国連広報センター ブログ

国連のさまざまな活動を紹介します。 

国連本部における国際平和協力の現場から

4月24日の「マルチラテラリズム(多国間主義)と平和のための外交の国際デー」に向けて、国連平和活動局(DPO)軍事部 軍事計画官の新井信裕さんが、国際平和協力分野における多国間協調の実際の現場について紹介します。

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【略歴】2002年防衛大学校卒業。陸上自衛官。2002年に陸上自衛隊入隊以降、施設科部隊や陸上幕僚監部において勤務。2012年には国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)施設幕僚として平和維持活動(PKO)に参加。2019年10月より現職。
(右端が筆者  ©︎ Nobuhiro Arai)

 

はじめに

私は、2019年10月から2022年4月までの約2年半にわたり、国連本部平和活動局軍事部軍事計画官(Military Planning Officer, Office of Military Affairs,  Department of Peace Operations)として国連平和維持活動(国連PKO)の計画等に関する業務を担ってきました。その活動の振り返りをお届けします。 

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軍事部の同僚たちと総会議場にて(右から7番目が筆者) ©︎ Nobuhiro Arai

 

「軍事計画官」の業務とは

現在12の国連PKOミッションが中東・アフリカ等において展開し紛争後の停戦・和平合意等の履行、国家統治を支援、文民保護、人権監視、人道援助活動への支援を実施しながら国際社会の平和と安定へ寄与しています。私は、国連PKOの一つである西アフリカのマリ共和国に展開する国連マリ多面的統合安定化ミッション(MINUSMA)を担任しました。

MINUSMAは、2013年に設立されて約9年を経過しました。紛争後の和平合意の履行支援や国家機能の再建、安定化の支援、また、クーデター後の民政移行支援といったマンデートを有し、現在でも約13,000名に上る軍事要員を擁し、また、年間予算は11億7千万ドルに及ぶ大規模な複合型ミッションであります。

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テロが多発する地域で地元住民の安全確保のためにパトロールを行う国連平和活動要員
UN Photo/Gema Cortes

 

同国では2020年8月以降の数次にわたるクーデター後の民政移行プロセス遅延に係る混乱やテロを含む敵対行為の頻発等による不安定な政治・治安状況が長らく続き、地域機構を含め関係加盟国等の関心や関与は非常に高いものです。さらには、新型コロナウイルス感染症パンデミックにみられるような感染症の脅威もミッションの活動に大きな影響を及ぼしております。こうした複雑な環境において、主としてミッションの軍事門によるマンデート遂行のため必要となる部隊運用コンセプト、派遣部隊に係る編成要求及び部隊行動基準について、国連のスタンダートと流動するフィールドの作戦環境・ニーズを調和させながらこれらを策定しました。

また、フィールドが抱える諸課題を解決するための国連本部事務局、国連加盟国、安全保障理事会及び現地ミッション間で日々交わされる意思疎通や協議・交渉に必要な準備・調整業務に従事しました。その活動の場はニューヨークのみならず、現地ミッションへの出張機会も得ることができました。加盟国は、それぞれの国益を踏まえた国連PKOへの貢献を行いますが、それが必ずしもフィールドのニーズと合致していることはありません。こうした中でフィールドのニーズと加盟国の希望をそれぞれ理解し、それらをうまく繋げ国連本部の場で具現化することが求められます。

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マリへの出張中に、欧州連合マリ訓練ミッション(EUTM)との意見交換も行った
(左端が筆者)©︎ Nobuhiro Arai


平和構築におけるダイナミズム

軍事計画官として、前述の業務に携わっていくことにより、国連PKOに関する現状や課題のトレンド、特に、軍事部門に関する重視課題等について、国連の視点でその全体像への理解が深めることができたと感じています 。具体的には、停戦・和平合意履行支援、国家統治支援、文民保護、人権監視、人道援助活動支援といった幅広い多機能マンデート抱えながらも、その実質的な活動成果を得て出口を見通すことは難しく、また、活動予算等のリソースも限られております。更に、パンデミックやホスト国の不安定な政情・治安状況における平和活動要員の安全確保はマンデートの実効性向上に次いで高い優先課題です。また、平和構築は、紛争の発生や再発のリスクを低減し、平和の持続に必要な条件を整備するための幅広い措置であり、その複雑な息の長い平和活動のダイナミズムを体感しております。

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安全保障理事会軍事参謀委員会での協議にも参加した(左端が筆者) ©︎ Nobuhiro Arai

 

ミッション軍事部門においても国連システム全体や地域機構、地域取決めといった非国連パートナーによる国際協調のもとに、マンデート実効に資する活動を相互に補完したり、また、活動に必要とされる訓練練度向上や装備品提供支援といった部隊の能力構築の措置が執られています。

MINUSMAへのフィールド訪問時、不安定な政情・治安状況により遅々として進まない民政移行選挙準備、不十分な文民保護や基本的社会サービスの状況を把握しました。マンデートに基づきこうした活動を支援するミッションにおいてもインフラ整備は引き続き途上にあり活動基盤は満足なものではありません。安定化からより長期的な平和の定着にはまだまだ一定の時間がかかるものと感じました。

訪問を終えニューヨークへ戻る道中、路上市場から笑顔で手を振ってくれた少女達に会い、また、首都バマコの上空に架かる虹を目にしました。将来への希望の象徴であると印象的でした。これを確かなものとするためあらゆる関係パートナーとの密接な連携が必要であり、この促進に資するような国連本部における業務の重責に改めて身が引き締まった瞬間でした。

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現地で出会った少女達 (左)と バマコ上空に架かる虹(右) ©︎ Nobuhiro Arai

 

国際公務員としての挑戦と多様な人的つながり

国連事務局は、すべての国籍を代表する職員で構成されており、多様性の溢れる勤務環境です。軍事部においては、約60か国から派遣された軍事要員が所属するとともに、担当するMINUSMAへの部隊派遣国は約30か国にわたることから、日々の担当業務を通じ各国の軍・軍人と広く人的関係を形成・維持することができました。

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ニューヨークの事務局における調整会同には、様々な国の出身の様々なキャリアをもった
同僚達が集っている ©︎ Nobuhiro Arai


価値観の基礎となる出身国の国情や宗教・文化的なバッググランドは当然異なるものの、国連事務局に勤務する一つのチームとして業務を遂行していかなければなりません。このため、国連PKOに関する理念や原則、あるいは国際公務員として共通の価値観に基づき、互いを尊重しながら共通の目標に向かって進んでいくことの重要性を感じています。また、いったん職員として採用されたならば、即戦力として当該業務に携わることが求められます。業務におけるコミュニケーションに関しても、口頭によるものから文書に至るまで、相手の主張を理解し、自らの発信内容をいかに明確に伝えるか語学も含め高いスキルが求められており挑戦の毎日です。

