国連広報センター ブログ

国連のさまざまな活動を紹介します。 

SDGsを合言葉に、 さまざまな図書館が集まり、学び、交流しました (前編)

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みなさん、こんにちは。

国連広報センターで、国連寄託図書館を担当している千葉です。

現在、日本にある国連寄託図書館は全部で14館。この20年余り、この国連寄託図書館のネットワークを超えて、ゆるやかにつながる図書館の輪を広げてきましたが、その数は現在、80館。二つのネットワークをあわせると、国連広報センターのパートナーと呼ぶべき図書館は90館を超えます。

1月19日(木)、今年もまた、こうした図書館の皆さんを対象にして、オンライン研修を行いました。

今年の参加館は、50館(76人)です。

以下、この研修会の様子を写真で綴ります。

国連広報センターから、国連に関する最新情報を提供

研修は午前と午後の2部構成。

午前中の研修ではまず、国連広報センターから国連に関する最新情報をご提供しました。

国連広報センター職員から講演・ブリーフィング、真ん中が所長の根本かおる、 右上から時計回りで、佐藤桃子、岸田晴子、岡野隆、日下部祐子、高橋恵理子、千葉潔、 飯野真理子(UN Volunteer)、T.K(同左)

最初にセンター所長の根本かおるから、いまだ収束したとは言えないコロナ禍、一層加速する気候危機、ウクライナでの戦争とcost of living crisesと格差の急拡大、情報戦を含む誤情報・偽情報の蔓延などが連鎖的に同時進行する中で、国連が国連史上最も難しい局面をかじ取りしなければならない状況にあることを説明。そして、なによりも今年がSDGs達成年までの中間地点であることを強調して、SDGs達成に向けた図書館の皆さんの協力を訴えました。

次に、広報官の佐藤から、向こう一年間の注目すべきイベント行事や予定などについて案内。それに続いて、私を含めて、その他の各職員から、国連広報センターにおけるメディア対応や日本語資料づくり、ウェブサイト、ソーシャルメディア、渉外、財務など、それぞれに担当する業務に関するブリーフィングを行い、私たちの活動全般について理解を深めていただきました。

さまざまな館種の図書館から、多彩な取り組みを発表

また、研修に参加したすべての図書館の皆さんから、一館ずつ順番に、それぞれの取り組みについてのご報告をお聞きしました。

北海道から沖縄まで、規模の大小や、公共図書館大学図書館、中学校・高校の図書館、専門図書館といった館の種類の違いなどはありますが、いずれもSDGsという世界共通のゴール達成をめざした豊かな取り組みです。

研修に参加した全国各地の図書館の皆さん

SDGsの関連図書の展示、環境に配慮したソーラーランタン照明のもとでのクイズ探検、SDGsを学ぶための楽しいワークショップ、SDG絵本展、図書館でのエコバッグづくり、包装紙などを利用したブックカバーづくり、SDGs読書感想画コンクール、学生ボランティアによるSDGs関連本の選書・展示、国連広報センターのニュースレター配架、国連資料リサーチ講座など、活動報告の内容は多岐にわたりました。

ここに、そうした取り組みのいくつかを写真でご紹介します。― 冒頭の動画サムネールをクリックすると、その他の図書館の取り組みの様子をあわせて映した写真スライドをご覧いただけます

「国連とSDGs」と題する特別図書展示 @岩手県立図書館

学校図書委員会が「SDGs絵本展」を実施 @長野県上田染谷丘高等学校図書館

SDGs読書感想画コンクール @(神奈川県)相模原市立図書館

「気候変動と国連」と題する図書展示 @日本大学国際関係学部/国連寄託図書館

環境に配慮したソーラーランタン照明の下、SDGsクイズ探検 @東洋大学附属図書館

地球を考えるワークショップを開催 @(神奈川県)大和市立図書館

中学生対象のワークショップ @九州国連寄託図書館(福岡市総合図書館)

図書館でエコバッグづくり @三田国際学園中学校高等学校図書館

包装紙等を再利用したブックカバーづくり @昭和女子大学図書館

古本リサイクルやSDGs関連本を選書展示 @金城学院大学図書館

学生たちがSDGs関連の図書展示を支援 @帝京大学メディアライブラリーセンター

国連広報センターのニュースレター配架 @愛知大学図書館

国連資料リサーチ講座 @北海道大学附属図書館/国連寄託図書館

午前中の研修への皆さんからの感想に、手応え

後日、参加者の皆さんから、午前中の研修について次のような感想をいただきました。

国連広報センターからのブリーフィングについて

「国連は安保理だけでなく、国連総会やその他の機関もあることを明確に認識できた」
「普段はあまり接することがない国連の最新情報を直接くわしく聞けて有益だった」
「今後一年間の予定を踏まえて、早速、次年度の展示やイベントに備えたい」

図書館からの取り組み報告について

「それぞれの図書館の担当者から直接に取り組みの内容を聞けてとても励みになった」
「なによりも種類の異なる図書館からの報告は、新鮮かつ刺激的だった」
「自館でも実践できると思うものが多々あり、ぜひ次年度に試したい」

午前中は、国連広報センター職員、図書館の皆さんが勢ぞろいするセッションでしたが、オンライン上ではあっても、なによりも、お互いの顔を確認しあいながら、同じ時間を共有できたことを喜んでいただけたようです。

研修は午後へと続きましたが、その様子は、ブログ後編に綴らせていただきます。

⇒ 後編へ

日本から世界に伝えたいSDGs④ 【地熱の恵み ”再エネ”で立ち上がった福島の温泉町の物語】

土湯温泉と町の未来を拓いた地熱発電

 

【団体概要】 株式会社元気アップつちゆ  福島県福島市にある土湯温泉東日本大震災福島第一原子力発電所事故からの復興と振興を目指し、2012年に地元の団体が出資して設立したまちづくり会社。温泉を利用した地熱バイナリー発電所を2015年に稼働開始させ、再生可能エネルギーを通した新たなまちづくり事業を展開している。

 

世界的に求められる再生可能エネルギーへの転換

福島県福島市の中心部から西に16キロにある「土湯温泉」は、豊かな自然広がる磐梯朝日国立公園内に位置しています。この温泉のある土湯温泉町は、2015年に地熱バイナリー発電を導入し、次世代エネルギーを軸に町づくりを推進し、全国から注目を集めています。

土湯温泉全景 提供 土湯温泉観光協会

再生可能エネルギーの活用はいま、世界的に大きく進んでいます。気候変動の原因である温室効果ガスを発生させる化石燃料から、再生可能エネルギーに転換することが急務となっているからです。国際エネルギー機関(IEA)が先月出した報告書では、再生可能エネルギーは、2025年には石炭を抜いて最大の発電源になると予測されています。

持続可能な開発目標(SDGs)のゴール7「エネルギーをみんなに、クリーンに」でも、石油・石炭などの化石燃料ではなく、太陽光・風力・地熱・水力などをエネルギー源とした「再生可能エネルギー」への移行がターゲットの一つにあります。

デンマークの洋上風力発電  
© UN Photo/Eskinder Debebe

日本政府は、2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする「カーボンニュートラル」を目指し、再生可能エネルギーの割合を引き上げようとしていますが、まだ多くの前進が必要です。

土湯温泉は、地熱発電を導入して町を活性化した”再エネ”の先進事例として、視察の依頼が堪えません。しかし、少し前には、東日本大震災という未曾有の困難を経験し、地域の先行きは危機的状況にありました。地熱発電事業を推進する「元気アップつちゆ」代表取締役CEOの加藤貴之さんに、震災からの復興とその先の未来を描いて立ち上がった挑戦を聞きました。

土湯温泉の温泉施設    提供 土湯温泉観光協会

 

3.11 東日本大震災で苦境に立たされた土湯温泉

東日本大震災は、1400年以上の歴史を持つ土湯温泉に大きな衝撃を与えました。多くの客が宿泊する中で発生した停電は3日で復旧しましたが、福島第一原子力発電所の事故により約70キロ離れた土湯温泉も客足が遠のきました。

震災の前から観光は下火で苦境にあったところに、震災が追い打ちをかけました。当時、温泉街には16軒ほどの宿がありましたが、地震の被害で5軒が廃業を余儀なくされ土湯温泉そのものの存続が危ぶまれるほどの危機感でした

なんとかしなくてはならないと、加藤さんたち住民は、「土湯温泉町復興再生協議会」を立ち上げます。温泉宿、飲食店、行政など、立場を超えて約300人の住民の1割が結集しました。

