国連広報センター ブログ

国連のさまざまな活動を紹介します。 

京都コングレス・リレーエッセイ 「法の支配で世界の安全を守る 」(3) 加藤美和さん

3月7日-12日に京都で第14回国連犯罪防止刑事司法会議(京都コングレス)が開催されます。会議に向けて、本会議の事務局を務める国連薬物犯罪事務所(UNODC)の3人の邦人職員が、今日のグローバルな犯罪防止や刑事司法分野における課題と、それらに対して国際社会がどのように取り組み、SDGs推進につなげているか、ご紹介します。第3回は、加藤美和さん(国連薬物犯罪事務所(UN Office on Drugs and Crime/UNODC)事業局長)からの寄稿です

 

誰もが安全に尊厳を持って暮らせる社会を実現するために 

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国連薬物犯罪事務所(UN Office on Drugs and Crime/UNODC)事業局長。1998年より、日本政府在ニューヨーク国連代表部にて安保理担当専門調査員として勤務。2003年、国連正規職員として採用されて以降、ウィーン、カブール、カイロ、バンコク転勤。2015年より、UN Womenエジプト国事務所長、後に同アジア太平洋地域事務所長として、女性のエンパワーメント推進に従事。3年間の単身赴任を終え、2018年春より、現職に就任し、UNODCの世界80カ国にまたがるフィールド・プレゼンスを統括。学術専門分野は、国際政治。上智大学比較文化学士(政治学)、上智大学大学院修士(国際関係論)、ウィーン大学政治研究大学院博士号(国際政治)。ウィーンに夫と14歳の息子と暮らす。© UNODC DO/OD

 

「法の支配」という概念は、国連憲章の中核にあり、特に今世紀に入って以降、国連システムをあげての推進が必要だと認識されてきていますが、「貧困撲滅」「教育」「保健衛生」「環境保全」などに比べて、日本のみなさんにとって馴染みのない概念なのかもしれないと思います。それは、「法の支配」が基本的に機能している環境に住む人々にとっては、それを重要概念としてを認識する必要があまりないからです。息をする必要があることを意識するのは、息苦しい時だったりしますよね。

 

しかし、世界全体を見渡し、また、日本国内においても多くの格差が広がる中で、「法の支配で世界の安全を守る」ことの意義は増しているのが現状です。こうした認識は、国際社会優先課題の枠組みにも反映され、2015年に採択された持続可能な開発目標(SDGs)においては、ミレニアム開発目標MDGs)にはなかった、法の支配の推進を中心に据えた「ゴール16:平和と公正をすべての人に」が登場しました。これは大きな転換です。

 

グローバル化と情報技術の飛躍的進展により、犯罪行為がますます進化し、繋がりを強化し国境を超えて拡張する中で、人類の安定した持続的な発展を実現するには、法の支配の確立と犯罪・治安悪化への対応が不可欠です。テロや暴力的過激化、サイバー犯罪など、安心して暮らすことを阻む近年加速化している諸問題への対応も待ったなしの状態です。こうした中、司法行政や法執行が国際基準に基づき、持続的開発や人権を考慮した総合的な発展を支えていくことが非常に重要です。さらに、昨年から世界を揺るがしている新型コロナウイルス感染症パンデミックで、国連の支援課題は爆発的に増え、緊急性を増しています。従来通りの対応では、多くの人を犯罪から守り、安全な生活を提供することができなくなってきています。

 

世界中の人々が求める、安全で公正な社会を実現すること。2030アジェンダの誓い「誰一人取り残さない」の理念に基づき、あらゆる人々が尊厳を持って、最大限のポテンシャルを発揮して、自由に安全に生きる世の中を実現するためには、法の支配と正義をこれまで以上に加速化して推進しなくてはなりません。これを「行動の10年」と名打たれた今後10年間で、具体的にどう実現していくか、国連総会、国連人権理事会、そしてUNODCが事務局を務める国連犯罪防止刑事司法委員会などの枠組みで様々な議論が行われています。

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タイがASEAN議長国として国境管理における犯罪防止の域内方針をまとめるお手伝いをした際、プラユート首相と ©︎ UNODC ROSEAP

 

「犯罪」と聞くと、日々ニュースで取り上げられるような犯罪行為を連想されるかもしれませんが、これら各国内の犯罪に加えて、近年では、犯罪行為が国境をまたいで進化し繋がりを強化しながら「事業」として拡張し、法の支配の及ばないところで、たくさんの人々の生活が脅かされ、巨額の利益が創出され、その財源が「腐敗」という犯罪を通して制度をむしばみ、さらなる不正を招いているという構造があります。21世紀の初めの20年は、これらの越境組織犯罪が劇的に増えた時期でもありました。こうした問題の解決には、国境を越えた連携が不可欠であり、それをサポートするのが、私が現在、事業局長として勤務している国連薬物犯罪事務所(United Nations Office on Drugs and Crime/UNODC)の仕事です。

 

多くの国やアクターの国際的な協力なしには解決できない問題が急増する中、差し迫った問題解決における国連の手腕が問われており、こうした重要な時期に、まもなく日本で開催される「京都コングレス」にも期待が高まっています。

 

犯罪や治安の悪化は世界中の国々で多くの人が懸念することですが、これらを防ぐためには、刑罰の厳格化や司法機関のみの対応では、望む結果に繋がらないことが広く認識されています。犯罪・再犯を防ぎ、法の支配に基づく社会を現実のものとしていくためには、貧困や虐待経験、差別や職につけない苦しさなど、色々な困難を抱える人々も含む社会において、世代や職種を超えて、みなが助け合い、誰もが再チャレンジの機会に恵まれる、暖かい、開かれた、寛容な社会風土を作っていくことが、とても大切です。女性、若者、ビジネスの視点など、これまで犯罪に関する議論の中心から欠けていた多様な視点を取り入れて、人間同士の繋がりやエンパワメントに重きを置く姿勢で、社会全体としての犯罪対策を強化することも急務です。

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エジプトのカイロでUNODCが支援している、犯罪被害に遭った女性のケア・社会復帰を支援するセンターを視察 ©︎ UNODC ROEA

 

こうした認識に基づき、コングレスでは、画期的なスペシャル・イベントがいくつも企画され、私たちも準備に力を注いできました。これらの一つ一つに国連としての優先課題が反映されているので、二つ例を挙げて紹介させて頂きます。

 

女性のエンパワメントと正義の推進

一つは、3月8日国際女性デーに行われるWomen’s Empowerment & Advancement of Justiceというスペシャル・イベントです。女性の視点とエンパワメント、夫婦の対等な支え合い、家族の絆などを中心に、西川きよし・ヘレンご夫妻にトークショーに登壇して頂き、また、社会正義の推進に日々具体的に取り組んでいる日本人4名にパネル・ディスカッション形式で、政治、教育、若者の取り組み、国際支援など各分野の視点から、それぞれの思い、そして今求められているアクションについて語って頂きます。公的要職につく方々からのステートメントに加えて、西川きよし・ヘレンご夫妻、そして、日本と世界を変えるために日々具体的な仕事に取り組んでいる多彩なパネリストのみなさんのお話を日本語で発信して頂くことで、本コングレスの中心的参加者である刑事司法・法曹界の専門家のみならず、より広く、ホスト国・日本のみなさんとの対話を深めることを目指しています。

 

犯罪への対応の再考

もう一つは、3月9日に行われるRethinking Responses to Crimeと題されたイベントです。日本でも有名なマララ・ユサフザイさんと一緒にノーベル賞を受賞されたインドの社会変革活動家のカイラシュ・サティヤルティさんに基調講演を頂き、多くの虐げられた人々や子供が犯罪を犯したり、虐待や犯罪の犠牲者となることの多い現状を捉え、私たちが暮らす21世紀の社会において「犯罪」というものをどう捉え、どうやって社会全体として減らしていくのかというテーマについて、国連内外の最先端の考えを議論します。

 

例えば、刑務所等、矯正施設の過剰収容という問題は、世界の多くの国で問題となっており、京都コングレスでも様々な専門的議論が行われます。過剰収容に対応するために刑務所の予算・施設を増やしたり、国際規範にそぐわない収容状態において刑務所職員がどのように対応すべきかの最低基準を設定するなどの技術的議論を超えて、そもそも刑務所に収容されている人々はそこにいるべき人なのか、どのような対応が受刑者の再犯防止・社会における犯罪減少に有効なのかという問いかけから始める必要があります。そして、刑事司法関係機関やこうしたテーマに関心をお持ちの市民団体の方々のみならず、政治家・教育機関・民間企業・地域共同体等々、色々なアングルの観点を取り入れ、これまで犯罪・再犯防止を捉えてきた視点を変えてみることを目指しています。これは、国連システムとしても注目を集めているテーマで、ニューヨーク国連本部の事務総長室からフォルカー・トゥルク事務次長補も参加してくださいます。コングレスにご登録の方々のみならず、事後ウェブ配信も通して、一人でも多くの日本のみなさんに、これらのイベントを通しての問題提起にご賛同頂き、コングレス以降のフォローアップにも繋げていけたらと考えております。

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フェリペ6世・スペイン国王が、世界各地から異なる業界の若手リーダーを集め、社会変革に関する意見交換の機会を設けて下さった ©︎ GYLF

 

暮らし方・働き方を含め、様々な業界において発想の枠組みが大きく転換する今、多様化し複雑さを極める諸問題を有効に解決するには、議論で終わらせず、結果重視の思考をもち、新たな視点や連帯を促すことが大切だと、個人的にも日々感じています。法の支配、犯罪分野に限らず、国連が世界の人々が抱える課題に対する具体的解決の一助となるには、国境や専門分野等、これまで個別に議論されてきた領域の分断を超えていくべきです。様々な分野の視点を取り込み、公的セクター、民間セクター、そして何より社会をつくる市民のみなさんとの対話、積極的参加を得て、みなで一緒になって社会全体として協働していけたらパワフルですよね。実に50年振りに日本で開催される法の支配に関する大型国連会議を契機に、たくさんのみなさんに関心をお持ち頂き、議論に参加して頂ければ、と楽しみにしています。

 