   

家族とともに乗越えたパンデミック

派遣間に帯同した家族(妻・子供三人)の存在は、任務を遂行する上で大きな役割を果たしてくれました。遠く離れた多様性あふれる異国の環境に身を置く時はもちろん、任期の大半をパンデミックとともに歩んできた中で家族のありがたさを一層強く実感しました。感染予防を第一に、テレワークへの移行、職場や仕事以外できる限り人との接触を避け、様々な活動への参加を見合わせるといったように、これまで想定できなかった行動様式への急速な転換に先の見えない戸惑いや息苦しさを感じる時もありました。業務遂行においても、多国間やパートナーとの協同連携にあたり、人と人の直接的なコミュニケーションは欠くことのできないものであり当初は難しさを感じました。

他方、同時にこれは家庭環境にも変化をもたらし、家族をより身近な存在にさせました。働く場と居住の場が融合するにつれ、家族の健康と暮らしの安全への意識もより高まり、コロナ禍の逆境を克服し、活力ある日常を取り戻すためにどうすべきか、何ができるのかという正解の無いような問いに向きあう中で、あらためて家族の絆の大きさを実感しております。それは、家族にとってもまた同様であったのだろうと思います。

 

おわりに

国連本部の多様性溢れる現場で様々な実務経験や学び、また、多国籍軍人との人的ネットワークを得ながら国連PKOの質的向上に貢献できたことは貴重な財産となりました。今後も、平和活動の担い手としてチャレンジ精神、必要なキャリアと人脈の更なる構築に努めてまいります。

SDGsを伝える仕事(2)― 心に響く日本語コピーを求めて(国連広報センター 根本かおる所長)

前回のブログ記事では、「誰一人取り残さない」という根本的な理念と「普遍性」、「統合力」という基本姿勢に後押しされて、「持続可能な開発目標(SDGs)」を含む「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の推進というニューフロンティアに恐る恐る足を踏み出したことを綴った。

 

その後の歩みについて記そうと思ったのだが、まずウクライナ紛争に触れずにはいられない。新型コロナウイルス感染症の世界的大流行が3年目に入り世界が疲弊する中で、ウクライナ危機が起こり、平和があって初めて持続可能な開発があり、その逆も真なりということを浮き彫りにした。

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 UN Photo/Mark Garten 

ウクライナでの戦争に関して報道陣に対するアントニオ・グテーレス国連事務総長発言 (ニューヨーク、2022年3月14日) | 国連広報センター

 

同時に、ウクライナ危機は戦後の国際秩序を揺るがす重大な事態ではあるが、一般的な関心ではウクライナの陰に隠れてしまっているシリア(紛争ぼっ発から12年目)、イエメン(同じく8年目)、ミャンマーエチオピアなどの危機、さらには進行する気候変動という最重要課題を忘れるわけにはいかない。

 

昨年から国連の「気候変動に関する政府間パネルIPCC)」の評価報告書が順次「世界の気候科学の声」として発表されているが、気候危機は思っていた以上に速いスピードで進み、その影響はより広範、より頻繁になっている。ウクライナ危機を受けた燃料価格の高騰は、化石燃料に頼り切ることがいかに国家にとって脆弱かということを浮き彫りにするものだ。さらに、食料価格の高騰も、ウクライナ紛争と同時に、背景には気候変動の影響がある。経済・社会・環境のバランスの取れた開発の舵取りが、平和と安定、そして持続可能な社会のためにいかに大切かをあらためて痛感する。

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FAO.org  の食料価格の高騰を示すグラフ

 

さて、話を戻そう。SDGsの実施が「よーいドン」で世界中で2016年1月1日にスタートした当時、SDGsの「名前」「呼び方」をどうしよう、というところでまず躓いたのだ。

 

サステナブル・ディベロップメント・ゴールズ」という舌を噛みそうな名称からして問題だった。英語圏では、国連と連携してカラフルなSDGsのロゴとゴールごとのアイコンを考案したNGO「Project Everyone」が「The Global Goals for Sustainable Development(通称The Global Goals)と言い換えて啓発ビデオなどを制作していたが、日本語の世界ではThe Global Goalsとしたところで意味が伝わらない。さらに、国連加盟国が正式に採択した言葉はあくまでも「Sustainable Development Goals」であり、日本政府も「持続可能な開発目標」という訳語を使用し始めていた。SDGsというアルファベット3文字にsをつけた略称ももちろん日本では意味不明。「エス・ディー・ジーズ」ではなく、「エス・ディー・ジーエス」と読む人も少なからずいた。

 

それならば、アルファベットの略称を「TPP(環太平洋パートナーシップ協定)」や「NGO(非政府組織)」のように、「SDGs」というアルファベットのつながりと「エス・ディー・ジーズ」の読み方とをセットで刷り込みを徹底して浸透させる方がいいかもしれない、と腹をくくった。

 

次に直面したのが、SDGsの17のゴールそれぞれのアイコンとともに使われているキャッチフレーズの日本語化の課題だった。オリジナルは英語で作られ、英語に加えフランス語・スペイン語・ロシア語・アラビア語・中国語の6つの国連公用語については国連本部が定訳を決めているが、日本語は公用語ではないため、日本の国連広報センターに任されている。

 

採択当初は英語オリジナルを国連広報センターで日本語に直訳して使っていたのだが、よく練られて作られた英語のコピーも、直訳ではその意図を汲むことができない。かねてから広報発信課題についていろいろとアドバイスしてくださっていた博報堂の方々から「これでは何をすべきなのか、何をして欲しいのか、伝わりにくい」とのコメントをいただいた。これから2030年まで使い続ける大切なキャッチフレーズだ。ここはエネルギーを注いで、単なる翻訳を越えた心に響くメッセージを考えようと思い、専門性を通じて社会課題を解決している「博報堂クリエイティブ・ボランティア」のチームの方々と一緒に乗り出したのだが、いやはや、これがなかなかに大変な作業で、多方面の意見を調整することの難しさを知らされた。

 

SDGsは幅広いコンサルテーションを経て作られたものだからこそ、多くの関係者が当事者意識を持つに至っている。日本語化においても、多くの関係者に準備段階で共有しながら意見を聞き、国連が説明責任を果たしてこそ、できあがったキャッチコピーがその真価を発揮する。「博報堂クリエイティブ・ボランティア」チームのコピーライターの方には、国連広報センターからインプットするとともにそれぞれのゴールの背景資料を読み込んでいただいて、素案を考えていただいた。それを国連諸機関の駐日事務所、市民社会、日本政府関係者、企業関係者などの幅広いアクターとそれぞれコンサルテーションを重ねたのだ。