「震災は大きな出来事であるけれど、負けるわけにはいかない。復興させようと。協議会では大きく2つの事業を進めていきました。”復旧復興”と、”新しい価値の創造”です。元に戻るだけじゃく、ピンチだけれど、だからこそ前を上回る観光地にしようと話し合いました」

元気アップつちゆ代表取締役CEO 加藤貴之さん 
© UNIC Tokyo/Ichiro Mae

その議論の中で出た案が、”再生可能エネルギー”を中心とした街づくりでした。原発事故が起きたことで、新たなエネルギーなしには持続可能な地域は実現できないという強い意識が生まれたのです。町ではこれまでも温泉の熱水を利用して雪を溶かす「ロードヒーティング」を取り入れていました。さらに温泉を活かせないかと考え、行きついたのが「地熱発電」でした。加藤さんたちは、専門家や大手企業にアドバイスをもらいに奔走を始めます。

 

町の再起をかけた地熱発電への挑戦

地下の地熱エネルギーを使う「地熱発電」。火山地帯に位置する日本は、世界第3位の地熱資源量を持つとされ、日本の高度な地熱発電技術は世界をリードしてきました。しかし、日本国内での地熱発電は2019年時点でエネルギー全体の0.3%にとどまっています。

これまで地熱発電が普及しなかった理由は、数千万円から数億円にのぼる掘削コストや、掘削成功率が3割程度というリスク、発電にいたるまで10年ほどかかるという長い月日などがあります。また、山間部にあたることが多いので造成作業も簡単ではありません。

それでも、加藤さんたちは地熱発電所建設に向け、観光協会と温泉組合の出資でまちづくり会社「元気アップつちゆ」を設立しました。

調査を進めていくと、土湯温泉は「バイナリー発電」という小中規模な地熱発電に適した条件がそろっていることがわかりました。地熱バイナリー発電は、150度以下の熱水に沸点の低い熱媒体を加えて生まれる蒸気でタービンを回し発電する仕組みで、天候や季節に左右されず安定的に供給できる持続可能な再生可能エネルギーです。

土湯の源泉は130度あり、源泉の1つが平地にあったため、整備にかかる費用や時間が抑えられました。資金調達が一番の課題でしたが、再エネの機運が社会で高まっていたこともあり、地熱発電を進める独立行政法人の支援を取り付けることができました。

地熱発電に利用された土湯温泉16号源泉 © UNIC Tokyo/Ichiro Mae

発電事業について一つ一つ学び、行政と交渉を重ね、複雑な認可申請をクリアしていきました。住民にも泉質に影響は出ないことなどを説明し、町の未来に貢献できることを訴え続けました。日本国内で地熱発電の実例が少ない中での挑戦は、数度の計画延期を迫られながらも、2015年、ついに工事の着手にこぎつけます。奇跡のようだったと加藤さんは言います。

「有事だったということが大きいと思います。福島県原発事故があって、エネルギーのことは県民総ぐるみで絶対に考えていかなければなりませんでした。震災があり土湯温泉町がどうなるか分からない中、住民のみんなが心を一つにしていました。再エネを中心に新たな魅力を創出して町づくりをしていこう、少しの希望や光であっても掴んでいこうという思いがみんなにありました」

豊かな自然の中に湧出する温泉が希望となった 
© UNIC Tokyo/Ichiro Mae

 

地熱発電が住民にもたらしたもの

土湯温泉16号源泉バイナリー発電所 © UNIC Tokyo/Ichiro Mae

2015年11月、「土湯温泉16号源泉バイナリー発電所」の運転が開始しました。発電量は400キロワット。これは800世帯を賄える数字で、約160世帯の町には十分な量です。余剰電力を売った収入は1億2000万円になりました。町の再起をかけてつくった発電所の売電収入は、土湯温泉の復興や観光振興にあてています。

発電所について説明するスタッフの佐久間富雄さん 
© UNIC Tokyo/Ichiro Mae

例えば、売電収入から56%という高い高齢化率の土湯温泉町の高齢者に、町のバスの定期代を無料にする予算を組みました。少子化問題への対策として、高校生までの生徒が通学に使うバスの定期代も無料です。

住民の足となるバス、高齢者と通学する生徒は定期代が無料に
 © UNIC Tokyo/Ichiro Mae

さらに、新たな産業と観光スポットを生み出しました。バイナリー発電時に出る温水を二次利用したオニテナガエビの養殖です。26度から27度で育つ繊細なオニテナガエビを育てる難点は水温管理にかかる光熱費ですが、バイナリー発電で出るぬるめの温水を温泉の熱で再び温めて活用することができました。全国でもユニークなこの取り組みで、4万匹を育てています。

バイナリー発電で出る温水を利用したオニテナガエビの養殖 
© UNIC Tokyo/Ichiro Mae

空き店舗が多い町中に「エビ釣りカフェ」も開きました。その場で釣ったエビを調理し、焼いて食べられると、新たな観光スポットになっています。

エビ釣りができるカフェ「おららのコミセ」 
© UNIC Tokyo/Ichiro Mae

 

故郷を持続可能な再エネの町に 

土湯温泉の取り組みには全国から熱い視線が注がれ、新型コロナウイルス感染症が広まる前は年間で2500人ほどが視察に訪れていました。加藤さんたちは視察や講演の依頼を積極的に引き受けています。

土湯温泉の復興と利益のために始めたことではありますが、それが日本全体のカーボンニュートラルに向かうエールにもなるのではと思っています。再生可能エネルギーの理解促進にも貢献したいと思っています」

温泉街の中の足湯の前に立つ加藤貴之さん 
© UNIC Tokyo/Ichiro Mae

加藤さんの思い描く町の未来はどのようなものなのでしょうか。加藤さんは当初、土湯温泉のいたる所に再生可能エネルギー発電所を作ることを考え、町には新たに小水力発電所もできました。他方で、ごみをなるべく出さない事や、自然環境を保つことなども持続可能な町づくりには必要だと考えるようになりました。今後、温泉街で食品ロスを抑えたり、脱プラスチックに取り組んだりして、総合的なエコタウンにしていければと考えています。

苦境を経験し、立ち上がった地域だからこそのメッセージを発信していくつもりです。

土湯温泉のある福島県は震災から10年以上経っても、マイナスイメージの地域になっていると思います。反面、有名であることは間違いない。これを逆手にとって、福島がどういう所なのかをしっかりとPRするきっかけにと考えています。

人々が幸せで喜び暮らせる地域づくりを行っていって、最終的にはなぜ日本の小さな温泉地がそんなに輝いてるんだという地域にしたいなと思っているんです」

町を流れる清流は小水力発電のエネルギーの源
© UNIC Tokyo/Ichiro Mae

世界では、開発コストの低下やエネルギー危機に押され、再生可能エネルギーの導入が過去最高となり、新たな雇用も生まれています。日本の各地にも、洋上風力を含む風力発電バイオマス発電、地熱発電、次世代型太陽電池の推進など、再生可能エネルギー開発の現場で日々挑戦する人たちがいます。

私たちの暮らしに欠かせないエネルギー、皆さんはどんな未来を描いていきますか。

 

冬景色の土湯温泉 提供 土湯温泉観光協会




日本から世界に伝えたいSDGs ③ 【”普通”じゃないことは可能性 異彩作家が描くアートの輝き】

田崎飛鳥さんのフクロウのシリーズの作品 © UNIC Tokyo/Ichiro Mae

【団体概要】ヘラルボニー 福祉を起点に新たな文化を創り出す”福祉実験ユニット”。主に知的障害のある作家とアートライセンス契約を結び、彼らの作品を活かした商品や企画を大手企業や行政などと連携して実現。創業者で双子の松田文登(ふみと)・崇弥(たかや)兄弟は世界を変える30歳未満の30人「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN 2019」受賞。

“普通”じゃない、ということ。それは同時に、可能性だと思う。

そう掲げて、岩手県盛岡市を拠点に全国へと活動を広げる企業「ヘラルボニー」。日本全国の主に知的障害のあるアーティストと共にアートライフスタイルブランドを作り、商品を生み出しています。

世界保健機関(WHO)によると、世界の人口の15%が何らかの障害がありながら暮らしています。日本には、1000万人近い身体障害者知的障害者精神障害者がいます。企業は、雇用する労働者の2.3%に相当する障害者を雇用することを義務付けられていますが、障害のある人の2人に1人が年収100万円以下で、相対的貧困とされるライン以下で暮らしているという統計もあります。