オーストリア・ウイーンにて

加藤 美和

京都コングレス・リレーエッセイ 「法の支配で世界の安全を守る 」(2) 菅野直樹さん

3月7日-12日に京都で第14回国連犯罪防止刑事司法会議(京都コングレス)が開催されます。会議に向けて、本会議の事務局を務める国連薬物犯罪事務所(UNODC)の3人の邦人職員が、今日のグローバルな犯罪防止や刑事司法分野における課題と、それらに対して国際社会がどのように取り組み、SDGs推進につなげているかご紹介します。第2回は、菅野直樹さん(犯罪防止刑事司法オフィサー)からの寄稿です。

 

法の支配の促進と薬物・犯罪対策の推進 〜国連薬物犯罪事務所東南アジア大洋州事務所から〜

 

菅野直樹(すがの・なおき)<略歴>

2020年から国連薬物犯罪事務所東南アジア大洋州地域事務所(バンコク)にて、東南アジア地域における刑事司法サブプログラム(法執行機関・司法機関の能力構築支援,捜査共助・犯罪人引渡等の司法協力の促進,矯正施設の運用改善支援等)を担当。2001年に検事任官し、東京地検横浜地検広島地検神戸地検長野地検などで勤務。2011年から2015年まで外務省在ウィーン国際機関代表部一等書記官。その後、法務省大臣官房国際課を経て現職。ハーバードロースクール修士号(LL.M)を、東京大学で法学士を取得。

 

はじめに

国連薬物犯罪事務所(United Nations Office on Drugs and Crime、略称UNODC)は、グローバリズムの負の側面ともいうべき、薬物不正取引、国際組織犯罪、テロリズムなどの問題に対し、包括的に取り組む国連機関です。UNODCは、これらの問題に取り組むための国際的な条約や準則の策定、条約の履行状況のレビュー、加盟国の能力構築支援などを行っており、こうした活動を通じて、国際社会における薬物対策、刑事司法政策の形成に貢献しています。

 

UNODCは、オーストリアのウィーンに本部を置いていますが、世界約80か国にフィールドオフィスを有しており、私が所属する東南アジア大洋州事務所(Regional Office for Southeast Asia and Pacific,略称ROSEAP)は、バンコクに所在するフィールドオフィスの一つです。

 

UNODC ROSEAPでは、東南アジア大洋州地域内の各国との協議などを経て策定した地域プログラムに基づいて、当該地域における政策形成支援、能力構築支援などを行っています。地域プログラムの下では、①国際組織犯罪対策、②腐敗対策、③テロ防止 、④刑事司法強化及び⑤薬物と健康問題の5つのサブプログラムが設定されています。私は、その中の④刑事司法強化を担当しており、そのプログラムマネージャーという立場で、各国の法執行・司法機関の能力強化、捜査共助などの国際協力支援、刑務所運営の改善支援などに携わっています。


東南アジアに浸透する組織犯罪

東南アジア大洋州地域における組織犯罪の蔓延は深刻で、その被害額は、豪州やニュージーランドにおける活動によるものまで含めると600億ドルにも上ると言われています。東南アジア地域は、近年、地域統合の進展が進み、人、モノ、資金の移動が活発となっており、これに伴って不正薬物取引、人身取引(trafficking in persons)、移民の密輸(smuggling of migrants)などが深刻な脅威となっています。

 

UNODC ROSEAPでは、こうした東南アジア大洋州地域における組織犯罪の脅威に関する評価書を作成し、地域内外の国連加盟国やASEANなどのパートナー機関と共に、各国の政策形成、能力構築支援、国境を超えた捜査協力等のプラットフォーム作りなどを行っています。

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メコン側と黄金の三角地帯 ©︎ UNODC ROSEAP


ROSEAPと日本の関係

日本は、UNODC ROSEAPの活動に対し、多くの資金を拠出しています。このような拠出金は、組織犯罪や腐敗、テロ対策を効果的に行うための統合したプログラムの構築に用いられており、例えば、各国において、人身取引、不正薬物対策など、各種の組織犯罪対策プロジェクトを行うとともに、国境管理や、国境を超えた捜査協力を円滑に行うためのプラットフォーム構築プロジェクトを策定し、これらのプロジェクトが相互に補完し合う、相乗効果のあるプログラムを構築することに意を用いています。

 

このようなプログラムを実施するスタッフとして、人身取引、野生動植物の不正取引、サイバー犯罪など、様々な分野における専門的な知見を持ち、また、欧米やアジアの法執行・司法機関において捜査・公判に携わった実務経験があるインターナショナルスタッフがいます。そのほか、ベトナムカンボジアラオスミャンマー、フィリピン、インドネシアなど各国のフィールドオフィスに、薬物、保健衛生、刑務所運営などの様々なバックグラウンドを持った専門スタッフが常駐しています。日本からも、検察や矯正などのバックグラウンドを持つ職員が勤務しているほか、外務省やUNODC以外の国際機関での勤務経験を持つ日本人職員もプログラムの実施に携わっています。

 

また、近年では、特にカンボジアやフィリピン、東ティモールにおける犯罪者の処遇について、東京都昭島市に拠点を置くUNAFEI(国連アジア極東犯罪防止研修所)と協力し、相手国及び日本国内での研修なども行っています。このUNAFEIは、国連と日本の間の協定に基づいて設立された機関であり、日本の法務省がその運営に当たっています。

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UNAFEIと共同実施した東ティモールの刑務所運営セミナー ©︎ UNODC ROSEAP


近年の主な活動

以下、私が担当している刑事司法に関するサブプログラム4の近年の主な活動について紹介します。


児童の性的搾取

日本は、長年にわたり、UNODC ROSEAPを通じて、東南アジア地域における児童の性的搾取に対処するための法執行機関、司法機関に対する支援を行ってきました。東南アジア地域では、地域外からの旅行者による児童買春を始め、児童の性的搾取が問題となっており、ROSEAPでは、日本の資金協力を得て、ベトナムラオスカンボジア、タイなどの国々を対象に支援を行っています。そして、2017年には、児童の性的搾取に対処するための域内協力の強化を宣言したシェムリアップ宣言を取りまとめて、地域における協力強化のモメンタムを形成し、各国における警察官や検察官のための研修教材の作成やトレーニングを行っています。


国際協力のプラットフォーム

児童買春や人身取引、特に最近問題となっているオンラインでの児童の性的搾取など、国境を越えた犯罪は後を絶たず、東南アジア地域における法執行機関、司法機関の国境を越えた協力は、IT技術の進展、地域統合の進展に追い付いていません。国境を越えて捜査を行い、末端構成員にとどまらず、犯罪組織の幹部を訴追・処罰し、犯罪による収益を没収するためには、各国の当局による国際捜査共助などの協力が不可欠です。UNODC ROSEAPでは、日本の支援を得て、ASEAN加盟国及び東ティモールの各国の捜査共助等の担当者が、お互いの顔が見える形で情報交換し、円滑に協力するためのプラットフォーム作りを支援しています。2020年には、このようなプラットフォームの設置に関する基本合意を経て、SEAJust (South East Asia Justice Network)と名付けられた司法協力のためのネットワークが立ち上がりました。


矯正施設の過剰収容対策

東南アジアでは、矯正施設の収容定員を大幅に超えて受刑者等が収容される、いわゆる過剰収容が大きな問題となっています。このような過剰収容は、衛生面で問題があるほか、犯罪傾向の進んでいない少年等が成人と同じ施設に収容されることにより、かえって犯罪傾向が進むなどの問題があります。特に刑務所の中で受刑者等が暴力的過激主義に感化されることにより、地域におけるテロのリスクも高まることから、UNODC ROSEAPでは、日本の拠出を得て、暴力的過激主義の防止に重点を置きながら、インドネシア、フィリピンやベトナムカンボジアなどの過剰収容問題に取り組んでいます。こうした刑務所の問題は、新型コロナウィルスの感染が世界中で広がる中で、特に優先すべき課題となっています。

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ASEAN加盟国における刑務所過剰収容の状況。緑色の数字が収容率を示しており、データがある国のほとんどが100%を超えている。©︎ World Prison Brief


新型コロナウィルスの影響

2020年春以降、世界各地で感染拡大が続く新型コロナウィルスは、東南アジア地域においても大きな影響をもたらしています。感染拡大防止措置として各国で人の移動制限が課されていますが、そのような中でも違法な薬物取引は止まることなく続いていますし、移民の密輸、人身取引など、脆弱な立場におかれた人々をターゲットにした国際組織犯罪も後を絶たず、新型コロナウィルスの感染拡大の防止と各種の組織犯罪対策を両立する必要性が増しています。

 

また、東南アジア地域では、先に述べたとおり、矯正施設の過剰収容問題が特に深刻であり、このような施設において新型コロナウィルスの感染拡大への対応力を強化することが急務となっています。UNODC ROSEAPでは、そのための政策形成への支援、矯正施設職員へのトレーニング及び矯正施設へのPPE(マスクなどの個人防護具)や衛生用品等の物品供与等の支援に力を入れています。特にカンボジアでは、昨年10月の豪雨による洪水で刑務所が深刻な浸水被害を被るなどし、受刑者を別の刑務所へ移送することが余儀なくされるなど、災害対策と新型コロナウィルスの感染拡大防止を図ることが必要となりました。UNODC ROSEAPでは、日本の資金を活用して、水没した刑務所から水を排出するためのポンプの供与、PPEや衛生用品等の提供など、迅速な対応・支援に努めました。

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カンボジアの刑務所への衛生用品等の提供 ©︎ UNODC ROSEAP


京都コングレスについて

2021年3月7日から12日まで、京都で第14回となる国連犯罪防止刑事司法会議(通称「京都コングレス」)が開催されます。コングレスは5年に一度開催され、各国の法務大臣検事総長などのハイレベルから刑事司法実務家、学術関係者、NGOなどが集う犯罪防止・刑事司法分野における国連最大の会議です。日本では、1970年に第4回コングレスを京都で開催して以来およそ半世紀ぶりの開催となります。今回の会議では、全体テーマ「2030アジェンダの達成に向けた犯罪防止、刑事司法及び法の支配の推進」の下、再犯防止を含む包括的な犯罪防止政策、刑事司法が直面する様々な課題、法の支配の推進に向けた多面的なアプローチ、国際協力の促進などについて議論が行われます。

 

UNODC ROSEAPで刑事司法サブプログラムを担当する者として、京都でのコングレスに、東南アジア諸国からより多くの人々に参加していただきたいと思っています。そして、官民連携を含む様々なステークホルダーと連携した犯罪防止施策、特に、再犯の防止と刑務所過剰収容対策に有益な社会内処遇施策が促進され、東南アジア地域はもとより、広くアジア太平洋地域における国際協力促進のための実務家プラットフォームの設置・強化について議論が深まることを期待しています。

