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「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(28) 小野舞純さん

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めた新ブログシリーズ。第28回は、小野舞純さん(国連事務局経済社会局(UN/DESA)「若者・高齢者・障害者・家族の社会包摂」部門チーフ)からの寄稿です。


コロナ禍で浮き彫りになった不平等 〜「誰一人取り残さない」ためには?            

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国連事務局経済社会局にて「若者・高齢者・障害者・家族の社会包摂」部門チーフ。米系民間金融機関勤務後、1995年よりニューヨーク本部国連経済社会局、在バンコク国連アジア太平洋経済社会委員会、国連事務総長室を経て現職。上智大学法学部国際関係法学科中退。米国コーネル大学経済学・国際関係論学士・経営学修士。©︎ Masumi Ono

 

世界的パンデミックにみまわれた2020年。年が明け、これからもまだまだ試練を乗り越えていかなければならないわけですが、ワクチンの接種が進み、さらには治療薬の開発が進んで感染が収束したとしても、そのままそっくり元の生活に戻りましょう、ということでは済ませられません。というのも、この度のコロナ禍で格差や不平等がいかに社会全体の脆弱性を増大してしまうか、顕著に突きつけられました。これまで社会のシステムが置き去りにしてきてしまった人々を、さらに追い込んでしまう危険性を強く実感する機会となったはずです。

 

2015年に採択されたSDGsの根底にある普遍的な理念の一つが「誰一人取り残さない」です。取り残されてしまいがちな人々は、女性やLGBT、移民や難民、先住民など実に様々な状況に置かれていますが、私のチームが担当している高齢者・若者・障害者も、ともすれば社会の弱者として見られ、コロナのような危機では差別や偏見の対象となり、不公平で理不尽な目にあって苦しんでいます。不十分な医療アクセス 、失業や雇用条件の悪化、困難な情報アクセスなど、問題は様々です。

 

同時に、コロナのおかげで開かれた道(リモートワーク・リモート学習など)もあり、彼らが活躍できる環境を作るきっかけにもなっています。彼らのために(for)という目線からだけでなく、彼らと一緒に(with)彼らの手で(by)作り上げてこそ、層の厚い社会を築き、包括的なアプローチで、どんな危機も乗り越えられる持続可能な社会を形成することができるはず、というのがまさにSDGsの真髄にあります。

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2015年9月国連事務局ビルに映し出されるSDGs ©︎ Masumi Ono


若者、高齢者、障害者に関わる問題は、医療面のみならず、経済社会的にもグローバルに数多くあります。世界で共通してみられるコロナ禍で特に浮き彫りになった3つの点について、何が問題でどんな対応策が提言されているかここで触れてみたいと思います。 

 

1) 子どもと大人の狭間にある若者への支援

コロナは当初、高齢者の方が重症化しやすいと言われ、警戒心の低い若者が感染拡大の要因となっていると責められました。しかし、経済および社会的に若者自身が各国で大きな打撃を受けているのも事実です。

 

昨年4月には学校閉鎖により、一時は世界中で16億人の生徒(なんと9割)が教育を受けられない事態に陥りました*1。その割合は、現時点(2021年1月)では1割以下まで下がりました。多くの教師ならびに学校関係者のたゆまぬ努力と工夫のおかげです。リモート学習が普及していますが、スポーツや音楽、入学式や卒業式などありとあらゆる学校行事が中止になり、感染対策を取りながらなんとか学業を続けていくという状況が長期にわたって続いており、教育上、将来どんな影響があるか、まだまだ懸念される事項は多々あります。

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新型コロナウイルス感染症による学校閉鎖の状況を色分けして表した国際連合教育科学文化機関(UNESCO)による世界地図 (2020年4月20日時点)


また、影響は経済的背景によって決して一律ではないことが浮き彫りになっています。特に低所得層は学校で受けられる給食や健康面でのサポートが断たれてしまい、リモート学習のための環境が整っていない家庭など、格差がもたらす問題がさらに状況を困難にしています。

 

一方、コロナ不況で就職先が見つからない若者や仕事を失った若者も世界的に数多くいます。コロナ以前から若者は失業や不安定な非正規雇用についている傾向にあり、不況のあおりを直に受けています。国際労働機関(ILO)の調査によれば、コロナ禍で世界の若者の6人に1人の雇用が失われ、仕事に就いていても労働時間が4分の1減ったとのことです。コロナ前でさえ若者は大人に比べて3倍失業率が高かったことから、コロナで貧困に落ち入るリスクがより一層高まっていることが予測されます*2

 

このような状況下で特に懸念されるのが若者のメンタルヘルスです。いくつかのケーススタディや研究報告があがっていますが、検証はまだこれからです。コロナ禍で隔離された状況下にあった子ども達とそうでなかった子ども達ではメンタルヘルスに何倍も悪影響があったといったケースや、情緒不安定やPTSD、自殺との関連性を示唆する研究もありますが、現段階ではまだデータが不十分です。

 

若者が置かれた経済社会状況が精神面でどのような影響があるのか、特に15歳〜24歳(国連の定義上の若者の年齢層)に焦点を当てた研究および分析がもっとなされるべきではないかというのが声高に言われるようになってきています。これに応え、若者とメンタルヘルスについて来年発行予定のWorld Youth Reportの準備を私のチームは昨年から進めています。その過程で最も大事なのがセミナーでの意見交換、アンケートやインタビューなどを通して若者の声を直に吸い上げることです。この手法はまさに彼らと一緒に(with)彼らの手で(by)政策提言を生み出すことを体現すべく試みです。そして誰一人取り残さないために、多様な境遇にある若者がどうしたら参加できるか、試行錯誤しながら作業を進めています*3

 

学校を卒業しても就職できず、教育と仕事のどちらにもよりどころがないままその狭間に生きる若者たちが世界で5人に1人いますが、今後増えることが予測されます*4。学校や職場で受けられる支援や社会保障システムの枠外にはみ出てしまう若者たちに向けた対策も必要に応じて実施していくことが大切だということを我々は引き続き推奨していきます。

 

2) 安心の場とは限らない家庭環境へのサポート

コロナ禍で自宅で過ごす時間が増え、家族との絆が一層深まった、或いは家族同士支え合っていろいろな危機を乗り越えたというポジティブな側面も経験できたという例がある一方、家庭が決して安心できる場所ではない人々もいるのが現状です。

 

暴力を受けた女性が声を挙げるのは難しいのが現実です。国連女性機関(UN Women)によると何かしらの助けを求めるのは被害者の4割以下、その大半は家族や友人への相談で、警察に通報するのは1割以下です。身近な人が加害者であることは少なくありません。パートナーから暴力を受けたことがある女性は3割に及びます。ホットラインや支援団体へ助けを求めるケースがコロナ禍で3割程増えたと様々な国で報告されています*5

 

ロックダウンや自粛で家庭環境が見えにくくなっている分、家庭内暴力、DV、児童虐待といった問題により一層意識を向けて、どんな状況でも支援が届く体制を作ることが重要です。

 

また、家庭内感染が日本でも問題になっていますが、途上国では世代間もまたがり大家族で暮らす家庭が多いことから、感染予防の難しさが指摘されています。感染問題以外にも家事育児の負担の増加や家族と離れて暮らす高齢者など問題は山積しています。

 

家族を一つの単位としてサポートすることが、個人と社会を支えていく大事な核を強化することになると、もっと認識されるきっかけとなればと思います。さらに、いろいろな形態の家族があるという多様性を鑑みた上での家族向けの政策が検討されることが望まれます。

 

3) 全ての人がアクセスできるテクノロジーの環境を目指して

ロックダウンや在宅勤務、リモートワークやリモート学習に大いに有効性が発揮されたテクノロジーですが、盲点もまだまだ多々あります。

 

