3月7日-12日に京都で第14回国連犯罪防止刑事司法会議(京都コングレス)が開催されます。会議に向けて、本会議の事務局を務める国連薬物犯罪事務所(UNODC)の3人の邦人職員が、今日のグローバルな犯罪防止や刑事司法分野における課題と、それらに対して国際社会がどのように取り組み、SDGs推進につなげているか、ご紹介します。第3回は、加藤美和さん(国連薬物犯罪事務所(UN Office on Drugs and Crime/UNODC)事業局長)からの寄稿です。
「犯罪」と聞くと、日々ニュースで取り上げられるような犯罪行為を連想されるかもしれませんが、これら各国内の犯罪に加えて、近年では、犯罪行為が国境をまたいで進化し繋がりを強化しながら「事業」として拡張し、法の支配の及ばないところで、たくさんの人々の生活が脅かされ、巨額の利益が創出され、その財源が「腐敗」という犯罪を通して制度をむしばみ、さらなる不正を招いているという構造があります。21世紀の初めの20年は、これらの越境組織犯罪が劇的に増えた時期でもありました。こうした問題の解決には、国境を越えた連携が不可欠であり、それをサポートするのが、私が現在、事業局長として勤務している国連薬物犯罪事務所(United Nations Office on Drugs and Crime/UNODC)の仕事です。
一つは、3月8日国際女性デーに行われるWomen’s Empowerment & Advancement of Justiceというスペシャル・イベントです。女性の視点とエンパワメント、夫婦の対等な支え合い、家族の絆などを中心に、西川きよし・ヘレンご夫妻にトークショーに登壇して頂き、また、社会正義の推進に日々具体的に取り組んでいる日本人4名にパネル・ディスカッション形式で、政治、教育、若者の取り組み、国際支援など各分野の視点から、それぞれの思い、そして今求められているアクションについて語って頂きます。公的要職につく方々からのステートメントに加えて、西川きよし・ヘレンご夫妻、そして、日本と世界を変えるために日々具体的な仕事に取り組んでいる多彩なパネリストのみなさんのお話を日本語で発信して頂くことで、本コングレスの中心的参加者である刑事司法・法曹界の専門家のみならず、より広く、ホスト国・日本のみなさんとの対話を深めることを目指しています。
犯罪への対応の再考
もう一つは、3月9日に行われるRethinking Responses to Crimeと題されたイベントです。日本でも有名なマララ・ユサフザイさんと一緒にノーベル賞を受賞されたインドの社会変革活動家のカイラシュ・サティヤルティさんに基調講演を頂き、多くの虐げられた人々や子供が犯罪を犯したり、虐待や犯罪の犠牲者となることの多い現状を捉え、私たちが暮らす21世紀の社会において「犯罪」というものをどう捉え、どうやって社会全体として減らしていくのかというテーマについて、国連内外の最先端の考えを議論します。
国連薬物犯罪事務所(United Nations Office on Drugs and Crime、略称UNODC)は、グローバリズムの負の側面ともいうべき、薬物不正取引、国際組織犯罪、テロリズムなどの問題に対し、包括的に取り組む国連機関です。UNODCは、これらの問題に取り組むための国際的な条約や準則の策定、条約の履行状況のレビュー、加盟国の能力構築支援などを行っており、こうした活動を通じて、国際社会における薬物対策、刑事司法政策の形成に貢献しています。
東南アジア大洋州地域における組織犯罪の蔓延は深刻で、その被害額は、豪州やニュージーランドにおける活動によるものまで含めると600億ドルにも上ると言われています。東南アジア地域は、近年、地域統合の進展が進み、人、モノ、資金の移動が活発となっており、これに伴って不正薬物取引、人身取引(trafficking in persons)、移民の密輸(smuggling of migrants)などが深刻な脅威となっています。
児童買春や人身取引、特に最近問題となっているオンラインでの児童の性的搾取など、国境を越えた犯罪は後を絶たず、東南アジア地域における法執行機関、司法機関の国境を越えた協力は、IT技術の進展、地域統合の進展に追い付いていません。国境を越えて捜査を行い、末端構成員にとどまらず、犯罪組織の幹部を訴追・処罰し、犯罪による収益を没収するためには、各国の当局による国際捜査共助などの協力が不可欠です。UNODC ROSEAPでは、日本の支援を得て、ASEAN加盟国及び東ティモールの各国の捜査共助等の担当者が、お互いの顔が見える形で情報交換し、円滑に協力するためのプラットフォーム作りを支援しています。2020年には、このようなプラットフォームの設置に関する基本合意を経て、SEAJust (South East Asia Justice Network)と名付けられた司法協力のためのネットワークが立ち上がりました。
コロナ禍で浮き彫りになった社会の歪みに対処するための唯一無二な雛形があるわけではありません。その国、その地域、その社会にあったシステムを構築する。そのためにはその国、地域、社会に住む全ての人の意思を反映すべく方法を積極的に取り入れて、一緒に変革を進めていけることが必要だと痛感させられます。その多くの事例は、毎年7月に開催されているハイレベル政治フォーラム(HLPF)で紹介されています。日本も今年7月のHLPFにて2回目の自発的国家レビュー(Voluntary National Review)にのぞみ、SDGsを指導理念にしたコロナからの「より良い復興」について発表するとのことですが、誰一人取り残さないための施策について発信することが期待されます*9。