 

タイ・バンコクにて

菅野 直樹

京都コングレス・リレーエッセイ 「法の支配で世界の安全を守る 」(1) 山口正大さん

3月7日-12日に京都で第14回国連犯罪防止刑事司法会議(京都コングレス)が開催されます。会議に向けて、本会議の事務局を務める国連薬物犯罪事務所(UNODC)の3人の邦人職員が、今日のグローバルな犯罪防止や刑事司法分野における課題と、それらに対して国際社会がどのように取り組み、SDGs推進につなげているか、ご紹介します。第1回は、海上の犯罪への対応と防止に取り組む、山口正大さん(国連薬物犯罪事務所(UNODC)国際海上犯罪プログラム(GMCP)インド洋西岸チーム副プログラムコーディネータ)です。

 

海洋の法の支配を支える

 

山口正大(やまぐち・まさとも)<略歴>

2020年12月より現職。それ以前は、日欧の人道援助NGO等で勤務。その後、シェラレオネの国連PKO(UNAMSIL)の勤務ののち、広島大学内閣府にて平和構築や平和維持に関する研究員として勤務。2008年からソマリアの国連特別政治ミッション(UNPOSとUNSOM)勤務し、2015年からマリの国連PKO(MINUSMA)及び平和維持活動局(DPKO)に勤務。UNODCには2019年11月に異動し、スリランカに着任し、インド洋東側地域を担当。早稲田大学を卒業後、ブラッドフォード大学大学院平和学修士課程修了。オックスフォード大学大学院開発学修士過程満期退学。

  

京都コングレス

今年3月7日から12日までの日程で、第14回国連犯罪防止刑事司法会議(通称、京都コングレス)が京都で行われます。国連犯罪防止刑事司法会議は、5年に一度開催される犯罪防止と刑事司法分野における国際会議で、国連薬物犯罪事務所(UNODC)はその事務局を務めています。日本で国連犯罪防止刑事司法会議開催されるのは1970年以来2度目となり、今回の会議では『SDGsの達成に向けた犯罪防止、刑事司法及び法の支配の推進』というテーマで、国際社会が直面する組織犯罪、腐敗やテロなどの脅威等の犯罪防止・刑事司法分野の諸課題について、世界各国の政府代表団、専門家、NGOなどが参加して話し合われる予定です。

 

UNODCのマンデート

UNODCは、持続可能な開発と人間の安全保障の観点から違法薬物、犯罪予防、国際テロリズム関わる問題を包括的に対処できるよう、1997年に国連薬物統制計画と国連犯罪防止刑事司法計画とを統合する形で、国連事務局に設立されました*1。本部はオーストリア・ウィーンにあり、119のフィールドオフィスを通じ世界80カ国以上の地域で、違法薬物及び犯罪に関する調査・分析、犯罪や麻薬関連条約の締結・実施と国内法整備支援、組織犯罪・テロ対策能力向上のための技術協力を国連加盟国に対して行っています。UNODCは、国連経済社会理事会(ECOSOC)の機能委員会である麻薬委員会(CND)犯罪防止刑事司法委員会(CCPCJ)国際麻薬統制委員会(INCB)の事務局を務めているほか、国際組織犯罪防止条約や国連腐敗防止条約の事務局ともなっています。また、テロリズムの脅威が世界的に増大したことに伴い、1999年には新たにテロ防止部が設置され、テロ予防が新たな業務の柱となり活動の幅が拡大しています。

 

UNODC国際海上犯罪プログラム(GMCP)

違法薬物、犯罪予防、国際テロリズム関わる問題を包括的に対処できるよう設立されたUNODCの中で、海上犯罪に特化したプログラムが国際海上犯罪プログラム(GMCP)になります。GMCPは、もともとソマリア沖で発生した海賊に対する海賊対策プログラム(CPP)として2009年に発足しました。海賊問題に対して、海賊被疑者が人権などの国際的な規範に基づき滞りなく公平で公正な裁判が受けられるよう、ソマリア及びその周辺国に対して支援を始め、具体的には、被疑者の弁護人や通訳の手配支援、証人や被害者が遠隔地からでも出廷できるようビデオリンク方式の導入支援、裁判官、検事、弁護人など法曹関係者の訓練・研修など行っていました。

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ソマリアでUNODCが建設支援した刑務所のモニタリングの様子 © UNODC GMCP

 

発足当時、ソマリア周辺のインド洋周辺国に対して海賊対策に対する支援を行っていたGMCPは、今では世界の海を7つの地域チームでカバーし、海賊のみならず、違法薬物、人身売買、違法操業、海事テロ、武器等の密輸など多岐にわたる海上犯罪に関して、海上保安機関など加盟国の海事に関わる法執行及び司法機関に対して刑事司法制度及び能力強化を行っています。

 

現在、私が所属しているインド洋西岸(IOW)チームでは、ケニアタンザニアモーリシャスモザンビークマダガスカル等、ケニア以南の東アフリカ及び南部アフリカ地域12カ国をカバーし、セーシェルで海賊行為の容疑者捕まっているソマリア人の公判等に関わる支援から、管轄国の各海上法執行機関に対して、海上テロも含めた海上犯罪対策の政策策定から法執行や訴追に必要となる技術指導まで、その能力向上のために包括的な支援を行っています。

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UNODC GMCPによるVBSS(海上阻止船舶臨検)訓練の一場面 © UNODC GMCP

 

海上犯罪は、他の国際的な組織犯罪と同様、国境をまたいで発生し複数の国の司法管轄が関わることが多く、国際的な協力が不可欠です。そのため、UNODCでは、近隣国等同士の地域レベルでの協力促進も視野に入れ、地域近隣国等同士の関係強化を目的に複数の国々を対象にした実践的な訓練やワークショップも行っています。このように各国の海上犯罪対策に関わる実務家が、それぞれの知識と経験を共有しネットワークを構築することは、年々巧妙化する海を使った犯罪に対して、その取り締まりだけではなく抑止の観点からも非常に重要といえます。同時に、取り締まりなど法執行の際、人権や法の支配など国際的な規範に基づいて行われることも重要で、UNODCでは国際的な規範に基づいた能力強化を推し進めています。

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インド洋沿岸国の検察官を一堂に招聘し定期的に行われている検察官ネットワーク会議 © UNODC GMCP

 

これらの能力強化支援は、例えば、国境管理の視点からUNODCのコンテナ管理プログラム(CCP)空港コミュニケーションプログラム(AIRCOP)、刑務所内での海賊やテロ関連の受刑者の対応及び更生、暴力的過激主義の予防に関して、国際刑務所チャレンジプログラムなど、UNODC内で相互に連携しながら行われています。

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UNODC GMCPとCCP、INTERPOLと共同で行っている港湾施設保安訓練にて © UNODC GMCP

 

UNODC GMCPの活動拡大の背景

GMCPの活動は、この10年で世界の海をカバーするまでに急速に拡大しました。その背景には、いくつかの要因があると考えられます。一つは、海の海洋交通路としての重要性が、経済のグローバル化に伴いより一層増している点です。海上輸送は、世界の貿易の約8割を担っており、その貨物量はこの20年でほぼ倍増し、増加の一途をたどっています*2。そのため、世界経済を支える海上交通の海洋の法の支配に基づく海洋秩序や航行の自由の確保が、より重要な意味を持ってきているといえます。

 

もう一つは、このような海上輸送を狙った、あるいは海上を使った犯罪が起きている点です。この象徴的な例は、GMCPがはじまるきっかけとなった海賊行為といえるでしょう。今では、ソマリア沖での海賊の発生件数は周辺国や国際的な取り組みにより大きく減少していますが、一時期大きく減っていたマラッカ海峡や、ギニア湾沖でも近年海賊行為が増え*3、安全な海上交通の妨げになっています。

 

さらに、海賊行為だけではなく、海を使った犯罪も深刻化しています。例えば、インド洋周辺地域は『黄金の三日月地帯』や『黄金の三角地帯』と呼ばれる世界的な麻薬生産地域を抱え、近年これまでの陸路だけではなく海路を使った密輸も目立ってきています。特に、アフガニスタン周辺の黄金の三日月地帯からの麻薬は、『北部ルート』と呼ばれる中央アジアバルカン半島―ヨーロッパを結ぶ密輸ルートへの取り締まり強化などもあり、10年ほど前から『南部ルート』呼ばれる海を使ったケニアセーシェルモザンビークなどの東アフリカ及びスリランカモルジブ南アジア経由での麻薬の密輸が目立ってきています。近年では、これらの地域での『黄金の三日月地帯』を産地とする覚醒剤の押収量も急激に増えてきています*4。同様に、大西洋やカリブ海沿岸地域でも、南米や中南米から北米、西アフリカを経由しヨーロッパへのヘロインの密輸が深刻な問題となっています*5

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インド洋の麻薬密輸に使われていたダウ船 © UNODC GMCP

 

これら麻薬などの国際的な密輸にみられる国際組織犯罪の一つの特徴として、衛星電話やインターネットなどを使いながら、昔からから使われている交易ルート(例えば、貿易風を使ったインド洋交易路やサハラ交易路)を使っている点があげられます。また、広大な領域を形成している公海やサハラ砂漠など、各国の法執行機関にとって手薄で、政府による統治がなかなか思うように行き届かない地域を狙って、犯罪組織や、時にはテロ組織が、暗躍している点です。そのため、UNODCのような各国政府の海上法執行機関の能力強化及び周辺各国間の国際協力を促すプログラムが、より一層重要になってきているといえます。

 

日本とのつながり

国土を海に囲まれ、『自由で開かれたインド太平洋』を通じて法の支配に基づいた海洋秩序を促進し、法の支配などの普遍的価値を通じて司法外交を展開している海洋大国日本と海上法執行機関等の能力強化を図るGMCPの関心分野や目指す方向は、相互に重なり合っている領域が少なくなく、UNODCが取り扱う他の分野とともに、近年日本との連携関係を深めています

 

例えば、2019年度には、日本の海上保安庁との連携を通じて、UNODCが行うVBSS訓練と呼ばれる海上阻止船舶臨検訓練に、海上保安庁のモバイルコーポレーションチーム(MCT)の職員が講師として参加し、船艇への立入検査の技術などをアジアやアフリカ諸国の海上法執行機関の職員に対して指導しました。また、2020年度には、人事院の研修制度を利用して海上保安庁の職員の方がUNODCのスリランカ事務所に着任し、アジアやアフリカ地域の海上法執行機関への訓練を取りまとめる分野等での活動をしています。

