の現状をあらためて突きつけた。2022年の世界の平均気温は産業革命前から1.15℃上昇し、1.5℃にさらに近づいている。2015年から2022年までの8年間の世界の平均気温は、冷却効果のあるラニーニャ現象が3年続いたにもかかわらず、観測史上最高を記録した。

 

二酸化炭素やメタンなど温室効果ガスの濃度も上昇し続けた。直近10年間の平均海面水位の年間上昇幅は4.62ミリで、93年から10年間の2倍になっている。スイスの山岳では史上初めて夏の残雪が消えた。気候変動は、私たちを待ってはくれないのだ。

「野心」と「正義」という気候を語るときの2つのキーワードを軸に、「1.5℃の約束」が果たされるよう、待ったなしで人々のアクションをうねりのように呼び起こすことが必要だ。そのためにも、キャンペーン2年目の今年は、信頼のおける気候科学の声がより多くの方々に届くよう、科学コミュニティーとつながりを強めると同時に、私たち同様に深刻化する気候変動に強い問題意識を持っている気象キャスターの方々と協力して、日々の気象コーナーの中で気象現象の背景にある気候課題や気候アクションの選択肢にも踏み込んで伝えていただき、「1.5℃」が家庭での話題になるよう推進したいと思っている。

科学的根拠に基づいて個人レベルでの気候アクションを呼びかける
国連のキャンペーン "ACT NOW"

アントニオ・グテーレス事務総長は、タイムズ誌のCO2 EARTH AWARD受賞に際して「未来の世代は私たちの行動を喜びと感謝の気持ち、それとも失望と怒りの気持ちで振り返るだろうか? 私は、気候変動対策、気候整備、より良く平和な世界のための闘いを決してやめなかったと、私のひ孫の娘に知ってもらいたい」とコメントしている。

それは取りも直さず、私たちの生きるこの時代が後世の歴史の教科書に、気候危機を乗り越えるために連帯を示し、地球をつなぐ選択をすることができた時代として記されるかどうかということでもあるだろう。

 

「1.5℃の約束」キャンペーン2年目継続実施発表にあたって、
根本かおる 国連広報センター所長からのメッセージ

 



子どもたちの作った折り紙のハチドリ 国連水会議へ羽ばたく

UN-WATER

日本や世界中の子どもたちが作った折り紙のハチドリの群れが、アメリカのニューヨークに向けて飛び立ちました。3月22日に始まる国連水会議に”出席”するためです。

古代ペルーの民話では、ハチドリが一滴ずつ水をくみ、山火事を消そうとします。他の動物たちはそれを嘲笑します。すると、この小さな鳥は「私は自分にできることをやっている」と答えます。今年の「世界水の日」 (3 月22日)の呼びかけは、この「ハチドリのしずく」の話に基づいています。    

子どもたちは世界を襲う水危機に対して、「自分自身ができる小さな行動」を折り紙に記した上で、ハチドリを折りました。未来の世代の決意を運ぶこれらのハチドリは、3月22日から24日までの国連水会議 の期間中、国連本部で展示されています。

世界中から届いた折り紙ハチドリが国連総会会議場の訪問者ロビーに展示された
@UN Department of Global Communications

ブラジル、ブルガリア、カナダ、フランス、イタリア、メキシコ、北マケドニアポルトガル、スペイン、スウェーデンブータンポーランド、インド、シンガポールなど、世界各地の子どもたちが折った何千羽もの折り紙のハチドリは、会議の参加者が子どもたちの未来に思いを馳せてくれることを願っています。

スペインの子どもたちが作ったハチドリ  @UN-WATER

国連の統計によると、不適切な水や下水設備、不衛生がもたらす病気により毎年140万人が死亡し、7,400万人が命を縮めています。世界では4人に1人、つまり20億人が安全な飲料水を利用できていません。

アフリカ、ガーナの中学校からは約50羽の折り紙の鳥がニューヨークに向けて飛び立ちました。

ガーナの首都アクラにあるIndependence Avenue 1&2 中学校 @UNIC GHANA

13歳のヤン・デ・フリース・アッサンさんは水危機が彼の「学業に深刻な影響を及ぼしている」と言います。彼の1日は水汲みから始まります。水汲みの長い列に並び順番を待ち、「日課の家事が終わるころには朝の授業は終わっている」と、ヤンさんは嘆きます。

教師のデリック・オフォリさんも「学校で飲料水と手洗い用の水が不足している」と話し、水会議に集まる指導者たちに「複数の水源を供給してほしい」と期待を寄せています。彼は自宅でも、飲み水不足のために、洗面所を磨いたり、手洗いするのに水を使うことをためらってしまうのだと、衛生を保つ難しさを語りました。そうした中でも、貴重な水資源を大切にし、できる行動を取ることを誓いました。