「誰ひとり取り残さない」を基本理念に掲げられたSDGsの目標には、障害者に関するものも多く含まれます。障害者の包摂性は、多様な人が活躍できる社会や組織づくりの鍵でもあります。

ヘラルボニーは盛岡市に独自のギャラリーを構え、大手企業や公共施設との連携も実現しています。ヘラルボニーの考える可能性とはどのようなものなのか、代表取締役副社長の松田文登さんにお話を伺いました。

 

障害のある兄と生きて

松田文登さんには自閉症で重度の知的障害を持つ兄がいます。小さなころから兄がかわいそうだと言われることが多く、”障害者”の印象がネガティブに捉えられていることを感じてきました。兄の存在を隠し、それに罪悪感を感じる時期もあったという松田さんの転機となったのは、知的障害や精神障害のあるアーティストの作品が多く展示された「るんびにい美術館」を訪れたことでした。松田さんは、支援や社会貢献の文脈ではなく、作品としての素晴らしさを感じ、そのエネルギーに衝撃を受けたと言います。

 ヘラルボニー代表取締役副社長 松田文登さん © UNIC Tokyo/Ichiro Mae

「彼らだからこそ描ける世界があるし、伝えられることがある。障害ではなく、”異彩”と捉えることによって違う見え方になるんじゃないかと。アートという尊敬が生まれる世界と障害者の出会いを多くつくっていくことで、障害のイメージをを変えていけると思いました」

2018年、松田文登さんは、双子の弟の崇弥さんを社長に、障害のある作家の才能から生まれるアートをビジネスに展開するため、「ヘラルボニー」を設立します。福祉施設を回り作家や家族と対話をして、作品のデータを預かるライセンス契約を結び、ネクタイや傘、ハンカチ、エコバック、額絵などの商品を制作、販売するビジネスモデルをつくっていったのです。

人気作家のアートを活用した商品 提供 ヘラルボニー

いま、約40の福祉施設とライセンス契約を結び、保有ライセンス数は2000点を超えています。ライセンス契約によって年収数百万円を超える人気作家も出てきました。

 

震災を経験した作家

ヘラルボニーと契約している作家のひとりが田崎飛鳥さん(41歳)です。生まれながらに脳性麻痺と知的障害があります。幼い頃から絵画や画集に興味があった飛鳥さんは、若くしてアート展で受賞する実力を備えた作家です。

現在の制作活動に大きく影響したのが東日本大震災でした。飛鳥さんの故郷、陸前高田市津波による壊滅的な被害を受け、長年飛鳥さんが描きためていた200点の絵は家と共に全て流されました。町が津波にのみ込まれる様子を高台から見ていた飛鳥さんは家に帰りたがりましたが、被災後に家の跡を見に行った時は、手を強く握りしめて反対側を向き、決して家のほうを向かなかったそうです。

仮設住宅で少しずつ生活が落ち着く中で、飛鳥さんは再び絵を描き始めます。最初にテーマにしたのは、震災前いつも飛鳥さんに声を掛けてくれていた近所の人たちでした。タイトルは「星になった人」。飛鳥さんと同じ町内会には8世帯が暮らしていましたが、そのうち津波によって10人が亡くなりました。

飛鳥さんが震災後に描いた作品「星になった人」 提供 ヘラルボニー

作品は以前の優しい柔らかいタッチと全く違う荒々しい筆運びで、強い線で輪郭を引き、人物の唇は紫に塗られています。

津波で流されてしまった作品「フクロウの家族」も描き直しました。以前の作品とは変わってフクロウの表情は鋭く、背景は真っ赤になりました。

飛鳥さんと「フクロウの家族」(背景右)  © UNIC Tokyo/Ichiro Mae

気持を整理するかのように描く飛鳥さんに、父の實さんは飛鳥さんがアートによって震災を乗り越えていると感じたと言います。徐々に、色使いが落ち着き始め、柔らかい感じが戻ってきました。

いま、飛鳥さんの作品は、対象物の実際の色ではなく違った色で表現することが多いそうです。なぜその色を使うのかと聞かれた飛鳥さんは「聞こえてくるから」と答えたそうです。何を表現しているのかという問いに、飛鳥さんは「心です」と返しています。

津波被害から1本だけ耐え残ったを木を描いた飛鳥さんの作品「希望の一本松」 
©UNIC Tokyo/Ichiro Mae

 

厚い社会の壁を越える

倒壊した市庁舎を新築する工事現場の仮囲いに「絵を飾ろう」と飛鳥さんに提案したのがヘラルボニーでした。ヘラルボニーは行政や建築会社と連携し、建設現場や商業施設内の「仮囲い」を期間限定の「ミュージアム」とするアート・プロジェクトを展開しています。色鮮やかな絵が展示されることで現場の雰囲気は華やかに一変します。

岩手県陸前高田市内 飛鳥さんの作品が展示された仮囲い 提供 ヘラルボニー 

以前、父親の實さんは、障害者やその家族と地域の壁は分厚いものだと感じていました。陸前高田市の調べでは、市民の中で障害のある人の震災時の犠牲者の割合は、市民全体での犠牲者の割合の1.3倍とされ、障害者のほうがより高い割合で亡くなっているのがわかりました。

「障害者がいる家庭はどうしても地域の中でも遠慮してしまう。避難所に行けば、パニックになるだろうし、大きな声を出すだろう、それなら傾いていても家にいることを選んでしまう。普段の生活の中では理解されているように思われても、非常時には孤立してしまうこともあります。だから横につながりたいんです。だけど横に連なるのには一歩踏み出さなくちゃならないんです。その一歩がなかなか難しいんですよね」

實さんは、ヘラルボニーの事業が、飛鳥さんに新たな道を作ってくれたと感じています。

「ヘラルボニーとの出会いで人とのつながりがすごく広がりました。見知らぬ方が飛鳥くんの作品を見かけた、あの商品買ったよと声を掛けてくれるようになりました。アートを通じて飛鳥の絵がいろいろな目に触れることによって、ああいう人がいるんだ、こんな絵を描いているんだと理解してもらえる。何かあった時には声を掛けてくれる。そんな状態になっていると思います。アートは大きな一つの道だと思いました」

 

”ふつう”とは何か 

障害をあえて”特性”と言い切り、それを可能性として、「”異彩”を、放て。」という理念で活動するヘラルボニー。作家に光が当たる「ハレの場」を作ることで障害のある人に対する社会の壁を低くしたいと、作家による作品の公開制作やトークイベントなどを開催しています。

百貨店内でのイベントで作品を描く作家 衣笠泰介さん 提供 ヘラルボニー 

関西の大手百貨店でイベントを開催した際には、周りに迷惑をかけてしまうかもしれないという不安で百貨店に来られなかった障害のある人と家族が、ヘラルボニーが開く場だから安心だと足を運んでくれたそうです。障害のある兄弟がいると話してくれた来場者もいました。作家のファンたちもかけつけるようになりました。松田文登さんは事業への抱負を改めてこう語ります。

「私達の事業の大きな価値は、心理的ハードルが高かった人達が、そのハードルを飛び越えやすくすることなんじゃないか。障害のある人と一緒に働く価値観を作っていくとは、すべての人達を受け入れ、色々な人がいていいんだという価値観が広がっていくことだと思っています。そして、チャレンジしたいと思ったら、どんな人もチャレンジできる権利が同じようにあればいいなと願っています」

ヘラルボニー代表取締役副社長の松田文登さんと広報担当の玉木穂香さん 
© UNIC Tokyo/Ichiro Mae

障害のある人など、多様な背景の人と一緒に商品や企画の開発、サービスの改善などをデザインし、課題解決していくアプローチを「インクルーシブデザイン」と呼び、いまいくつもの連携が生まれています。ヘラルボニーは現在、金沢21世紀美術館での初となる展覧会で、知的障害のある人の日常の行動から生まれる音を紡ぎ、音楽にして届ける実験的展示も行うなど、美術館とのコラボレーションも進めています。

岩手県盛岡市内のホテルではヘラルボニーの作家の作品が様々な形で使われている
© UNIC Tokyo/Ichiro Mae

背景の違いを活かしてパートナーシップを組むことは、それぞれの力を活かし高め合う、より面白い社会の実現につながるのではないでしょうか。

 