国際電気通信連合(ITU)によるとインターネットの普及率は先進国では9割ですが最貧国では2割に留まっています。世界人口の半分はインターネットにアクセスできていません。その多くがアフリカとアジア太平洋地域の人々です*6。アクセスに男女で差があるのも顕著です。経済協力開発機構OECD) によればスマートフォンの所有率が南アジアでは7割、アフリカでは3割ほど女性が男性より低いとなっています*7

 

途上国や低所得層におけるアクセスの問題はハードウェアとソフトウェアの両方にあります。インフラ整備といった基本的問題もさることながら、スキルやコンテンツ面でもいろいろとハードルがあります。ITUUNICEFによれば、テクノロジーに馴染みがあるとされる子どもや若者でさえ、世界的に見れば3分の2は自宅でインターネットやコンピュータなどへのアクセスがなく、コロナ禍では特にデジタル経済の恩恵を受けるのに必要なスキルを身につけることへの支障となっています*8

 

リモートワークが普及したことで障害者の雇用の可能性が広がったという良い面がある一方、現在使用されているテクノロジーのプラットフォームでは、障害者にとっても利用しやすくするためにはまだまだ不十分です。このことは、昨年行われた障害者問題を取り上げた国連の大規模な国際会議で我々も実感しました。何時間にもおよぶ議論と検証を国連事務局内の関係部署と重ね、NGOの協力のもとテストランも実施して、ようやくある程度のアクセサビリティを確保できたものの、まだまだ改善の余地があり、今後の課題であるという認識をステークホルダーとともに共有しています。そしてここでも彼らと一緒に(with)彼らの手で(by) 作り上げていくことを心がけています。 

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障害者権利条約締約国会議(2020年11月30日)©︎ Masumi Ono


高齢者にいたっては、コンテンツも含め、高齢者が利用しやすい情報通信のあり方を見つめ直す機会にコロナ禍を経てなってきているという声が関連業界からも聞かれるようになり、NGOの後押しも活発になってきています。一人住まいの高齢者の健康をモニターするのに使えるスマートウオッチや、介護ロボット、リハビリ用VRなど具体的な商品やサービスの開発に高齢者を含めた利用者の声を反映していくことで、高齢者が自立しながら周囲と繋がりを持って生き生きとした生活を営み、テクノロジーの恩恵にみんながあやかることができる包摂的社会を築いていけることでしょう。

 

以上、これらはいずれも以前からある課題ではありますが、コロナ対策をしながら経済活動を回復させ、より持続可能且つレジリエンスのある社会を構築する上で、一層対応が必要とされている点であると感じています。もちろん、この他にも課題は多々あり、やらなければならないことは実にたくさんあります。

 

今こそやれること・やるべきこと

多くの課題に同時に対応するには、個人レベルの対策も大事ですが、社会全体による構造の変革が求められます。今までに効果が検証されている政策、さらにはテクノロジーの運用や成功事例として十分可能性のある対策などを地道に、なるべく相乗効果を狙って起用しスケールアップすることが、システムの変革につながるのではないかと思います。その意味でSDGsはその道しるべになるように17つの目標があるわけです。

 

行政、民間企業、市民団体、アカデミアなどが協力して、具体的な政策や制度を構築してシステムを変える。そのためには規制やガバナンスはもちろんのこと、投資・税制・財政、正確な情報へのアクセスと共に、取り残されがちな人々の声を反映すべく、ボトムアップ・アプローチの実現がより重要であるとの認識が共有されることが望まれます。

 

放っておけば自己中心的な人間の性質が世にはびこってしまうことが、残念ながら日々の報道から見受けられます。その反面、コミュニティの結束が増し、助け合いの精神が育まれることもあります。いずれにせよ、個人の行動は大事ですが、コロナの教訓を本当に生かすには、自助力だけに任せるのではなく、システムを社会全体で変えていくことが求められていると強く感じています。

 

「誰一人取り残さない」の誰一人とは誰か?と常に現状を見据え、「取り残さない」の意味を追求し、今こそやるべきことを考え対策を実行し解決策を創造する底力のある社会こそが持続可能な開発、発展を進める鍵なのではないでしょうか。

 

コロナ禍で浮き彫りになった社会の歪みに対処するための唯一無二な雛形があるわけではありません。その国、その地域、その社会にあったシステムを構築する。そのためにはその国、地域、社会に住む全ての人の意思を反映すべく方法を積極的に取り入れて、一緒に変革を進めていけることが必要だと痛感させられます。その多くの事例は、毎年7月に開催されているハイレベル政治フォーラム(HLPF)で紹介されています。日本も今年7月のHLPFにて2回目の自発的国家レビュー(Voluntary National Review)にのぞみ、SDGsを指導理念にしたコロナからの「より良い復興」について発表するとのことですが、誰一人取り残さないための施策について発信することが期待されます*9

 

国連では様々な場を通じてこれらの方法をあらゆるステークホルダーと一緒に模索し生み出していく場を提供し続けています。その役割を継続していくためにも、信頼と公平を損なわずに日々精進していかなければならないと思います。

 

コロナのおかげでこれほどまでに人と人の繋がりについて考えさせられたことは今までなかったのではないでしょうか。まず繋がりを意識して問題意識を共有し、共存していく上で必要な仕組みや支えを共に見出していく。SDGsにはその意志がしっかりと根底にあります。ぜひ、2030年に向かって、特に若い世代がリードしてくれることを期待します!

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2015年9月SDGs採択に総会議場にて立ち会う国連全加盟国出身の若者たち ©︎ Masumi Ono


アメリカ・ニューヨークにて

小野 舞純  

コロナ禍の中、オンラインでつながる図書館 ~SDGsを合言葉に、国連寄託図書館会議が1月14日開催~

      
 

こんにちは。国連広報センターの千葉です。

 

1月14日(木)、国連寄託図書館の研修会を開催しました。

この研修会は、国連が指定する国連寄託図書館を対象にして1960年代にスタートし、そのネットワークを広げ始めた2000年代からは、あらたなパートナーとしてゆるやかにつながったその他の図書館の皆さんもお招きして、毎年開催し続けてきたものです。持続可能な開発のための2030アジェンダが国連総会で採択された2015年以降は、SDGsを合言葉に、さらに多くの図書館との関係を構築し、参加館を増やしてきました。

 

参加図書館の皆さんに向けた研修資料として事前につくった冒頭のYoutube動画で昨年の研修の様子を多少ご覧いただけますが、その内容は昨年に綴ったブログ記事にくわしく綴っていますので、お読みいただければ幸いです

 

コロナ禍の中のオンライン開催

コロナ禍の中での今年の研修会は初めてのオンライン開催となりました。実際に皆さんと対面でお会いできないのは残念でしたが、オンラインであるがゆえに参加しやすいこともあり、これまでで最多の35館、45人の図書館員の皆さんに参加していただくことができました。岡山県高梁市図書館、栃木県の那須塩原市図書館と小山市立図書館、法政大学多摩図書館愛知大学図書館、昭和女子大学図書館が今回初参加でした。

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(左上から時計回りで)法政大学多摩図書館那須塩原市図書館、愛知大学図書館、小山市立図書館、高梁市図書館、昭和女子大学図書館

 

研修会は午前10時に国連広報センターの根本かおる所長の挨拶でスタート。コロナ禍の中でも、多くの皆さんがSDGsへの取り組みを昨年以上に活発化していることに感謝と敬意を表明するとともに、コロナ禍で家で過ごす時間が増える中、読書に心の拠り所を求める人々のニーズを満たすという意味からも、図書館ネットワークの今後の発展に期待を示しました。

 

国連広報センターから講演とブリーフィング 

挨拶に続けて根本が行った30分の講演では、コロナとSDGsの関係性2020年の国連創設75周年イニシアチブ「UN75」世界中から集められた声の分析結果広報アウトリーチ上の課題などを網羅して、国連広報センターの大切なパートナーである図書館の皆さんに国連とSDGsをめぐる大局的な視点を提供。そのうえで、昨年から、SDGs達成のための行動の10年がはじまったことを強調し、図書館の皆さんが日本の人々の行動を促すべく、さまざまな活動を展開していただけるよう呼びかけました。