日本からは、約400羽の折り紙ハチドリが国連本部に向けて出発しました。京都の宇治市立西宇治中学校の生徒は、国連のプロジェクトに参加し、世界に向けてメッセージを発信できることに感激し、「世界に大きなうねりを作るのは自分たちの小さな行動だと気づいた」と、その思いを語ってくれました。

京都府の西宇治中学校の生徒たち 提供 宇治市立西宇治中学校

「世界中の人がきれいな水が飲めるようになればいいな」                                            「一人一人ができることをやれば、世の中はもっとよくなっていく」

そんな願いを込めて、ハチドリを送り出しました。

西宇治中学校の生徒たちが作ったハチドリ 提供 宇治市立西宇治中学校

その他にも日本からは、ニコニコ桜保育園、ヒロック初等部岩手県立一関第二高等学校、岩手県立盛岡第三高等学校、曽我Tutti音楽教室の児童、生徒たちが、折り紙ハチドリの制作に参加しました。

保育園から高校まで日本各地で折り紙のハチドリを制作 @UN-WATER

アメリカ、ニューヨークにある学校では、幼稚園から中学生まで全てのクラスが「世界水の日」のワークショップに参加し、折り紙のハチドリにそれぞれの決意を書きました。

@UN News / Grace Barrett

校長は、「幼い頃から水について考えることは非常に重要です。なぜなら、この惑星は彼らのものなのですから」と語りました。

校長のJean-Yves Vesseauさん @UN News / Grace Barrett

この学校でハチドリの人形劇を上演した語り部のルアン・アダムスさんは、たった一人でも正しいことをしていれば、それがいつか団結した大きな力になっていくと語ります。

「小さな生き物がベストを尽くしている姿を見て、他の動物もそれにならって行動を始め、それがさざなみのように広がり、いつか世界を変える巨大なうねりになります」

@UN-WATER

食料需要の増加、エネルギー消費量の上昇、人口増加、都市化などが世界的に進む中で、いかに私たちの命を支える水を守っていくか。国連水会議 は水の危機に向き合い、解決策を議論し、実際の行動へとつなげていく機会となります。私たち一人ひとりにもできる、「節水」、「植物性の食品を食べる」、「川や湖などの清掃に加わる」などの水を守る行動「Water Action」もあります。   

世界中にハチドリの願いのしずくが広がりますように。

@UN-WATER



日本から世界に伝えたいSDGs⑤ 【私たちが何を選ぶかで社会は変わっていく 伝え続ける若き環境活動家】

茨城県笠間市稲田中学校での講演 ©UNIC Tokyo/Ichiro Mae

【略歴】露木しいな 2001年生まれ、神奈川県横浜市出身。高校3年間を「世界一エコな学校」と言われるインドネシアのGreen School Baliで学ぶ。2018年と2019年に国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP24・25)にも参加。現在大学を休学し、日本各地の学校で若者たちに環境問題について講演する活動を続ける。社会問題を1分で学べる動画も配信。

 

世界の優先課題「気候変動」に立ち上がる若者たち

いま気候変動はあらゆる国に影響を及ぼし、その対策は世界の最優先課題となっています。国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、「地球はいまだ緊急の治療室にいる」とし、気候危機を深刻化させ、生態系を破壊している、自然に対する「自滅的な戦争」を終わらせなければならないと述べています。

気候変動の影響を切実に受けるのは、ギリギリの生活を強いられている最も脆弱な立場に置かれた人たち、そして未来を担う若い世代です。世界中で若き環境活動家が立ち上がっています。

日本各地で小学校から大学まで若い世代に向けて、環境問題を伝え続ける22歳の露木しいなさんもその一人です。「環境問題は待ってくれない」と、大学を休学し、日本各地200校で30,000人に向けて講演してきました。自分たちの手で変化を起こそうと、行動し続ける露木さん、その道のりと思いを取材しました。

 

大人になるまで待たなくていい 今できることを

去年11月、茨城県笠間市にある稲田中学校の全校生徒約120人を前に、露木さんはいま地球や自然に起こっている問題について講演しました。露木さんはこうした学校での講演を2020年、19歳の時に始めました。

稲田中学校の全校生徒に向けた講演 ©UNIC Tokyo/Ichiro Mae

活動の出発点は、高校3年間を学んだインドネシアGreen School Baliでの経験です。「世界一エコな学校」と呼ばれ、環境問題のリーダーを育てることを理念とし、校舎は竹で作られ、電気は太陽光や水力など自然エネルギーで自給、排泄物は堆肥にするなど、生徒たちは循環するシステムを体感しながら学校生活を送ります。教科書はなく、課外活動など体験から学び、行動することに重点が置かれています。