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UNODC講師と海上保安庁モバイルコーポレーションチーム(MCT)による訓練の一場面 © UNODC GMCP

 

さらに、UNODCは2016年から日本政府からの支援を受けて、海上法執行機関などの能力強化、レーダーなどを使って自国海域等でどのような活動や状況なのかを把握する海洋状況把握(MDA)と呼ばれる分野の強化、海賊やテロへの対応力強化などの支援をアジア及びアフリカのインド洋沿岸国に対して行っています。

 

近年では、日本の高い科学技術を使った顔認証技術導入支援や5G通信などに関わる海底ケーブルの国レベルでの保安保護プラン及び関係法令の策定支援*6沿岸警備隊などへの海上法執行機関への機材供与なども進めています。このように、日本は海洋に関わる知見も多く、日本政府はUNODCのかけがえのないパートナーとなっています。

 

終わりに

ひとたび海を見渡すと、インド洋は世界の資源や物流の重要な海上交通路となっており、また水産資源の宝庫でもあります。その一方で、アジアから東アフリカや南アフリカ地域を経由、あるいは南アジア地域を経由した各種薬物密輸ルートが形成され、世界各国の薬物犯罪の経路となってしまっています。さらに世界に目を向けると、難民や移民、情勢の不安定な地域からの武器・テロリストの移動など、海を経路にした問題が拡大する中、いかにこの海上の安全を守るか、そして海洋をいかに持続可能で社会経済的な繁栄につなげ、海洋の平和と安定を確保してゆくことができるのかが、国際的な大きな課題となっています。

 

今回の京都コングレスでは、『SDGsの達成に向けた犯罪防止,刑事司法及び法の支配の推進』というテーマで、法の支配の推進に向けた各国政府による多面的アプローチが議題の一つとされています。1970年に同じ京都の地で開催された第4回国連犯罪防止刑事司法会議では、社会経済開発の中での犯罪防止が議論されました。世界政治経済がより一層グローバル化し、昨年発生したコロナ禍を通してすべて人が平和と豊かさを享受できることの重要性が改めて認識され、SDGsの達成の目標とされている2030年まで10年を切った今年に、同じ京都の地で再び国連犯罪防止刑事司法会議が開催される意義の大きさを感じます。

 

ケニア・ナイロビにて

山口 正大

*1:UN (1997). ST/SGB/1997/5.なお、事務所の名前が、現在の国連薬物犯罪事務所(UNODC) となったのは2002年

*2:UNCTAD (2020). Review of Maritime Transport 2020.

*3:IMO (2020). Reports on Acts of Piracy and Armed Robbery Against Ships: Annual Report - 2019.

*4:例えば、Sri Lanka Navy (2021). Seizure of Crystal Methamphetamine (ICE) from 2018-2020.

*5:UNODC (2020). World Drug Report 2020: 1 Excecutive Summary.

*6:UNODC (2021). Global Maritime Crime Programme: Briefing Package .

「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(28) 小野舞純さん

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めた新ブログシリーズ。第28回は、小野舞純さん(国連事務局経済社会局(UN/DESA)「若者・高齢者・障害者・家族の社会包摂」部門チーフ)からの寄稿です。


コロナ禍で浮き彫りになった不平等 〜「誰一人取り残さない」ためには?            

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国連事務局経済社会局にて「若者・高齢者・障害者・家族の社会包摂」部門チーフ。米系民間金融機関勤務後、1995年よりニューヨーク本部国連経済社会局、在バンコク国連アジア太平洋経済社会委員会、国連事務総長室を経て現職。上智大学法学部国際関係法学科中退。米国コーネル大学経済学・国際関係論学士・経営学修士。©︎ Masumi Ono

 

世界的パンデミックにみまわれた2020年。年が明け、これからもまだまだ試練を乗り越えていかなければならないわけですが、ワクチンの接種が進み、さらには治療薬の開発が進んで感染が収束したとしても、そのままそっくり元の生活に戻りましょう、ということでは済ませられません。というのも、この度のコロナ禍で格差や不平等がいかに社会全体の脆弱性を増大してしまうか、顕著に突きつけられました。これまで社会のシステムが置き去りにしてきてしまった人々を、さらに追い込んでしまう危険性を強く実感する機会となったはずです。

 

2015年に採択されたSDGsの根底にある普遍的な理念の一つが「誰一人取り残さない」です。取り残されてしまいがちな人々は、女性やLGBT、移民や難民、先住民など実に様々な状況に置かれていますが、私のチームが担当している高齢者・若者・障害者も、ともすれば社会の弱者として見られ、コロナのような危機では差別や偏見の対象となり、不公平で理不尽な目にあって苦しんでいます。不十分な医療アクセス 、失業や雇用条件の悪化、困難な情報アクセスなど、問題は様々です。

 

同時に、コロナのおかげで開かれた道(リモートワーク・リモート学習など)もあり、彼らが活躍できる環境を作るきっかけにもなっています。彼らのために(for)という目線からだけでなく、彼らと一緒に(with)彼らの手で(by)作り上げてこそ、層の厚い社会を築き、包括的なアプローチで、どんな危機も乗り越えられる持続可能な社会を形成することができるはず、というのがまさにSDGsの真髄にあります。

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2015年9月国連事務局ビルに映し出されるSDGs ©︎ Masumi Ono


若者、高齢者、障害者に関わる問題は、医療面のみならず、経済社会的にもグローバルに数多くあります。世界で共通してみられるコロナ禍で特に浮き彫りになった3つの点について、何が問題でどんな対応策が提言されているかここで触れてみたいと思います。 

 

1) 子どもと大人の狭間にある若者への支援

コロナは当初、高齢者の方が重症化しやすいと言われ、警戒心の低い若者が感染拡大の要因となっていると責められました。しかし、経済および社会的に若者自身が各国で大きな打撃を受けているのも事実です。

 

昨年4月には学校閉鎖により、一時は世界中で16億人の生徒(なんと9割)が教育を受けられない事態に陥りました*1。その割合は、現時点(2021年1月)では1割以下まで下がりました。多くの教師ならびに学校関係者のたゆまぬ努力と工夫のおかげです。リモート学習が普及していますが、スポーツや音楽、入学式や卒業式などありとあらゆる学校行事が中止になり、感染対策を取りながらなんとか学業を続けていくという状況が長期にわたって続いており、教育上、将来どんな影響があるか、まだまだ懸念される事項は多々あります。

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新型コロナウイルス感染症による学校閉鎖の状況を色分けして表した国際連合教育科学文化機関(UNESCO)による世界地図 (2020年4月20日時点)


また、影響は経済的背景によって決して一律ではないことが浮き彫りになっています。特に低所得層は学校で受けられる給食や健康面でのサポートが断たれてしまい、リモート学習のための環境が整っていない家庭など、格差がもたらす問題がさらに状況を困難にしています。

 

一方、コロナ不況で就職先が見つからない若者や仕事を失った若者も世界的に数多くいます。コロナ以前から若者は失業や不安定な非正規雇用についている傾向にあり、不況のあおりを直に受けています。国際労働機関(ILO)の調査によれば、コロナ禍で世界の若者の6人に1人の雇用が失われ、仕事に就いていても労働時間が4分の1減ったとのことです。コロナ前でさえ若者は大人に比べて3倍失業率が高かったことから、コロナで貧困に落ち入るリスクがより一層高まっていることが予測されます*2

 

このような状況下で特に懸念されるのが若者のメンタルヘルスです。いくつかのケーススタディや研究報告があがっていますが、検証はまだこれからです。コロナ禍で隔離された状況下にあった子ども達とそうでなかった子ども達ではメンタルヘルスに何倍も悪影響があったといったケースや、情緒不安定やPTSD、自殺との関連性を示唆する研究もありますが、現段階ではまだデータが不十分です。

 

若者が置かれた経済社会状況が精神面でどのような影響があるのか、特に15歳〜24歳(国連の定義上の若者の年齢層)に焦点を当てた研究および分析がもっとなされるべきではないかというのが声高に言われるようになってきています。これに応え、若者とメンタルヘルスについて来年発行予定のWorld Youth Reportの準備を私のチームは昨年から進めています。その過程で最も大事なのがセミナーでの意見交換、アンケートやインタビューなどを通して若者の声を直に吸い上げることです。この手法はまさに彼らと一緒に(with)彼らの手で(by)政策提言を生み出すことを体現すべく試みです。そして誰一人取り残さないために、多様な境遇にある若者がどうしたら参加できるか、試行錯誤しながら作業を進めています*3

 

学校を卒業しても就職できず、教育と仕事のどちらにもよりどころがないままその狭間に生きる若者たちが世界で5人に1人いますが、今後増えることが予測されます*4。学校や職場で受けられる支援や社会保障システムの枠外にはみ出てしまう若者たちに向けた対策も必要に応じて実施していくことが大切だということを我々は引き続き推奨していきます。

 

2) 安心の場とは限らない家庭環境へのサポート

コロナ禍で自宅で過ごす時間が増え、家族との絆が一層深まった、或いは家族同士支え合っていろいろな危機を乗り越えたというポジティブな側面も経験できたという例がある一方、家庭が決して安心できる場所ではない人々もいるのが現状です。

 

暴力を受けた女性が声を挙げるのは難しいのが現実です。国連女性機関(UN Women)によると何かしらの助けを求めるのは被害者の4割以下、その大半は家族や友人への相談で、警察に通報するのは1割以下です。身近な人が加害者であることは少なくありません。パートナーから暴力を受けたことがある女性は3割に及びます。ホットラインや支援団体へ助けを求めるケースがコロナ禍で3割程増えたと様々な国で報告されています*5

 

ロックダウンや自粛で家庭環境が見えにくくなっている分、家庭内暴力、DV、児童虐待といった問題により一層意識を向けて、どんな状況でも支援が届く体制を作ることが重要です。

 

また、家庭内感染が日本でも問題になっていますが、途上国では世代間もまたがり大家族で暮らす家庭が多いことから、感染予防の難しさが指摘されています。感染問題以外にも家事育児の負担の増加や家族と離れて暮らす高齢者など問題は山積しています。

 

家族を一つの単位としてサポートすることが、個人と社会を支えていく大事な核を強化することになると、もっと認識されるきっかけとなればと思います。さらに、いろいろな形態の家族があるという多様性を鑑みた上での家族向けの政策が検討されることが望まれます。