グローバル・コミュニケーション担当 国連事務次長が4年ぶりに訪日

 

地球規模の課題について日本の様々なアクターと活発な意見交換

激動の2022年も暮れようとしています。皆様は、どのように今年の締めくくりの時を過ごしていらっしゃいますでしょうか。

12月4日~8日、国連広報センターでは、ニューヨークから来日した、国連グローバル・コミュニケーション局(DGC)を率いるメリッサ・フレミング事務次長と同局の戦略コミュニケーション部の幹部を迎えました。

国連広報センターのチームと。2列目右から4人目メリッサ・フレミング事務次長、左から3人目ナネット・ブラウン次長、4人目マルティナ・ドンロン気候担当チーフ、5人目フランシーヌ・ハリガン持続可能な開発・人権担当チーフ © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

同行した幹部3人は、DGC戦略コミュニケーション部次長(キャンペーン担当)のナネット・ブラウン、同部の持続可能な開発・人権担当チーフのフランシーヌ・ハリガン、そして、気候担当チーフのマルティナ・ドンロンの3人です。

DGCの戦略コミュニケーション部は、国連グローバル・コミュニケーション局において、世界各地に置かれた約60の国連広報センターを統括する部署です。

滞在中、フレミング事務次長一行は、政府、メディア、被爆者、ユースなど、日本のさまざなステークホルダーの皆さんとお会いし、SDGsや気候変動、誤情報・偽情報などについての活発な意見交換を行いました。

その様子を写真で綴ります。

 

国連安全保障理事会非常任理事国、G7議長国、大阪・関西万博 ― 日本との連携強化を確認

レミング事務次長は滞在中政府要人を精力的に表敬し、2023年―2024年の日本の国連安全保障理事会入り、2023年に日本が議長国を務めるG7プロセスで国連が取り組む重要課題が議論され大きな接点があること、そして2025年の大阪・関西万博での国連のパビリオン参加についてDGCがリードを取ることを踏まえて、日本との連携の強化を確認しました。

木原誠二内閣官房副長官と © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

木原誠二内閣官房副長官への表敬では木原副長官から、国連憲章の理念と原則に立ち戻り法の支配の徹底を図ることが重要であり、安保理改革を含む国連全体の機能強化に国連と協働していきたいとの強い決意の表明がありました。また事務次長からも法の支配の重要性では国連も軌を一にしており、国連グローバル・コミュニケーション局として、SNS上の誤・偽情報の拡散等に対策を講じていることを説明しました。

山田賢司外務副大臣(右から3人目)、安藤重実国連企画調整課長(右端)と © UNIC Tokyo / Momoko Sato

山田外務副大臣との会談でフレミング事務次長は、DGC及び東京の国連広報センターに対する日本の支援に謝意を表明するとともに、日本では世界各国と比較してもSDGsの浸透が極めて進んでいることに感銘を受けたとし、2025年の大阪・関西万博に国連が参加するにあたっても引き続き日本との連携を強化したいと述べました。

中谷真一経済産業副大臣とフレミング国連事務次長、根本所長ら © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

レミング事務次長は中谷真一内閣府副大臣(2025年国際博覧会担当)を表敬訪問し、、大阪・関西万博の成功に向けて今後とも国連と日本で緊密に協力していくことを確認しました。

 

メディアとの連携の強化

「SDGメディア・コンパクト」フォーラム 

「SDGメディア・コンパクト」フォーラム(国連大学で開催)にて © UNIC Tokyo/Takashi Okano

今回、事務次長一行が訪日した主な目的の一つが、「SDGメディア・コンパクトに加盟する日本のメディアの皆さんと直接意見交換し、関係を強化することでした。

日本では現在、「SDGメディア・コンパクト」の参加メンバー数が200に迫り、世界全体の6割以上を占めています。

訪日に合わせて開催された「SDGメディア・コンパクト」フォーラムには、全国各地からおよそ80のメディアが出席し、メディアとしてSDGsを推進する中で感じる課題や他国の事例などについて、率直な意見交換を行いました。

フォーラムでは、フレミング事務次長が国連の広報戦略などについて幅広く紹介するとともに、DGCの幹部たちからSDGsをはじめとする様々なキャンペーンや気候変動への取り組みを促すコミュニケーション戦略についてブリーフィングを行いました。

フォーラム壇上でスピーチするメリッサ・フレミング国連事務次長 © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

写真右から、ナネット・ブラウン次長、フランシーヌ・ハリガン持続可能な開発・人権担当チーフ、マルティナ・ドンロン気候担当チーフ、 © UNIC Tokyo / Ichiro Mae & Takashi Okano

根本かおる国連広報センター所長(司会)© UNIC Tokyo / Takashi Okano

日本のメディア側からの事例発表も行われ、フジテレビジョン木幡美子CSRSDGs推進室部長が民放キー局5局とNHKとの共同で展開した「1.5℃の約束 – いますぐ動こう、気温上昇を止めるために。」キャンペーンについて共有するとともに、博報堂の神長澄江マーケティングプランニングディレクターが同キャンペーンのインパクト調査結果概要を報告しました。

フジテレビジョン木幡美子CSRSDGs推進室部長(左)、博報堂の神長澄江マーケティングプランニングディレクター(右)© UNIC Tokyo / Ichiro Mae

その他の多くのメディアの方々もフォーラム会場からそれぞれのSDGsへの取り組みなどについて話しました。日本のメディアの皆さんが見せた熱意と創造性は、フレミング事務次長を大いに驚かせていました。

誤情報・偽情報に関する意見交換会 

現在、誤情報・偽情報がますますオンライン上で拡散され、不信と分断が深まる中、フレミング事務次長はこの課題に対応するファクトチェック団体、メディア、プラットフォーマーの関係者との意見交換会に臨みました。同事務次長が国レベルでこの分野で様々な関係者と横断的な意見交換会を持つのはこれが初めてのことです。

誤情報・偽情報に関する意見交換会の様子 © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

メリッサ・フレミング事務次長(左から2人目)© UNIC Tokyo / Ichiro Mae

国連側からは、フレミング事務次長が、世界における誤情報・偽情報の蔓延の拡大と広範な負の影響について共有するとともに、DGCがリードして、2024年9月に開催される「未来サミット」に向けて情報の健全性のための行動規範を策定する計画であることなどを述べました。

 写真左から、マイクを手に持つブラウン戦略コミュニケーション部次長、ハリガン持続可能な開発・人権担当チーフ、ドンロン気候担当チーフ © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

ナネット・ブラウン次長は、「事実を伝えるだけでなく、わが事として捉えてもらえるようなストーリー・テリングの必要性」、「偽情報に対抗し、こちらの信頼のおけるメッセージも視覚に訴えて魅力的であること」、「シェアする前にいったん立ち止まって考えてもらう」、「大手メディアだけでなくSNS運営側とも対話し、方針転換を求めていくダイアローグ」などが誤情報・偽情報の蔓延を防ぐ上で重要だとメディア関係者へ説明しました。

誤情報・偽情報に関する意見交換会の様子 © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

当日、日本ファクトチェックセンター、ファクトチェックイニシアチブ(FIJ)、BuzzFeed Japan News、読売新聞、NHK、ヤフーから誤情報・偽情報との闘いの第一線で活躍する関係者が参加し、日本での動向、この課題に関する報道や社としての対応、市民への啓発の取組などについて意見交換を行いました。

誤情報・偽情報に関する意見交換会の参加者と国連事務次長一行 © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

SNSの隆盛とそのビジネスモデルの変貌によって新たに浮かび上がってきた問題だけに、話は尽きませんでした。

 

メディアへの表敬訪問

レミング事務次長は訪日の機会にメディア幹部とも意見交換を行いました。NHKの林 理恵 専務理事・メディア総局長への表敬では、「1.5℃の約束」キャンペーンでのNHKと6つの民放キー局との連動番組の放送・配信や国連の「SDG Media Zone」への参画など、メディアとしての取り組みに加えて、NHKにおける温室効果ガスの削減など環境経営の取り組みについて説明を受けました。フレミング事務次長はNHKのこれらの取り組みに対して感謝を伝えるとともに、新型コロナウイルス感染症パンデミックや気候変動などに関する誤情報・偽情報の蔓延や不信の増大に対処する上で、アジア太平洋地域を代表する公共メディアであるNHKは非常に重要な役割を担うとの期待を示しました。