 

このプロセスで印象に強く残るものとして、ゴール8のキャッチコピーがある。原文は「Decent Work and Economic Growth」だが、日本語では「働きがいも経済成長も」になっている。「Decent Work」は「ディーセント・ワーク」と日本語化されることも多いが、それでは意図することがなかなか伝わらない。それを「も」という助詞を添えて「働きがい」と表して「働きがいも経済成長も」と表現することを、コンサルテーションの結果、国際労働機関(ILO)駐日事務所がOKしてくれた。

 

同様に、ゴール11の「Sustainable Cities and Communities」という無味乾燥なフレーズを「住み続けられるまちづくりを」とメッセージを加味したフレーズにしていただけたことも、「住み続けられる」という言葉がその後の自治体レベルでのSDGs実践の段階でイメージを膨らませ背中を押すことができたのではと思っている。ゴール12の「Responsible Consumption and Production」というこれまでの開発の目標にはおよそ存在しなかった新機軸の目標について「つくる責任 つかう責任」と提案してくださったことで、この課題が他人事ではなく、当事者感溢れる自分事になった。

 

こうして2016年3月2日、「みんなで使える、みんなのためのキャッチコピー」を通じて、日本語版SDGsアイコンを公開するに至った。いま日本のあらゆるSDGs関係者が当たり前のように使用しているSDGsのキャッチフレーズの背景には、このような生みの苦しみがあったと知って欲しい。

 

幸運にも、2016年のG7の議長国は日本。5月のG7伊勢志摩サミットはSDGsの実施が始まってから最初のG7サミットになる。この機会を逃す手はない。そういう気持ちから、SDGsのキャッチコピーの日本語化で協力していただいた「博報堂クリエイティブ・ボランティア」のチームの方々に再びお世話になり、UNICEF親善大使の黒柳徹子さん出演のSDGs公共広告を突貫工事で作っていただいた。

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G7伊勢志摩サミットに向けた市民社会との共同記者会に何とか間に合わせ、会見の中でお披露目するにこぎつけた。非常にシンプルなメッセージを黒柳さんに力強く伝えていただく中で、「エス・ディー・ジーズ」という読み方が際立つ仕上がりの作品で、その後も渋谷のスクランブル交差点の大型スクリーンなどで上映した。

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 渋谷のスクランブル交差点にて上映される黒柳さんのメッセージ © UNIC Tokyo

 

日本政府がG7伊勢志摩サミット直前に、総理大臣を本部長として全ての閣僚が参加する「SDGs推進本部」という会議体を作ったことも大きかった。日本は全省庁横断的なSDGs推進の組織を他国に先駆けていち早く作ったことになる。

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伊勢志摩サミットでのG7及びアウトリーチ招待国首脳の集合写真

 

そして、SDGs推進本部を支える、有識者からなる「SDGs推進円卓会議」がその年の9月に発足し、私も構成員のひとりとして関わってきた。2016年12月には日本政府としての「SDGs実施指針」という基本的な方針が策定された。

 

こうして政府側の「容れ物」は少しずつ形作られていったのだが、世の中の関心はというと、何とも寂しい状況だった。このままではおよそSDGsの読み方さえも知られないままで達成期限の2030年を迎えてしまうだろう。

 

SDGsを社会に浸透させるためのチャレンジについては、今後の回に委ねたい。

 

 

SDGsを伝える仕事(1)― 「誰一人取り残さない」社会への旅路(国連広報センター 根本かおる所長)

この度2021年度の日本PR大賞「パーソン・オブ・ザ・イヤーという賞をいただき、身の引き締まる思いだ。幅広い分野の関係者の方々が、SDGsに真摯に向き合って、熱意をもって取り組んでくださったおかげで、この場をお借りして御礼申し上げたい。授賞理由に「目標年となる 2030 年までの『行動の 10 年』という新たなフェーズに入り、社会の仕組みレベルの変革が急がれる中、根本氏が率いる国連広報センターがSDGsの達成に向けての大きなムーブメントをつくることの期待を込めて」とある。つまり今後への期待に基づく授賞だ。インパクトのある運動のレベルにまで持っていかなければ、と責任の重さを感じている(受賞に際する私のメッセージはこちらのページで3月10日まで公開している)。

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国連本部を訪れる子ども。子どもたちの未来のために、SDGsを推進していきたい  
© UN Photo/Loey Felipe

 

その道のりは厳しいだろうが、アントニオ・グテーレス国連事務総長の信念でもある「ネバー・ギブアップ」の精神で、ブレークスルーの実現へのソーシャル・ムーブメントを起こしていきたい。ゼロ・サム型の思考で社会の亀裂をさらに深めてブレークダウンしてしまうのか、それとも連帯に基づくプラス・サム型の協調でブレークスルーすることができるのか、私たちは今大きな岐路に立たされている。同時に、SDGsの有用性が試されているとも言えるだろう。

 

この機会に、SDGsという小舟に乗って大海原に漕ぎ出した頃に立ち戻って記しておきたい。

 

2016年のSDGsの実施のスタート地点において、不安が無かった訳ではない。SDGsを含む「持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択されるまでのプロセスにおいて、日本の市民社会の代表らが国連関係者や日本政府と意見交換しインプットを行う場面に関わる機会はあったものの、2015年9月25日の国連サミットで採択されてから、最初はどう日本で広報対応していけばいいのか考えあぐねた。17分野にわたる目標・169ものターゲットを指して「『きれいごとの羅列』の『理想論』」とする厳しい指摘もあった。

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2030アジェンダとりまとめに至るプロセスでの日本の市民社会との意見交換(2014年)。アミーナ・モハメッド国連事務総長特別顧問(当時・現国連副事務総長)の訪日時に。
筆者も参加 © UNIC Tokyo

 

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SDGs採択前夜、国連本部ビルはプロジェクションマッピングSDGsに染まった 
© UN Photo/Cia Pak

 

国連の広報アウトリーチ活動において、国連としてのグローバルなメッセージをどのようにそれぞれの国や地域の文脈に合わせて浸透させていくかは、多くが現場を司る担当者に任されている。だからこそ、知恵を絞りながら、醍醐味とやりがいを持って発信にあたることができる。野心的な目標を掲げて世界を変革しようという「歴史的な決定」である「2030アジェンダ」には、私たちのやる気に火をつけてくれる特別なメッセージがあった。

 

一つは、2030アジェンダの「誰一人取り残さない」という基本理念だ。

 

「この偉大な共同の旅に乗り出すにあたり、我々は誰も取り残されないことを誓う。人々の尊厳は基本的なものであるとの認識の下に、目標とターゲットがすべての国、すべての人々及び社会のすべての部分で満たされることを望む。そして我々は、最も遅れているところに第一に手を伸ばすべく努力する。」