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根本所長は、多面的な影響をもたらしている新型コロナウィルス感染症からのより良い復興において、SDGsがなぜ欠かせないのかを紹介した

 

根本に続いて、国連広報センターの全職員が、一人ずつ、それぞれの職域から、資料やSNS、パートナーとの連携事例など、図書館にお役に立つ情報をご提供しました。 

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Microsoft Teamsで集う 図書館の皆さんと国連広報センター職員たち

 

外部専門家による講演 

研修会では、外部の専門家をお招きして、SDGsに関する新しい学びや気づきの機会を提供しています。今年は、ソーシャルデザイナーで、Think the Earthの理事・プロデューサーの上田壮一さんをお招きしました。上田さんはソーシャルデザインの観点から、全国の学校の教員や生徒たちとタッグを組み、SDGs達成のための多様な取り組みを実践。現場の先生と生徒を応援するSDGs for Schoolというプロジェクトをたちあげて、各地の指導者をつなぐための研修や交流の場をつくったり、クラウドファンディングで集めた資金でSDGsを楽しく学べる本を作成し学校に寄贈したりしていらっしゃいます。クリエイティブの力を使って社会を変える、未来を変えるということを日々、考え、企画し、実践していらっしゃる上田さんのお話を伺い、参加者の皆さんは未来に向けて図書館をデザインすることについて考えるとともに、着想のしかたを学びました。

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Think the Earthの理事・プロデューサーの上田さんから、社会課題の解決とデザインがどう交差するのかご紹介いただいた

 

図書館の皆さんが実践経験を互いに共有

研修会は、国連広報センターや外部講師からの情報提供ばかりではなく、図書館の皆さんの互いの経験共有の場でもあります。今年は、選書コーナー設置や様々な展示のほか、ウェブサイトの充実化、ソーシャルメディア、オンラインイベントなど、デジタルを活用したSDGs啓発のさまざまな取り組みについての発表が多くありました。

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福岡市総合図書館やその他の多くの図書館がSDGs選書を展示

 

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麻布図書館やその他の多くの図書館がウェブサイトで発信

 

大阪市立図書館やその他の多くの図書館がソーシャルメディアで発信

  

図書館員間の交流~ブレイクアウトセッション 

図書館の皆さんがリラックスして互いに交流できる場も確保しました。ブレイクアウトセッションです。10分ずつ4回、メンバーを入れ替えて、小グループ(3~4人)で交流してもらいました。数人単位でブレイクアウトルームに入った皆さんは、公共図書館学校図書館大学図書館専門図書館の枠を超えて、また国連寄託図書館その他のゆるやかにつながる図書館の間の区別を超えて、コロナ禍におけるそれぞれの館の状況やSDGsへの取り組みなどについて活発に情報交換していました。

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リラックスして、館員同士の情報交換

 

オンラインSDGブックトークの実践を披露

ブレイクアウトセッションで緊張の糸をほぐした参加者の皆さんが次にオンライン訪問した先は、三田国際学園中学校・高等学校の図書館です。高校生たちが「SDGブックトーク」を行う様子を視聴しました。「SDGブックトーク」は自分が読んで感銘を受けた本をSDGsにからませて紹介する取り組みです。昨年、学校図書委員として研修会に初参加してくれた高校一年生の小池ひよりさんが昨年12月に自校を含めた4つの学校の図書委員などの生徒さんたちと一緒にオンラインで実践し、その様子を同校の先生方の支援を得てビデオ映像にしてくれたのです。この映像を見た図書館の皆さんは中高生たちの行動力に大きな刺激を受けていました。

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三田国際学園中学校・高等学校の図書委員たちが、昨年12月のオンラインSDGsブックトークの様子を動画(上写真)に編集して見せてくれた

 

ニューヨーク国連本部ガイドツアーにオンライン参加

今年の研修最後に皆さんをお連れしたのは、ニューヨーク国連本部。瞬間的に距離を超えられるデジタルの強みを活かして、地球の裏側とつながり、国連本部のオンライン・ガイドツアーに参加しました。日本人のガイドが時差を超え、途中で質疑応答の時間を確保しながら、案内してくれました。リアルのツアーでは直接にその場に身を置くことの高揚感がありますが、ヴァーチャルにはヴァーチャルの良さがあります。広い議場に身を置くと、いろいろなところに視線が散ってしまいますが、ヴァーチャルツアーの場合、これまではあまり気に留めたことがなかった安全保障理事会などの議場の壁紙の細かい模様なども拡大して画面にうつし出し、細部までていねいに説明してくれます。図書館の皆さんに国連本部ビルを体感していただくことができました。 

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ツアーはまず安全保障理事会の議場へ、そのあと、経済社会理事会の議場や総会の議場などへと案内してくれた

 

終わりに

国連本部ガイドツアーを終え、図書館の皆さんがオンライン会議システムを退出したのを見届けて、私自身も退出し自宅のPCの前を離れたのは夜11時半でした。午前10時にスタートした長い一日が無事終わって、思わず安堵のため息をつきました。ニューヨークは地球の裏側で昼夜逆転だということを思い知らされましたが、でもデジタル技術がなかったら、日本各地にいる皆さんと一緒にこのツアーに参加することがそもそもできませんでした。ソーシャル・ディスタンスを保たなければいけないのはつらいことですが、いろいろなデジタルツールを駆使して、これまで以上につながりを深めたり、広めたりすることができると実感しました。

 

最後になりますが、この場を借りて、研修講師を快くお引き受けくださったThink the Earthの上田さん、SDGsブックトークにチャレンジしてくれた三田国際学園中学・高等学校の小池さんと同級生の高橋さん、それを支えてくださった藤松先生と菅原先生、国連ツアーガイドの川又さんと同ツアーコーディネーターの中野さんにあらためて深くお礼を申し上げたいと思います。

 

そして何よりも図書館の皆さんが積極的にご参加いただいたことに感謝したいと思います。この研修会は図書館の皆さんのあつい思いが作り上げています。長い一日の研修におつきあいいただいた図書館の皆さんはとてもお疲れになったと思いますが、多くの図書館の皆さんからあたたかい労いの言葉をいただき恐縮しました。

 

研修後、「発想、転換やひらめきの重要性を学んだ」、「あらためてデジタルの可能性に気づいた」などの感想もいただきました。多くの図書館がはやくも来年の研修会に向けて、取り組みへの熱意を燃やしていらっしゃることをお伝えくださり、心を強くしています。今年の研修会に一貫して流れていたサブテーマとも呼ぶべきものはまさに「デジタル」でしたが、これからの一年間、皆さんがどのようにデジタルを活かし、図書館としてのSDGs啓発活動に取り組んでいかれるのか、来年の研修会で実践報告をお聞きするのが楽しみです。(了)

 

「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(27) 葛西健さん

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めた新ブログシリーズ。第27回は、葛西健さん(WHO西太平洋地域事務局長)からの寄稿です。

 

COVID-19が変える未来

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2018年10月におこなわれたWHO西太平洋地域事務局長選挙において当選。それ以前は、旧厚生省(現厚生労働省)に入省後、岩手県高度救命救急センターにて勤務。その後、厚生省保健医療局結核感染症課国際感染症専門官、厚生労働省大臣官房国際課課長補佐、宮崎県福祉保健部次長等を歴任。感染症や健康危機管理の専門家としてのWHOでの勤務は15年以上にわたり、アジア太平洋地域の新興感染症への対応や感染症危機管理対策の枠組み構築などに尽力。2006年WHO西太平洋地域事務局感染症対策課長として着任後、同地域事務局健康危機管理部長を経て、2012年WHOベトナム代表に就任。同国における公衆衛生に対する多大な貢献が認められ、2014年ベトナム政府から「国民のための健康勲章」を受賞。その後、WHO西太平洋地域事務局次長兼事業統括部長を経て、現職に至る。慶應義塾大学医学部卒業後、ロンドン大学衛生熱帯医学大学院で修士号を、岩手医科大学で医学博士を取得。©️ WHO/Takeshi Kasai