NHK 林理恵 専務理事兼メディア総局長(写真後列 左から5番目)を表敬 © UNIC Tokyo / Momoko Sato

「SDGメディア・コンパクト」創設メンバーでもある朝日新聞社中村史郎社長への表敬では、朝日新聞社が実施しているSDGs認知度に関するアンケート調査をはじめ、日本で一早くSDGsを取り上げてきたメディアとしての知見を基に、SDGsの認知度がが日本でこれだけ高まった背景や今後の課題などについて伺いました。フレミング事務次長は、国連も人々にSDGsを自分事化してもらえるように引き寄せる説明を行うよう常に心がけていると説明するとともに、情報発信におけるメディアとの連携の重要性を強調しました。

朝日新聞社 中村史郎社長を表敬 © UNIC Tokyo / Momoko Sato

 

被爆者、ユース、クリエイターとともに平和を考える

平和のための行動のための非公式対話

レミング事務次長一行は日本の被爆者、ユースの方々と対話し、被爆者の方々の個人的なストーリーに直接触れるとともに、高齢化する被爆者のレジリエンスを今後につなげる革新的な活動をリードする若者たちから刺激を受けました。世代を超えて、参加者の皆さんがそれぞれの平和への強い思いと取り組みを語りあい、核兵器のない世界、平和な世界を守り、つくるために何ができるかを考え、対話しました。

日本の被爆者は、日本原水爆被害者団体協議会 (日本被団協)の田中熙巳代表委員、木戸季市事務局長、濱住治郎事務局次長、和田征子事務局次長が参加しました。ユースは、KNOW NUKES TOKYOの高橋悠太さん、中村涼香さん、Peace Culture Village(PCV)のメアリー・ポピオさん、そして「記憶の解凍」プロジェクトに取り組む庭田杏珠さん。また、デジタル技術を駆使して戦争や災害体験者の記憶をつなぐ活動について東京大学渡邉英徳先生がビデオメッセージで、そして対話の会場となったUniversity of Creativity平和教育プロジェクトに取り組む近藤ヒデノリさんが加わりました。

車座になって対話に臨む参加者たち © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

国連の平和への取り組みを説明するフレミング事務次長 © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

自らの被爆体験を語るとともに、核兵器廃絶を訴える被爆者。左から時計回りで、日本原水爆被害者団体協議会日本被団協 )の田中熙巳代表委員、濱住治郎事務局次長、木戸季市事務局長、和田征子事務局次長、© UNIC Tokyo / Ichiro Mae

 

日本における平和への取り組みを説明する若者たちー左上から時計回りで、KNOW NUKES TOKYOの高橋悠太さん、中村涼香さん、Peace Culture Village (PCV)のメアリー・ポピオさん、「記憶の解凍」プロジェクトに取り組む庭田杏珠さん © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

DGC幹部3人 左上から時計回りで、ブラウン次長、ドンロン気候担当チーフ、ハリガン持続可能な開発・人権担当チーフ © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

平和教育プロジェクト”Akasaka Peace Flag”について説明するUniversity of Creativityのサステナビリティフィールドディレクター、近藤ヒデノリさん © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

平和のための行動のための非公式対話の参加者の皆さんと © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

被爆者・ユースとの対話の場となったUniversity of Creativity

被爆者やユースとの対話が行われたのは東京・赤坂にある創造性の研究機関、University of Creativityです。

University of Creativityの施設案内を受ける一行、左上写真でコーヒーカップを手に説明しているのが市耒健太郎主宰 © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

対話の開始前に、一行はこの研究機関の主宰・市耒健太郎さんから説明を受けながら、創造性を刺激する展示に囲まれた施設内を案内していただきました。

 

市民に向けたメッセージ

レミング事務次長は、日本での日程の締めくくりに国連大学主催のUNU Conversation のイベントに臨みました。演題は、“Cutting Through the Noise: How the UN is Building Trust in an Age of Disinformation”。偽情報が拡散する時代における国連の信頼構築のための取り組みについて講演しました。特に新しいメディアのトレンド、COVID-19パンデミックから学んだ教訓から、国連がコミュニケーション戦略をどのように再構築しているか、 国連大学のコミュニケーション責任者であるキキ・ボウマンさんとともに対話を通して説明しました。講演の後半では参加者からの偽情報に関する質問に答え、参加した市民の偽情報に対するさらなる理解に努めました。

レミング事務次長が国連大学で講演 © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

 

日本で働く国連職員たちと

滞在中、フレミング事務次長一行は、駐日国連機関の代表たち、そして、東京の国連広報センターの職員たち、インターンたちとも懇談しました。日本に拠点を置く国連機関にとって、広報アウトリーチは活動の柱の一つ。ウクライナ戦争と食料・肥料・エネルギーなどへのグローバルな影響、気候危機、SDGs実施の中間点など、国連が一丸となって取り組むべき課題が山積し、広報アウトリーチでのチーム力の結集が不可欠です。

駐日国連機関の代表たちとオンラインで懇談 © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

 

今年もあと少し、どうぞ良いお年を

グローバル・コミュニケーション担当の国連トップとして4年ぶりに訪日し日本の様々なステークホルダーと直接意見交換し深い対話を行ったフレミング事務次長は、8日、大きな手応えを感じ取りながら、国連本部のあるニューヨークへと旅立っていきました。

国連の取組や国連の場で議論されるグローバル課題について、日本の方々に自分事化していただけるよう、日本における広報アウトリーチに誠心誠意努めてまいります。

来年もまたどうぞよろしくお願いいたします。

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日本から世界に伝えたいSDGs ② 【“子どもの貧困”に向き合う お寺のおそなえで優しさの循環を】

© UNIC Tokyo/Ichiro Mae

【団体概要】おてらおやつクラブ 2014年に奈良県の安養寺の住職松島靖朗さんによって、お寺の「おそなえ」を仏様からの「おさがり」として困りごとを抱えるひとり親家庭に「おすそわけ」する活動がスタート。2018年グッドデザイン大賞受賞。2020年にNPO法人認定。

 

先進国 日本の見えにくい”貧困”

「子どもの貧困という言葉が日本でも近年聞かれます。2019年の厚生労働省の報告によると、日本の子どもの7人の1人が、国の平均的所得の半分以下の所得しかない「貧困ライン」以下に置かれています。ひとり親の世帯では約半数が「貧困層」に当てはまるという実態があり、さらにそのおよそ30%が食料が買えなかった経験があるとしています。日本は、こうした国の生活や文化の水準と比較して困窮している「相対的貧困」の状況において、OECD加盟国の中でも最悪の水準となっています。

困窮した家庭に対して、お菓子、飲料、レトルト食品、米などの食料や日用品などのお寺の「おそなえ」を「おさがり」として「おすそわけ」する活動をしているのが、認定NPO法人おてらおやつクラブ」です。1840の寺院の賛同と653団体との連携を通して、全都道府県で月間のべ2万4000人の子どもを支援しています

多くの困窮世帯の助けとなっている「おてらおやつクラブ」の発起人である奈良県の浄土宗安養寺住職、松島靖朗さんに話を伺いました。

 

ショックを受けた日本での餓死 

 おてらおやつクラブ代表で安養寺住職の松島靖朗さん © UNIC Tokyo/Ichiro Mae

松島さんには忘れることのできない事件があります。2013年に、母親と子どもが大阪で餓死状態で発見されたのです。報道によると、母親は夫のDVから逃げ、預金口座の残高はわずか数十円でした。

「”餓死”という言葉が本当に衝撃的でした。飽食の時代とも言われている中で、そうした理由で尊い命が失われてしまう現実が身近にあることにショックを受けました。お寺にはたくさんのお菓子がおそなえとして集まり、食べきれずに、どこにおすそ分けしようかと常に考えているような状況でした。目の前にあるお菓子をそういう子どもたちに届けることができたら、少しは悲劇を予防できるのではと思いました」

その翌年、松島さんは、お寺のおそなえを地域で困窮するひとり親家庭におすそわけする活動を個人的に始めました。当初は、1箱分のお菓子を持っていって「有り難いのですが、まだまだ必要としている方が大勢いるんです」と言われたり、「お坊さんもたまにはいいことするんだね」と皮肉を込めて言われることもありました。それでも活動を続けていく中で、子どもの貧困の現状に何かできないかと同じように心を痛め、応援してくれる人も出てきました。

 

