国連広報センター ブログ

国連のさまざまな活動を紹介します。 

グローバル・コミュニケーション担当 国連事務次長が4年ぶりに訪日

 

地球規模の課題について日本の様々なアクターと活発な意見交換

激動の2022年も暮れようとしています。皆様は、どのように今年の締めくくりの時を過ごしていらっしゃいますでしょうか。

12月4日~8日、国連広報センターでは、ニューヨークから来日した、国連グローバル・コミュニケーション局(DGC)を率いるメリッサ・フレミング事務次長と同局の戦略コミュニケーション部の幹部を迎えました。

国連広報センターのチームと。2列目右から4人目メリッサ・フレミング事務次長、左から3人目ナネット・ブラウン次長、4人目マルティナ・ドンロン気候担当チーフ、5人目フランシーヌ・ハリガン持続可能な開発・人権担当チーフ © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

同行した幹部3人は、DGC戦略コミュニケーション部次長(キャンペーン担当)のナネット・ブラウン、同部の持続可能な開発・人権担当チーフのフランシーヌ・ハリガン、そして、気候担当チーフのマルティナ・ドンロンの3人です。

DGCの戦略コミュニケーション部は、国連グローバル・コミュニケーション局において、世界各地に置かれた約60の国連広報センターを統括する部署です。

滞在中、フレミング事務次長一行は、政府、メディア、被爆者、ユースなど、日本のさまざなステークホルダーの皆さんとお会いし、SDGsや気候変動、誤情報・偽情報などについての活発な意見交換を行いました。

その様子を写真で綴ります。

 

国連安全保障理事会非常任理事国、G7議長国、大阪・関西万博 ― 日本との連携強化を確認

レミング事務次長は滞在中政府要人を精力的に表敬し、2023年―2024年の日本の国連安全保障理事会入り、2023年に日本が議長国を務めるG7プロセスで国連が取り組む重要課題が議論され大きな接点があること、そして2025年の大阪・関西万博での国連のパビリオン参加についてDGCがリードを取ることを踏まえて、日本との連携の強化を確認しました。

木原誠二内閣官房副長官と © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

木原誠二内閣官房副長官への表敬では木原副長官から、国連憲章の理念と原則に立ち戻り法の支配の徹底を図ることが重要であり、安保理改革を含む国連全体の機能強化に国連と協働していきたいとの強い決意の表明がありました。また事務次長からも法の支配の重要性では国連も軌を一にしており、国連グローバル・コミュニケーション局として、SNS上の誤・偽情報の拡散等に対策を講じていることを説明しました。

山田賢司外務副大臣(右から3人目)、安藤重実国連企画調整課長(右端)と © UNIC Tokyo / Momoko Sato

山田外務副大臣との会談でフレミング事務次長は、DGC及び東京の国連広報センターに対する日本の支援に謝意を表明するとともに、日本では世界各国と比較してもSDGsの浸透が極めて進んでいることに感銘を受けたとし、2025年の大阪・関西万博に国連が参加するにあたっても引き続き日本との連携を強化したいと述べました。

中谷真一経済産業副大臣とフレミング国連事務次長、根本所長ら © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

レミング事務次長は中谷真一内閣府副大臣(2025年国際博覧会担当)を表敬訪問し、、大阪・関西万博の成功に向けて今後とも国連と日本で緊密に協力していくことを確認しました。

 

メディアとの連携の強化

「SDGメディア・コンパクト」フォーラム 

「SDGメディア・コンパクト」フォーラム(国連大学で開催)にて © UNIC Tokyo/Takashi Okano

今回、事務次長一行が訪日した主な目的の一つが、「SDGメディア・コンパクトに加盟する日本のメディアの皆さんと直接意見交換し、関係を強化することでした。

日本では現在、「SDGメディア・コンパクト」の参加メンバー数が200に迫り、世界全体の6割以上を占めています。

訪日に合わせて開催された「SDGメディア・コンパクト」フォーラムには、全国各地からおよそ80のメディアが出席し、メディアとしてSDGsを推進する中で感じる課題や他国の事例などについて、率直な意見交換を行いました。

フォーラムでは、フレミング事務次長が国連の広報戦略などについて幅広く紹介するとともに、DGCの幹部たちからSDGsをはじめとする様々なキャンペーンや気候変動への取り組みを促すコミュニケーション戦略についてブリーフィングを行いました。

フォーラム壇上でスピーチするメリッサ・フレミング国連事務次長 © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

写真右から、ナネット・ブラウン次長、フランシーヌ・ハリガン持続可能な開発・人権担当チーフ、マルティナ・ドンロン気候担当チーフ、 © UNIC Tokyo / Ichiro Mae & Takashi Okano

根本かおる国連広報センター所長(司会)© UNIC Tokyo / Takashi Okano

日本のメディア側からの事例発表も行われ、フジテレビジョン木幡美子CSRSDGs推進室部長が民放キー局5局とNHKとの共同で展開した「1.5℃の約束 – いますぐ動こう、気温上昇を止めるために。」キャンペーンについて共有するとともに、博報堂の神長澄江マーケティングプランニングディレクターが同キャンペーンのインパクト調査結果概要を報告しました。

フジテレビジョン木幡美子CSRSDGs推進室部長(左)、博報堂の神長澄江マーケティングプランニングディレクター(右)© UNIC Tokyo / Ichiro Mae

その他の多くのメディアの方々もフォーラム会場からそれぞれのSDGsへの取り組みなどについて話しました。日本のメディアの皆さんが見せた熱意と創造性は、フレミング事務次長を大いに驚かせていました。

誤情報・偽情報に関する意見交換会 

現在、誤情報・偽情報がますますオンライン上で拡散され、不信と分断が深まる中、フレミング事務次長はこの課題に対応するファクトチェック団体、メディア、プラットフォーマーの関係者との意見交換会に臨みました。同事務次長が国レベルでこの分野で様々な関係者と横断的な意見交換会を持つのはこれが初めてのことです。

誤情報・偽情報に関する意見交換会の様子 © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

メリッサ・フレミング事務次長(左から2人目)© UNIC Tokyo / Ichiro Mae

国連側からは、フレミング事務次長が、世界における誤情報・偽情報の蔓延の拡大と広範な負の影響について共有するとともに、DGCがリードして、2024年9月に開催される「未来サミット」に向けて情報の健全性のための行動規範を策定する計画であることなどを述べました。

 写真左から、マイクを手に持つブラウン戦略コミュニケーション部次長、ハリガン持続可能な開発・人権担当チーフ、ドンロン気候担当チーフ © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

ナネット・ブラウン次長は、「事実を伝えるだけでなく、わが事として捉えてもらえるようなストーリー・テリングの必要性」、「偽情報に対抗し、こちらの信頼のおけるメッセージも視覚に訴えて魅力的であること」、「シェアする前にいったん立ち止まって考えてもらう」、「大手メディアだけでなくSNS運営側とも対話し、方針転換を求めていくダイアローグ」などが誤情報・偽情報の蔓延を防ぐ上で重要だとメディア関係者へ説明しました。

誤情報・偽情報に関する意見交換会の様子 © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

当日、日本ファクトチェックセンター、ファクトチェックイニシアチブ(FIJ)、BuzzFeed Japan News、読売新聞、NHK、ヤフーから誤情報・偽情報との闘いの第一線で活躍する関係者が参加し、日本での動向、この課題に関する報道や社としての対応、市民への啓発の取組などについて意見交換を行いました。

誤情報・偽情報に関する意見交換会の参加者と国連事務次長一行 © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

SNSの隆盛とそのビジネスモデルの変貌によって新たに浮かび上がってきた問題だけに、話は尽きませんでした。

 

メディアへの表敬訪問

レミング事務次長は訪日の機会にメディア幹部とも意見交換を行いました。NHKの林 理恵 専務理事・メディア総局長への表敬では、「1.5℃の約束」キャンペーンでのNHKと6つの民放キー局との連動番組の放送・配信や国連の「SDG Media Zone」への参画など、メディアとしての取り組みに加えて、NHKにおける温室効果ガスの削減など環境経営の取り組みについて説明を受けました。フレミング事務次長はNHKのこれらの取り組みに対して感謝を伝えるとともに、新型コロナウイルス感染症パンデミックや気候変動などに関する誤情報・偽情報の蔓延や不信の増大に対処する上で、アジア太平洋地域を代表する公共メディアであるNHKは非常に重要な役割を担うとの期待を示しました。

NHK 林理恵 専務理事兼メディア総局長(写真後列 左から5番目)を表敬 © UNIC Tokyo / Momoko Sato

「SDGメディア・コンパクト」創設メンバーでもある朝日新聞社中村史郎社長への表敬では、朝日新聞社が実施しているSDGs認知度に関するアンケート調査をはじめ、日本で一早くSDGsを取り上げてきたメディアとしての知見を基に、SDGsの認知度がが日本でこれだけ高まった背景や今後の課題などについて伺いました。フレミング事務次長は、国連も人々にSDGsを自分事化してもらえるように引き寄せる説明を行うよう常に心がけていると説明するとともに、情報発信におけるメディアとの連携の重要性を強調しました。