 

3) 全ての人がアクセスできるテクノロジーの環境を目指して

ロックダウンや在宅勤務、リモートワークやリモート学習に大いに有効性が発揮されたテクノロジーですが、盲点もまだまだ多々あります。

 

国際電気通信連合(ITU)によるとインターネットの普及率は先進国では9割ですが最貧国では2割に留まっています。世界人口の半分はインターネットにアクセスできていません。その多くがアフリカとアジア太平洋地域の人々です*6。アクセスに男女で差があるのも顕著です。経済協力開発機構OECD) によればスマートフォンの所有率が南アジアでは7割、アフリカでは3割ほど女性が男性より低いとなっています*7

 

途上国や低所得層におけるアクセスの問題はハードウェアとソフトウェアの両方にあります。インフラ整備といった基本的問題もさることながら、スキルやコンテンツ面でもいろいろとハードルがあります。ITUUNICEFによれば、テクノロジーに馴染みがあるとされる子どもや若者でさえ、世界的に見れば3分の2は自宅でインターネットやコンピュータなどへのアクセスがなく、コロナ禍では特にデジタル経済の恩恵を受けるのに必要なスキルを身につけることへの支障となっています*8

 

リモートワークが普及したことで障害者の雇用の可能性が広がったという良い面がある一方、現在使用されているテクノロジーのプラットフォームでは、障害者にとっても利用しやすくするためにはまだまだ不十分です。このことは、昨年行われた障害者問題を取り上げた国連の大規模な国際会議で我々も実感しました。何時間にもおよぶ議論と検証を国連事務局内の関係部署と重ね、NGOの協力のもとテストランも実施して、ようやくある程度のアクセサビリティを確保できたものの、まだまだ改善の余地があり、今後の課題であるという認識をステークホルダーとともに共有しています。そしてここでも彼らと一緒に(with)彼らの手で(by) 作り上げていくことを心がけています。 

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障害者権利条約締約国会議(2020年11月30日)©︎ Masumi Ono


高齢者にいたっては、コンテンツも含め、高齢者が利用しやすい情報通信のあり方を見つめ直す機会にコロナ禍を経てなってきているという声が関連業界からも聞かれるようになり、NGOの後押しも活発になってきています。一人住まいの高齢者の健康をモニターするのに使えるスマートウオッチや、介護ロボット、リハビリ用VRなど具体的な商品やサービスの開発に高齢者を含めた利用者の声を反映していくことで、高齢者が自立しながら周囲と繋がりを持って生き生きとした生活を営み、テクノロジーの恩恵にみんながあやかることができる包摂的社会を築いていけることでしょう。

 

以上、これらはいずれも以前からある課題ではありますが、コロナ対策をしながら経済活動を回復させ、より持続可能且つレジリエンスのある社会を構築する上で、一層対応が必要とされている点であると感じています。もちろん、この他にも課題は多々あり、やらなければならないことは実にたくさんあります。

 

今こそやれること・やるべきこと

多くの課題に同時に対応するには、個人レベルの対策も大事ですが、社会全体による構造の変革が求められます。今までに効果が検証されている政策、さらにはテクノロジーの運用や成功事例として十分可能性のある対策などを地道に、なるべく相乗効果を狙って起用しスケールアップすることが、システムの変革につながるのではないかと思います。その意味でSDGsはその道しるべになるように17つの目標があるわけです。

 

行政、民間企業、市民団体、アカデミアなどが協力して、具体的な政策や制度を構築してシステムを変える。そのためには規制やガバナンスはもちろんのこと、投資・税制・財政、正確な情報へのアクセスと共に、取り残されがちな人々の声を反映すべく、ボトムアップ・アプローチの実現がより重要であるとの認識が共有されることが望まれます。

 

放っておけば自己中心的な人間の性質が世にはびこってしまうことが、残念ながら日々の報道から見受けられます。その反面、コミュニティの結束が増し、助け合いの精神が育まれることもあります。いずれにせよ、個人の行動は大事ですが、コロナの教訓を本当に生かすには、自助力だけに任せるのではなく、システムを社会全体で変えていくことが求められていると強く感じています。

 

「誰一人取り残さない」の誰一人とは誰か?と常に現状を見据え、「取り残さない」の意味を追求し、今こそやるべきことを考え対策を実行し解決策を創造する底力のある社会こそが持続可能な開発、発展を進める鍵なのではないでしょうか。

 

コロナ禍で浮き彫りになった社会の歪みに対処するための唯一無二な雛形があるわけではありません。その国、その地域、その社会にあったシステムを構築する。そのためにはその国、地域、社会に住む全ての人の意思を反映すべく方法を積極的に取り入れて、一緒に変革を進めていけることが必要だと痛感させられます。その多くの事例は、毎年7月に開催されているハイレベル政治フォーラム(HLPF)で紹介されています。日本も今年7月のHLPFにて2回目の自発的国家レビュー(Voluntary National Review)にのぞみ、SDGsを指導理念にしたコロナからの「より良い復興」について発表するとのことですが、誰一人取り残さないための施策について発信することが期待されます*9

 

国連では様々な場を通じてこれらの方法をあらゆるステークホルダーと一緒に模索し生み出していく場を提供し続けています。その役割を継続していくためにも、信頼と公平を損なわずに日々精進していかなければならないと思います。

 

コロナのおかげでこれほどまでに人と人の繋がりについて考えさせられたことは今までなかったのではないでしょうか。まず繋がりを意識して問題意識を共有し、共存していく上で必要な仕組みや支えを共に見出していく。SDGsにはその意志がしっかりと根底にあります。ぜひ、2030年に向かって、特に若い世代がリードしてくれることを期待します!

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2015年9月SDGs採択に総会議場にて立ち会う国連全加盟国出身の若者たち ©︎ Masumi Ono


アメリカ・ニューヨークにて

小野 舞純  

コロナ禍の中、オンラインでつながる図書館 ~SDGsを合言葉に、国連寄託図書館会議が1月14日開催~

      
 

こんにちは。国連広報センターの千葉です。

 

1月14日(木)、国連寄託図書館の研修会を開催しました。

この研修会は、国連が指定する国連寄託図書館を対象にして1960年代にスタートし、そのネットワークを広げ始めた2000年代からは、あらたなパートナーとしてゆるやかにつながったその他の図書館の皆さんもお招きして、毎年開催し続けてきたものです。持続可能な開発のための2030アジェンダが国連総会で採択された2015年以降は、SDGsを合言葉に、さらに多くの図書館との関係を構築し、参加館を増やしてきました。

 

参加図書館の皆さんに向けた研修資料として事前につくった冒頭のYoutube動画で昨年の研修の様子を多少ご覧いただけますが、その内容は昨年に綴ったブログ記事にくわしく綴っていますので、お読みいただければ幸いです

 

コロナ禍の中のオンライン開催

コロナ禍の中での今年の研修会は初めてのオンライン開催となりました。実際に皆さんと対面でお会いできないのは残念でしたが、オンラインであるがゆえに参加しやすいこともあり、これまでで最多の35館、45人の図書館員の皆さんに参加していただくことができました。岡山県高梁市図書館、栃木県の那須塩原市図書館と小山市立図書館、法政大学多摩図書館愛知大学図書館、昭和女子大学図書館が今回初参加でした。

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(左上から時計回りで)法政大学多摩図書館那須塩原市図書館、愛知大学図書館、小山市立図書館、高梁市図書館、昭和女子大学図書館

 

研修会は午前10時に国連広報センターの根本かおる所長の挨拶でスタート。コロナ禍の中でも、多くの皆さんがSDGsへの取り組みを昨年以上に活発化していることに感謝と敬意を表明するとともに、コロナ禍で家で過ごす時間が増える中、読書に心の拠り所を求める人々のニーズを満たすという意味からも、図書館ネットワークの今後の発展に期待を示しました。

 

国連広報センターから講演とブリーフィング 

挨拶に続けて根本が行った30分の講演では、コロナとSDGsの関係性2020年の国連創設75周年イニシアチブ「UN75」世界中から集められた声の分析結果広報アウトリーチ上の課題などを網羅して、国連広報センターの大切なパートナーである図書館の皆さんに国連とSDGsをめぐる大局的な視点を提供。そのうえで、昨年から、SDGs達成のための行動の10年がはじまったことを強調し、図書館の皆さんが日本の人々の行動を促すべく、さまざまな活動を展開していただけるよう呼びかけました。

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根本所長は、多面的な影響をもたらしている新型コロナウィルス感染症からのより良い復興において、SDGsがなぜ欠かせないのかを紹介した

 

根本に続いて、国連広報センターの全職員が、一人ずつ、それぞれの職域から、資料やSNS、パートナーとの連携事例など、図書館にお役に立つ情報をご提供しました。 

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Microsoft Teamsで集う 図書館の皆さんと国連広報センター職員たち

 

外部専門家による講演 

研修会では、外部の専門家をお招きして、SDGsに関する新しい学びや気づきの機会を提供しています。今年は、ソーシャルデザイナーで、Think the Earthの理事・プロデューサーの上田壮一さんをお招きしました。上田さんはソーシャルデザインの観点から、全国の学校の教員や生徒たちとタッグを組み、SDGs達成のための多様な取り組みを実践。現場の先生と生徒を応援するSDGs for Schoolというプロジェクトをたちあげて、各地の指導者をつなぐための研修や交流の場をつくったり、クラウドファンディングで集めた資金でSDGsを楽しく学べる本を作成し学校に寄贈したりしていらっしゃいます。クリエイティブの力を使って社会を変える、未来を変えるということを日々、考え、企画し、実践していらっしゃる上田さんのお話を伺い、参加者の皆さんは未来に向けて図書館をデザインすることについて考えるとともに、着想のしかたを学びました。

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Think the Earthの理事・プロデューサーの上田さんから、社会課題の解決とデザインがどう交差するのかご紹介いただいた

 

図書館の皆さんが実践経験を互いに共有

研修会は、国連広報センターや外部講師からの情報提供ばかりではなく、図書館の皆さんの互いの経験共有の場でもあります。今年は、選書コーナー設置や様々な展示のほか、ウェブサイトの充実化、ソーシャルメディア、オンラインイベントなど、デジタルを活用したSDGs啓発のさまざまな取り組みについての発表が多くありました。