おそなえで“つながり”を作る

写真提供 おてらおやつクラブ

仏教には「おそなえをおさがりして仏様からいただく」慣習があります。もらったおそなえは、仏様やご先祖様に捧げることで人の手をいったん離れ、それを仏様からのおすそわけとして受け取ります。安養寺の取り組みは「仏の教えに適っている」と、他の寺社にも賛同する動きが広がり、口コミや取材などを通し、全国に協力者が増えていきました。仏様からのおさがりのおやつを活用し、多くの人が手を取り合いながら全国の子どもの貧困問題に取り組んでいく活動として、「おてらおやつクラブ」と名付けられました。

 安養寺の入り口に掲げられた活動ののぼり ©UNIC Tokyo/Ichiro Mae

松島さんが以前インターネット関連の企業に勤めていた経験も活かされました。LINEやメールを活用し、ひとり親家庭が支援を求めたときに、居住地域のお寺から支援が届くネットワークをつくったのです。

「インターネットで、お寺とは対極にあるような仕事をしていたように思われていたのですが、情報と人をつなぎ、人と人とをつなぐことで解決できなかった課題を解決していく”つなぐ”仕事をしていたんですね。僧侶になってからもつなげる仕事をしていると思っています」

写真提供 おてらおやつクラブ

打ち明けられない孤独感 助けてと言える社会へ

おてらおやつクラブの支援先の9割は30〜40代のシングルマザーと子どもの家庭です。今年支援者に対し聞き取りした調査では、月収が10万程度、預貯金も50万円未満の家庭が多く、その7割が「生活費の支払いに支障があった」としています。

おすそわけを受け取った母親からは、子どもが夜寝るときにおやつを抱っこして寝たというほほえましい話を聞くこともあるそうです。「久しぶりに人や社会と繋がれた気持ちになり涙が出ました」と、ものが届いたことだけでなく、精神的な安心感を伝える感謝の声も少なくありません。

おすそわけを受け取った支援先からのお礼の手紙 写真提供 おてらおやつクラブ

「お母さんの声を聞くと、ひとり親家庭で子育てをしているということを、周りに打ち明けられない方が多いです。”助けて”と言えば荷物が届き、自分たちは独りじゃないんだということを感じてもらえる、それがつながりを作っていく第一歩になるのではと思っています。どこかで誰かが見ていてくれる、気にかけてくれている、ということは大きな力になります。それが貧困問題の根っこにある孤独感や孤立感をやわらげるきっかけに少しでもなれたらと願っています」

最近は、食べ物に加えて、シャンプーやリンス、化粧品、マスク、ティッシュなど日用品も届けています。子どもの貧困の問題は、親も含めた世帯全体への支援の視点も大切だと松島さんは考えています。

仕分け作業をするボランティア © UNIC Tokyo/Ichiro Mae

おそなえの仕分け作業をするボランティアには、自分が子育てをしていた時に助けてもらった恩返しがしたいと手伝う人も多いそうです。松島さんもこの活動を通して、自分の子ども時代を改めて振り返ったと言います。

自分も仏様からのおさがりで育ててもらっていて、そこにはいろんな人の思いがあって、その支えの中で自分は成長させてもらっていました。自分がしてもらったのと同じように、将来がある子どもたちに託していくことを自分の役割としていくんだと気づいた瞬間がありました。

日本には7万のお寺があると言われ、コンビニエンスストアよりも多い数です。ある意味で社会インフラなわけなんですよね。まだまだ活動を広げていく可能性はあると思ってます」

 

子どもたちの声を聞く居場所づくり 

松島さんたちは、今年新たな活動も始めました。子どもたちの居場所作りです。安養寺の向かいにある空き家を子どもたちと一緒にリノベーションした空間に、月2回小学生から高校生までの10人の子どもが通ってきます。子どもたち自身が考えてビンゴ大会などを催したり、大学生がサポートする学習支援などをしたりして、子どもたちが思い思いに過ごせる場所になっています。宿題をするとポイントがもらえて、貯めたポイントにあわせて、おそなえのおやつを持って帰れる仕組みもあります。

子どもたち自身に居場所づくりを任せている © UNIC Tokyo/Ichiro Mae

この事業を思い立ったのは、子ども達の声をあまり聞けていないことに気づいたからです。

「子どもたちの貧困の問題なのに子どもたちの声をあまり聞けてないという話になったんです。子どもたちが本音を言える場所を作らないといけないと思いました。”和菓子はもういいので、ポテトチップスをください”と言う声は生意気にも聞こえますが、一番子どもらしい姿です。子どもの真の声が大事なのではないかと思いますし、それを聞いて活動の源にできたらと思っています」

宿題をしたポイントでもらえるおやつもおそなえから © UNIC Tokyo/Ichiro Mae

子どもたちは、少しずつ学校や生活の中での困りごとを話し始めているそうです。手伝いに来ている大学生の一人は、こんな思いを聞かせてくれました。

「私自身も貧困家庭で育ち、居場所を探してしんどかった時期があるので、そういう子どもたちの横で寄り添ってあげられる人になりたい。当時私を助けてくれた大人への憧れが、今の自分のモチベーションになっています」

 子どもたちの居場所づくりを手伝う大学生 © UNIC Tokyo/Ichiro Mae

“たよってうれしい たよられてうれしい。” を広める

SDGsの17のゴールの1つ目は「貧困をなくそう」です。それは間違いなく、いまの日本社会にもあてはまる課題です。 

松島さんは新型コロナウイルス感染症が始まってこの3年、職を失ったり、収入が減ったりして、よりつらい思いをしている人たちが増えていると感じています。おてらおやつクラブが支援する世帯数も2019年度から激増し、2021年度には約17倍の5943世帯今年は8000世帯にもなりました。

© UNIC Tokyo/Ichiro Mae

 

「助けて」の声が急増する一方で、松島さんのもとには「助けたい」という声も多く届いています。個人が特別給付金を寄付してくれたり、企業が商品の寄贈やボランティアを派遣してくれたりするケースが増えているそうです。

「助けてほしいという人と、助けたいという人をつなげることで、”たよってうれしい、たよられてうれしい。”という支え合いの社会をつくっていきたいなと思っています。今、人々はつながっているように見えるけれども、実は孤独感を感じている人も多い。日本国内の貧困は見えにくいのが課題だと思います。

私達に欠けているのは想像する力ではないでしょうか。想像力の貧困はより深刻です。遠くに思いをはせることもそうだし、身近にも苦しんでいる人がいる。自分もいつそういう状況になるかわからないからこそ、想像力をしっかりと培って考え続けることが大事だと思います」

支援先から届いたお礼のメッセージ 写真提供 おてらおやつクラブ

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気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)を振り返る – 真剣勝負の2週間

11月6日から2週間に渡ってエジプトのシャム・エル・シェイクで開かれた気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)に、国連広報センターの佐藤桃子広報官が国連グローバル・コミュニケーション局のサポートのために参加しました。世界から約3万5000人が集った過去最大規模のCOPを振り返ります。

COP27の会場は常設の会議場に仮設の展示場や会議室が追加され、多岐にわたる気候変動の議論が行われる場となった © UNIC Tokyo / Momoko Sato

 

「COPが27回も開催されているのに、温室効果ガスが減っていないことに怒りを感じます」

国連機関の代表者がCOP27のある記者会見でこう発言したときに、私はようやく自分が気候変動の課題を真に理解したような気がしました。COPとは、気候変動に人類が立ち向かうための条約の締約国・地域が、気候変動への対応を決めるための会議です。1994年に発効し、現在ほぼすべての国が批准している気候変動枠組条約には明確に温室効果ガスを減らす必要性が書かれているにもかかわらず、この30年間、その目標に人類は近づくところか遠ざかってきたのです。

6日のCOP27開幕にあたり、締約国・地域に多国間協調を呼びかけるサイモン・スティル国連気候変動枠組条約(UNFCCC)事務局長 © UNIC Tokyo / Momoko Sato

 

「損失と損害」基金の設立

皆さんも、COP27のニュースに触れたかもしれません。COPがこれだけ注目を浴びるのは、気候変動が全人類に影響を与え、多くの国の人々が状況が悪化していることを実感しているからです。2023年だけでも国土の3分の1が水没したパキスタンの洪水や、欧州各地で発生した熱波、中国での干ばつといった気候災害が起きましたが、数年前から続いている事象として「アフリカの角」と呼ばれるアフリカ東北部の干ばつや太平洋諸国が直面している海面上昇などもあります。日本も過去最大級の大雨や洪水、台風が年に何度も報じられています。