新年おめでとうございます。昨年は、想像を超える一年でした。スタッフとともに、全身全霊で対応にあたりましたが、それでも何度も悔しい思いを噛み締めました。この思いを大切に、2021年も全力を尽くします。皆様の健康を心より願っております。

COVID-19は、我々の社会を一変させました。世界中でSARS-CoV-2(COVID-19の原因ウイルス)に人々が感染し、本当に多くの方が命を失っています。ご家族にとっては永遠の一瞬であり、私が救急センターでレジデントをしていた際に救うことのできなかった命を前に味わった同じ思いを噛み締めています。COVID-19対策によって経済的困窮に陥った方々も多くいます。また、対策疲れで「前の生活に戻りたい」と切望されている方もいます。そして現場の医療関係者は、疲労困憊の状態です。その一方で、昨年1年間にこのウイルスを「収束」に向かわせるための、様々な知見が蓄積しました。ワクチンという重要なツールも驚異的な速度で開発が進んでいます。

しかし、あくまでもその鍵となるのは一人一人の社会を守るための行動と習慣であり、それをサポートする政府の政策であり、国際社会が一致団結してこのウイルスに立ち向かう連帯です。その意味では、社会の共感力が試されていると言えます。COVID-19は、保健医療に限らず社会の様々な問題を浮き彫りにしました。2021年は、COVID-19に対応する一方で、それらの課題の新しい解決策を模索するための、日本と世界の未来に大切な1年になると考えます。昨年1年間で経験したことを振り返りながら、今後の展望について考えたいと思います。

世界保健機関(WHO)西太平洋地域事務局とその政策ビジョン

西太平洋地域は、日本も含め、北はモンゴル、南はニュージーランド、東は仏領ポリネシア、西は中国と37の国と地域に世界の25%の人口が住む非常に広大で多様性に富んだ地域です。この地域は、急速な経済発展で豊かになる一方で、格差の拡大や医療費の増加、急速な都市化、人口の高齢化問題など、難しい課題に直面しています。高血圧や糖尿病といった生活習慣病も非常に早いペースで増えており、太平洋島嶼国では、生活習慣病と自然災害が発展を妨げる2大リスクとされています。


WHOは、歴史的な経緯もあり地域事務局長も加盟国の選挙で選ばれます。私は日本政府の推薦をいただいて2018年10月に開催された地域委員会での選挙に臨み、翌年の2月1日から今のポストに就いています。この地域の人々の健康と未来に責任があります。国連の専門機関としてWHO全体としての纏まりを保ちながら、一方で地域の実情に即した中長期的な視点が必要です。マニラの地域事務局本部と15の国事務所の約650名のスタッフを一つにまとめ、加盟国をサポートし、より健康で安全な地域を作ることを目標に掲げました。


就任後、加盟国、パートナー、そしてスタッフ全員とこの地域で取り組まなければならない課題について議論をかさね、
For the Future未来のために)という政策ビジョンを作成しました。社会がダイナミックかつ非常に早い速度で変化することから、日本でかつて提唱されたバックキャスティング/back casting(未来からの反射)という手法を採択し、またSDGsを念頭に、「薬剤耐性菌問題を含む健康危機管理」、「生活習慣病と高齢者問題」、「気候変動」、「Reaching the unreached(未到の人々に到達する)」の4つの課題に取り組み、望む未来を加盟国自らが描き自らの手で作ることを提唱しています。現場に出向き、そして人々の声を聴き、観察することで、それぞれが抱えている固有の事情が見えてきます。幸せには、共通項がありますが、貧困などの困難はそれぞれに抱えている事情が異なります。現場から物事を見つめ、考え、対応していくことを提唱する上でGrounds upという言葉も作りました。加盟国の承認も得て、「さあ、実行に移すぞ」と意気込んだところで、未来が向こうから駆け足でやってきてしまいました。

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記者会見でFor the Future(未来のために)という政策ビジョンについて語った ©️ WHO/Takeshi Kasai


COVID-19の始まり

2019年12月31日の夜、家族と日本に一時帰国し、くつろいでいた私のもとに次長から中国の武漢で原因不明の肺炎の集団発生が起きているとの連絡がありました。翌日の元旦にはマニラに戻り、そこから休むことなくスタッフとともにCOVID-19の対応にあたっています。感染症対策は、判断と決断の連続です。早期に情報が入れば入る程、不確実ななかでの判断と決断になります。そして、その決断は、人々の生活や経済に影響を及ぼす可能性があります。確実性を待っての判断では遅すぎます。皮肉なことに不確実ななかで、情報は山ほどあります。注意していないと混沌とした情報の海に溺れる危険性があります。求められる決断から逆算して必要なデーターを絞りこむことで、時期を逸せずに決断する、あるいは決断をサポートできるようすることが重要です。また、科学に関する情報は、誰が出しているかにあまり振り回されることなく、その中身を見極めることが重要です。

武漢からの第一報に接し、ただちに、リスクアセスメントのサイクルを回し始め、インフルエンザのパンデミックで準備していた 、「感染性」、「病原性」そして「インパクト」の3つを基軸に情報収集を行いました。例えば「感染性」は、動物ウイルスの人への感染、動物ウイルスの人から人への限定的な感染、動物ウイルスが変異を起こしウイルスが人から人への効率的な感染を起こしているという3つのシナリオについて判断するための情報収集を開始しました。1月20日には、現地にスタッフを派遣し実際に現場で何が起きているのか確認させています。これらは、これまで、毎年行ってきた新型インフルエンザパンデミックの演習で行なってきたことの実践です。震源地への適切な対応のためには流行が発生している国との信頼関係を維持する努力が必要です。一方で国境を超える可能性のある感染症で特定の国の意向に配慮することは大きなリスクを伴う行為です。現在、独立した委員会による評価が進められており、公平で客観的な評価と更なる向上のための勧告がなされることを期待しています。

 

WHO西太平洋地域における感染症への備え

私は、2003年のSARSベトナム事務所に勤務していた同僚を亡くしました。WHOの健康危機管理は、国際的な健康危機管理の法的枠組みである国際保健規則(IHR)に則って行われます。IHRは1969年に初めて採択され、その後幾度か改正を繰り返してきましたが、現行のIHRはまさに2003年のSARSの教訓を踏まえて改正されたものです。その改正IHRにおいて、各国には情報の共有と対応能力の強化が義務付けられました。西太平洋地域ではこの枠組みの下、アジア太平洋戦略(APSED:現在は第3版)を策定し、15年に渡って毎年進捗状況を各国保健省と一緒に確認し、新しいサーベイランスの開発導入など危機対応能力の向上に努めてきました。


SARSの教訓の一部は、ただちに改善できるものでしたが、その大半は新しくシステムを構築しなければならず、それには長期的な計画とそれを柔軟にかつ段階的に進めていくことが必要であることに気がつきました。そして、それを丹念にフォローアップすることが重要です。国連機関は、長期的視点で国造りをサポートできます。教訓をリストアップするだけでは、Lessons learnedではなくLessons identifiedだと スタッフには再三言って来ました。各国は、APSEDによって構築されたシステムをフルに活用してCOVID-19への対応を行なっています。

緊急事態宣言

2003年のSARSのもう一つの教訓は、WHO事務局長に緊急事態宣言の権限と責任を付与されたことです。ただし、それを出すにあたっては独立した委員会の助言を踏まえることとされています。IHRに基づき、事前に登録されたWHOとは独立した専門家による緊急会議が1月22日と23日に開催されました。患者が確認されていた中国、タイ、日本、韓国からの報告を受け、この未知の感染症の評価が行われましたが、緊急事態宣言を出すべきか否かで専門家の判断が両日にわたって丁度半々に分かれました。そして、10日以内に再度状況を評価することとされ、30日に再び召集され、今度は全会一致で「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を宣言すべきとの助言が事務局長に対してなされました。