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福岡市総合図書館やその他の多くの図書館がSDGs選書を展示

 

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麻布図書館やその他の多くの図書館がウェブサイトで発信

 

大阪市立図書館やその他の多くの図書館がソーシャルメディアで発信

  

図書館員間の交流~ブレイクアウトセッション 

図書館の皆さんがリラックスして互いに交流できる場も確保しました。ブレイクアウトセッションです。10分ずつ4回、メンバーを入れ替えて、小グループ(3~4人)で交流してもらいました。数人単位でブレイクアウトルームに入った皆さんは、公共図書館学校図書館大学図書館専門図書館の枠を超えて、また国連寄託図書館その他のゆるやかにつながる図書館の間の区別を超えて、コロナ禍におけるそれぞれの館の状況やSDGsへの取り組みなどについて活発に情報交換していました。

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リラックスして、館員同士の情報交換

 

オンラインSDGブックトークの実践を披露

ブレイクアウトセッションで緊張の糸をほぐした参加者の皆さんが次にオンライン訪問した先は、三田国際学園中学校・高等学校の図書館です。高校生たちが「SDGブックトーク」を行う様子を視聴しました。「SDGブックトーク」は自分が読んで感銘を受けた本をSDGsにからませて紹介する取り組みです。昨年、学校図書委員として研修会に初参加してくれた高校一年生の小池ひよりさんが昨年12月に自校を含めた4つの学校の図書委員などの生徒さんたちと一緒にオンラインで実践し、その様子を同校の先生方の支援を得てビデオ映像にしてくれたのです。この映像を見た図書館の皆さんは中高生たちの行動力に大きな刺激を受けていました。

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三田国際学園中学校・高等学校の図書委員たちが、昨年12月のオンラインSDGsブックトークの様子を動画(上写真)に編集して見せてくれた

 

ニューヨーク国連本部ガイドツアーにオンライン参加

今年の研修最後に皆さんをお連れしたのは、ニューヨーク国連本部。瞬間的に距離を超えられるデジタルの強みを活かして、地球の裏側とつながり、国連本部のオンライン・ガイドツアーに参加しました。日本人のガイドが時差を超え、途中で質疑応答の時間を確保しながら、案内してくれました。リアルのツアーでは直接にその場に身を置くことの高揚感がありますが、ヴァーチャルにはヴァーチャルの良さがあります。広い議場に身を置くと、いろいろなところに視線が散ってしまいますが、ヴァーチャルツアーの場合、これまではあまり気に留めたことがなかった安全保障理事会などの議場の壁紙の細かい模様なども拡大して画面にうつし出し、細部までていねいに説明してくれます。図書館の皆さんに国連本部ビルを体感していただくことができました。 

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ツアーはまず安全保障理事会の議場へ、そのあと、経済社会理事会の議場や総会の議場などへと案内してくれた

 

終わりに

国連本部ガイドツアーを終え、図書館の皆さんがオンライン会議システムを退出したのを見届けて、私自身も退出し自宅のPCの前を離れたのは夜11時半でした。午前10時にスタートした長い一日が無事終わって、思わず安堵のため息をつきました。ニューヨークは地球の裏側で昼夜逆転だということを思い知らされましたが、でもデジタル技術がなかったら、日本各地にいる皆さんと一緒にこのツアーに参加することがそもそもできませんでした。ソーシャル・ディスタンスを保たなければいけないのはつらいことですが、いろいろなデジタルツールを駆使して、これまで以上につながりを深めたり、広めたりすることができると実感しました。

 

最後になりますが、この場を借りて、研修講師を快くお引き受けくださったThink the Earthの上田さん、SDGsブックトークにチャレンジしてくれた三田国際学園中学・高等学校の小池さんと同級生の高橋さん、それを支えてくださった藤松先生と菅原先生、国連ツアーガイドの川又さんと同ツアーコーディネーターの中野さんにあらためて深くお礼を申し上げたいと思います。

 

そして何よりも図書館の皆さんが積極的にご参加いただいたことに感謝したいと思います。この研修会は図書館の皆さんのあつい思いが作り上げています。長い一日の研修におつきあいいただいた図書館の皆さんはとてもお疲れになったと思いますが、多くの図書館の皆さんからあたたかい労いの言葉をいただき恐縮しました。

 

研修後、「発想、転換やひらめきの重要性を学んだ」、「あらためてデジタルの可能性に気づいた」などの感想もいただきました。多くの図書館がはやくも来年の研修会に向けて、取り組みへの熱意を燃やしていらっしゃることをお伝えくださり、心を強くしています。今年の研修会に一貫して流れていたサブテーマとも呼ぶべきものはまさに「デジタル」でしたが、これからの一年間、皆さんがどのようにデジタルを活かし、図書館としてのSDGs啓発活動に取り組んでいかれるのか、来年の研修会で実践報告をお聞きするのが楽しみです。(了)

 

「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(27) 葛西健さん

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めた新ブログシリーズ。第27回は、葛西健さん(WHO西太平洋地域事務局長)からの寄稿です。

 

COVID-19が変える未来

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2018年10月におこなわれたWHO西太平洋地域事務局長選挙において当選。それ以前は、旧厚生省(現厚生労働省)に入省後、岩手県高度救命救急センターにて勤務。その後、厚生省保健医療局結核感染症課国際感染症専門官、厚生労働省大臣官房国際課課長補佐、宮崎県福祉保健部次長等を歴任。感染症や健康危機管理の専門家としてのWHOでの勤務は15年以上にわたり、アジア太平洋地域の新興感染症への対応や感染症危機管理対策の枠組み構築などに尽力。2006年WHO西太平洋地域事務局感染症対策課長として着任後、同地域事務局健康危機管理部長を経て、2012年WHOベトナム代表に就任。同国における公衆衛生に対する多大な貢献が認められ、2014年ベトナム政府から「国民のための健康勲章」を受賞。その後、WHO西太平洋地域事務局次長兼事業統括部長を経て、現職に至る。慶應義塾大学医学部卒業後、ロンドン大学衛生熱帯医学大学院で修士号を、岩手医科大学で医学博士を取得。©️ WHO/Takeshi Kasai


新年おめでとうございます。昨年は、想像を超える一年でした。スタッフとともに、全身全霊で対応にあたりましたが、それでも何度も悔しい思いを噛み締めました。この思いを大切に、2021年も全力を尽くします。皆様の健康を心より願っております。

COVID-19は、我々の社会を一変させました。世界中でSARS-CoV-2(COVID-19の原因ウイルス)に人々が感染し、本当に多くの方が命を失っています。ご家族にとっては永遠の一瞬であり、私が救急センターでレジデントをしていた際に救うことのできなかった命を前に味わった同じ思いを噛み締めています。COVID-19対策によって経済的困窮に陥った方々も多くいます。また、対策疲れで「前の生活に戻りたい」と切望されている方もいます。そして現場の医療関係者は、疲労困憊の状態です。その一方で、昨年1年間にこのウイルスを「収束」に向かわせるための、様々な知見が蓄積しました。ワクチンという重要なツールも驚異的な速度で開発が進んでいます。

しかし、あくまでもその鍵となるのは一人一人の社会を守るための行動と習慣であり、それをサポートする政府の政策であり、国際社会が一致団結してこのウイルスに立ち向かう連帯です。その意味では、社会の共感力が試されていると言えます。COVID-19は、保健医療に限らず社会の様々な問題を浮き彫りにしました。2021年は、COVID-19に対応する一方で、それらの課題の新しい解決策を模索するための、日本と世界の未来に大切な1年になると考えます。昨年1年間で経験したことを振り返りながら、今後の展望について考えたいと思います。

世界保健機関(WHO)西太平洋地域事務局とその政策ビジョン

西太平洋地域は、日本も含め、北はモンゴル、南はニュージーランド、東は仏領ポリネシア、西は中国と37の国と地域に世界の25%の人口が住む非常に広大で多様性に富んだ地域です。この地域は、急速な経済発展で豊かになる一方で、格差の拡大や医療費の増加、急速な都市化、人口の高齢化問題など、難しい課題に直面しています。高血圧や糖尿病といった生活習慣病も非常に早いペースで増えており、太平洋島嶼国では、生活習慣病と自然災害が発展を妨げる2大リスクとされています。


WHOは、歴史的な経緯もあり地域事務局長も加盟国の選挙で選ばれます。私は日本政府の推薦をいただいて2018年10月に開催された地域委員会での選挙に臨み、翌年の2月1日から今のポストに就いています。この地域の人々の健康と未来に責任があります。国連の専門機関としてWHO全体としての纏まりを保ちながら、一方で地域の実情に即した中長期的な視点が必要です。マニラの地域事務局本部と15の国事務所の約650名のスタッフを一つにまとめ、加盟国をサポートし、より健康で安全な地域を作ることを目標に掲げました。


就任後、加盟国、パートナー、そしてスタッフ全員とこの地域で取り組まなければならない課題について議論をかさね、
For the Future未来のために)という政策ビジョンを作成しました。社会がダイナミックかつ非常に早い速度で変化することから、日本でかつて提唱されたバックキャスティング/back casting(未来からの反射)という手法を採択し、またSDGsを念頭に、「薬剤耐性菌問題を含む健康危機管理」、「生活習慣病と高齢者問題」、「気候変動」、「Reaching the unreached(未到の人々に到達する)」の4つの課題に取り組み、望む未来を加盟国自らが描き自らの手で作ることを提唱しています。現場に出向き、そして人々の声を聴き、観察することで、それぞれが抱えている固有の事情が見えてきます。幸せには、共通項がありますが、貧困などの困難はそれぞれに抱えている事情が異なります。現場から物事を見つめ、考え、対応していくことを提唱する上でGrounds upという言葉も作りました。加盟国の承認も得て、「さあ、実行に移すぞ」と意気込んだところで、未来が向こうから駆け足でやってきてしまいました。

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記者会見でFor the Future(未来のために)という政策ビジョンについて語った ©️ WHO/Takeshi Kasai


COVID-19の始まり

2019年12月31日の夜、家族と日本に一時帰国し、くつろいでいた私のもとに次長から中国の武漢で原因不明の肺炎の集団発生が起きているとの連絡がありました。翌日の元旦にはマニラに戻り、そこから休むことなくスタッフとともにCOVID-19の対応にあたっています。感染症対策は、判断と決断の連続です。早期に情報が入れば入る程、不確実ななかでの判断と決断になります。そして、その決断は、人々の生活や経済に影響を及ぼす可能性があります。確実性を待っての判断では遅すぎます。皮肉なことに不確実ななかで、情報は山ほどあります。注意していないと混沌とした情報の海に溺れる危険性があります。求められる決断から逆算して必要なデーターを絞りこむことで、時期を逸せずに決断する、あるいは決断をサポートできるようすることが重要です。また、科学に関する情報は、誰が出しているかにあまり振り回されることなく、その中身を見極めることが重要です。