朝日新聞社 中村史郎社長を表敬 © UNIC Tokyo / Momoko Sato

 

被爆者、ユース、クリエイターとともに平和を考える

平和のための行動のための非公式対話

レミング事務次長一行は日本の被爆者、ユースの方々と対話し、被爆者の方々の個人的なストーリーに直接触れるとともに、高齢化する被爆者のレジリエンスを今後につなげる革新的な活動をリードする若者たちから刺激を受けました。世代を超えて、参加者の皆さんがそれぞれの平和への強い思いと取り組みを語りあい、核兵器のない世界、平和な世界を守り、つくるために何ができるかを考え、対話しました。

日本の被爆者は、日本原水爆被害者団体協議会 (日本被団協)の田中熙巳代表委員、木戸季市事務局長、濱住治郎事務局次長、和田征子事務局次長が参加しました。ユースは、KNOW NUKES TOKYOの高橋悠太さん、中村涼香さん、Peace Culture Village(PCV)のメアリー・ポピオさん、そして「記憶の解凍」プロジェクトに取り組む庭田杏珠さん。また、デジタル技術を駆使して戦争や災害体験者の記憶をつなぐ活動について東京大学渡邉英徳先生がビデオメッセージで、そして対話の会場となったUniversity of Creativity平和教育プロジェクトに取り組む近藤ヒデノリさんが加わりました。

車座になって対話に臨む参加者たち © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

国連の平和への取り組みを説明するフレミング事務次長 © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

自らの被爆体験を語るとともに、核兵器廃絶を訴える被爆者。左から時計回りで、日本原水爆被害者団体協議会日本被団協 )の田中熙巳代表委員、濱住治郎事務局次長、木戸季市事務局長、和田征子事務局次長、© UNIC Tokyo / Ichiro Mae

 

日本における平和への取り組みを説明する若者たちー左上から時計回りで、KNOW NUKES TOKYOの高橋悠太さん、中村涼香さん、Peace Culture Village (PCV)のメアリー・ポピオさん、「記憶の解凍」プロジェクトに取り組む庭田杏珠さん © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

DGC幹部3人 左上から時計回りで、ブラウン次長、ドンロン気候担当チーフ、ハリガン持続可能な開発・人権担当チーフ © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

平和教育プロジェクト”Akasaka Peace Flag”について説明するUniversity of Creativityのサステナビリティフィールドディレクター、近藤ヒデノリさん © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

平和のための行動のための非公式対話の参加者の皆さんと © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

被爆者・ユースとの対話の場となったUniversity of Creativity

被爆者やユースとの対話が行われたのは東京・赤坂にある創造性の研究機関、University of Creativityです。

University of Creativityの施設案内を受ける一行、左上写真でコーヒーカップを手に説明しているのが市耒健太郎主宰 © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

対話の開始前に、一行はこの研究機関の主宰・市耒健太郎さんから説明を受けながら、創造性を刺激する展示に囲まれた施設内を案内していただきました。

 

市民に向けたメッセージ

レミング事務次長は、日本での日程の締めくくりに国連大学主催のUNU Conversation のイベントに臨みました。演題は、“Cutting Through the Noise: How the UN is Building Trust in an Age of Disinformation”。偽情報が拡散する時代における国連の信頼構築のための取り組みについて講演しました。特に新しいメディアのトレンド、COVID-19パンデミックから学んだ教訓から、国連がコミュニケーション戦略をどのように再構築しているか、 国連大学のコミュニケーション責任者であるキキ・ボウマンさんとともに対話を通して説明しました。講演の後半では参加者からの偽情報に関する質問に答え、参加した市民の偽情報に対するさらなる理解に努めました。

レミング事務次長が国連大学で講演 © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

 

日本で働く国連職員たちと

滞在中、フレミング事務次長一行は、駐日国連機関の代表たち、そして、東京の国連広報センターの職員たち、インターンたちとも懇談しました。日本に拠点を置く国連機関にとって、広報アウトリーチは活動の柱の一つ。ウクライナ戦争と食料・肥料・エネルギーなどへのグローバルな影響、気候危機、SDGs実施の中間点など、国連が一丸となって取り組むべき課題が山積し、広報アウトリーチでのチーム力の結集が不可欠です。

駐日国連機関の代表たちとオンラインで懇談 © UNIC Tokyo / Ichiro Mae

 

今年もあと少し、どうぞ良いお年を

グローバル・コミュニケーション担当の国連トップとして4年ぶりに訪日し日本の様々なステークホルダーと直接意見交換し深い対話を行ったフレミング事務次長は、8日、大きな手応えを感じ取りながら、国連本部のあるニューヨークへと旅立っていきました。

国連の取組や国連の場で議論されるグローバル課題について、日本の方々に自分事化していただけるよう、日本における広報アウトリーチに誠心誠意努めてまいります。

来年もまたどうぞよろしくお願いいたします。

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日本から世界に伝えたいSDGs ② 【“子どもの貧困”に向き合う お寺のおそなえで優しさの循環を】

© UNIC Tokyo/Ichiro Mae

【団体概要】おてらおやつクラブ 2014年に奈良県の安養寺の住職松島靖朗さんによって、お寺の「おそなえ」を仏様からの「おさがり」として困りごとを抱えるひとり親家庭に「おすそわけ」する活動がスタート。2018年グッドデザイン大賞受賞。2020年にNPO法人認定。

 

先進国 日本の見えにくい”貧困”

「子どもの貧困という言葉が日本でも近年聞かれます。2019年の厚生労働省の報告によると、日本の子どもの7人の1人が、国の平均的所得の半分以下の所得しかない「貧困ライン」以下に置かれています。ひとり親の世帯では約半数が「貧困層」に当てはまるという実態があり、さらにそのおよそ30%が食料が買えなかった経験があるとしています。日本は、こうした国の生活や文化の水準と比較して困窮している「相対的貧困」の状況において、OECD加盟国の中でも最悪の水準となっています。

困窮した家庭に対して、お菓子、飲料、レトルト食品、米などの食料や日用品などのお寺の「おそなえ」を「おさがり」として「おすそわけ」する活動をしているのが、認定NPO法人おてらおやつクラブ」です。1840の寺院の賛同と653団体との連携を通して、全都道府県で月間のべ2万4000人の子どもを支援しています

多くの困窮世帯の助けとなっている「おてらおやつクラブ」の発起人である奈良県の浄土宗安養寺住職、松島靖朗さんに話を伺いました。

 

ショックを受けた日本での餓死 

 おてらおやつクラブ代表で安養寺住職の松島靖朗さん © UNIC Tokyo/Ichiro Mae

松島さんには忘れることのできない事件があります。2013年に、母親と子どもが大阪で餓死状態で発見されたのです。報道によると、母親は夫のDVから逃げ、預金口座の残高はわずか数十円でした。

「”餓死”という言葉が本当に衝撃的でした。飽食の時代とも言われている中で、そうした理由で尊い命が失われてしまう現実が身近にあることにショックを受けました。お寺にはたくさんのお菓子がおそなえとして集まり、食べきれずに、どこにおすそ分けしようかと常に考えているような状況でした。目の前にあるお菓子をそういう子どもたちに届けることができたら、少しは悲劇を予防できるのではと思いました」

その翌年、松島さんは、お寺のおそなえを地域で困窮するひとり親家庭におすそわけする活動を個人的に始めました。当初は、1箱分のお菓子を持っていって「有り難いのですが、まだまだ必要としている方が大勢いるんです」と言われたり、「お坊さんもたまにはいいことするんだね」と皮肉を込めて言われることもありました。それでも活動を続けていく中で、子どもの貧困の現状に何かできないかと同じように心を痛め、応援してくれる人も出てきました。

 

おそなえで“つながり”を作る

写真提供 おてらおやつクラブ

仏教には「おそなえをおさがりして仏様からいただく」慣習があります。もらったおそなえは、仏様やご先祖様に捧げることで人の手をいったん離れ、それを仏様からのおすそわけとして受け取ります。安養寺の取り組みは「仏の教えに適っている」と、他の寺社にも賛同する動きが広がり、口コミや取材などを通し、全国に協力者が増えていきました。仏様からのおさがりのおやつを活用し、多くの人が手を取り合いながら全国の子どもの貧困問題に取り組んでいく活動として、「おてらおやつクラブ」と名付けられました。

 安養寺の入り口に掲げられた活動ののぼり ©UNIC Tokyo/Ichiro Mae

松島さんが以前インターネット関連の企業に勤めていた経験も活かされました。LINEやメールを活用し、ひとり親家庭が支援を求めたときに、居住地域のお寺から支援が届くネットワークをつくったのです。

「インターネットで、お寺とは対極にあるような仕事をしていたように思われていたのですが、情報と人をつなぎ、人と人とをつなぐことで解決できなかった課題を解決していく”つなぐ”仕事をしていたんですね。僧侶になってからもつなげる仕事をしていると思っています」