パンデミックは、自然災害などでの対応のように特定の地域への支援ではなく、世界中で感染が発生する状況であり、世界中を結ぶとともに、すべての国が対応できるよう支援が必要です。我々は、同宣言を受けて、大規模市中感染への準備のスイッチを入れました。目の前のレスポンスだけでは、最悪の事態となった場合に備えることはできません。特に脆弱な国では流行状況に応じた段階を追った準備では、間に合いません。パンデミックの可能性のある感染症では、流行がすべての地域で起きることを想定し準備する必要があります。地方自治体が中央の支援を頼ることなく自力で対応する必要があります。現在も、目の前の事態に対応しつつ、一方で国事務所をレバレッジ・ポイントとしてその支援を続けています。

 
 西太平洋地域の対応

西太平洋地域では、緊急事態宣言が発出された翌日からすべての加盟国と定期的にビデオ会議を開催し、感染の状況と必要な支援についての情報交換を行なってきました。各国の対策の経験の共有は、他国の対策の強化に役立っており、日本の「三密」も紹介したところ、現在世界中で参考にされています。COVID-19は新しい病気です。常に新しい情報が寄せられます。ジュネーブの本部は、それを休むことなく分析し世界中の専門家をつないでガイドラインを発出してきました。西太平洋地域では、マニラの地域事務局と15の国事務所の危機管理チームが毎朝リスク評価の会議を行い、必要な対応について意思決定しています。そして、本部が作成したガイドラインを地域の国々の実情に即した形で適応し、検査体制やサーベイランスの構築、接触者の追跡と隔離といった公衆衛生対策、医療体制の整備、そして間違った情報の拡散への対応など国事務所を通じて各国を支援してきました。

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西太平洋地域の加盟国と頻繁にビデオ会議を重ねている ©️ WHO/Takeshi Kasai


効果的な支援を行うためには、各国との信頼関係が重要です。APSEDで築き上げてきた関係が役に立ちました。しかし、今回は、それに加えて科学的な判断と政治の決断という関係性に配慮しなければなりませんでした。感染症対策を実施するには、国民の政府に対する信頼が最も重要であり、WHOは「各国の文化や習慣に合わせた形で黒子に徹する」、一方で国が「間違った対策をとっている際には、立ち上がって指摘する」という方針で臨んできました。言うは易く行うは難しです。流行の早期には、各国の決断が後手に回ることが多く、正しくない決断をしてしまった国に於いて助言をする際に信頼関係を危うく損なう場面に何度か遭遇しました。いまでは、どのような状況が来てどのような判断を求められるかを事前に説明することで、その国の状況に適した正しい判断がなされるようサポートしています。

一方で、決断がなされずに状況だけが刻々と変化する、あるいは決断がなされても、それを実施に移すキャパシティがなく、現場力に頼ってしのいだ、あるいは運よく感染爆発を防げた場面が何度かありました。西太平洋地域のWHO国代表と話す機会があれば、是非聞いてみてください。彼ら、彼女たちがいかに厳しい場面を乗り越えてきたか聞けるはずです。信頼できるスタッフがマニラの地域事務局や国事務所にいて、本当に助けられています。

 

日本人スタッフの活躍

スタッフと言えば、今回の対応では、マニラの地域事務局本部と国事務所の日本人職員が大活躍しています。ベトナムラオスのチームリーダーは日本人です。また、地域全体のサーベイランスやワクチンの統括も日本人が務めています。さらに、今回は他部門からも優秀なスタッフに応援を頼みCOVID-19対応をとっていますが、高齢化問題やHIVの担当者もローテーションで地域全体の指揮をとってくれました。国事務所でも、日本人の保健医療システム、母子保健そして精神保健の専門家がそれぞれの専門性も活用しながら対応にあたってくれています。そして、マニラには直属で私を全力で支えてくれている職員がいます。

今回のCOVID-19は、すべてのスタッフにとって試練となっていますが、約束したことをきちんとこなすことで信頼される日本人職員の貢献は高い評価を受けています。それぞれ個性がありますが、皆人間として魅力あるスタッフです。残念ながらまだまだ数が少ないのが現状です。WHO本部事務局長補をご退官されてから中谷比呂樹先生が日本でグローバルヘルス人材戦略センター長として国連職員を増やすための活動をされています。こういった活動を通じて、さらに皆から頼りにされる日本人職員が増えることを願っています。

 

保健セクターを超えた保健対策

COVID-19の対応で明らかになったのは、このウイルスが社会の弱点を突いていくるということです。外国人労働者の職場や寮であったり、収容人数を大幅に超えた刑務所であったり、コミュニケーションの取りにくい少数民族が住む僻地であったり、安全な水などへのアクセスが悪く衛生環境が必ずしもよくない地域に大勢の人が住んでいる地域などにウイルスが入ると対策が非常に困難です。

保健部門を超えた対策が必要であり、保健部門がもっと積極的に他のセクターと連携することの重要性が、改めて浮き彫りになりました。これは、COVID-19だけでなく、生活習慣病や高齢化問題、気候変動などの問題に取り組むうえでも不可欠です。今後は、他の国連機関に勤務される方との連携をもっと積極的に進めたいと考えています。

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ベトナム北部のカオバン州にて、地元の女性たちと © WHO(COVID-19発生以前に撮影)


COVID-19は今後どうなるのか

残念ながら、このブログを執筆している2020年の年末時点ではウイルスの流行が収束する兆候はありません。世界のどこかで、流行が続く限りは、どの国も安全ではありません。我々は、このウイルスが、世界の最も弱い部分に入ることを最も恐れています。それは、我々の地域では、南太平洋島嶼国です。感染拡大を抑えている国でも、検査対象を拡充し追跡調査すると国内でウイルスが見つかっています。このウイルスは、症状がない時点でも感染を起こすという厄介な性質を持っています。今後も、感染は続きます。経済活動を再開する一方で、医療サービスを崩壊させないようにすることが重要であり、感染者数の増加がある度に、それを早期に捕捉し抑え込むという「増加と抑制」を繰り返すことになると考えています。

このウイルスには未知の部分が多くあります。それでもこの一年多くのことが分ってきました。中国の研究者による遺伝子解析とその情報共有から一年という驚異的なスピードでワクチンが開発されています。今も、ワクチンだけでなく、診断や治療薬を含め、世界中の研究者が、この問題に取り組んでいます。感謝と称賛の一言です。今年一年も更に多くのことがわかる筈です。

その一方で、この感染症の本質は人から人への感染を起こすウイルスであり、人々の行動によって未来を変えることができます。一人一人が、家族や地域に住むハイリスクの人々や地域の医療機関を守るために行動を取れるか、そして対策によって生活が脅かされる人々を政府が守ることができるか、そして国際社会が、支援を必要とする国を守ることができるか、個人と国の関係が、そして国際社会の役割が改めて問われています。共感力と行動が必要です。COVID-19のワクチン接種は、まさにその試金石であり、ハイリスク者の割合が著しく高い南太平洋島嶼国へのワクチン確保が喫緊の課題です。

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キリバスのような島嶼国は、気候変動による自然災害などの対応とともにCOVID-19の対応をとっている © WHO(COVID-19発生以前に撮影)


未来を想像し創る

2021年がスタートしました。昨年1年間COVID-19との対応に文字通り明け暮れました。「健康危機管理」は、今後取り組むべき4つの未来の課題の一つのはずでした。その未来が「向こうから駆け足でやってきた」と感じています。COVID-19は、健康と経済や人々の生活が密接に関係していることを世界の人々に再認識させました。感染症対策か経済かという設問は、正しくありません。その両立を目指す「新しい生活」を、積極的に追求することが重要です。それが容易でないことは明らかですが、その先には、未来が待っています。