 

人権に基づく「誰一人取り残さない」という理念は、取り残されがちな人々の存在を最初から考慮したSDGs推進施策を取ることを求めるものだ。過去の途上国の開発理論では、国が豊かになれば、雫がしたたるように、貧しい人々にも豊かさが行き渡ると考えられていたが、現実はそうではないと突きつけられたことが、人権に裏打ちされた包摂性に依拠するSDGsの大原則につながった。

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2015年9月、2030アジェンダを採択した国連総会のSDG Summitで、当時18歳のマララ・ユサフザイ氏ら(中央)193人の若者が、SDGsの実現を政治リーダーに訴えた
© UN Photo/Mark Garten

 

個人的なことだが、私は以前うつを患い、闘病生活を強いられたことがある(詳細は2021年6月のブログ記事を参照)。療養のため赴任先から日本に帰国中に東日本大震災に遭遇したことが、価値観の変化につながった。無理のない自分らしい生き方を模索していた私の背中を押すことになり、その結果、15年間勤務した国連機関を退職した。フリーランスで難民問題などについて「書くこと」を通じて少しずつ社会生活を取り戻していった。言葉を紡ぐことが社会復帰につながったと言っても過言ではない。

 

様々な事情やニーズを抱える人々の存在を最初から認識して仲間に入れようというSDGsの社会包摂の理念は、斜め方向の選択をした自分にとって、心に響くメッセージであり、自分としても大切にしたいと思った。SDGsについて一般の方々を対象に講演しても、一番多くの反響を得たのは、この「誰一人取り残さない」という原則への共感だ。

 

もう一つは、すべての国が取り組む「普遍性」と「統合力」というSDGsの特性だ。「開発」はややもすると、実施責任者としての途上国と実施手段提供者としての先進国という二項対立の構図であり、SDGsの前身のミレニアム開発目標MDGs)もその傾向が強い。しかし、SDGsは先進国・途上国の区別なく、すべての国連加盟国に適用されるのだ。

 

「このアジェンダは前例のない範囲と重要性を持つものである。 このアジェンダは、各国の現実、能力及び発展段階の違いを考慮に入れ、かつ各国の政策 及び優先度を尊重しつつ、すべての国に受け入れられ、すべての国に適用されるものである。これらは、先進国、開発途上国も同様に含む世界全体の普遍的な目標とターゲットである。これらは、統合され不可分のものであり、持続可能な開発の三側面をバランスするものである。」

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2030アジェンダでは、5つのP(People, Prosperity, Planet, Peace, Partnership)が柱になっている © UNIC Tokyo

 

2013年夏から日本で国連を伝える仕事に関わってきて、「国連や国際協力は海外のことが中心で、自分たちや国内課題には関係ない」と人々の心のシャッターが下りてしまうことに厚い壁を感じていたのだが、先進国にも適用されるというSDGsの普遍性がこの壁に風穴を開ける突破口になるのでは、と感じた。さらに、経済・社会・環境の調和と統合は、国連機関ごとに所管分野の「タコつぼ」にとらわれている限り、突破力を発揮し得ないと常々痛感していた立場には、セクショナリズムを打破して結集する上で力強いお墨付きでもある。よし、「誰一人取り残さない」と「普遍性」と「統合力」を格別のソースとして料理していこう ― SDGsの出発点において、そう心に決めたのだった。

 

これを起点とするその後のSDGs発信の「試行錯誤」と「手応え」についても、いずれブログに記していきたい。

 

多くの方々に、SDGsを含む「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の文書全体を読むことをお勧めする。この序文と宣言にこそ、どんな世界を目指したいのか、という願いとビジョンが打ち出されているからだ。そこには「私たちの共通の旅路」という言葉が出てくる。コミュニケーションに携わる方々には、是非その伝える力で、この「ジャーニー」に向けて人々のやる気に火をつけていただきたい。

SDGsを合言葉に、仲間を増やして  ~ 今年も国連寄託図書館研修会をオンライン開催<後編>

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国連広報センターの千葉です。1月20日(木)に開催された国連寄託図書館研修会の様子を綴らせていただいています。

前編は午前の部で行われた、国連広報センターからの情報提供と、図書館の皆さんからのSDGsへの取り組みに関する情報共有の様子をお伝えしました。

後編は午後の部で行われた、二つの図書館へのオンライン訪問と、図書館同士の相互交流について振り返ります。

東京大学総合図書館ツアー>

昼食休憩をはさんで、午後の部の前半は、私たちのネットワークに加わる2つの図書館をオンライン訪問しました。

まずお訪ねしたのは、東京大学総合図書館です。

国連寄託図書館に指定されている東京大学総合図書館は、東京大学総長も務めた建築家の内田祥三氏が造ったもので、テレビ番組「美の巨人たち」(テレビ東京)で又吉直樹さんが訪ねた様子が放送されるなどしていますが、今回の研修で、あらためて、同図書館の大澤類里佐さんからくわしくご案内いただきました。

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東京大学総合図書館のオンラインツアー、左上が大澤さん


参加者の方々からは、SDGsの観点から、構造の強靭化を図りながらも、意匠を含め創建当時の建物を大切にする、同図書館の建築の精神性におおいに感銘を受けたと称賛の声があがっていました。大澤さんのご説明から、リニューアルオープンした同図書館で多くの貴重な資料がしっかりと守られ、そして活用されていることもまたよくわかりました。

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東京大学総合図書館


梼原町立図書館ツアー>

次に、高知県梼原町立図書館をお訪ねしました。

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梼原町立図書館(雲の上の図書館)


梼原産の木材が活用され木のぬくもりがやさしい図書館は、建築家の隈研吾さんが設計を手掛けたもので、通称、「雲の上の図書館」として知られています。

この日の特別ツアーを準備してくださったのは、同図書館の見目佳寿子さん、大村太一郎さん、木稲沙央里さん、奥﨑麻理さん、来米優作さんの5人です。ツアーは、ライブ形式で、同図書館の入り口付近で図書館を囲む豊かな自然環境を映しだすところから始まりました。奥﨑さん、来米さんのお二人がカメラを台車に載せて、いろいろな場所にレンズを向け、大村さんと木稲さんが一緒になって館内を歩きまわりながら説明してくださいました。SDGsの各ゴールをテーマにした充実の選書コーナーについてのご案内もありました。最後は、見目さんも加わり、参加者からの質問に答えてくださいました。

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左から、梼原町立図書館の大村さん、見目さん、木稲さん

ツアー後、参加者の皆さんから、同図書館が日本十進分類法ではなくテーマごとに図書を配架していることや楽しい場所としての図書館づくりをしていること、地域への配慮、自然との調和を図っていることに大きな気づきがあったとの声が聞かれました。