写真提供 おてらおやつクラブ

打ち明けられない孤独感 助けてと言える社会へ

おてらおやつクラブの支援先の9割は30〜40代のシングルマザーと子どもの家庭です。今年支援者に対し聞き取りした調査では、月収が10万程度、預貯金も50万円未満の家庭が多く、その7割が「生活費の支払いに支障があった」としています。

おすそわけを受け取った母親からは、子どもが夜寝るときにおやつを抱っこして寝たというほほえましい話を聞くこともあるそうです。「久しぶりに人や社会と繋がれた気持ちになり涙が出ました」と、ものが届いたことだけでなく、精神的な安心感を伝える感謝の声も少なくありません。

おすそわけを受け取った支援先からのお礼の手紙 写真提供 おてらおやつクラブ

「お母さんの声を聞くと、ひとり親家庭で子育てをしているということを、周りに打ち明けられない方が多いです。”助けて”と言えば荷物が届き、自分たちは独りじゃないんだということを感じてもらえる、それがつながりを作っていく第一歩になるのではと思っています。どこかで誰かが見ていてくれる、気にかけてくれている、ということは大きな力になります。それが貧困問題の根っこにある孤独感や孤立感をやわらげるきっかけに少しでもなれたらと願っています」

最近は、食べ物に加えて、シャンプーやリンス、化粧品、マスク、ティッシュなど日用品も届けています。子どもの貧困の問題は、親も含めた世帯全体への支援の視点も大切だと松島さんは考えています。

仕分け作業をするボランティア © UNIC Tokyo/Ichiro Mae

おそなえの仕分け作業をするボランティアには、自分が子育てをしていた時に助けてもらった恩返しがしたいと手伝う人も多いそうです。松島さんもこの活動を通して、自分の子ども時代を改めて振り返ったと言います。

自分も仏様からのおさがりで育ててもらっていて、そこにはいろんな人の思いがあって、その支えの中で自分は成長させてもらっていました。自分がしてもらったのと同じように、将来がある子どもたちに託していくことを自分の役割としていくんだと気づいた瞬間がありました。

日本には7万のお寺があると言われ、コンビニエンスストアよりも多い数です。ある意味で社会インフラなわけなんですよね。まだまだ活動を広げていく可能性はあると思ってます」

 

子どもたちの声を聞く居場所づくり 

松島さんたちは、今年新たな活動も始めました。子どもたちの居場所作りです。安養寺の向かいにある空き家を子どもたちと一緒にリノベーションした空間に、月2回小学生から高校生までの10人の子どもが通ってきます。子どもたち自身が考えてビンゴ大会などを催したり、大学生がサポートする学習支援などをしたりして、子どもたちが思い思いに過ごせる場所になっています。宿題をするとポイントがもらえて、貯めたポイントにあわせて、おそなえのおやつを持って帰れる仕組みもあります。

子どもたち自身に居場所づくりを任せている © UNIC Tokyo/Ichiro Mae

この事業を思い立ったのは、子ども達の声をあまり聞けていないことに気づいたからです。

「子どもたちの貧困の問題なのに子どもたちの声をあまり聞けてないという話になったんです。子どもたちが本音を言える場所を作らないといけないと思いました。”和菓子はもういいので、ポテトチップスをください”と言う声は生意気にも聞こえますが、一番子どもらしい姿です。子どもの真の声が大事なのではないかと思いますし、それを聞いて活動の源にできたらと思っています」

宿題をしたポイントでもらえるおやつもおそなえから © UNIC Tokyo/Ichiro Mae

子どもたちは、少しずつ学校や生活の中での困りごとを話し始めているそうです。手伝いに来ている大学生の一人は、こんな思いを聞かせてくれました。

「私自身も貧困家庭で育ち、居場所を探してしんどかった時期があるので、そういう子どもたちの横で寄り添ってあげられる人になりたい。当時私を助けてくれた大人への憧れが、今の自分のモチベーションになっています」

 子どもたちの居場所づくりを手伝う大学生 © UNIC Tokyo/Ichiro Mae

“たよってうれしい たよられてうれしい。” を広める

SDGsの17のゴールの1つ目は「貧困をなくそう」です。それは間違いなく、いまの日本社会にもあてはまる課題です。 

松島さんは新型コロナウイルス感染症が始まってこの3年、職を失ったり、収入が減ったりして、よりつらい思いをしている人たちが増えていると感じています。おてらおやつクラブが支援する世帯数も2019年度から激増し、2021年度には約17倍の5943世帯今年は8000世帯にもなりました。

© UNIC Tokyo/Ichiro Mae

 

「助けて」の声が急増する一方で、松島さんのもとには「助けたい」という声も多く届いています。個人が特別給付金を寄付してくれたり、企業が商品の寄贈やボランティアを派遣してくれたりするケースが増えているそうです。

「助けてほしいという人と、助けたいという人をつなげることで、”たよってうれしい、たよられてうれしい。”という支え合いの社会をつくっていきたいなと思っています。今、人々はつながっているように見えるけれども、実は孤独感を感じている人も多い。日本国内の貧困は見えにくいのが課題だと思います。

私達に欠けているのは想像する力ではないでしょうか。想像力の貧困はより深刻です。遠くに思いをはせることもそうだし、身近にも苦しんでいる人がいる。自分もいつそういう状況になるかわからないからこそ、想像力をしっかりと培って考え続けることが大事だと思います」

支援先から届いたお礼のメッセージ 写真提供 おてらおやつクラブ

otera-oyatsu.club

気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)を振り返る – 真剣勝負の2週間

11月6日から2週間に渡ってエジプトのシャム・エル・シェイクで開かれた気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)に、国連広報センターの佐藤桃子広報官が国連グローバル・コミュニケーション局のサポートのために参加しました。世界から約3万5000人が集った過去最大規模のCOPを振り返ります。

COP27の会場は常設の会議場に仮設の展示場や会議室が追加され、多岐にわたる気候変動の議論が行われる場となった © UNIC Tokyo / Momoko Sato

 

「COPが27回も開催されているのに、温室効果ガスが減っていないことに怒りを感じます」

国連機関の代表者がCOP27のある記者会見でこう発言したときに、私はようやく自分が気候変動の課題を真に理解したような気がしました。COPとは、気候変動に人類が立ち向かうための条約の締約国・地域が、気候変動への対応を決めるための会議です。1994年に発効し、現在ほぼすべての国が批准している気候変動枠組条約には明確に温室効果ガスを減らす必要性が書かれているにもかかわらず、この30年間、その目標に人類は近づくところか遠ざかってきたのです。

6日のCOP27開幕にあたり、締約国・地域に多国間協調を呼びかけるサイモン・スティル国連気候変動枠組条約(UNFCCC)事務局長 © UNIC Tokyo / Momoko Sato

 

「損失と損害」基金の設立

皆さんも、COP27のニュースに触れたかもしれません。COPがこれだけ注目を浴びるのは、気候変動が全人類に影響を与え、多くの国の人々が状況が悪化していることを実感しているからです。2023年だけでも国土の3分の1が水没したパキスタンの洪水や、欧州各地で発生した熱波、中国での干ばつといった気候災害が起きましたが、数年前から続いている事象として「アフリカの角」と呼ばれるアフリカ東北部の干ばつや太平洋諸国が直面している海面上昇などもあります。日本も過去最大級の大雨や洪水、台風が年に何度も報じられています。

COP27の成果の一つは、特に気候変動の影響に対して脆弱な開発途上国がうけている「損失と損害」の基金の設立が決まったことです。しかし、「損失と損害」は2023年に出現した言葉ではありません。30年近いCOPの歴史の当初から、開発途上国は気候変動の原因となる温室効果ガスをほとんど排出しない自国が気候変動の影響を最も深刻に受けていることに警鐘を鳴らしていました。しかし、その訴えは30年間放置されてきたのです。

COP27ではパキスタンが積極的に「損失と損害」の深刻性を訴え、ほかの代表団がこの主張に賛同する場面が何度も見られました。そうして「損失と損害」に対する取り組みがようやく始動したのです。

7日の早期警報システムに関する会合で、開発途上国にとって気候変動の影響への適応策を強化することがどれほど急務なのか力説するパキスタンシェリー・レーマン気候変動担当大臣 © UNIC Tokyo / Momoko Sato

 

「実行」の必要性と二つのキーワード

ここまで事態を悪化させ温室効果ガスはなぜ減っていないのか?その答えは実行が全く足りていなかったことであり、会場でも実行を妨げている「グリーンウォッシュ」と「資金」の在り方という二つのキーワードが頻繁に聞かれました。

COP27の標語「共に実行を(Together for Implementation)」は、会場のいたるところで打ち出されていた © UNIC Tokyo / Momoko Sato

「グリーンウォッシュ」とは実際の行動は不十分なのに環境に良い行いをしていると主張する、見せかけの環境対策を意味します。日本でも政府や自治体、企業などが「脱炭素」や「温室効果ガス排出量正味ゼロ」を目標として掲げていますが、その目標設定と計画、実際の行動は本当に二酸化炭素をはじめとした温室効果ガスを減らせなければ意味がありません。