COP27の成果の一つは、特に気候変動の影響に対して脆弱な開発途上国がうけている「損失と損害」の基金の設立が決まったことです。しかし、「損失と損害」は2023年に出現した言葉ではありません。30年近いCOPの歴史の当初から、開発途上国は気候変動の原因となる温室効果ガスをほとんど排出しない自国が気候変動の影響を最も深刻に受けていることに警鐘を鳴らしていました。しかし、その訴えは30年間放置されてきたのです。

COP27ではパキスタンが積極的に「損失と損害」の深刻性を訴え、ほかの代表団がこの主張に賛同する場面が何度も見られました。そうして「損失と損害」に対する取り組みがようやく始動したのです。

7日の早期警報システムに関する会合で、開発途上国にとって気候変動の影響への適応策を強化することがどれほど急務なのか力説するパキスタンシェリー・レーマン気候変動担当大臣 © UNIC Tokyo / Momoko Sato

 

「実行」の必要性と二つのキーワード

ここまで事態を悪化させ温室効果ガスはなぜ減っていないのか?その答えは実行が全く足りていなかったことであり、会場でも実行を妨げている「グリーンウォッシュ」と「資金」の在り方という二つのキーワードが頻繁に聞かれました。

COP27の標語「共に実行を(Together for Implementation)」は、会場のいたるところで打ち出されていた © UNIC Tokyo / Momoko Sato

「グリーンウォッシュ」とは実際の行動は不十分なのに環境に良い行いをしていると主張する、見せかけの環境対策を意味します。日本でも政府や自治体、企業などが「脱炭素」や「温室効果ガス排出量正味ゼロ」を目標として掲げていますが、その目標設定と計画、実際の行動は本当に二酸化炭素をはじめとした温室効果ガスを減らせなければ意味がありません。

グリーンウォッシュに対処するため、国連事務総長は今年3月に「非国家主体の排出量正味ゼロ・コミットメントに関するハイレベル専門家グループ」を立ち上げました。COP27ではこの専門家グループが報告書を発表し、環境に関する誠実性、信頼性、説明責任、各国政府の役割について実践的な提言を行いました。例えば、排出量正味ゼロを主張するのであれば、サプライチェーンの一部だけではなく全サプライチェーンで排出量を下げる必要がある、政府の気候変動対策を妨げるようなロビー活動を直接的にも業界団体などを通じて間接的にも行ってはならない、といった提言です。今後、金融業や製造業、サービス業などをふくむすべての産業において、こうした基準が活用されることが期待されています。

7日の報告書発表会で登壇したグテーレス国連事務総長は「こうしたごまかしは、終わらせなければならない」と述べた © UNIC Tokyo / Momoko Sato

「資金」がもう一つの重要なキーワードとなった理由は、資金の流れが今の産業の在り方や、広く使われている技術やエネルギー、社会の仕組みなどを支えているからです。会場で開かれていたファッション業界をテーマにしたイベントでも、衣服を製造する企業が「この10年間エネルギー消費量の削減など努力はしてきましたが、それでは正味ゼロ目標を達成できないなことはわかっています。再生可能エネルギーへの転換が必要で、そのためには資金が必要なのです」と率直に話していました。産業の在り方や再生可能エネルギーへの転換以外にも、早期警報システムなど気候変動の影響への適応策の強化、女性など気候変動対策に参加する権限や資源を使うことが制限されているグループへの支援などを実行するには資金が必要です。

11日に開かれたファッションに関するイベントに登壇するモデル・俳優のリリー・コールさん。インフルエンサーも自身がかかわる産業について積極的に発言していた。 © UNIC Tokyo / Momoko Sato

先の専門家グループのメンバーである三宅香さん(日本気候リーダーズ・パートナーシップ(JCLP)共同代表)も「行動を後押しするには、やはりお金が大事です。何にでもお金を出せば良いわけではなく、お金の流れを大きく変えなければなりません。金融業界への期待は高く、同時に厳しい目も向けられています」と話してくれました。

 

さまざまなプロセスを経ることになる「公正な移行」

COP27の会場では、誰もが気候変動に歯止めをかける必要性を理解していました。他方で、「温室効果ガス正味ゼロ」にむけてどう進べきなのかという点についてはさまざまでした。背景には状況の違いがあります。たとえば、アフリカ諸国には、電気を使える人々が人口の10%以下しかいない国々があります。再生可能エネルギーに転換できるのは何年後なのか、それまでの期間はどのエネルギーをどう使って電気の普及率を上げるのか?また、こうした国々は気候変動の影響に対応する仕組みや人材、インフラ等が不十分なのでその対応も急務ですし、国の中には女性や先住民など特に取り残されているグループもいます。対処すべき課題はたくさんあります。

14日に開かれたアフリカの女性のエンパワーメントに関するイベントにビデオ・メッセージを寄せた国連副事務総長は、ナイジェリアの環境大臣を務めた経歴を持つ  © UNIC Tokyo / Momoko Sato

一つだけ明確なことは、私たちが実現しなければならない変化は一朝一夕で成し遂げられないからこそ、早く始めなければならないということ。30年もの間、十分対応できてこなかった代償を、私たちはいま身をもって払っています。これ以上の実行不足は、さらなる犠牲を招くだけです。

会場では、科学者、国際機関、島嶼国などのグループ、そして市民社会が深刻な現実と世界の平均気温上昇を1.5℃に抑える必要性を連日訴えていました。国連開発計画(UNDP)で各国の気候変動対策の策定や実施を支援している山角恵理さんは「多くの島嶼国や開発途上国にとって1.5℃は数字ではありません。自分達の生存に関わる、まさにサバイバルのための上限です。各国がそれをどれだけ本気で捉えているのかが問われています」と話していました。

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交渉の行く末

COP27は18日(金)に閉幕する予定でしたが、交渉が難航していることは早い段階で明白でした。「損失と損害」基金の方向性は示されるのか、前回のCOP26でグラスゴー(COP26開催地)の合意文書に含まれた1.5℃という努力目標を今回も維持できるのか、私もハラハラしながら最新情報を追っていました。

気候変動を引き起こすのも対応するべきなのも、政府だけではありません。企業などさまざまな非国家主体もプレーヤーです。しかし、この条約において最終的な意思決定を行えるのは締約国・地域だけです。市民社会は連日、イベントや記者会見、デモといった形で、締約国・地域の責任を問うだけでなく協力を求め続けました。同時に、交渉の進捗状況を随時アップデートしてオンラインで公開する団体もいたり、各地から集まったメディアが多種多様な言語で会場の声を世界に発信したりと、会議の透明性を高める動きも続きました。

12日に会場内で行われた市民社会によるデモ行進には、世界中の団体が参加した © UNIC Tokyo / Momoko Sato

17日に開かれたCOP27議長と国連事務総長の共同記者会見の開始を待つメディア。最後の数日は代表団と同じく会場に泊まり込んで交渉の様子を報じていた © UNIC Tokyo / Momoko Sato

そうして、皆が見守る中、最終会合が現地時間の20日(日)午前3時ごろに始まりました。再度検討を行うために一時中断する場面もありましたが、サーメハ・シュクリCOP27議長(エジプト外相)がコンセンサス方式でまとまった成果文書を読み上げた時には、ほっとしました。しかし、成果文書の課題も多数指摘され、締約国間がこれからも交渉をおこない、実質的な調整を進めていく必要性が確認されました。同日午前9時半ごろにCOP27は遂に閉幕しました。

COP27はイベントではなく真剣勝負の交渉の場で、いくつも印象的な場面がありました。その中でも、当初の最終予定日であった18日に開かれた代表団の会合で、ガーナの代表団として出席していた10歳の気候活動家Nakeeyat Dramani Samさんが「熱意をもって、ちゃんと考えてください」と訴えた時に心が震えたのを覚えています。自分のコミュニティーが気候変動の影響を受けていることを踏まえ、「皆さんが私のような若者だったのなら、この時点で地球を救うために必要な合意に達しているのではないでしょうか?若者が議論を主導したほうが良いのでしょうか?」としっかりとした口調で問いかけました。これが経験や思慮の浅い訴えだと捉えた人はあの場にいなかったでしょう。

Nakeeyat Dramani Samさんの発言後に、会場の代表団はスタンディングオベーションを送った © UNIC Tokyo / Momoko Sato

 