武漢からの第一報に接し、ただちに、リスクアセスメントのサイクルを回し始め、インフルエンザのパンデミックで準備していた 、「感染性」、「病原性」そして「インパクト」の3つを基軸に情報収集を行いました。例えば「感染性」は、動物ウイルスの人への感染、動物ウイルスの人から人への限定的な感染、動物ウイルスが変異を起こしウイルスが人から人への効率的な感染を起こしているという3つのシナリオについて判断するための情報収集を開始しました。1月20日には、現地にスタッフを派遣し実際に現場で何が起きているのか確認させています。これらは、これまで、毎年行ってきた新型インフルエンザパンデミックの演習で行なってきたことの実践です。震源地への適切な対応のためには流行が発生している国との信頼関係を維持する努力が必要です。一方で国境を超える可能性のある感染症で特定の国の意向に配慮することは大きなリスクを伴う行為です。現在、独立した委員会による評価が進められており、公平で客観的な評価と更なる向上のための勧告がなされることを期待しています。

 

WHO西太平洋地域における感染症への備え

私は、2003年のSARSベトナム事務所に勤務していた同僚を亡くしました。WHOの健康危機管理は、国際的な健康危機管理の法的枠組みである国際保健規則(IHR)に則って行われます。IHRは1969年に初めて採択され、その後幾度か改正を繰り返してきましたが、現行のIHRはまさに2003年のSARSの教訓を踏まえて改正されたものです。その改正IHRにおいて、各国には情報の共有と対応能力の強化が義務付けられました。西太平洋地域ではこの枠組みの下、アジア太平洋戦略(APSED:現在は第3版)を策定し、15年に渡って毎年進捗状況を各国保健省と一緒に確認し、新しいサーベイランスの開発導入など危機対応能力の向上に努めてきました。


SARSの教訓の一部は、ただちに改善できるものでしたが、その大半は新しくシステムを構築しなければならず、それには長期的な計画とそれを柔軟にかつ段階的に進めていくことが必要であることに気がつきました。そして、それを丹念にフォローアップすることが重要です。国連機関は、長期的視点で国造りをサポートできます。教訓をリストアップするだけでは、Lessons learnedではなくLessons identifiedだと スタッフには再三言って来ました。各国は、APSEDによって構築されたシステムをフルに活用してCOVID-19への対応を行なっています。

緊急事態宣言

2003年のSARSのもう一つの教訓は、WHO事務局長に緊急事態宣言の権限と責任を付与されたことです。ただし、それを出すにあたっては独立した委員会の助言を踏まえることとされています。IHRに基づき、事前に登録されたWHOとは独立した専門家による緊急会議が1月22日と23日に開催されました。患者が確認されていた中国、タイ、日本、韓国からの報告を受け、この未知の感染症の評価が行われましたが、緊急事態宣言を出すべきか否かで専門家の判断が両日にわたって丁度半々に分かれました。そして、10日以内に再度状況を評価することとされ、30日に再び召集され、今度は全会一致で「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を宣言すべきとの助言が事務局長に対してなされました。

パンデミックは、自然災害などでの対応のように特定の地域への支援ではなく、世界中で感染が発生する状況であり、世界中を結ぶとともに、すべての国が対応できるよう支援が必要です。我々は、同宣言を受けて、大規模市中感染への準備のスイッチを入れました。目の前のレスポンスだけでは、最悪の事態となった場合に備えることはできません。特に脆弱な国では流行状況に応じた段階を追った準備では、間に合いません。パンデミックの可能性のある感染症では、流行がすべての地域で起きることを想定し準備する必要があります。地方自治体が中央の支援を頼ることなく自力で対応する必要があります。現在も、目の前の事態に対応しつつ、一方で国事務所をレバレッジ・ポイントとしてその支援を続けています。

 
 西太平洋地域の対応

西太平洋地域では、緊急事態宣言が発出された翌日からすべての加盟国と定期的にビデオ会議を開催し、感染の状況と必要な支援についての情報交換を行なってきました。各国の対策の経験の共有は、他国の対策の強化に役立っており、日本の「三密」も紹介したところ、現在世界中で参考にされています。COVID-19は新しい病気です。常に新しい情報が寄せられます。ジュネーブの本部は、それを休むことなく分析し世界中の専門家をつないでガイドラインを発出してきました。西太平洋地域では、マニラの地域事務局と15の国事務所の危機管理チームが毎朝リスク評価の会議を行い、必要な対応について意思決定しています。そして、本部が作成したガイドラインを地域の国々の実情に即した形で適応し、検査体制やサーベイランスの構築、接触者の追跡と隔離といった公衆衛生対策、医療体制の整備、そして間違った情報の拡散への対応など国事務所を通じて各国を支援してきました。

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西太平洋地域の加盟国と頻繁にビデオ会議を重ねている ©️ WHO/Takeshi Kasai


効果的な支援を行うためには、各国との信頼関係が重要です。APSEDで築き上げてきた関係が役に立ちました。しかし、今回は、それに加えて科学的な判断と政治の決断という関係性に配慮しなければなりませんでした。感染症対策を実施するには、国民の政府に対する信頼が最も重要であり、WHOは「各国の文化や習慣に合わせた形で黒子に徹する」、一方で国が「間違った対策をとっている際には、立ち上がって指摘する」という方針で臨んできました。言うは易く行うは難しです。流行の早期には、各国の決断が後手に回ることが多く、正しくない決断をしてしまった国に於いて助言をする際に信頼関係を危うく損なう場面に何度か遭遇しました。いまでは、どのような状況が来てどのような判断を求められるかを事前に説明することで、その国の状況に適した正しい判断がなされるようサポートしています。

一方で、決断がなされずに状況だけが刻々と変化する、あるいは決断がなされても、それを実施に移すキャパシティがなく、現場力に頼ってしのいだ、あるいは運よく感染爆発を防げた場面が何度かありました。西太平洋地域のWHO国代表と話す機会があれば、是非聞いてみてください。彼ら、彼女たちがいかに厳しい場面を乗り越えてきたか聞けるはずです。信頼できるスタッフがマニラの地域事務局や国事務所にいて、本当に助けられています。

 

日本人スタッフの活躍

スタッフと言えば、今回の対応では、マニラの地域事務局本部と国事務所の日本人職員が大活躍しています。ベトナムラオスのチームリーダーは日本人です。また、地域全体のサーベイランスやワクチンの統括も日本人が務めています。さらに、今回は他部門からも優秀なスタッフに応援を頼みCOVID-19対応をとっていますが、高齢化問題やHIVの担当者もローテーションで地域全体の指揮をとってくれました。国事務所でも、日本人の保健医療システム、母子保健そして精神保健の専門家がそれぞれの専門性も活用しながら対応にあたってくれています。そして、マニラには直属で私を全力で支えてくれている職員がいます。

今回のCOVID-19は、すべてのスタッフにとって試練となっていますが、約束したことをきちんとこなすことで信頼される日本人職員の貢献は高い評価を受けています。それぞれ個性がありますが、皆人間として魅力あるスタッフです。残念ながらまだまだ数が少ないのが現状です。WHO本部事務局長補をご退官されてから中谷比呂樹先生が日本でグローバルヘルス人材戦略センター長として国連職員を増やすための活動をされています。こういった活動を通じて、さらに皆から頼りにされる日本人職員が増えることを願っています。

 

保健セクターを超えた保健対策

COVID-19の対応で明らかになったのは、このウイルスが社会の弱点を突いていくるということです。外国人労働者の職場や寮であったり、収容人数を大幅に超えた刑務所であったり、コミュニケーションの取りにくい少数民族が住む僻地であったり、安全な水などへのアクセスが悪く衛生環境が必ずしもよくない地域に大勢の人が住んでいる地域などにウイルスが入ると対策が非常に困難です。

保健部門を超えた対策が必要であり、保健部門がもっと積極的に他のセクターと連携することの重要性が、改めて浮き彫りになりました。これは、COVID-19だけでなく、生活習慣病や高齢化問題、気候変動などの問題に取り組むうえでも不可欠です。今後は、他の国連機関に勤務される方との連携をもっと積極的に進めたいと考えています。

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ベトナム北部のカオバン州にて、地元の女性たちと © WHO(COVID-19発生以前に撮影)


COVID-19は今後どうなるのか

残念ながら、このブログを執筆している2020年の年末時点ではウイルスの流行が収束する兆候はありません。世界のどこかで、流行が続く限りは、どの国も安全ではありません。我々は、このウイルスが、世界の最も弱い部分に入ることを最も恐れています。それは、我々の地域では、南太平洋島嶼国です。感染拡大を抑えている国でも、検査対象を拡充し追跡調査すると国内でウイルスが見つかっています。このウイルスは、症状がない時点でも感染を起こすという厄介な性質を持っています。今後も、感染は続きます。経済活動を再開する一方で、医療サービスを崩壊させないようにすることが重要であり、感染者数の増加がある度に、それを早期に捕捉し抑え込むという「増加と抑制」を繰り返すことになると考えています。

このウイルスには未知の部分が多くあります。それでもこの一年多くのことが分ってきました。中国の研究者による遺伝子解析とその情報共有から一年という驚異的なスピードでワクチンが開発されています。今も、ワクチンだけでなく、診断や治療薬を含め、世界中の研究者が、この問題に取り組んでいます。感謝と称賛の一言です。今年一年も更に多くのことがわかる筈です。

その一方で、この感染症の本質は人から人への感染を起こすウイルスであり、人々の行動によって未来を変えることができます。一人一人が、家族や地域に住むハイリスクの人々や地域の医療機関を守るために行動を取れるか、そして対策によって生活が脅かされる人々を政府が守ることができるか、そして国際社会が、支援を必要とする国を守ることができるか、個人と国の関係が、そして国際社会の役割が改めて問われています。共感力と行動が必要です。COVID-19のワクチン接種は、まさにその試金石であり、ハイリスク者の割合が著しく高い南太平洋島嶼国へのワクチン確保が喫緊の課題です。