グリーンウォッシュに対処するため、国連事務総長は今年3月に「非国家主体の排出量正味ゼロ・コミットメントに関するハイレベル専門家グループ」を立ち上げました。COP27ではこの専門家グループが報告書を発表し、環境に関する誠実性、信頼性、説明責任、各国政府の役割について実践的な提言を行いました。例えば、排出量正味ゼロを主張するのであれば、サプライチェーンの一部だけではなく全サプライチェーンで排出量を下げる必要がある、政府の気候変動対策を妨げるようなロビー活動を直接的にも業界団体などを通じて間接的にも行ってはならない、といった提言です。今後、金融業や製造業、サービス業などをふくむすべての産業において、こうした基準が活用されることが期待されています。

7日の報告書発表会で登壇したグテーレス国連事務総長は「こうしたごまかしは、終わらせなければならない」と述べた © UNIC Tokyo / Momoko Sato

「資金」がもう一つの重要なキーワードとなった理由は、資金の流れが今の産業の在り方や、広く使われている技術やエネルギー、社会の仕組みなどを支えているからです。会場で開かれていたファッション業界をテーマにしたイベントでも、衣服を製造する企業が「この10年間エネルギー消費量の削減など努力はしてきましたが、それでは正味ゼロ目標を達成できないなことはわかっています。再生可能エネルギーへの転換が必要で、そのためには資金が必要なのです」と率直に話していました。産業の在り方や再生可能エネルギーへの転換以外にも、早期警報システムなど気候変動の影響への適応策の強化、女性など気候変動対策に参加する権限や資源を使うことが制限されているグループへの支援などを実行するには資金が必要です。

11日に開かれたファッションに関するイベントに登壇するモデル・俳優のリリー・コールさん。インフルエンサーも自身がかかわる産業について積極的に発言していた。 © UNIC Tokyo / Momoko Sato

先の専門家グループのメンバーである三宅香さん(日本気候リーダーズ・パートナーシップ(JCLP)共同代表)も「行動を後押しするには、やはりお金が大事です。何にでもお金を出せば良いわけではなく、お金の流れを大きく変えなければなりません。金融業界への期待は高く、同時に厳しい目も向けられています」と話してくれました。

 

さまざまなプロセスを経ることになる「公正な移行」

COP27の会場では、誰もが気候変動に歯止めをかける必要性を理解していました。他方で、「温室効果ガス正味ゼロ」にむけてどう進べきなのかという点についてはさまざまでした。背景には状況の違いがあります。たとえば、アフリカ諸国には、電気を使える人々が人口の10%以下しかいない国々があります。再生可能エネルギーに転換できるのは何年後なのか、それまでの期間はどのエネルギーをどう使って電気の普及率を上げるのか?また、こうした国々は気候変動の影響に対応する仕組みや人材、インフラ等が不十分なのでその対応も急務ですし、国の中には女性や先住民など特に取り残されているグループもいます。対処すべき課題はたくさんあります。

14日に開かれたアフリカの女性のエンパワーメントに関するイベントにビデオ・メッセージを寄せた国連副事務総長は、ナイジェリアの環境大臣を務めた経歴を持つ  © UNIC Tokyo / Momoko Sato

一つだけ明確なことは、私たちが実現しなければならない変化は一朝一夕で成し遂げられないからこそ、早く始めなければならないということ。30年もの間、十分対応できてこなかった代償を、私たちはいま身をもって払っています。これ以上の実行不足は、さらなる犠牲を招くだけです。

会場では、科学者、国際機関、島嶼国などのグループ、そして市民社会が深刻な現実と世界の平均気温上昇を1.5℃に抑える必要性を連日訴えていました。国連開発計画(UNDP)で各国の気候変動対策の策定や実施を支援している山角恵理さんは「多くの島嶼国や開発途上国にとって1.5℃は数字ではありません。自分達の生存に関わる、まさにサバイバルのための上限です。各国がそれをどれだけ本気で捉えているのかが問われています」と話していました。

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交渉の行く末

COP27は18日(金)に閉幕する予定でしたが、交渉が難航していることは早い段階で明白でした。「損失と損害」基金の方向性は示されるのか、前回のCOP26でグラスゴー(COP26開催地)の合意文書に含まれた1.5℃という努力目標を今回も維持できるのか、私もハラハラしながら最新情報を追っていました。

気候変動を引き起こすのも対応するべきなのも、政府だけではありません。企業などさまざまな非国家主体もプレーヤーです。しかし、この条約において最終的な意思決定を行えるのは締約国・地域だけです。市民社会は連日、イベントや記者会見、デモといった形で、締約国・地域の責任を問うだけでなく協力を求め続けました。同時に、交渉の進捗状況を随時アップデートしてオンラインで公開する団体もいたり、各地から集まったメディアが多種多様な言語で会場の声を世界に発信したりと、会議の透明性を高める動きも続きました。

12日に会場内で行われた市民社会によるデモ行進には、世界中の団体が参加した © UNIC Tokyo / Momoko Sato

17日に開かれたCOP27議長と国連事務総長の共同記者会見の開始を待つメディア。最後の数日は代表団と同じく会場に泊まり込んで交渉の様子を報じていた © UNIC Tokyo / Momoko Sato

そうして、皆が見守る中、最終会合が現地時間の20日(日)午前3時ごろに始まりました。再度検討を行うために一時中断する場面もありましたが、サーメハ・シュクリCOP27議長(エジプト外相)がコンセンサス方式でまとまった成果文書を読み上げた時には、ほっとしました。しかし、成果文書の課題も多数指摘され、締約国間がこれからも交渉をおこない、実質的な調整を進めていく必要性が確認されました。同日午前9時半ごろにCOP27は遂に閉幕しました。

COP27はイベントではなく真剣勝負の交渉の場で、いくつも印象的な場面がありました。その中でも、当初の最終予定日であった18日に開かれた代表団の会合で、ガーナの代表団として出席していた10歳の気候活動家Nakeeyat Dramani Samさんが「熱意をもって、ちゃんと考えてください」と訴えた時に心が震えたのを覚えています。自分のコミュニティーが気候変動の影響を受けていることを踏まえ、「皆さんが私のような若者だったのなら、この時点で地球を救うために必要な合意に達しているのではないでしょうか?若者が議論を主導したほうが良いのでしょうか?」としっかりとした口調で問いかけました。これが経験や思慮の浅い訴えだと捉えた人はあの場にいなかったでしょう。

Nakeeyat Dramani Samさんの発言後に、会場の代表団はスタンディングオベーションを送った © UNIC Tokyo / Momoko Sato

 

気候変動は非常に深刻で大規模な課題です。誰も逃れることができず、悪化の一途をたどっています。画期的な「損失と損害」基金は事後的対応でしかなく、各国政府の気候変動対策である「自国が決定する貢献(NDC)」はまだまだ強化が必要です(COP26閉幕からCOP27開幕までにNDCを強化あるいは新しく提出した締約国は30未満でした)。

COP27では、それでも気候変動に正面から挑む人々の確かな連携をみることができました。こうした人々は一時的にエジプトに集っただけで、普段は世界各地で活動しています。日本にももちろんいます。そうした人々の数が増え、気候変動を真に食い止める流れに変わることを切に願うとともに、国連の重責を感じながら帰国の途に就いた出張となりました。

 

COP27や気候変動についてもっと学びたい方は、ぜひこれらのページをご覧ください。

2週間をともに過ごした、NYのグローバル・コミュニケーション局本部とカイロの国連広報センターの皆と。記事、動画、写真、イベント、SNS、ニュースレター、ポッドキャストといった形で現場から情報発信を続けた(筆者、下段右から2番目)© UNIC Tokyo / Momoko Sato

日本から世界に伝えたいSDGs ① 【海のごみをアートに変えて】

UNIC Tokyo/ Ichiro Mae

いま、プラスチックごみが世界中で増え続けています生産や処理で多くの二酸化炭素を排出する石油由来のプラスチック、世界ではその9割がリサイクルされておらず、毎年1300万トン以上のプラスチックがごみとして海に流れ込み、深刻な環境問題を引き起こしています。2016年の世界経済フォーラムは、海に漂うプラスチックごみの量が2050年には魚の量を上回る可能性を報告しました。

12月7日から19日までカナダで開催の生物多様性条約第15回締約国会議 (COP15)では、持続可能な世界を築くために 海や陸の戦略的保全など、自然の喪失を食い止め、回復させるための世界的な行動の指針を作ろうとしています。

海洋プラスチックごみの約8割は陸から川に流れ出ており、私たちの生活から出てきたものです。私たちはごみの扱い方、ひいては暮らしの見直しを迫られています。

こうした現状を知ってもらいたいと、海洋ごみを拾い、そこからアート作品を生み出している人がいます。「海ゴミアーティスト」のあやおさんです。あやおさんの手にかかると、海洋ごみが魚やペンギン、亀など、愛らしい海の生物たちに生まれ変わります。どうしてこうした作品を作り始めたのか、創作活動の背景にはどんな思いがあるのかを知るために、あやおさんが暮らす石川県を訪ねました。