今年の研修会のオンラインツアーは、東京の都心部にある大きな大学の図書館と、地方の小さな街の公共図書館という対照的なふたつの図書館を選ばせていただきましたが、参加者の皆さんは、それぞれの図書館で、地域や利用者にあわせた工夫がされていることに高い関心を寄せていました。

<図書館間の交流 ―ブレイクアウトセッション>

研修の最後のプログラムとして、図書館の皆さんがリラックスして互いに交流する場をご提供しました。約一時間半、参加者の皆さんをブレイクアウトルームに振り分け、たっぷりと交流していただきました。

やり方としては、できるだけ、地域、館種を超えて、多くの方がたと交流していただくべく、各回顔ぶれを変えて2、3人ずつ、1回につき10分ほどのブレイクアウトセッションとし、それを10回ほど繰り返しました。

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参加者はそれぞれ2、3人ずつのブレイクアウトルームへ


参加した皆さんは、10分毎に館を変えて交流するなかで、すでにSDGsに関連したさまざまな取り組みを実践している他館から、自分のところでも取りくめそうなことについてアドバイスを受けたり、地域や館種を超えて今後一緒に協力できそうなことを熱心に考えたりしていました。この交流の時間について、参加者の皆さんから、以下のような感想を聞きました。

「普段は機会がない、館種を超えた交流ができたことがとても役立った」

学校図書館との交流を通して、あらためて若い世代を巻き込むことの重要性を感じた」

「自分と同じ新人の方とお話しできたことがよかった」

SDGsの展示を行う、貸出が増えるという先に何を考えるべきかを深く議論できた」

「通常の企画展示はSDGsの目標をあわせて紹介できる機会でもあると示唆をもらえた」

「国連広報センター作成の広報物の積極的活用の経験を聞き、参考になった」

「除籍本を捨てず、SDGsの観点からNPOに再販売した経験を聞いて学びになった」

<終わりに>

今年の寄託図書館研修会を無事終えて、あらためて実感したのは、国連寄託図書館を中心としながら、SDGsを合言葉に、地域、館種を超えてゆるやかに広がる図書館ネットワークの可能性です。図書館の自由交流セッションの時間、2,3人ずつに分かれたそれぞれのブレイクアウトルームで、公共図書館学校図書館公共図書館大学図書館、あるいは学校図書館専門図書館など、館種の違いを超えて、意欲的に学びあったり、新しいコラボレーションの可能性を探りあったりしておられたことを聞いて、とても心強く感じました。今年の研修でのもっとも大きな成果は、こうして館種を超えた各地の図書館の担当者同士が情報交換する時間をたっぷりとって、その関係を一層深めるお手伝いができたことだったのではないかと思いました。SDGsを考える際に大切なキーワードの一つは「つながり」ということです。このゆるやかな図書館のつながりが、図書館のSDGsへの取り組みをさらに豊かに広げていくことを期待したいと思います。

さらに強く実感したことをあげるとすれば、やはりデジタルの強みということです。コロナ禍で、対面開催ができないのは非常に残念ですが、デジタルは、参加の幅を広げることができます。単に物理的な距離を超えるというだけではありません。今回、障害のある参加者の方から、図書館ツアーを含む研修会に他の参加者と同じように参加できたことの喜びをお聞きし、デジタルの利用の価値の大きさを感じました。

最後に、上述のとおり、公立中学校図書館が初めて私たちのネットワークに加わり、今年の研修にも参加していただいたことで、館種を超えた図書館のつながりにまたあらたな可能性を開くことになったと強く感じています。すでに全面実施された新しい学習指導要領のもと、学校において、教科横断的にSDGsを教えることが求められていますが、そうした中で、学校図書館は、まさに各教科をつなぐ主体的で中核的な役割を果たすことができます。今後、私たちのネットワークに公立学校図書館のお仲間が少しでも増え、研修の場で、取り組みの事例を共有していただけることを願っています。(了)

SDGsを合言葉に、仲間を増やして  ~ 今年も国連寄託図書館研修会をオンライン開催<前編>

 

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こんにちは、国連広報センターの千葉です。

2022年1月20日(木)、SDGs(持続可能な開発目標)を合言葉に、国連寄託図書館の年次研修会を開催し、国連広報センターから参加者の皆さんにSDGsをはじめ国連が取り組む優先課題について情報を提供するとともに、皆さんからそうした課題の啓発のための各館での実践事例を共有していただきました。

以下、この日の研修会について、ブログを綴らせていただきます。

<全国各地からの参加>

コロナ禍が続くなか、今年もオンライン開催とした研修会は、国連寄託図書館のネットワークと、それを中心にして国連広報センターとゆるやかにつながる図書館の皆さんから、あわせて44館(参加者数は72人)にご参加いただきました。

このゆるやかなネットワークは引き続き広がっており、昨年一年間で、北は青森県、南は宮崎県まで、全国各地から17の図書館がゆるやかにつながる図書館として加わっていただき、そのうち以下の12館が今年の研修会に参加されました。

― 墨田区立ひきふね図書館(東京)、豊島区立図書館(東京)、大正大学(東京)、墨田区立吾嬬第2中学校図書館(東京)、千葉大学附属図書館(千葉県)、千葉経済大学総合図書館(千葉県)、植草学園大学附属高校図書館(千葉県)、洲本図書館(兵庫県)、あかし市民図書館(兵庫県)、新富町図書館(宮崎県)、梼原町立図書館(高知県)、武雄市図書館(佐賀県)。

 

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(左上から時計回りで)
あかし市民図書館、梼原町立図書館、洲本図書館、新富町図書館、千葉大学附属図書館


これら12館を含め、研修に参加した図書館の皆さんと対面でお会いできないのは残念でしたが、オンライン形式で開いたからこそ、遠い地域からの参加館が増え、また各館から複数の職員の方々に参加していただくこともできました。まさにデジタルの強みです。

 

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オンライン研修会に参加した皆さん


午前10時から午後6時半まで、昼食休憩をはさんで、とても密なスケジュールでしたが、多くの皆さんに最初から最後まで参加していただきました。

研修は、まず午前の部で、国連広報センターからの講演・ブリーフィングと図書館の皆さんの活動報告が行われました。

<国連広報センターからの講演・ブリーフィング>

午前の部はまず冒頭、国連広報センターから、所長の根本かおるが参加者の皆さんを歓迎し、図書館の日頃の取り組みに感謝の言葉を述べました。ご挨拶の後、根本は講演し、グテーレス国連事務総長 の年頭メッセージをご紹介し、コロナ禍で引き続き大きな影響を受けている中で世界の連帯の必要性をあらためて強調するとともに、今年1年間を見据えた国連グローバルコミュニケーション局(DGC)の活動戦略に話を及ばせながらSDGsと国連をめぐる動向をご説明しました。