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キリバスのような島嶼国は、気候変動による自然災害などの対応とともにCOVID-19の対応をとっている © WHO(COVID-19発生以前に撮影)


未来を想像し創る

2021年がスタートしました。昨年1年間COVID-19との対応に文字通り明け暮れました。「健康危機管理」は、今後取り組むべき4つの未来の課題の一つのはずでした。その未来が「向こうから駆け足でやってきた」と感じています。COVID-19は、健康と経済や人々の生活が密接に関係していることを世界の人々に再認識させました。感染症対策か経済かという設問は、正しくありません。その両立を目指す「新しい生活」を、積極的に追求することが重要です。それが容易でないことは明らかですが、その先には、未来が待っています。

COVID-19によって、世界は様々な課題に直面しました。それは、保健医療分野に限らず、経済、環境、社会や人々の生活、そして国際関係など多くの分野にまたがります。実は、その多くはCOVID-19以前から存在していたものが、COVID-19によって浮き彫りにされた、あるいは増幅されたものだと考えています。その課題から目を背けることなく、技術革新や生活の変化も含めCOVID-19がもたらした環境を積極的に捉え新しい解決策を模索し、希望を持って未来を創るという姿勢が大切だと考えています。SDGsに真摯に向き合うチャンスです。

COVID-19下の新しい生活として、病気になってから医療機関にかかるのではなく、健康でいることに重点を移し、一人ひとりが自分のためだけではなく周囲の人を守るという目的意識を持って感染のリスクを下げる行動を身につけたとき、それは、まさにFor the futureの中で目指していた持続可能な社会実現への大切な一歩となるはずです。健康は社会全体の資源であり個人の努力とそれを支えるための環境への投資が必要です。日本が早期に達成し世界でリーダーシップを発揮しているユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)のイニシアティブで推進してきた概念とも合致します。すべての人の健康は平和と安全の礎です。人々が望む将来を考えた時、COVID-19下で作る新しい生活は、未来への大切な踏み台になるはずです。

未来を予測することは誰にもできません。しかし、未来を想像し創ることはできます。日本を離れてすでに20年近くなりますが、日本の現場力に何度目を見張らされたかわかりません。COVID-19で浮かび上がった課題に真摯に取り組むことは、日本の未来を作ることでもあります。そして、その中から新しいリーダーが生まれるはずです。そして日本の皆さんが、COVID-19によって浮き彫りになった課題に取り組み、その解決策を見出した時、その経験と技術は世界にとって貴重な財産になるはずです。

終わりに

昨年1年間、日本でグローバルヘルスに関与されている本当に多くの方からご支援をいただきました。この場をお借りして心より感謝申し上げます。照る日もあれば曇る日もあります。WHOスタッフを含め多くの人にとって、COVID-19は大きな試練であることは間違いありません、しかし、この試練を乗り越えた時、スタッフがCOVID-19に遭遇したことは自分の人生に意味あるものだったと感じてくれるような1年間にしたいと思います。

簡単でないことは重々承知していますが、お互い、健康と安全に気をつけ希望を持って頑張りましょう! 

 

フィリピン・マニラにて

葛西 健

2020年国連デーを振り返る「一緒につくろう、私たちの未来」

国連の誕生日は、国連憲章が発効して国連が正式に創設された10月24日。2020年はその75周年でした。新型コロナウイルス感染症の影響で物理的なイベントを開催できない中、いかにこの国連の75歳の誕生日を日本の皆さんと共有したか、国連広報センターの佐藤桃子広報官が年の瀬に振り返ります。 

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これまでの周年事業が国連の軌跡という過去を振り返ることが多かったのに対し、国連事務総長は2019年末から、国連創設75周年のキャンペーン「UN75」は未来を見つめて将来を思い描くことだと明確に述べてきました。グローバル対話を呼びかけた「UN75」のテーマは「一緒につくろう、私たちの未来」。しかし、このメッセージが2020年にこれほど切実な願いとなるとは、年が明けたときには誰も想像していませんでした。

 

国連広報センターが、キャサリン・ポラード国連事務次長の訪日にあわせて2月に開催したUN75キックオフ・イベントには100名近くの方が参加してくださいましたが、これほどの規模で人が一堂に会したUN75関連イベントを日本で開催したのは、これが最後となりました。その後は、6月に国連広報センターがハフポスト日本版と共催で、元ブルゾンちえみの藤原しおりさんとEXITの兼近大樹さんを招いてオンライン・イベントを開催し、8月には広島と長崎での平和式典にあわせて訪日した中満泉国連事務次長兼軍縮担当上級代表を交えて広島県が主催した「UN75 in Hiroshima」など、対話はオンラインの場に移りました。オンライン・イベントは参加している方々の表情や反応がすぐには分かりません。他方でウェブやSNSを通して発信されるイベントには、地理的に離れている方が参加したり、気軽にイベントに立ち寄る方が増えたり、また意見や感想を文字や絵文字で見えたりと、多くの皆さんの反応を手ごたえとして感じることもできました。

 
参加者からの反応として感じられたこととして、人々は自分だけでなく他者や社会のことを気にかけており、社会のために少しでも何かしたいと思っているということがあります。新型コロナウイルス感染症で、会いたい人に会えなくなり、計画がとん挫し、家族や学校や職場の環境が変わる中、それでも社会がこのパンデミックを乗り越えて、その先も良い社会となるように協力することが必要だと考える人がたくさんいることに、私たちも勇気づけられました。それは、UN75アンケートを通して日本から通年で6万を超える方々が声を寄せてくださったことにも表れています。

 

そうして迎えた国連の誕生日である10月24日は、あらためて「一緒につくろう、私たちの未来」を共有する機会となりました。まずアントニオ・グテーレス国連事務総長が世界へビデオ・メッセージを発信し、国連広報センターの根本かおる所長も日英でこの危機をただ乗り越えるのではなく、よりグリーンで包摂的で持続可能な社会を作るための「より良い復興」を遂げようとビデオ・メッセージでで呼びかけました。

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グテーレス国連事務総長が国連デーに寄せたビデオ・メッセージ ©︎ UNIC Tokyo

 

メディアでは、ジャパンタイムズが国連デーを特集し、事務総長のメッセージとデイビッド・マローン国連大学長/国連事務次長の寄稿とともに、世界保健機関(WHO)のユニバーサルヘルスカバレッジ(UHC)親善大使を務める武見敬三参議院議員と根本かおる所長による、国連が直面する課題、マルチラテラリズムの再活性化には何が必要かを議論した対談記事が掲載されました。また、読売新聞に中満国連事務次長が寄稿を寄せ、マルチ(多国間)協力の重要性を改めて訴えるとともに、世界がコロナ禍に直面する今こそ「分断を乗り越え、連帯して復興を成し遂げる」ため、日本がマルチ協力へのリーダーシップを発揮してほしいと期待を寄ました。 

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武見敬三参議院議員 (左)と根本かおる所長(右)はマルチラテラリズムの再活性化に向けて何が必要かを議論した ©︎ YOSHIAKI MIURA


上智大学はこの日、女性として初の国連難民高等弁務官に就任し2019年に逝去された緒方貞子氏のメモリアルシンポジウムをオンラインで開催。パネルディスカッションにはマローン国連大学長や山本忠通元アフガニスタン担当国連事務総長特別代表兼国連アフガニスタン支援ミッション代表に加え、フィリッポ・グランディ現国連難民高等弁務官がスイス・ジュネーヴからオンラインで参加し、緒方氏が重視していた「人間の安全保障」や「現場主義」が今なぜ必要か、あらためて議論しました。グテーレス事務総長中満国連事務次長もビデオ・メッセージを届けました。
 

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国連にゆかりのある様々な登壇者が緒方氏の功績を振り返り、国連の未来について意見を交わした © 上智大学

 

 そして、日が落ちてから、東京スカイツリー®が持続可能な開発目標(SDGs)の17色に点灯されました。国連デーに、SDGs羅針盤にこのパンデミックを乗り越え、SDGs達成の目標年である2030年に向けた取り組みを強化・加速化する重要性を日本の人々と再確認することを目的に、東武タワースカイツリーの協力のもと実現しました。微妙な色の違いを見事に表現し、一色ずつ東京スカイツリーの色が変わっていく様子はただただ美しく、10月28日までの5日間、多くの人の心に灯りをともしました。

SDGsの17色に点灯された東京スカイツリーの様子 ©︎ UNIC Tokyo

 
国連職員にとって国連デーは、喜びに溢れるお祝いというよりも国連が創設された目的に立ち返ってこれからすべきことを見つめなおし、政府・企業・研究機関・非営利組織・市民社会・そしてあらゆる人々とより良い今と未来をつくることを目指し続ける決意を新たにする日です。今年国連がSDGs推進の機運を高めるためにマララ・ユサフザイさんらの協力を得て制作したドキュメンタリー『NATIONS UNITED ともにこの危機に立ち向かう』の予告編を東京スカイツリーの大型ビジョンで観ながら、気候変動や格差、ジェンダー不平等など、よりよい「私たちの未来」の実現を阻むものは山積している、この道のりは長い、と改めて思いました。それでも、日本の多くの皆さんとこの歩みをともにしていることに非常に勇気づけられ、だからこそ、その期待に応えなければならないと強く感じた2020年の国連の誕生日でした。

 

最後に、日本に拠点を置く国連機関が展開したSNSキャンペーンを紹介します。9月に開かれた第75回国連総会の正式な国連75周年記念式典で公表されたUN75グローバル対話の中間報告で、100万人の回答者の多くが、今日の課題に取り組むためにはグローバルな協力が不可欠であり、パンデミックによって国際協力はさらに急務となっていると考えていることが明らかになりました。そのほか、コロナ禍が続く中で、医療や安全な水、衛生、教育など、基本的サービスへのアクセス改善を緊急の対応が必要な優先課題であり、より長期的には気候危機と自然環境の破壊が圧倒的な懸念事項となっているといった結果も発表されました。では、こうした課題に対して日本に拠点を置く国連機関がどう対応しているのか、またSDGsの推進にどのように貢献しているのか?その姿をSNSキャンペーンとして紹介しました。国連諸機関がいかに日本のパートナーと連携しながら、地球規模の課題に立ち向かっているのか、ご覧いただければ幸いです。

 

 国連広報センターは2021年をCOVID-19からの「より良い復興」の年とすべく、全力を挙げてまいります。皆様、良いお年をお迎えください。