COVID-19によって、世界は様々な課題に直面しました。それは、保健医療分野に限らず、経済、環境、社会や人々の生活、そして国際関係など多くの分野にまたがります。実は、その多くはCOVID-19以前から存在していたものが、COVID-19によって浮き彫りにされた、あるいは増幅されたものだと考えています。その課題から目を背けることなく、技術革新や生活の変化も含めCOVID-19がもたらした環境を積極的に捉え新しい解決策を模索し、希望を持って未来を創るという姿勢が大切だと考えています。SDGsに真摯に向き合うチャンスです。

COVID-19下の新しい生活として、病気になってから医療機関にかかるのではなく、健康でいることに重点を移し、一人ひとりが自分のためだけではなく周囲の人を守るという目的意識を持って感染のリスクを下げる行動を身につけたとき、それは、まさにFor the futureの中で目指していた持続可能な社会実現への大切な一歩となるはずです。健康は社会全体の資源であり個人の努力とそれを支えるための環境への投資が必要です。日本が早期に達成し世界でリーダーシップを発揮しているユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)のイニシアティブで推進してきた概念とも合致します。すべての人の健康は平和と安全の礎です。人々が望む将来を考えた時、COVID-19下で作る新しい生活は、未来への大切な踏み台になるはずです。

未来を予測することは誰にもできません。しかし、未来を想像し創ることはできます。日本を離れてすでに20年近くなりますが、日本の現場力に何度目を見張らされたかわかりません。COVID-19で浮かび上がった課題に真摯に取り組むことは、日本の未来を作ることでもあります。そして、その中から新しいリーダーが生まれるはずです。そして日本の皆さんが、COVID-19によって浮き彫りになった課題に取り組み、その解決策を見出した時、その経験と技術は世界にとって貴重な財産になるはずです。

終わりに

昨年1年間、日本でグローバルヘルスに関与されている本当に多くの方からご支援をいただきました。この場をお借りして心より感謝申し上げます。照る日もあれば曇る日もあります。WHOスタッフを含め多くの人にとって、COVID-19は大きな試練であることは間違いありません、しかし、この試練を乗り越えた時、スタッフがCOVID-19に遭遇したことは自分の人生に意味あるものだったと感じてくれるような1年間にしたいと思います。

簡単でないことは重々承知していますが、お互い、健康と安全に気をつけ希望を持って頑張りましょう! 

 

フィリピン・マニラにて

葛西 健

2020年国連デーを振り返る「一緒につくろう、私たちの未来」

国連の誕生日は、国連憲章が発効して国連が正式に創設された10月24日。2020年はその75周年でした。新型コロナウイルス感染症の影響で物理的なイベントを開催できない中、いかにこの国連の75歳の誕生日を日本の皆さんと共有したか、国連広報センターの佐藤桃子広報官が年の瀬に振り返ります。 

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これまでの周年事業が国連の軌跡という過去を振り返ることが多かったのに対し、国連事務総長は2019年末から、国連創設75周年のキャンペーン「UN75」は未来を見つめて将来を思い描くことだと明確に述べてきました。グローバル対話を呼びかけた「UN75」のテーマは「一緒につくろう、私たちの未来」。しかし、このメッセージが2020年にこれほど切実な願いとなるとは、年が明けたときには誰も想像していませんでした。

 

国連広報センターが、キャサリン・ポラード国連事務次長の訪日にあわせて2月に開催したUN75キックオフ・イベントには100名近くの方が参加してくださいましたが、これほどの規模で人が一堂に会したUN75関連イベントを日本で開催したのは、これが最後となりました。その後は、6月に国連広報センターがハフポスト日本版と共催で、元ブルゾンちえみの藤原しおりさんとEXITの兼近大樹さんを招いてオンライン・イベントを開催し、8月には広島と長崎での平和式典にあわせて訪日した中満泉国連事務次長兼軍縮担当上級代表を交えて広島県が主催した「UN75 in Hiroshima」など、対話はオンラインの場に移りました。オンライン・イベントは参加している方々の表情や反応がすぐには分かりません。他方でウェブやSNSを通して発信されるイベントには、地理的に離れている方が参加したり、気軽にイベントに立ち寄る方が増えたり、また意見や感想を文字や絵文字で見えたりと、多くの皆さんの反応を手ごたえとして感じることもできました。

 
参加者からの反応として感じられたこととして、人々は自分だけでなく他者や社会のことを気にかけており、社会のために少しでも何かしたいと思っているということがあります。新型コロナウイルス感染症で、会いたい人に会えなくなり、計画がとん挫し、家族や学校や職場の環境が変わる中、それでも社会がこのパンデミックを乗り越えて、その先も良い社会となるように協力することが必要だと考える人がたくさんいることに、私たちも勇気づけられました。それは、UN75アンケートを通して日本から通年で6万を超える方々が声を寄せてくださったことにも表れています。

 

そうして迎えた国連の誕生日である10月24日は、あらためて「一緒につくろう、私たちの未来」を共有する機会となりました。まずアントニオ・グテーレス国連事務総長が世界へビデオ・メッセージを発信し、国連広報センターの根本かおる所長も日英でこの危機をただ乗り越えるのではなく、よりグリーンで包摂的で持続可能な社会を作るための「より良い復興」を遂げようとビデオ・メッセージでで呼びかけました。

www.youtube.com

グテーレス国連事務総長が国連デーに寄せたビデオ・メッセージ ©︎ UNIC Tokyo

 

メディアでは、ジャパンタイムズが国連デーを特集し、事務総長のメッセージとデイビッド・マローン国連大学長/国連事務次長の寄稿とともに、世界保健機関(WHO)のユニバーサルヘルスカバレッジ(UHC)親善大使を務める武見敬三参議院議員と根本かおる所長による、国連が直面する課題、マルチラテラリズムの再活性化には何が必要かを議論した対談記事が掲載されました。また、読売新聞に中満国連事務次長が寄稿を寄せ、マルチ(多国間)協力の重要性を改めて訴えるとともに、世界がコロナ禍に直面する今こそ「分断を乗り越え、連帯して復興を成し遂げる」ため、日本がマルチ協力へのリーダーシップを発揮してほしいと期待を寄ました。 

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武見敬三参議院議員 (左)と根本かおる所長(右)はマルチラテラリズムの再活性化に向けて何が必要かを議論した ©︎ YOSHIAKI MIURA


上智大学はこの日、女性として初の国連難民高等弁務官に就任し2019年に逝去された緒方貞子氏のメモリアルシンポジウムをオンラインで開催。パネルディスカッションにはマローン国連大学長や山本忠通元アフガニスタン担当国連事務総長特別代表兼国連アフガニスタン支援ミッション代表に加え、フィリッポ・グランディ現国連難民高等弁務官がスイス・ジュネーヴからオンラインで参加し、緒方氏が重視していた「人間の安全保障」や「現場主義」が今なぜ必要か、あらためて議論しました。グテーレス事務総長中満国連事務次長もビデオ・メッセージを届けました。
 

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国連にゆかりのある様々な登壇者が緒方氏の功績を振り返り、国連の未来について意見を交わした © 上智大学

 

 そして、日が落ちてから、東京スカイツリー®が持続可能な開発目標(SDGs)の17色に点灯されました。国連デーに、SDGs羅針盤にこのパンデミックを乗り越え、SDGs達成の目標年である2030年に向けた取り組みを強化・加速化する重要性を日本の人々と再確認することを目的に、東武タワースカイツリーの協力のもと実現しました。微妙な色の違いを見事に表現し、一色ずつ東京スカイツリーの色が変わっていく様子はただただ美しく、10月28日までの5日間、多くの人の心に灯りをともしました。