インドネシアのGreen School Bali  撮影 甲斐昌浩

露木さんは、そこで世界各地から集まった生徒が、環境問題のために行動を起こす姿を目の当たりにしました。10代の姉妹は買い物時のレジ袋をゼロにする団体を立ち上げました。彼女らは、店舗と交渉し、署名活動も行い、最終的に州知事の合意をとりつけ、その地域でのレジ袋の撤廃を実現したのです。そんな仲間の姿に大きな刺激を受けながら、露木さん自身も在学中にCOP24、25 に参加するなど、様々な機会に積極的に出向きました。その経験を、生徒たちにこう伝えました。

Green School Bali のクラスメイトたちと 提供 Zissou

「学校の半分くらいの時間は課外活動でした。行動することに力を入れているので、海洋プラスチックごみについて学ぶとなると、世界で年間800万トンのごみが出ているという情報だけでなく、実際に海に行ってごみ拾いをします。インターネットや教科書の知識にはあてはまらないこともあり、実際に現場を見て何ができるかを考えます。

一番学んだことは、行動したいと思ったら大人になるまで待たなくていいということです。Green School Baliには行動する人たちがたくさんいて、年齢に関係なくできることがあるのだと感じました」

 ©UNIC Tokyo/Ichiro Mae

知ることから始める

露木さんは、50分間の授業の中で、地球温暖化によって洪水や飢餓などの異常気象が世界各地で起きている実例や、生態系の危機、その原因の1つでもある大量消費の社会の現実などを、生徒たちに問いを投げながら話していきます。

人類が自分たちの暮らしのために家畜を増やしたことで、地球上に生息する哺乳類の62%が家畜、34%が人類で、野生動物は4%のみという事実や、世界で必要な食糧援助420万トンよりも多い612万トンの食品が日本で一年間に捨てられていること、世界の衣料品の半分以上が売れずに廃棄処分されていることなどを説明すると、生徒たちには驚きの表情が浮かびました。

©UNIC Tokyo/Ichiro Mae

待ったなしの環境問題に対し、世界ではスウェーデンの活動家グレタ・トゥーンベリさんのように若い世代が立ち上がっています。露木さんは、COPの現場でグレタさんにも会いました。グレタさんが一人で始めた気候変動への対策を求める抗議行動が、1年後には150か国以上400万人に広がり、いまや700万人が賛同するにいたったことを、生徒たちに伝えました。

露木さんは、日本と世界の行動の差はどこから生まれるのか考えてきました。情報の格差が行動の格差になっているのではと感じ、知ることなしに行動は生まれないのではないかと考えて教育現場での講演活動を始めたのです。

2018年COP24に参加した際にグレタさん(中央)と 提供 露木しいな

人にも環境にも優しい商品とは

持続可能な開発目標(SDGs)のゴール13には「気候変動に具体的な対策を」が掲げられていますが、これはほかのゴールにも密接に関わっています。ゴール12の「つくる責任、買う責任」は、限りある地球資源や環境に配慮し、持続可能な生産や消費を目指します。露木さんは講演活動に加え、地球環境に優しい商品の開発も行っています。自らの挑戦を生徒たちに伝えました。

露木さんはGreen School Baliに留学中、化粧品の研究に打ち込みました。その理由は、2歳年下の妹が肌が弱く、化粧品を買った時に「ナチュラル」と書かれた商品を選んだにも関わらず、が赤く腫れてしまったことでした。原材料や製造の過程など、商品の背景を理解して買うことの大切さを痛感したと言います。

妹が使える安全な化粧品を開発したいという願いから、人にも環境にも優しいコスメブランドを立ち上げました。原材料を明記し、動物性原料は使わず、容器や梱包も含めて、人にも環境にも優しい商品とは何かを追及しています。椿油など、昔から継承される知恵や技術について調査に行くなど、Green School Bali で学んだ”行動”を実践しています。

口紅づくりのワークショップも開催し、これまでにおよそ1000人が参加しました。自らの手で作ることによって、それが何で作られているのか、その材料はどこから来ているのか、などの意識が広がると考えたからです。生徒たちにこう呼びかけました。

「私が思うに一番権力があるのは消費者です。企業は消費者に買ってもらえない商品は作れない。毎日どんなものを買うかの判断、選択が、社会の1つ1つをつくっていくのです」

口紅を手作りするワークショップの様子 提供 露木しいな 

私たちは解決の一部になれる

露木さんは、行動する人を増やし、世の中を変えていきたいという願いから、教育の可能性を信じて、学校などで若者たちに語り続けてきました。講演で生徒たちにどんな社会にしていきたいかを投げかけました。

いま、幸せは”便利”というふうにとらえられている部分もあります。”便利”が悪いわけではないけれど、大量にものが作られ、大量に消費され、大量に破棄されています。日本のGDPは昔より上がっているけれど、幸福度は下がり続けています。