©UNIC Tokyo/ Ichiro Mae

【略歴】あやお 愛知県一宮市出身。石川県の海のそばに移住し、海のプラスチックごみから海洋生物を模したアート作品を創作する活動を続ける。作品は注目を集め、2022年の国連環境計画国際環境技術センター(UNEP-IETC)の30周年イベントにごみゼロアーティスト として参加。現在はセルフリノベーションした自宅で、4匹の保護猫と3羽の保護ニワトリ、夫と共に暮らしている。

 

美しい海岸に流れ着く大量の海洋ごみ

石川県の自然に心惹かれ、6年前に移住してきたあやおさん。小さい頃から動物や自然に囲まれる生活に憧れ、短大卒業後に長野県の山あいで山村留学の仕事をしていました。その後、移り住んだ日本海に面する石川県の美しい海に魅了されていきます。

海に囲まれた能登半島には、波が穏やかで野生のイルカが住み着き海の美しさが有名な内海と、冬の荒波にのってやってくる様々な回遊魚を見ることができる外海が広がります。あやおさんは以前は、穏やかな内海まで徒歩2〜3分の場所に暮らし、夏になると3日に1度は海で泳ぐ生活をしていました。結婚後は、外海の近くに移り住み、石川県の海を満喫していました。

しかし、次第に海岸に押し寄せるたくさんのごみの存在に気づきます。大好きな海を少しでもきれいにしたいと、あやおさんは一人でごみ拾いを始めました。特に冬に高波が集まる海岸には、たくさんの漂流ごみが堆積していました。

海辺のごみを拾うあやおさん ©UNIC Tokyo/ Ichiro Mae

最初は拾いやすいペットボトルを拾っていましたが、ごみの多様さにも驚きます。漁具や生活用品、時には医療用の注射器など実に様々なごみが流れついていたのです。あやおさんは、そのごみの実態に打ちのめされ、さらなる行動を起こさないといけないと思うようになりました。

海岸に漂流した多くのごみ 写真提供:あやお

「ごみ拾いを始めた頃、私が海岸でごみを拾っている隣でゴミを捨てる人もいました。ゴミを拾っているだけでは状況は何も変わらないのではないか。社会全体を変えなければいけない。しかし、環境問題に興味がない人も世の中に多い。まずはその人たちの興味を引きたいと思いました」

 

どうすれば海洋ごみの問題を人の心に届けられるか  

関心が薄い人にも海洋ごみや環境問題に興味を持ってもらうにはどうしたらいいか。あやおさんが思いついたのが、多種多様な海のごみから目を引くアート作品を作ることでした。

あやおさんの家には、海岸で拾い集められた大量のプラスチックごみが、何箱にも色分けされ置かれています。洗って乾かし、分別して作品作りに備えます。

あやおさんが集め色分けした海洋ごみ©UNIC Tokyo/ Ichiro Mae

この海洋ごみから海の生き物が形作られていきます。作品の製作は、シンプルなものでも1週間を要し、手のこんだものは完成までに3ヶ月ほどかかります。

©UNIC Tokyo/ Ichiro Mae

「海の生き物たちの声を伝えたかったので、こうした作品にしました。生態系や特徴など、海の生き物に興味を持ってもらえるような文章も添えてSNSに投稿しています。投稿は評判が良く、初めて売れたペンギンの作品は、投稿後30分で購入の問い合わせが来て驚きました」

 最初に売れたペンギンの作品とクジラをイメージした作品 写真提供:あやお 

創作活動の喜びをあやおさんは率直にこう語ります。

「きれいな海で泳げることです。始めた頃は誰からも注目されなかったごみ拾いも、作品のことを知った学生や若い人たちの中から興味を持って拾ってくれる人が出てきて、自分が少しでも影響を与えられていることを実感しうれしくなりました」

最近では、あやおさんの作品に感化されて、同じように海のごみから作品を作る地元のグループも生まれているそうです。

 

海の豊さはひとりでは守れない

いま地球上では、気候災害がより頻繁に強度を増して発生し、国内避難民に関しては紛争の3倍もの人が気候災害によって故郷を追われる事態が起こっています。気候変動や環境問題に対し、待ったなしの行動が求められています。海域や沿岸部は地球の表面積のおよそ70パーセントを占め、地球の生命維持システムにとっても不可欠です。海の豊かさは気候変動に立ち向かう力にもつながります。海は世界の年間二酸化炭素排出量の4分の1を吸収しています。プラスチックゴミを含む海洋ごみや海洋汚染の問題の改善を目指す国際的な枠組みや計画も複数作られ、海洋環境の保護が呼びかけられています。あやおさんは、こう問いかけます。

「まずは自分の家にいらないものがどれくらいあり、本当に必要なものは何なのかを見極めることが大切だと思います。意外と物が無くても幸せに暮らせるのではないでしょうか」

©UNIC Tokyo / Ichiro Mae

あやおさんは今後、国内だけでなく、世界に向けても作品を通し、美しい海を守ることを訴えていきたいと考えています。

「世界中の海岸でごみを拾うとか、全ての海をきれいにすることはたったひとりでは無理なんですが、私がごみを拾ってアート作品にすることを通して、『ゴミっておもしろい』『ゴミって売れるんだ』というところから、『そもそもなんで海にゴミがあるんだろうか』という考えを広めていきたい。アート作品を通して海外にも広めていきたいと思っています。メディアなどでも取り上げてもらい、活動は少しずつ認知されてきたと実感しています。次は世界に活動の場を広げられたらと思っています」

シャチを模した作品 ©UNIC Tokyo/ Ichiro Mae

美しい海と共生していくために、あやおさんは、誰かの暮らしの中から流れ着いた多くのごみと今日も向き合い、作品を作り続けます。

©UNIC Tokyo/ Ichiro Mae

(参考記事)SDGsシリーズ目標14「海の豊かさを守ることはなぜ大切か」

https://www.unic.or.jp/files/93bad7a2fc1eea3bb52d28ec54937a60-1.pdf

新たな希望の連携 メディアをつくる側も選ぶ側も気候変動に責任を持つ

国連とメディアが連携して気候変動対策のアクションを呼びかけるキャンペーン「1.5℃の約束 - いますぐ動こう、気温上昇を止めるために。」が展開される中、Media is Hopeという市民グループから連携の動きが生まれています。気候変動問題の解決に向け、これまでにない新たなパートナーシップを築こうとする活動をお伝えします。

10月12日に行われた記者会見後 登壇者とともに © UNIC Tokyo

市民・メディア・国連連携のユニークな記者会見

10月12日東京の日本記者クラブで、一般社団法人Media is Hopeが主催した1.5℃キャンペーンへの連帯・応援記者会見が行われました。Media is Hope は、気候変動問題の解決のためにメディアと連携しながら正しい情報を発信していこうとする若い世代が中心のグループです。

会見には、キャンペーンを企画、提案した国連広報センターの根本かおる所長ならびにキャンペーンに参加するテレビ、新聞、ラジオ、雑誌、WEBメディアなどから12名のスピーカーが登壇。オンラインも合わせ、メディア関係者ら約70名が出席しました。

© UNIC Tokyo

日本発の1.5℃キャンペーンの背景には、国連とSDGsに熱心なメディアとの連携の枠組み「SDGメディア・コンパクト」があります。このグローバルな枠組みに加盟する世界各地のメディア約300社のうち、6割以上が日本のメディアという強みのもと、今回のキャンペーンが今年6月17日に始動しました。

 

若い世代がジャーナリストとの対話にたちあがる

キャンペーンの立ち上げと偶然にもほぼ同時期に法人設立されたMedia is Hopeは、メディア関係者と連帯をはかり、気候変動問題についての正しい情報発信を増やしていくことで、社会に変化をもたらそうとしています。20~30代を中心に、デザイナー、ソーシャルワーカー、学生、主婦など職種や立場も様々な55名が加わり、「メディアをつくる側も選ぶ側もお互いに責任を持とう」と、気候変動報道のモニターや、メディア間やスポンサー企業の橋渡し、メディア関係者向けの気候変動についての講座の開催などの活動を行ってきました。

代表理事の名取由佳(32)さんは、普段はソーシャルワーカーとして働きながら活動を続けています。2019年にグレタ・トゥーンベリさんの活動を通して、初めて気候危機を知った時、地球上で進行する危機の実態と、そのことをほとんどの人が知らないことに打ちのめされたと言います。まず名取さんは気候変動に関する情報を交換できるオンラインコミュニティを立ち上げました。

Media is Hope 代表理事名取由佳さん© UNIC Tokyo

正しい情報を発信する難しさや、メディアの役割の大切さを痛感するようになった名取さんは、仲間たちとテレビ局の前で気候変動に関する報道を増やしてほしいと声をあげる活動も行いました。抗議の声ではなく、「いつもありがとう」、「みなさんの番組を見て育ちました」と伝え、足をとめたテレビ局スタッフひとりひとりと対話を試みたのです。