SDGsの17色に点灯された東京スカイツリーの様子 ©︎ UNIC Tokyo

 
国連職員にとって国連デーは、喜びに溢れるお祝いというよりも国連が創設された目的に立ち返ってこれからすべきことを見つめなおし、政府・企業・研究機関・非営利組織・市民社会・そしてあらゆる人々とより良い今と未来をつくることを目指し続ける決意を新たにする日です。今年国連がSDGs推進の機運を高めるためにマララ・ユサフザイさんらの協力を得て制作したドキュメンタリー『NATIONS UNITED ともにこの危機に立ち向かう』の予告編を東京スカイツリーの大型ビジョンで観ながら、気候変動や格差、ジェンダー不平等など、よりよい「私たちの未来」の実現を阻むものは山積している、この道のりは長い、と改めて思いました。それでも、日本の多くの皆さんとこの歩みをともにしていることに非常に勇気づけられ、だからこそ、その期待に応えなければならないと強く感じた2020年の国連の誕生日でした。

 

最後に、日本に拠点を置く国連機関が展開したSNSキャンペーンを紹介します。9月に開かれた第75回国連総会の正式な国連75周年記念式典で公表されたUN75グローバル対話の中間報告で、100万人の回答者の多くが、今日の課題に取り組むためにはグローバルな協力が不可欠であり、パンデミックによって国際協力はさらに急務となっていると考えていることが明らかになりました。そのほか、コロナ禍が続く中で、医療や安全な水、衛生、教育など、基本的サービスへのアクセス改善を緊急の対応が必要な優先課題であり、より長期的には気候危機と自然環境の破壊が圧倒的な懸念事項となっているといった結果も発表されました。では、こうした課題に対して日本に拠点を置く国連機関がどう対応しているのか、またSDGsの推進にどのように貢献しているのか?その姿をSNSキャンペーンとして紹介しました。国連諸機関がいかに日本のパートナーと連携しながら、地球規模の課題に立ち向かっているのか、ご覧いただければ幸いです。

 

 国連広報センターは2021年をCOVID-19からの「より良い復興」の年とすべく、全力を挙げてまいります。皆様、良いお年をお迎えください。

 

「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(26) 田中美樹子さん

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めた新ブログシリーズ。2020年最後となる第26回は、田中美樹子さん(ガイアナ国連常駐調整官)からの寄稿です。国連常駐調整官は国連システムが開発支援を行う国において、事務総長の命を受けて国連諸機関を束ねるポジションです。田中さんは2020年12月現在、日本出身のただ一人の国連常駐調整官です。

 

コロナ禍と選挙危機の中での国連の役割:ガイアナからの考察

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2016年よりガイアナで国連常駐調整官として国連全体の戦略的開発活動を調整指揮している。1995年にJPOとしてUNDPに入り2018年までラオス・中国・ベナンパキスタン東ティモール・イエメン・ガイアナの各国事務所とニューヨーク本部で開発プログラム管理やマネージメントに従事して来た。国連の前は日本・タイ・イギリスで開発NGOと証券会社の仕事をした。タイ国立コーンケーン大学とロンドン大学SOAS修士号を、国際基督教大学で学士号を取得した。 ©︎ Colette Hytmiah-Singh

 

ガイアナで初めての新型コロナウィルス感染者はニューヨークから帰国して亡くなった女性で、3月11日のことでした。ちょうど3月2日のガイアナでの総選挙の集計の不正で騒然としている真っ只中でした。野党勝利の決着が付いた8月2日までの5ケ月間、ガイアナの人々は政治と新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の二重の危機に見舞われました。

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マスクの正しい扱い方など、感染対策用品の指導の様子 ©︎ PAHO/WHO Guyana

 

ガイアナは南米唯一の英語国で、日本の約半分の面積の領土はギアナ高地の天然資源豊な熱帯雨林に覆われた内陸部と、肥沃な湿地帯が延びる大西洋沿岸部に分かれ、人口はわずか75万人です。英領時代のアフリカ奴隷貿易とインド契約労働制度に端を発した民族構造を受けて1966年に独立したガイアナではアフロ系とインド系ガイアナ人のそれぞれに支持基盤を置く二大政党による人種政治が根付きました。憲法が、政権を握る大統領と政府の双方に多大な権限を与えていることも手伝って総選挙は常に激しい権力闘争と人種間競争と化し、以前は人種間暴力も頻発していました。二大政党間の協力は希有で、政権交代ごとに公共政策・公職も変わり、継続的な人材開発・経済投資・行政運営は困難となります。また沿岸石油生産開始でガイアナが今年石油生産国の仲間入りしたことで、今回の総選挙は激戦と暴力の発生が危惧されていました。

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ガイアナ共和国南アメリカ大陸の北部に位置している(国ごとの栄養不足人口の割合を色分けして表したWFP国連世界食料計画)による世界地図「ハンガーマップ」より

 

3月2日の選挙当日は円滑に投票が進みましたが、問題は首都ジョージタウンの票集計で起きました。各政党代表者と大勢の国際監視団の目前で選挙管理官が与党連立有利の不正数増しを行いました。野党は即座に選挙不正を訴え裁判所から最終選挙結果宣言の差し止め令を取り付け、さらに全投票用紙の再集計を行う展開となりました。この間、数々の訴訟・遅延・不正工作が政府与党と選挙管理委員会内の共謀者によって繰り広げられました。政府と国営メディアは連日与党勝利の虚偽と野党陰謀のプロパガンダを流し、ネットでのヘイト・スピーチも多発しました。コロナと政治の二重危機に国民が疲弊した中、8月2日に野党勝利の選挙結果が選挙管理委員長によってようやく発表され、負けた大統領は譲らず裁判に訴える中、新大統領と新政府は就任し、選挙に終止符が打たれました。不幸中の幸いでコロナ対策の外出制限も手伝って、政党支持者の抗議デモは少なく、暴力は児童が一人バスの焼き討ちで犠牲になったのと放火事件数件に留まりましたが、それでも尊い命が失われました。

 

国連常駐調整官として私は22の国連開発機関で構成される国連国別チーム(UN Country Team、 略してUNCT)の活動と安全を取りまとめていました。国連本部の政治平和構築局と国連人権高等弁務官事務所と連日情報分析をし、選挙過程と政治動向や人権侵害とネット上のヘイト・スピーチを注意深く追っていました。私がガイアナ国内で米英加欧大使と緊密に情報交換と戦略調整する一方、本部はカリブ共同体(CARICOM)や米州機構OAS)などの地域機構と綿密に連絡を取りながら、国連の対応を図りました。選挙不正が発覚した直後にはグテーレス国連事務総長が大統領と、イエンチャ政治担当事務次長補が野党党首とそれぞれ話し、公正かつ平和な選挙の収束を訴えました。また時機を見て私もツイートやプレス声明を出して迅速・公正な収束と非暴力を訴え続けました。政治平和構築局の調停チームも待機していましたが、当事者に対話意思はなく動員に至りませんでした。

 

その一方で、コロナが広まる中、国連の緊急支援は極めて重要でした。選挙前に議会・内閣も解散しており、政府は最低の予算しかなく行政機能は麻痺状態でした。不正を続ける政府を国際社会が支援することは難しく、国連機関が国際緊急支援の大部分を担っていました。中でも世界保健機関(WHO)と Pan-American Health Organization(PAHO)*1ガイアナの医療体制と人命を救ったと言っても過言ではないと思います。加えて国連児童基金UNICEF)、国連人口基金UNFPA)、国際移住機関 (IOM)、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)、国連エイズ合同計画(UNAIDS)も教育、母子保健、エイズ保持者保健、ジェンダーに基づく暴力や家庭内暴力の防止・対応、ベネズエラからの避難民への支援など各方面で活躍しました。私はUNCTのコロナ支援の調整と各大使館や外国開発機関との連絡調整に専心しました。8月に発足した新政府は即座にWHO/PAHO代表と私を政府のCOVID-19政策チームに加え、総括的なコロナ対策、経済救済措置、生活保護措置に緊急予算を組んで取り組み、国連も積極的にそれを支えています。

IOM、UNHCR、PAHO/WHO、FAO(国連食糧農業機関)は共同で北ルプヌ二地方のラジオ局に太陽光発電のバッテリーを提供。先住民コミュニティにとって、ラジオはCOVID-19感染拡大防止のための重要な情報源だ。 ©︎ Mikiko Tanaka