気候変動は非常に深刻で大規模な課題です。誰も逃れることができず、悪化の一途をたどっています。画期的な「損失と損害」基金は事後的対応でしかなく、各国政府の気候変動対策である「自国が決定する貢献(NDC)」はまだまだ強化が必要です(COP26閉幕からCOP27開幕までにNDCを強化あるいは新しく提出した締約国は30未満でした)。

COP27では、それでも気候変動に正面から挑む人々の確かな連携をみることができました。こうした人々は一時的にエジプトに集っただけで、普段は世界各地で活動しています。日本にももちろんいます。そうした人々の数が増え、気候変動を真に食い止める流れに変わることを切に願うとともに、国連の重責を感じながら帰国の途に就いた出張となりました。

 

COP27や気候変動についてもっと学びたい方は、ぜひこれらのページをご覧ください。

2週間をともに過ごした、NYのグローバル・コミュニケーション局本部とカイロの国連広報センターの皆と。記事、動画、写真、イベント、SNS、ニュースレター、ポッドキャストといった形で現場から情報発信を続けた(筆者、下段右から2番目)© UNIC Tokyo / Momoko Sato

日本から世界に伝えたいSDGs ① 【海のごみをアートに変えて】

UNIC Tokyo/ Ichiro Mae

いま、プラスチックごみが世界中で増え続けています生産や処理で多くの二酸化炭素を排出する石油由来のプラスチック、世界ではその9割がリサイクルされておらず、毎年1300万トン以上のプラスチックがごみとして海に流れ込み、深刻な環境問題を引き起こしています。2016年の世界経済フォーラムは、海に漂うプラスチックごみの量が2050年には魚の量を上回る可能性を報告しました。

12月7日から19日までカナダで開催の生物多様性条約第15回締約国会議 (COP15)では、持続可能な世界を築くために 海や陸の戦略的保全など、自然の喪失を食い止め、回復させるための世界的な行動の指針を作ろうとしています。

海洋プラスチックごみの約8割は陸から川に流れ出ており、私たちの生活から出てきたものです。私たちはごみの扱い方、ひいては暮らしの見直しを迫られています。

こうした現状を知ってもらいたいと、海洋ごみを拾い、そこからアート作品を生み出している人がいます。「海ゴミアーティスト」のあやおさんです。あやおさんの手にかかると、海洋ごみが魚やペンギン、亀など、愛らしい海の生物たちに生まれ変わります。どうしてこうした作品を作り始めたのか、創作活動の背景にはどんな思いがあるのかを知るために、あやおさんが暮らす石川県を訪ねました。

©UNIC Tokyo/ Ichiro Mae

【略歴】あやお 愛知県一宮市出身。石川県の海のそばに移住し、海のプラスチックごみから海洋生物を模したアート作品を創作する活動を続ける。作品は注目を集め、2022年の国連環境計画国際環境技術センター(UNEP-IETC)の30周年イベントにごみゼロアーティスト として参加。現在はセルフリノベーションした自宅で、4匹の保護猫と3羽の保護ニワトリ、夫と共に暮らしている。

 

美しい海岸に流れ着く大量の海洋ごみ

石川県の自然に心惹かれ、6年前に移住してきたあやおさん。小さい頃から動物や自然に囲まれる生活に憧れ、短大卒業後に長野県の山あいで山村留学の仕事をしていました。その後、移り住んだ日本海に面する石川県の美しい海に魅了されていきます。

海に囲まれた能登半島には、波が穏やかで野生のイルカが住み着き海の美しさが有名な内海と、冬の荒波にのってやってくる様々な回遊魚を見ることができる外海が広がります。あやおさんは以前は、穏やかな内海まで徒歩2〜3分の場所に暮らし、夏になると3日に1度は海で泳ぐ生活をしていました。結婚後は、外海の近くに移り住み、石川県の海を満喫していました。

しかし、次第に海岸に押し寄せるたくさんのごみの存在に気づきます。大好きな海を少しでもきれいにしたいと、あやおさんは一人でごみ拾いを始めました。特に冬に高波が集まる海岸には、たくさんの漂流ごみが堆積していました。

海辺のごみを拾うあやおさん ©UNIC Tokyo/ Ichiro Mae

最初は拾いやすいペットボトルを拾っていましたが、ごみの多様さにも驚きます。漁具や生活用品、時には医療用の注射器など実に様々なごみが流れついていたのです。あやおさんは、そのごみの実態に打ちのめされ、さらなる行動を起こさないといけないと思うようになりました。

海岸に漂流した多くのごみ 写真提供:あやお

「ごみ拾いを始めた頃、私が海岸でごみを拾っている隣でゴミを捨てる人もいました。ゴミを拾っているだけでは状況は何も変わらないのではないか。社会全体を変えなければいけない。しかし、環境問題に興味がない人も世の中に多い。まずはその人たちの興味を引きたいと思いました」

 

どうすれば海洋ごみの問題を人の心に届けられるか  

関心が薄い人にも海洋ごみや環境問題に興味を持ってもらうにはどうしたらいいか。あやおさんが思いついたのが、多種多様な海のごみから目を引くアート作品を作ることでした。

あやおさんの家には、海岸で拾い集められた大量のプラスチックごみが、何箱にも色分けされ置かれています。洗って乾かし、分別して作品作りに備えます。

あやおさんが集め色分けした海洋ごみ©UNIC Tokyo/ Ichiro Mae

この海洋ごみから海の生き物が形作られていきます。作品の製作は、シンプルなものでも1週間を要し、手のこんだものは完成までに3ヶ月ほどかかります。

©UNIC Tokyo/ Ichiro Mae

「海の生き物たちの声を伝えたかったので、こうした作品にしました。生態系や特徴など、海の生き物に興味を持ってもらえるような文章も添えてSNSに投稿しています。投稿は評判が良く、初めて売れたペンギンの作品は、投稿後30分で購入の問い合わせが来て驚きました」

 最初に売れたペンギンの作品とクジラをイメージした作品 写真提供:あやお 

創作活動の喜びをあやおさんは率直にこう語ります。

「きれいな海で泳げることです。始めた頃は誰からも注目されなかったごみ拾いも、作品のことを知った学生や若い人たちの中から興味を持って拾ってくれる人が出てきて、自分が少しでも影響を与えられていることを実感しうれしくなりました」

最近では、あやおさんの作品に感化されて、同じように海のごみから作品を作る地元のグループも生まれているそうです。

 

海の豊さはひとりでは守れない

いま地球上では、気候災害がより頻繁に強度を増して発生し、国内避難民に関しては紛争の3倍もの人が気候災害によって故郷を追われる事態が起こっています。気候変動や環境問題に対し、待ったなしの行動が求められています。海域や沿岸部は地球の表面積のおよそ70パーセントを占め、地球の生命維持システムにとっても不可欠です。海の豊かさは気候変動に立ち向かう力にもつながります。海は世界の年間二酸化炭素排出量の4分の1を吸収しています。プラスチックゴミを含む海洋ごみや海洋汚染の問題の改善を目指す国際的な枠組みや計画も複数作られ、海洋環境の保護が呼びかけられています。あやおさんは、こう問いかけます。

「まずは自分の家にいらないものがどれくらいあり、本当に必要なものは何なのかを見極めることが大切だと思います。意外と物が無くても幸せに暮らせるのではないでしょうか」

©UNIC Tokyo / Ichiro Mae

あやおさんは今後、国内だけでなく、世界に向けても作品を通し、美しい海を守ることを訴えていきたいと考えています。

「世界中の海岸でごみを拾うとか、全ての海をきれいにすることはたったひとりでは無理なんですが、私がごみを拾ってアート作品にすることを通して、『ゴミっておもしろい』『ゴミって売れるんだ』というところから、『そもそもなんで海にゴミがあるんだろうか』という考えを広めていきたい。アート作品を通して海外にも広めていきたいと思っています。メディアなどでも取り上げてもらい、活動は少しずつ認知されてきたと実感しています。次は世界に活動の場を広げられたらと思っています」

シャチを模した作品 ©UNIC Tokyo/ Ichiro Mae

美しい海と共生していくために、あやおさんは、誰かの暮らしの中から流れ着いた多くのごみと今日も向き合い、作品を作り続けます。

©UNIC Tokyo/ Ichiro Mae

(参考記事)SDGsシリーズ目標14「海の豊かさを守ることはなぜ大切か」

https://www.unic.or.jp/files/93bad7a2fc1eea3bb52d28ec54937a60-1.pdf