提供 Media is Hope

気候変動の原因と対策を共通認識にしていくという目標や、ひとりひとりがメディアを選ぶ責任があり、声を届けていこうとする考えや行動に賛同する仲間が次第に増え、Media is Hopeが設立されました。今年、活動資金をクラウドファンディングで呼びかけたところ、400万円近くが集まるなど、市民からも活動への期待が集まっています。

Media is Hope の大学生メンバー、小川瑠衣子さんは良質な気候変動番組や記事を見た時は、そうした報道が増えることを願い、担当者に感謝を込めて意見をメールする活動を続けています。

「周りに気候変動の話をすると、意識高いね、若いのにえらいね、という自分とは関係ないことのような反応をされる。現在進行形で深刻化している気候変動のことを話せないのはとても苦しい。それは気候変動に関係した報道がされていないことも原因の一つだと思う」、会見の場で小川さんはそう訴えました。

大学生メンバーの小川瑠衣子さん(中央)© UNIC Tokyo

Media is Hopeは、「気候変動」「脱炭素」などのキーワードで、それらを扱う番組や記事の数を1週間ごとにモニターしています。国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)直前の10月23日~29日の1週間では798件、開幕を受けた11月6日~12日の1週間では1139件にのぼっています。

 

課題を共に乗り越える

会見では気候変動を取り上げる際にメディアが向き合う課題も共有されました。気候報道に関しては、視聴率や読者の数が上がりにくい、スポンサー企業がつきにくい、などの現実があります。メディアの中でも気候変動を取材するジャーナリストはまだ少数派で、組織内でも理解が得られにくい状況があることや、エンターテイメント要素も求める視聴者や読者を前にどのようにバランスのとれた質の高い発信をしていくかということなども率直に語られました。

登壇者からは気候変動を発信する際のヒントも提供されました。危機感だけでなく解決策を伝えることの大切さが共有され、再生エネルギーの開発など、危機の中でも挑戦する人たちの姿やその情熱を伝えると、視聴率は下がらないといったテレビ局の実例も紹介されました。ラジオ番組制作者からは、環境活動家や番組パーソナリティを特別ではなく、身近に感じてもらえるように工夫し、彼らが問題を知ってこう思い、こう動いたという1人称でのメッセージを大切にした結果、継続して聞いていたリスナーの9割が気候変動に対して何らかの行動を起こしたいと回答したことが報告されました。

© UNIC Tokyo

こうした状況の中で、Media is Hopeのメンバーは、メディアをとりまく市民、企業などとの架け橋となろうとしています。スポンサー企業に対しても働きかけ、視聴者や読者の立場から気候変動の発信の大切さを訴えています。

国連広報センターの根本かおる所長は、「SDGメディア・コンパクト」の枠組みのもと国レベルでたくさんのメディアがスクラムを組んで同じテーマでキャンペーンに取り組むことは世界で初めてのことだとし、「そこに市民から熱い思いで連帯してくださり、これほどうれしいことはない。一過性ではなく、この関心を、本質的な課題に向き合い、乗り越えて、社会をより良い方向に変えていく大きなうねりにしていきたい」と語りました。 

記者会見のモデレーターの一人、テレビ朝日アナウンサーの山口豊さんは、これまでに再生可能エネルギーに関する数多くの特集の制作にかかわってきました。「気候変動問題を伝えてきたが、孤立感を感じることもあった中、勇気づけられた。メディアとスポンサー、視聴者の関係が、トライアングルで循環して思いが拡がっていけばと願う」と会見後に話してくれました。

テレビ朝日アナウンサーの山口豊さん © UNIC Tokyo

Media is Hopeの代表理事の西田吉蔵さんは、「市民の呼びかけでこうした会見が実現できること自体が社会が変わり始めていることなのではないか。これからも連携の大切さを発信し、場づくりをしていきたい」と活動のさらなる強化を表明しました。

Media is Hope 代表理事 西田吉蔵さん © UNIC Tokyo

同じく代表理事の名取由佳さんは、「今日数多くの方が参加してくださったということは皆さんが本気でトライしている証拠だと思う。それこそが希望で、これから手を取り合っていけることが楽しみだ」と話していました。

立場の違いを越えて問題に対し責任と希望を持った連携が始まっています。 

Media is Hopeのメンバー © UNIC Tokyo

 

アートとテクノロジーを通して戦争体験者の想いから学ぶ、戦争を「自分ごと」として想像する大切さ

第二次世界大戦終結から77年の今を生きる私たちは、過去の「過ち」から、そして今、世界で起こっている出来事から何を学び、どう平和に貢献できるのか。9月26日の核兵器の全面的廃絶のための国際デーにあわせて、アートやテクノロジーを通した戦争体験者の「想い・記憶」の継承に取り組む東京大学学生の庭田杏珠さんが、「自分ごと」として想像し、考える大切さを今を生きる私たちに訴えかけます。

略歴2001年広島県生まれ。現在東京大学にて「平和教育の教育空間」について実践と研究を進める。2017年より白黒写真を人工知能(AI)でカラー化し、戦争体験者の「想い・記憶」をよみがえらせる活動「記憶の解凍」プロジェクトに取り組む。国際平和映像祭(UFPFF)学生部門賞(2018年)、「国際理解・国際協力のための高校生の主張コンクール」外務大臣賞(2019年)、令和2年度学生表彰「東京大学総長賞」や、東京大学渡邉英徳氏との共著「AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争」(光文社新書、2020年)で「広島本大賞」(2021年)などを受賞。2021年8月、HIPPY氏、はらかなこ氏と楽曲「Color of Memory〜記憶の色〜」、達富航平氏とMVを制作。ご本人のWebサイトはこちらから。© Jun Hori


第二次世界大戦終結から77年。今年も「いつも通り」8月6日はやってきた。コロナ禍とはいえ、広島平和記念公園には、アントニオ・グテーレス国連事務総長をはじめ世界中から多くの人が訪れ、祈りを捧げた。


しかし、原爆投下前、この場所が4,400人の暮らす繁華街・中島地区だったことを、そして多くのお店や旅館、民家が立ち並び、今の私たちと変わらない一人ひとりの日常が営まれていたことを、どれだけの人が想像できただろうか。

© Shozo Ogata カラー化:庭田杏珠

 

「記憶の解凍」のはじまり

私は被爆国・日本、そして広島に生まれ育った。幼少期から、毎年8月6日の原爆の日が近づくと平和学習が行われる。真夏の体育館に全学年が集い開催される平和集会では、気分が悪くなり高熱が出てしまうこともあった。被爆による惨状を受け止めきれず、次第に平和学習がとても苦手になった。

 

そんな時、母がこう話してくれた。

「大人でも恐ろしいと思うんだから、まだ子どもの杏ちゃんが怖いと思うことは仕方ないことだよ。でも、被爆者の高齢化は進んでいて、今お話を伺わなかったら『世界で初めて原子爆弾が広島に落とされた』事実はいつの間にか、忘れ去られてしまうよ。惨状を見られなかったら目を閉じてお話を伺うだけでも良いよ。」

 

今から振り返ると、当時の私なりに「もし戦争が起こって、同じように原爆が投下されたら」と、辛いけれど精一杯想像力をはたらかせて、「自分ごと」にしなければと努めていたのだと思う。

 

そんな私の意識が大きく変わったのは、小学5年生の時、広島平和記念公園のフィールドワークでもらった1枚のパンフレットがきっかけだった。被爆前と現在の平和公園が見比べられるようになっていて、戦前の日常を捉えた白黒写真が掲載されていた。「今の私たちと変わらない日常があって、それがたった一発の原子爆弾で失われてしまったんだ」と、今までとは違った想像力をもって、初めて「自分ごと」として捉えることができた。

 

当時の作文に「広島に生まれた者の使命として、被爆者の方々の思いを受けつぎ、伝えていきたい」と記している。しかし、小学生の私には、どのように伝えることができるのか分からず、新聞やテレビ、本などから平和関連の情報を収集して学んだ。

 

そして高校1年の夏、平和公園で偶然出会ったのが、濵井德三さんだ。実はその前日、録画していた地元テレビ局制作のドキュメンタリー番組を観ていた。そこで紹介されていた男性の語りと、目の前にいる濵井さんがお話される内容がとても似ていたので尋ねてみると、驚いたことにご本人だった。

 

生家は、中島本町で「濵井理髪館」を営んでいた。77年前の「あの日」、たった一発の原子爆弾が、大切な家族全員を一瞬にして奪い去ったことを知った。疎開中だった濵井さんだけが助かった。パンフレットのあの街に生まれ育った濵井さんを前に、とても不思議なご縁を感じた。廃墟と化す前の中島本町で、濵井さんが大好きな家族と過ごした日常を知りたい。8月6日のことはお話しできないし今の人には理解してもらえないと思うけれど、中島本町のことならと、濵井さんは快く証言収録を引き受けてくださった。

© Tokuso Hamai カラー化:庭田杏珠

 

ちょうどその1週間後のワークショップで、AI(人工知能)による自動色付け技術を知った。白黒写真には「過去」の人として写っていたはずが、カラー化写真では「今」の人として立ち現れ、何を話しているのか思わず想像してみたくなった。         