世界では幸福度が高い国と環境先進国はだいたい一致しているんです。幸せは”サステナビリティ(持続可能性)”ととらえることもできるのではないかと思います」

国連広報センターの取材に応える露木さん ©UNIC Tokyo/Ichiro Mae

露木さんが勇気づけられているデータがあります。ハーバード大学の研究では、人口の3.5%が立ち上がれば社会は変わるということが明らかになっています。このことを最後に生徒たちに伝えました。

「3.5%が立ち上がれば、歴史上革命が起きてきたのです。私はそれに希望を感じて活動をしています。人間が原因や問題を作り出している中、自分が原因だと思うと悲しくなりますが、行動によって私たちは解決策にもなれるのです」

露木さんのもとには、これまでに講演を聞いた生徒たちから、「給食のプラスチックストローをやめるよう働きかけた」、「規格外の野菜を農家と一緒に商品開発している」など、”行動”の報告が届いています。それは露木さんにとって一番の喜びです。この日、この日講演を聞いた稲田中学校の生徒たちからもこんな感想が聞かれました。

「行動するのに年齢は関係ないという言葉がすごく心に残りました。年齢に関係なく、自分が解決しようと思うことに力を注いでいい、そうしている人もいるのだと心動かされました。アンテナを張って情報を得ていくべきだなと思いました」

SDGs ボードを掲げる稲田中学校生徒会のみなさん ©UNIC Tokyo/Ichiro Mae

より多くの人に届けるための新たな挑戦

より多くの若者にスピード感を加速して伝えていきたい、いま露木さんは新たな伝え方を模索しています。環境問題をはじめ、持続可能な目標(SDGs)に関連する社会問題を伝えるショート動画の制作を去年から始めました。

動画の撮影に臨む露木さん ©UNIC Tokyo/Mariko Iino

若い世代に見てもらえるよう各テーマを1分にまとめSNSで公開しています。クラウドファンディングで集まった資金をもとに、100本を目指し毎週2本を配信しています。

「1年で200日学校を回り、1日2回話したとしても400校です。学校以外の時間でも見てもらえるようにと動画を作ったのですが、先生たちからも学校で活用しているよと言ってもらっています」

リサーチやファクトチェックにも時間をかける ©UNIC Tokyo/Mariko Iino

廃棄食品から作られる堆肥燃料、海洋ゴミを回収する発明品、古い衣料品を利用した家具など、環境に関わる問題から、日本国内の難民支援、政治への女性参加の現場など様々なテーマを、カメラマンと共に各地に取材し、新たな解決のアイデアなど希望となる視点もあわせて伝える動画は、これまでに50本になりました。

動画を配信し始めた当初は再生数が伸びましたが、変化が激しいオンラインの世界でいかに飽きられずに見てもらえるかが、露木さんの悩みです。呼びかけの一つ一つや、映像をどの角度からどう見せるか、など試行錯誤は続きます。

食品ロスから堆肥燃料を生み出す企業の取り組みを取材 提供 露木しいな

環境問題について様々な方法でパワフルに伝えてきた露木さんですが、いつも自分自身に問いかけるのは、「いま、自分にしかできないことは何か」です。自分が選択した行動が本当にベストなのかという葛藤は尽きないと言います。

「手段は無限にある中で、自分が今このタイミングでやるべきことは何かを判断するのはとても大変です。だからこそ、自分の活動には常に疑いを持っています。これでいいのか、これで世の中は変わるのか、これで十分なのか、などの疑問で頭の中がいっぱいです。これからもクリアになることはないと思います」

毎週2回配信しているSDGsについて伝える1分動画

SDGs達成期限である2030年にどんな地球になっていると思うか、露木さんに聞いてみました。

「どうなっているかというより、どうしたいかが大事だと思います。どうなっているかと考える時点でどこか他人事になっているように思います。もちろん、今のこの美しい自然環境を今後も残して次世代の人に見てもらいたいです。

私は自然が好きなんです。そこに負荷がかかっている今の社会が悲しい。自分が好きな場所なのだから改善できることがあれば、改善したいのです」

露木さんは、去年10月、潘基文国連事務総長の率いる財団や研究機関が主催した韓国での国際環境イベント「Trans-Pacific Sustainability Dialogue」に登壇し、世界各国の代表者や研究者に交じって、SDGsの実践の発表を行いました。

韓国で行われた国際環境イベントに登壇 提供 谷本まさのり 

環境をめぐる議論では、先進国、途上国などの間での対立もあります。分断する世界が対話に迎えるような関わりができるよう力をつけていきたい、それも露木さんの未来の目標の1つです。

もし、私たちの行動の選択で世界に変化を起こせるとしたら、あなたは今日何をしますか。