研修会では、外部の専門家をお招きして、SDGsに関する新しい学びや気づきの機会を提供しています。今年は、ソーシャルデザイナーで、Think the Earthの理事・プロデューサーの上田壮一さんをお招きしました。上田さんはソーシャルデザインの観点から、全国の学校の教員や生徒たちとタッグを組み、SDGs達成のための多様な取り組みを実践。現場の先生と生徒を応援するSDGs for Schoolというプロジェクトをたちあげて、各地の指導者をつなぐための研修や交流の場をつくったり、クラウドファンディングで集めた資金でSDGsを楽しく学べる本を作成し学校に寄贈したりしていらっしゃいます。クリエイティブの力を使って社会を変える、未来を変えるということを日々、考え、企画し、実践していらっしゃる上田さんのお話を伺い、参加者の皆さんは未来に向けて図書館をデザインすることについて考えるとともに、着想のしかたを学びました。
最後になりますが、この場を借りて、研修講師を快くお引き受けくださったThink the Earthの上田さん、SDGsブックトークにチャレンジしてくれた三田国際学園中学・高等学校の小池さんと同級生の高橋さん、それを支えてくださった藤松先生と菅原先生、国連ツアーガイドの川又さんと同ツアーコーディネーターの中野さんにあらためて深くお礼を申し上げたいと思います。
就任後、加盟国、パートナー、そしてスタッフ全員とこの地域で取り組まなければならない課題について議論をかさね、For the Future(未来のために)という政策ビジョンを作成しました。社会がダイナミックかつ非常に早い速度で変化することから、日本でかつて提唱されたバックキャスティング/back casting(未来からの反射)という手法を採択し、またSDGsを念頭に、「薬剤耐性菌問題を含む健康危機管理」、「生活習慣病と高齢者問題」、「気候変動」、「Reaching the unreached(未到の人々に到達する)」の4つの課題に取り組み、望む未来を加盟国自らが描き自らの手で作ることを提唱しています。現場に出向き、そして人々の声を聴き、観察することで、それぞれが抱えている固有の事情が見えてきます。幸せには、共通項がありますが、貧困などの困難はそれぞれに抱えている事情が異なります。現場から物事を見つめ、考え、対応していくことを提唱する上でGrounds upという言葉も作りました。加盟国の承認も得て、「さあ、実行に移すぞ」と意気込んだところで、未来が向こうから駆け足でやってきてしまいました。
COVID-19下の新しい生活として、病気になってから医療機関にかかるのではなく、健康でいることに重点を移し、一人ひとりが自分のためだけではなく周囲の人を守るという目的意識を持って感染のリスクを下げる行動を身につけたとき、それは、まさにFor the futureの中で目指していた持続可能な社会実現への大切な一歩となるはずです。健康は社会全体の資源であり個人の努力とそれを支えるための環境への投資が必要です。日本が早期に達成し世界でリーダーシップを発揮しているユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)のイニシアティブで推進してきた概念とも合致します。すべての人の健康は平和と安全の礎です。人々が望む将来を考えた時、COVID-19下で作る新しい生活は、未来への大切な踏み台になるはずです。
国連広報センターが、キャサリン・ポラード国連事務次長の訪日にあわせて2月に開催したUN75キックオフ・イベントには100名近くの方が参加してくださいましたが、これほどの規模で人が一堂に会したUN75関連イベントを日本で開催したのは、これが最後となりました。その後は、6月に国連広報センターがハフポスト日本版と共催で、元ブルゾンちえみの藤原しおりさんとEXITの兼近大樹さんを招いてオンライン・イベントを開催し、8月には広島と長崎での平和式典にあわせて訪日した中満泉国連事務次長兼軍縮担当上級代表を交えて広島県が主催した「UN75 in Hiroshima」など、対話はオンラインの場に移りました。オンライン・イベントは参加している方々の表情や反応がすぐには分かりません。他方でウェブやSNSを通して発信されるイベントには、地理的に離れている方が参加したり、気軽にイベントに立ち寄る方が増えたり、また意見や感想を文字や絵文字で見えたりと、多くの皆さんの反応を手ごたえとして感じることもできました。
国連職員にとって国連デーは、喜びに溢れるお祝いというよりも国連が創設された目的に立ち返ってこれからすべきことを見つめなおし、政府・企業・研究機関・非営利組織・市民社会・そしてあらゆる人々とより良い今と未来をつくることを目指し続ける決意を新たにする日です。今年国連がSDGs推進の機運を高めるためにマララ・ユサフザイさんらの協力を得て制作したドキュメンタリー『NATIONS UNITED ともにこの危機に立ち向かう』の予告編を東京スカイツリーの大型ビジョンで観ながら、気候変動や格差、ジェンダー不平等など、よりよい「私たちの未来」の実現を阻むものは山積している、この道のりは長い、と改めて思いました。それでも、日本の多くの皆さんとこの歩みをともにしていることに非常に勇気づけられ、だからこそ、その期待に応えなければならないと強く感じた2020年の国連の誕生日でした。