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グテーレス国連事務総長の年頭メッセージ

根本に続いて、国連広報センターの全職員からブリーフィングをご提供しました。まず広報官の佐藤が今年の広報重点分野や行事予定などについてくわしくご案内したあと、その他の職員もまた、メディアへのアプローチ、渉外対応、ソーシャルメディア、ウェブサイト、翻訳、印刷物、人事・財務など、それぞれの職域から図書館の活動に参考としていただけそうな弊センターの活動を網羅してご紹介しました。

国連広報センターからの講演・ブリーフィングについて、図書館の皆さんからは、後日、「そこから得た情報を図書館に戻ってからさっそく関係者に共有した」「今後の図書館活動に活かせるよう工夫したい」といった嬉しい声をお聞きしました。

<図書館からの活動報告>

毎年1月に行われる研修会は、図書館の実践共有のための年に一度の貴重な場でもあります。研修会に向けて、各館から提出された活動報告は事前に参加者の皆さんに共有していましたが、研修当日にも、参加したすべての図書館から、口頭報告をしていただきました。各館からの報告はリレー形式で、1つの図書館の代表者が報告を終えると、次の順番の館の名前を呼んで、発表をつないでいただきました。途中、学校図書館では授業終わりのチャイムが鳴ったり、公共図書館では業務関連の電話が入ったりしましたが、そうした現場ならではのさまざまな音が効果音となってライブ感を醸しだしました。

 

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それぞれの活動を報告する図書館の皆さん

図書館の皆さんから発表されたSDGsへの取り組みの事例報告は内容豊かでした。昨年に比べて、ウェブページの充実、SDGs関係図書のウェブ本棚、SNS発信などデジタルの取り組みにより一層力を入れようとしている様子がうかがえました。

 

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さまざまな図書館によるSDGsへの取り組み

それと同時に、今年はさまざまなパートナーと協力した取り組みの報告が多くありました。たとえば、次のような取り組みです。

広島市立中央図書館からは、一般社団法人広島青年会議所から本約280冊と本棚の寄贈を受けてSDGsコーナーを設置したこと。また、金沢市立泉野図書館からは、三菱広報委員会、公益財団法人日本ユネスコ協会連盟の協力を得たSDGsの17の目標に沿ったアジアの子どもたちの絵日記パネル展示を実施したこと。東北大学附属図書館からは、留学生スタッフ(大学院生)の協力を得たSDGs啓発図書展示。国立国会図書館からは、国連広報センター所長と国際子ども図書館長との対談やSDG Book Clubブックリストに掲載された絵本の作者(天童荒太氏、Oge Mora氏)へのインタビュー動画掲載。千代田区立日比谷図書文化館からは、障害者福祉センター、児童館、NPOミュージアム等と連携して海洋プラスチックごみ問題と地球環境、環境アートの世界へ誘う展示実施。豊島区立図書館からは、図書館敷地内のミニガーデン(野菜等を栽培)を利用し庁内環境関連部署と連携した生物多様性を学ぶ事業・展示。相模原市立図書館からは、相模原市SDGs推進室と相模原事務用品協同組合の協力によるSDGs読書感想画コンクールの開催。新富町図書館からは、小中学校のSDGs関連授業の図書支援の実施。長野県上田染谷丘高等学校図書館からは、上田市立上田図書館とのコラボ企画「SDGsえほん展」の実施。千葉市男女共同参画センター情報資料センターからは、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)駐日事務所の協力による写真パネル展・図書展示の実施が共有されました。

公立中学校の図書館が初参加したことも今年の研修会を特徴づけたことの一つでした。参加したのは、墨田区立吾嬬第二中学校図書館。図書館長を兼任する駒田るみ子校長先生から、公共図書館からの司書派遣事業やSDGsを取り扱う授業への図書館支援などの実践が共有されました。

 

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SDGsを学ぶ中学生たち @墨田区立吾嬬第二中学校


図書館の活動報告の共有の時間について、皆さんから次のような感想をお聞きしました。

「それぞれの発表が大変刺激的で興味をかきたてられた」

「コロナ禍にもかかわらず広がったネットワークに目を見張った」

「館種を超えた集まりだからこその情報共有の可能性や広がりの重要性を感じた」

「オンラインだからこそ、幅広い皆さんの取り組みが聞けて良かった」

「各館の活動状況をお聞きしながら、頭の中にいろいろなプランが湧いてきた」

昨年に引き続き、参加者の皆さんの多くは、対面参加が叶わないことのマイナスよりも、デジタルだからこそ、距離や障害を超えて、日本各地の多くの館員たちが参加することができた、多忙な現場から参加する多くの人の臨場感あふれる報告を聞けた、と喜びを口にしておられました。

気が付くと、あっという間にお昼の時間を過ぎて、研修前半が終わりました。

昼食休憩をはさんで、研修後半が行われました。

研修後半のプログラムは館種の異なる二つの図書館へのオンライン訪問と、図書館同士の相互交流でした。

後編へと続く。

2021年を振り返って 国連広報センター所長

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今年9月の国連総会ハイレベルウィークで、SDGs推進の機運を高める会合「SDGモーメント」に特別ゲストとして出席したBTS ©︎ UN Photo/Cia Pak

 

今年の「DIME トレンド大賞」で、持続可能な開発目標(SDGs)がライフスタイル部門ならびに大賞に選ばれました。大賞の授賞理由として、2021年は世界各地で立て続けに気候災害が起きるとともに、人種差別、ジェンダーギャップ、貧困、飢餓など、地球規模で解決していかなければならない様々な問題を身近なニュースとして目にする機会が増えた1年となったこと。それらの課題を統合的に捉えて世界を大きく変革することを目指すSDGsは、2016年に実施こそ始まっているものの、今年は「誰かがやる」のではなく「自分たちでもできるんだ」と生活者一人ひとりに浸透した年になったこと、が挙げられています。家で過ごす時間が増えて、工夫しながら暮らすことが定着したことも背景にあるのでは、と個人的には見ています。

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12月15日に発表された2021 第34回 小学館DIMEトレンド大賞でも、今年生活者ひとりひとりに意識が浸透したとしてSDGsが選ばれた ©︎ 小学館DIME 

 