 

証言収録の日、濵井さんは、疎開先に持参したために残った、被爆前の家族との日常を捉えた貴重な白黒写真約250枚が収められたアルバムを持参された。

 

片渕須直監督のアニメ映画「この世界の片隅に」の冒頭シーンに、濵井さんの家族が数秒登場する。濵井さんは、家族に「会う」ために、何度も映画館を訪れたという。

 

カラー化した写真をアルバムにしてプレゼントして、家族をいつも近くに感じて欲しい

ただその想いから、カラー化を始めた。

この世界の片隅に」のワンシーンのもとになった写真。
 © Tokuso Hamai カラー化:渡邉英徳・庭田杏珠

当初はAIだけでカラー化してセピアっぽい色調だったが、ご覧になった濵井さんは「家族がまだ生きとるみたい。昨日のことみたいに思い出すねぇ」と、とても喜ばれた。白黒写真を見ていた時には思い出せない、新たな記憶がよみがえる。カラー化写真をもとに戦争体験者と対話を重ねることで、「記憶の色」がよみがえる様子から「記憶の解凍」と呼びはじめた。

 

手作業で色補正する技術も身につけて、今ではAIによる自動色付けは1割ほど、手作業によるカラー化が9割を占める。1枚のカラー化写真がうまれるまで、とても時間はかかるけれど、それをご覧になった提供者の喜ぶ笑顔は、何よりの原動力になっている。

 

カラー化していくにつれ、少しずつ写真の中の情景や人々に、命が吹き込まれたように見えてくる。その時はいつも嬉しい気持ちになる。笑い声、におい…その場面に入り込んでしまいそうになる。また、写真提供者と対話を繰り返すことで、当時の情景をより想像できるようになり、一度も会ったことがないのに、まるで話したことがあるような感覚になる。それらと同時に、鎮魂の想いも込み上げてくる。

 

日常の中で伝えるには 

中島地区出身の方々から写真を提供していただき、取り組みを続けている。その中で受け取った戦争体験者の「想い・記憶」を、より多くの人に共感とともに届ける手段の一つが、映像を通した伝え方だと感じる。

 

2018年、山浦徹也さんと共同制作した「『記憶の解凍』〜カラー化写真で時を刻み、息づきはじめるヒロシマ〜」は、被爆前の中島地区の日常をテーマにした初めての映像作品だ。「国際平和映像祭(UFPFF)2018」で「学生部門賞」を受賞し、NYでの映像上映会でスピーチさせていただいた。その際に直接海外の方からいただいた“I’m so impressed!!”という共感のメッセージから感じたのは、原爆や戦争によって一瞬にして穏やかな日常が失われることを、カラー化写真を通して国境を越えて伝えることができるということだ。

 

2021年には、五感を通してより感性に響く伝え方をしたいと、カラー化写真と音楽のコラボレーションに挑戦した。広島のシンガーソンクライターHIPPYさんとピアニストのはらかなこさんと楽曲「Color of Memory〜記憶の色〜」を、映像作家の達富航平さんとMVを制作した。歌詞には、濵井さんや中島地区出身の方々をはじめ戦争体験者と共に辿る記憶、過去から未来へつながっていく記憶、そしてさまざまな視点からの平和の願いを込めた。家族がまだどこかで生きていると信じて、戦後70年までお墓を建てられなかった濵井さん。平和公園を訪れる時には、地面の下に眠っている街・人を想像しながら歩いてほしいという想いを、MVの映像に込めている。

 

そして2022年1月24日の「教育の国際デー」にあわせて、国連広報センター制作の動画「広島:記憶を解凍する – 色彩でよみがえる人々の暮らし(Hiroshima: Rebooting Memories - lives recalled when colours are added」が、国連軍縮部より公開された。「記憶の解凍」の取り組みを例に、核軍縮における若者の役割の重要性について、世界へ普遍的なメッセージを発信する動画を制作していただいた。

 

“The World WarⅡ is a “past” event in our own history, but it is a “present” issue that threatens our own daily life.”  

 

公開1ヶ月後に始まったロシアによるウクライナ侵攻で、動画の中で私が述べたこの言葉はより現実味を帯びることになった。いまだ終戦の兆しは見えていない。そう遠くない過去と同じように、戦争によってあっという間に、日常が失われていく。

 

動画に込められた、大切な人を奪っていった原爆や戦争に対する怒りや憎しみ、悲しみではなく、それらを乗り越えて「もう誰にも同じ思いをさせてはならない」と願う、戦争体験者の切実な想いに共感する。

 

TEDxUTokyo2022」のワークショップでは、日本語字幕付きで16分30秒のロングバージョンの動画 をワールドプレミア公開し、国連広報センター所長の根本さんと「平和な世界を創るためにあなたができること」をテーマにした対談が実現したことで、大学生を中心とした参加者の若者と共に「平和」を考える時間を持つことができた。

www.youtube.com

 

核廃絶軍縮の実現、戦争や紛争もなく、さまざまな社会課題が解決されるという大きな「平和」に加えて、私たち一人ひとりにとっての小さな「平和」、例えば何の心配もなく1日を過ごせること、自分のためだけではなく他人のために時間を使うことなど、「平和」について多くの人が「自分ごと」として想像し、考える時間を持つことが重要になるだろう。

 

そして、これらの映像をきっかけに、8月6日、9日、15日といった特別な日だけではなく、「日常」の中で戦争や平和について考え、一人でも多くの方の心に戦争体験者の「想い・記憶」が響くことを願っている。
 

一人ひとりの「平和」をきづく

「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」そう刻まれた「原爆死没者慰霊碑」の西側に、国旗掲揚台がある。その前の広場には、原爆が投下される前、浄寶寺があった。本堂には図書室や音楽室があり、バレエや習字などの習い事教室も開かれ、たくさんの子供たちが通っていた。©︎ Jyohoji

原爆投下から5年経った浄寶寺跡地に立つ、故・諏訪了我さん。諏訪さんは、集団疎開していたため助かったが、家族全員を失い、原爆孤児となった。右後方に、現在のレストハウス、左には原爆ドームが写る。© Ryoga Suwaカラー化:庭田杏珠 

 

「本当に生き残ったのが申し訳なかったんですよ、戦後。みんないなくなったから。だから親御さんが残っていらしたら、顔を合わせないんですよ、私たち。それくらい辛かったんです。今ウクライナのことで胸がいっぱいなんです。かわいそうでかわいそうで。」

「今テレビで戦争のことばっかりですからね、なんとか早く止めてほしい。あれは良くないですね。人間の欲ですね。欲を捨てたら何にもないのにね、平和ですのに。」

中島地区出身・中村恭子さんは、溢れそうな涙を堪えながら、そう語ってくれた。

 

争いは、「いま」に始まったのではなく、ずっと前から「遠い」国で、絶えることなく続いてきた。そして、ロシア・ウクライナ間での争いが長期化するにつれ、「第三次世界大戦」という言葉すら囁かれるようになり、私たち人類は不安定な世界を生きていると実感する。そう遠くない過去の悪夢を、誰が再び望むのだろうか。戦争、そしてたった一発の核兵器によって、一瞬にして日常を奪われ、悲しみ苦しむ光景を想像できないほどに、人間は愚かではないはずだ。

 

どうしても、戦争を体験した当事者にしか分からないことがある中、私たち若者にできること。それは、当事者に寄り添い、受け取った「想い・記憶」をそれぞれの形で伝えていくこと。例えば戦争体験者の「記憶の色」を表現したカラー化写真や映像、音楽といった「想像の余地」を残したアート作品は、五感をつかって「自分ごと」として想像してもらうことができる。あらゆる境界を越えて、それぞれが何かを感じることができる。そして、受け取り手が、また次の発信者となる。これこそ、あたらしい継承なのではないだろうか。

 

実際に広島を訪れて、平和公園の地面の下で静かに訴え続ける、一人ひとりの魂の声に耳を傾けてみてほしい。私は、これからも「記憶の解凍」をライフワークとして続け、社会に開かれたさまざまな「平和教育の教育空間」、そしてメッセージを伝える表現の幅を広げていく。

 

「いつの日かまた あなたと出逢い その時は地球とみんなが 笑ってるかな」(「Color of Memory 〜記憶の色〜」歌詞より)

そう信じて、広島に生まれた者の使命を果たしていく。

© Tokuso Hamai カラー化:庭田杏珠

 

New Normalと国連常駐調整官システム ~TICAD8に向けて

8月27日―28日、日本、国連、国連開発計画(UNDP)、世界銀行アフリカ連合委員会(AUC)の共催のもと、チュニジアで第8回アフリカ開発会議(TICAD8)が開かれます。

そこで、TICAD8の開催を前に、2020年8月から2022年年8月までウガンダの国連常駐調整官事務所・所長を務めた古本建彦さんから、ブログのご寄稿をいただきました。現地での2年間の貴重なご経験をもとに、ウガンダにおける国連活動を束ねる事務所の位置づけとその具体的な仕事、とくにコロナ禍における取り組みの様子などについて説明してくださっています。(役職名は2022年7月の執筆当時のもの)