「ユーキャン 新語・流行語大賞」でも、SDGsをはじめ、「ジェンダー平等」、「ヤングケアラー」、「親ガチャ」というような社会課題に関する言葉が、その年の世相を表す「ユーキャン 新語・流行語大賞」の30のノミネートに入り、ジェンダー平等と親ガチャはベスト10にも選ばれています。昨年のノミネートは、「BLM運動」こそ入っていますが、新型コロナウイルス感染症の感染拡大が始まって未知のウイルスとの闘いに明け暮れた年だけあって、コロナに関連して新たに広く使われるようになった言葉が中心でした。それに対して今年は、コロナが長期化する中で明らかになった深刻な貧困・格差や日本の構造問題とそれに伴う不平等感につながる言葉のノミネートが増えた、とも言えるでしょう。

ギリギリの生活をしていた女性、子ども、若者、高齢者、外国人、障害者などの「取り残されがちな人々」が、長びくコロナ禍で昨年以上に苦境に陥り、見えにくかったその存在と直面する課題が可視化され、人々が格差や不平等に敏感になるとともに、だからこそ「誰一人取り残さない」を大原則として掲げるSDGsに共感が集まったのでは、と感じています。

SDGsがここまで浸透したのは、まだ誰も関心を示してくれなかった頃から、この17もの分野にまたがる野心的な世界目標を推進するという、国連にとっても世界にとっても初めての「ニュー・フロンティア」に真摯に向き合い、SDGsの実践にエネルギーを注いできてくださった多くの関係者の方々の努力の結晶だと思っています。

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2015年にSDGsが採択されたときの国連総会議場の様子 ©︎ UN Photo/Cia Pak

 

日本政府と各地の自治体のSDGsの取り組みはもとより、企業や金融機関の経営戦略に盛り込まれ、ESG投資が浸透し、脱炭素社会実現への道筋が議論され、子どもたちが学校でSDGsについて学ぶようになり、メディアで大規模なキャンペーンが展開されるようになりました。「誰一人取り残さない」という大原則に基づいて、貧困や様々な格差の課題を政府や自治体の施策に盛り込むことを市民社会が粘り強く働きかけてきました。サーキュラー・エコノミー型の事業を若い起業家たちが立ち上げています。実施が始まってからまる6年のプロセスの中で、私自身、思ったように浸透が進まなくて気持ちが萎えることが何度もありましたが、その度に多くの関係者の熱意や思いに励まされていました。この場をお借りして、同志の皆様、多くの関係者の皆様に心から御礼申し上げます。

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今夏国連広報センターが開催したSDG ZONE at TOKYOでは、アスリートをはじめとした様々な分野の方々にご登壇いただいた ©︎ UNIC Tokyo

 

アントニオ・グテーレス国連事務総長が今年9月、彼の2期目に向けたビジョンとも言える「私たちの共通の課題(Our Common Agenda)」報告書を発表する中で強調したように、私たちの選択によって、2つの対照的な未来が待っています。1つは、ブレークダウン(崩壊)と絶え間ない危機に見舞われる未来。もう1つは、より環境に配慮した、より安全な、ブレークスルー(突破)が備わった未来です。私たちの世界は、岐路に立っているのです。

厳しい現状があります。コロナ禍に陥る前から、2030年までのSDGs達成の目途は立っていませんでしたが、コロナによって達成はさらに遠のいてしまっています。例えば、2020年にはこの数十年で初めて極度の貧困が増加し、1億2000万人規模の人々が新たに極度の貧困に追いやられました。SDGsは2030年に誰も極度の貧困という状況にいないことを目指していますが、このままでは2030年の世界の貧困率は7パーセントとなる見込みです。さらに撲滅をめざしている飢餓についても、飢餓人口は増加しています。コロナ・気候変動・紛争の三重苦で、2020年には世界で最大1億1600万人規模の人々が新たに飢餓を経験したと推定されます。これは、たったの1年でおよそ2割も増えたことを示しています。女性についても、雇用の面では、コロナで職を失う確率が女性は男性より24パーセント高く、収入が減る可能性が50パーセントも高いとの研究結果があります。女性と女児に対する暴力もコロナ禍で増加しています。

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SDGsの17の目標一つ一つの状況をデータも交えて示す「SDGs 報告 2021」概要のインフォグラフィックスこちらから ©︎ UNIC Tokyo

 

SDGsの礎とも言える気候変動を「人類最大の脅威」と位置付け、最優先で取り組んでいるグテーレス事務総長は、先月グラスゴーで開かれた気候変動枠組条約第26回締約国会議「COP26」で2度現地入りしています。

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COP26における世界リーダーズサミットにて演説するグテーレス事務総長 ©︎ UNFCCC

 

COP26が「グラスゴー気候合意」を採択して閉幕したのを受けて発表したビデオメッセージの中で事務総長は、会議の成果に言及しながらも、「今日の世界の利害や矛盾、政治的意思の現状を反映しています。これは重要なステップですが、不十分です」と落胆をにじませました。

気候変動をはじめいずれの社会課題にも、簡単な解決方法はありません。巨大なジグゾーパズルを前に、ピースを一つずつ丁寧にはめ込んでいく忍耐力と諦めない精神が必要になります。事務総長はビデオメッセージの中で、COP26の結果に失望しているであろう若者、先住民リーダー、女性たちに対してこう呼びかけ、メッセージを締めくくっています。

「決して諦めないでください。決して後退しないでください。前進し続けようではありませんか。私はこの道のりをずっと皆さんと共にあります。COP27は今始まったのです。」

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国連総会中に開かれた気候変動とエネルギー貧困に関するハイレベル対話でも、グテーレス事務総長は各国に気候変動対策の強化を訴えた ©︎ UN Photo/Manuel Elías

 

SDGsの推進や格差への関心を一過性のトレンドや流行、ブームで終わらせてはなりません。是非多くの方々に「ネバー・ギブアップ」の精神で人々の理解・選択・アクションを支え合い、SDGsが2030年までに到達しようとする高みを一緒に目指し続けていただきたいと願っています。来る2022年は、SDGs実施推進の15年間の中で「折り返し地点」となる2023年を控え、非常に重要な準備の年となります。一緒にSDGsを継続的なトレンドにしていきましょう!