古本建彦(ふるもと・たつひこ) 筑波大学国際総合学類卒、ブラッドフォード大学紛争解決学修士共同通信社記者、平和構築分野の人材育成事業によるUNHCR南スーダン派遣を経て、2009年よりJPOとしてUNDPネパール事務所および本部に勤務。2012年より外務省にて開発援助、気候変動、二国間外交(南米)を担当。2017年、日本政府国連代表部参事官(人権人道担当)。2020年、国連ウガンダ常駐調整官事務所。

新型コロナウイルスによるパンデミックが始まってから、およそ2年半が経ちました。国連ウガンダでは、国内感染状況に落ち着きがみられたことから4月以降急速にスタッフのオフィスワーク回帰、そして数十人から百人規模の対面会議の開催が進みました。依然としてスタッフの感染者は散見されるものの、当地国連ではマスク、換気、消毒や手洗いの徹底、ソーシャルディスタンスの確保などのコロナ対策に関するSOP(Standard Operating Procedure)の順守に気を付けながら通常業務を進めていく「New Normal」が急速に進んでいます。この機にコロナ禍で国連内の新しい組織である国連常駐調整官事務所(RCO:Resident Coordinator’s Office)を束ねる立場にあった過去二年間を振り返りつつ、コロナ対応を例としてRCOの機能を紹介しながら、近く開催されるTICAD8も念頭に今後の課題等について考えてみたいと思います。

2022年、ウガンダ首相府・国連共催の会議で改革について説明する筆者。©UN RCO Uganda

国連常駐調整官事務所は、国連総会決議によって国連開発システムにもたらされた様々な改革の一端として2019年に刷新された事務所です。それまでは、国連常駐調整官(RC:Resident Coordinator)が国連一機関の国代表を務めながら国連全体の調整を担っていました。この改革はRCの中立性を高め調整の効果をさらに発揮するためにRCを国連機関から独立させ、国連事務総長へとつながる報告ラインを強化しました。RCOは従来から規模は小さいながらもUNDPに連なる形で存在していました。しかしこの改革に伴いRCの活動を各国で統一的に戦略計画、経済分析、パートナーシップ、開発資金、データ分析、アドボカシーの各分野に渡って支え国連全体を調整するために新たな国連の組織として新生RCOが立ち上がったのです。RCOは開発システム改革推進の中枢に位置し、当該国における国連全体の活動に関するプログラム調整からオペレーションの支援まで担う、いわば国連全般の効率化を進めるハブ事務所と言えます。私はその事務所の長として2年間活動してきました。そのカバー範囲は非常に広くあらゆる課題に関与することからしばしば「国連ウガンダのChief of Staff」などと呼ばれることもありました。

2020年9月、新しい開発枠組み(UN Sustainable Development Cooperation Framework)立ち上げを記念し、国連カントリーチームと大統領。©UN RCO Uganda

RCOのコロナ下での役割は非常に多岐にわたります。パンデミック初期は多くの空路が封鎖されつつも、ウガンダへは当時例外的に人道支援要員の移動のために国連の「人道フライト」が認められていました。WFPが実際のフライトの運行を、RCOはフライト日程の調整や現地外務省等関係機関との調整を担い、2020年10月の商用便再開に伴って人道フライトが収束するまでロックダウン中に34回のフライトで約1800人の移動を支援しました。また、ロックダウン下でも国連の国内活動が阻害されないよう、人道支援など緊急性の高いプログラムを国連全体で洗い出し、政府と調整して移動・支援の継続を担保し、パンデミック下でも必要な支援が必要な人々に継続されることを確保しました。

アジュマニ地区のアメロ小学校できれいな水を飲んでいる生徒たち。水道システムの動力源はソーラーパワー。水と衛生(WASH)プロジェクトで実現した。資金拠出はアイスランド。 © UNICEF Uganda

プログラム面では、コロナ対応緊急対応計画の取りまとめとハイレベルドナー会議開催が例に挙げられます。国連には様々な関連機関が存在します。従来国連の資金動員については、各機関が個別に対応計画策定やドナーへのアプローチを行ってきたために対応に一体性がなく、必ずしも真に必要な分野に必要な資金が届いていないのではないかという批判がありました。今回の改革によってRCとRCOが中立的立場からこうした計画やドナー対応をする役割を与えられたことによって、各組織の利害を超えた調整が可能になりました。ウガンダにおいては、パンデミック初期に緊急アピールを取りまとめたほか、2021年6月に対応計画の修正版を作成し、ワクチン配布がカギとなり始めた2021年10月には保健大臣も参加したハイレベルドナー会合を開催しました。これらは国内外及びドナー各国からの要請に応じRCとRCOがけん引してきたものでした。。最後に「Duty of Care」と呼ばれる職員のコロナ対応が挙げられます。コロナ禍で活動を続けるということは、職員のコロナ対応へも組織としての義務が生じます。RCOが中心的役割を果たしつつ、迅速に検査・陽性時のモニタリングと予防接種を行う体制を作ったほか、上級医務官を臨時雇用して重症患者の入院手配や国外退避(Medical Evacuation)を行う体制などを整えました。

ウガンダタンザニア国境近くの刑務所で、囚人にコロナワクチンの接種をしている看護師  © UNODC Uganda

こうした活動を続けてきた中、ウガンダでは本年3月から4月ごろより急速に「New Normal」が浸透してきています。商業活動が全面的に再開され、対面形式の会議も頻繁に行われるようになりました。そうした中、社会・経済面での対応が急務となっています。例えばウガンダでは学校閉鎖が2年近くに及んだため、就学の機会を逃した子供たちへの対応が大きな課題となっています。ウガンダは人口増加率が高く若者人口が多い国ですが、若者のスキル向上や雇用に向けた支援も社会の安定のために急務です。また、ウガンダは世界第三位の難民ホスト国(150万人・2022年7月時点)ですが本年春以降さらに増改傾向にあり、、難民とローカルコミュニティの双方に配慮した支援が引き続き求められます。またウクライナ情勢による食料価格高騰等は、アフリカなど、より脆弱な国・地域での大きな影響が懸念されます。一方で本年11月の気候変動COPはエジプトで開催されることから「アフリカのCOP(African COP)」と呼ばれ、緩和・適応の両分野においてアフリカ各国からの期待が高まっています。

コボコ地区のヤンブラで、世界食糧計画(WFP)の支援のもとに活動する女性を中心とした農業団体。アブディラマン・メイガグWFP現地事務所長が視察。©WFP Uganda

国連には、こうした社会・経済情勢に柔軟かつ迅速に対応していくことが求められます。例えばAfrican COPに関し、国連として加盟国をどのように支援していくのかという議論はすでに毎週のように行われています。また、コロナ禍でオンライン学習・会議が進んだことなども念頭に、例えばデジタル化の推進強化による可能性を追求したり、国を超えて地域の国連システム全体で知見を結集して様々な開発課題に対してより洗練された効率的な対応をするための仕組みの構築など、New Normalの中で見いだされつつある新たな「機会」もあります。RC・RCOはこうした議論をけん引する役割も担っています。

2022年、RCO能力強化のためのワークショップで議論をファシリテートする筆者。 ©UN RCO Uganda

8月にはTICAD8が開催されます。すでに本年3月に開催された閣僚会合では、経済的不平等の是正、人間の安全保障を基盤とした持続可能かつ強靭な社会の実現、持続可能な平和と安定の構築などが議論されています。アフリカと世界の情勢を踏まえつつ、New Normalの社会・経済情勢に即した課題が議論されることが大いに期待されますし、国連RCシステム(RC・RCO及び本部・地域事務所をまとめた呼び方)としてもTICAD8の成功とそのフォローアップに最大限の力を発揮する必要があります。ウガンダにおいてもまさに今現在、東部で干ばつと食糧危機が発生し、被害が拡大しつつあります。これに対しRCOはいち早く国連本部からの緊急資金を確保し、5機関による緊急対応の調整を担っています。また本稿執筆中には、洪水による被害も報告されました。気候変動の影響ともとらえられ、TICADやCOPをてこに、緩和・適応それぞれの支援がさらに進むことが期待されています。

国連ビデオ「複雑な諸課題の解決には国連活動の調整が不可欠」、©UN Sustainable Development Group

新生RC・RCOにはまだまだ課題も山積みです。その中心的役割である「調整」の付加価値については国連内で広く認識されつつあるとの実感があるものの、その理念を現場においてさらに深化させ、国連職員すべてに「One UN」の意識が浸透し、有機的な議論、計画、実施に結び付けていく必要があります。つい6月にも、ウガンダすべての国連機関が集まる「カントリーチーム」の会議において、そのカントリーチーム内の協力強化、意識改革などに議論が集まりました。真の改革の成果は、効率性を高めつつ効果を最大化することによって示されます。New Normalの開発の在り方をよく見据えつつ、TICADの成果などをアフリカの裨益者に広く行きわたる果実としていく上でも、その役割にはさらなる期待がかかっているといえます。

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