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今夏、中満国連事務次長が出演したBS日テレ「深層ニュース」にて、出演陣の皆さんと記念撮影 ©︎ Kaoru Nemoto

 

「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(34) 杢尾雪絵さん (後編)

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めたブログシリーズ。第34回は、杢尾雪絵(もくお ゆきえ)さん(UNICEFレバノン事務所代表)からの寄稿の後編です。

 

新型コロナウイルスパンデミックが子どもたちに与えた多大な影響 (後編)

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大学卒業後、都市計画建築コンサルタントとして就職後、青年海外協力隊員(JOCV)や国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の国連ボランティア(UNV)を経て、1991年から1994年末まで米コーネル大学地域計画学科に留学。国連食糧農業機関(FAO)ローマ本部インターンを経て、1995年にジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO)として国連児童基金UNICEF)モンゴル事務所に勤務。UNICEFコソボ事務所長(1997年〜)、モンテネグロ事務所長(1999年〜)、タジキスタン事務所代表(2001〜2008年)、ウクライナ事務所代表(2009年〜2014年)、キルギス共和国事務所代表(2014年~2019年)。
2019年7月より現職 © UNICEF

前編でみてきたように、子どもたちへのパンデミックの影響は多様です。ですから、私たちの対応も同様に多様で多層的である必要があります。社会全体で、すべての子どもたちへのより高いレベルの持続的な投資を確保する必要があります。では、「子どもたちへの持続的な投資」とはどういうことなのでしょうか。

 

世界の指導者たちは、将来の人的資本である子どもたちの健全な成長を、国の復興計画の中心に置くべきです。また、国家間の経済格差を考えると、国際協力との連帯がさらに重要になります。世界が一体となってSDGs(持続可能な開発目標)を成し遂げるにあたっても、子どもを中心とした社会政策が必要となります。

 

具体的には、いくつかの優先事項を掲げる必要があります。まずはメンタルヘルスとメンタルウェルビーイングに対処できる社会を創ること。子どもたちに限らず、誰もがコロナ禍において、何らかの形でストレスをためてきました。精神医療に対しては、今現在でもスティグマ(差別や偏見)が伴うといわれていますが、このパンデミックを機に、世界がそうした偏見を克服して、人々の、特に子どもたちと青少年の精神医療と心理的サポートを優先事項にする必要があります。

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感染予防対策を講じ、コロナの隔離病棟で子どもたちや若者向けのメンタルヘルスセッションを行う様子(ネパール、2021年6月撮影)© UNICEF/UN0472876/Nepal

 

次に、デジタル化された情報を正しく有効に、そして効率的に普及する、デジタル情報社会を構築することです。過去18カ月間は、オンラインによる情報交換とデジタル格差の大きな社会的影響が顕著になりました。学校教育だけでなく、多くの職場でもデジタル化が熱心に採用され、高く評価されてきました。その一方で、多くの貧しい国の子どもたちは同等の恩恵に預かることはできませんでした。国家間および国内における「デジタル格差」を克服すべく、世界の情報網を有効に活用することが大切です。デジタル化された子育てと教育に関する資料のより広範な普及は、教育・児童福祉現場で役立つだけではなく、子どもと青少年が、この過去一年半の教育の遅れを取り戻すことにも有効でしょう。

 

また、ソーシャルメディアを有効的に使うことは、21世紀の情報社会には欠かせないことです。ソーシャルメディアは正しく使用されれば、最も有効な情報発信と情報交換が可能なメディアです。たとえば、質の高いメンタルヘルス支援やキャリアプランニングに関する資料を青少年に普及したり、誤った情報を信頼性のある情報元からの発信で訂正する際などにも有効です。デジタル情報技術はこの先ますますの発展を成し遂げると思いますので、デジタル情報を有効に駆使する政策は将来的な持続性も高いでしょう。

 

さらには、母子保健医療の新たな優先事項を掲げることも大切です。新型コロナウイルスに関する情報は今でも医療情報の大半を占めていますが、通常の母子保健医療サービスの定期的な受診がないがしろになってはいけません。パンデミック前には、世界中でポリオや麻疹などのワクチン接種が進むことによって、予防可能な病気の根絶に大きな進歩がありました。 しかし、新型コロナウイルスパンデミックは、各国で子どもの定期予防接種事業を停滞させてしまいました。根絶間近のポリオや麻疹などの感染が再び起こらないよう、世界的に定期予防接種の接種率を上げていくことが緊急に必要とされています。また、日本でも妊娠中に新型コロナウイルスに感染した妊婦が、入院先が見つからないまま自宅での出産を余儀なくされ、新生児が死産に至るという悲しいニュースがありました。新型コロナウイルスへの感染によって、女性の妊娠出産、また新生児医療などにかかるリスクを、国や自治体は包括的に管理する必要があります。

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UNICEFとWHOの協力の下、レバノン保健省が主導する麻疹とポリオの全国予防接種キャンペーンで、子どもにポリオワクチンを接種する筆者 © UNICEF Lebanon/2020/Choufany

 

そして、パンデミックによる子どもへの暴力の急増はまだ終わっていません。それは、私たちが一体となって意識を高め、その効果とその保護策について率直に話し合っていかない限り、解決策は見込めないでしょう。先にも述べましたとおり、発育過渡期にある子どもや青少年への心理的なストレスや悪影響は回復に時間がかかり、この先の社会の発展に大きな影を落としてしまいます。子どもたちが直面している状況を早急に把握して、予防策を講じることが必要です。

 

こうした推奨事項を述べるにあたって、一つ重要なことがあります。それは社会全体が一丸となって、多層的に問題に取り組んでいく必要があるということです。教育、児童福祉、母子保健医療など、国や自治体が子どもたちの健全な発育を促していく政策を優先事項に掲げていかないといけないことは、言うまでもありません。そして直接子どもたちと関わる社会サービス提供者や学校関係者、児童福祉士、医療従事者などが、既に追われている多大な責務に潰されないよう、余裕を持って子どもたちの危険信号を察知できるように、働く人々のスキルアップと職場の改革も必要です。その一方で、市民社会やコミュニティでのサポートと助け合いも非常に重要です。より多くの市民が子どもたちを守っていくという意識を高めることで、子どもたちが安全に暮らしていく環境づくりができるのです。そして一番大切なのは、各家庭での子どもたちとのふれあいとコミュニケーションでしょう。おとなも多くのストレスを抱えて生活しているコロナ禍では、私たち一人ひとりが子どもと向き合って暮らしていく家庭環境を整えていくことが重要です。

 

ここに述べている様々な推奨事項は、多岐にわたる社会政策のごく一部であり、当然これだけで子どもたちを守ることはできません。

 

新型コロナウイルスの感染対策には、世界的な対応がまだまだ続くことでしょう。コロナ禍の経験から教訓を学び、子どもたちがより安全に、そしてその能力を最大限に発揮できる社会を守り、築き上げていく責務が、おとなである私たち一人ひとりにあります。そうした意識を高めるためにも、「この社会は子どもの発育にとって最適なのか?」といった問いかけを、私たちは常に一貫して自問していく必要があるのです。

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レバノンのブルジュ・バラジネにあるパレスチナ難民キャンプにおいて、UNICEFが支援する
新しい学習スペースで子どもたちと交流する筆者(中央) © UNICEF Lebanon/2019

レバノンベイルートにて

杢尾 雪絵