 

選挙の収束を機に国際支援は再開し、石油に着目した海外の政府・民間投資家の関心も集まっています。しかし選挙危機とコロナ禍の閉塞感から解放されて市民・経済活動も8月から活性化し、コロナ件数は急速に増え、現在の累積件数は5800件(人口75万)です。コロナで親や家族を失った人、職・所得を失った人、学校閉鎖でインターネットもなく授業が受けられなくなった児童や生徒、外出規制で家庭内暴力から逃れられなくなった女性など、犠牲は多大なはずなのに、統計不足で実態は完全に把握できていません。持続可能な開発目標(SDGsを考える上でよく使われる多面的貧困・脆弱水準にあると思われる人はガイアナに3〜4割いると推定されます。まさに彼らこそが社会経済構造の弱点を突くコロナ禍の一番の犠牲になっていることは容易に想像できます。

 

石油による歳入を雇用創出、格差縮小と貧困撲滅に還元することが新政府の最優先課題です。それには、政治・経済・社会構造の是正が必要で、政府、野党、財界、市民社会の協力が欠かせません。この難題を前にコロナ復興からSDGsに向け、国連がガイアナで何をすべきか、どう貢献できるかが目下の課題です。

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2017年のSDGsアドボカシー・キャンペーンには、多くの国連職員も参加した。国連システム全体でSDGs達成のために様々な取り組みを重ねている。 ©︎ UN Guyana

 

2020年はコロナ禍・政治危機のみならず、国連75周年や世界各地で広がった民主主義運動や人種差別反対運動が相重なり、SDGs・人権・正義などの地球規模問題を見直す年となりました。開発援助を長年続けて来た国連・国際社会が格差・不平等を生み出す社会経済政治構造を根本的に変えることができなかったことを反省させられます。

 

近年、グテーレス事務総長の指揮下で始まった国連改革は、持続可能な開発のための2030アジェンダSDGsの壮大なビジョンに見合った国連開発システムを創出しようとしています。国レベルでの国連開発協力を調整する135の国連常駐調整官(Resident Coordinator、略してRC)はグテーレス事務総長とアミーナ・モハメッド副事務総長のリーダーシップのもとで任務が強化されました。国レベルでプロジェクト・技術支援・政策助言を行う数々の国連開発機関からなる国連国別チーム(UN Country Team 、UNCT)内の横の調整も従来の重要な役割ですが、それ以上に各国が“誰一人置き去りにしない”形での SDGs達成に向けて包括的な開発方針戦略を打ち出し、実行し、結果を出すためにUNCTが一体となって貢献すべく指揮を執る責任があります。

 

対政府支援もさることながら、市民社会、内外の民間企業、世銀・地域開発銀行、各開発協力国等SDGsに基づいたパートナーシップを促進することも必須です。国連の中でも、従来各国で活動して来た国連開発機関以外に地域経済委員会、本部事務局、各種専門機関に豊富な知的資産があり、国に必要な情報・支援をRCが動員できるようになったのも国連改革が開いた戦略的な機会です。また、RCを支える国連常駐調整官事務所(Resident Coordinator Office、略してRCOの政策分析能力が強化されたのも大きな進展で、UNCT、政府その他パートナーとの政策・戦略対話の質も大幅に向上しました

 

例えばガイアナでは戦略計画担当のチームリーダー、エコノミスト、平和・開発アドバイザー、人権アドバイザー、コミュニケーション・アドボカシー担当官、データ・モニタリング担当官のRCOチームUNCTと協力してコロナ禍中の社会経済緊急政策の参考事例をまとめて政府に提言したり、SDGsから最も取り残された脆弱者のプロフィールや気候変動の影響による海面上昇からの沿岸部地域の被害リスクを細かく分析し、政府と中長期のSDGs推進戦略の政策対話に繋げています。また選挙制度・民族関係問題・憲法改革の分野において、市民社会組織との対話や各大使館・開発機関との戦略調整会議を執り行っています。コロナ禍で危機感が蔓延しSDGs推進の緊急性が増す中で、UNCTには積極的に改革の波に乗っている機関と出遅れている機関と足並みは揃わず難しい部分もありますが、RCの仕事は非常におもしろくなり、確実に国連は変わって来ていると実感しています。

 

あとがき:3月からほとんど自宅勤務でバーチャル業務でした。多くの人たちが失業したり生活難を強いられる中、仕事と生活が維持できることのありがたさを実感しました。コロナリスクも鑑み、精神面を含めた健康管理に留意し、ヨガ、料理、読書、ピアノなど自宅での活動を広めました。日常が変わることで新たな発見もできました。庭のマンゴーの木の花から青い実が生って少しづつ大きくなってほんのり赤みがかるまでの過程を初めて観察しました。朝、熟して落ちたフルーツを一部鳥やアリのために残しながら拾い集めてはアイスクリーム、ムースケーキ、マンゴー・サラダなどいろいろ作って見ました。マスク作りも手掛け、隣に住む一人暮らしのおばあさんのミシンを借り、おばあさんが数十年前にそのミシンでウェディング・ドレスを縫い上げたと素敵な結婚式の写真を見せながら語った中で、当時のガイアナの貧困や人種差別の中で生き延びる苦難も垣間見ました。本も読み漁り5年前に買ったKindleは寿命が尽きてしまいました。感動したお勧め本を脚注*2でご紹介します。11月の米大統領選挙は連日連夜テレビ付けで、ガイアナの選挙過程を彷彿とさせ、民主主義とガバナンスの尊さを教えられました。振り返るとちょっと成長した一年だったと思います。

 

新年もまだまだ大変そうですが、皆様がご健康でコロナを乗り越えられますよう祈願しております。

 

ガイアナジョージタウンにて

田中 美樹子

*1:1902年に創設された米州地域保健機関でWHOの中南米カリブ地域局の役割も担っている。

*2:Brene Brown "Daring Greatly", Don Miguel Ruiz "The Four Agreements", Michael Singer "The Unteth ered Soul", Samantha Power "The Education of an Idealist", Michelle Obama "Becoming", Melinda

女性とPKO 国連安保理決議1325採択から20年

今年で、「女性・平和・安全保障に関する国連安保理決議1325」は採択20周年を迎えます。2000年10月31日に全会一致で採択されたこの決議は、国際的な女性の権利と平和、安全の問題を前進させる大きなきっかけとなりました。安全保障理事会決議としてはじめて、戦争が女性に及ぼす不当に大きな影響を具体的に取り上げると同時に、紛争の解決と予防、そして平和構築、和平仲介、平和維持活動のあらゆる段階への女性の貢献を強調したからです。

陸上自衛隊に所属し、東ティモール南スーダンで国連平和維持活動(PKO)にも参加し、現在は国連活動支援局のニューヨーク本部に勤務する川﨑真知子さんから、平和と安全の分野でジェンダー平等を実現するための取り組みをご紹介いただきます。1125日「女性に対する暴力撤廃の国際デー」から1210日「人権デー」までに世界で展開されている「ジェンダー暴力と闘う16日キャンペーン」にあわせてぜひご一読ください。

 

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2020年8月より国連活動支援局でメディカルトレーニングオフィサーとして勤務。それ以前は、1998年に陸上自衛隊入隊以降、自衛隊中央病院陸上幕僚監部衛生部、中央即応集団司令部民生協力課長、第10後方支援連隊衛生隊長、衛生学校教官等として勤務。岡山大学大学院修了。 ©︎ Machiko Kawasaki

 

私は2020年8月からニューヨークにある国連本部活動支援局で勤務を開始し、国連三角パートナーシップ・プロジェクトに関する業務を行っています。


近年の国連平和維持活動(PKO)を取り巻く環境は非常に厳しく、武装勢力等の襲撃により、現地住民が厳しい生活を強いられるだけでなく、任務中のPKO要員が死亡するケースが毎年発生しています。私が2013年に国連南スーダンミッション(UMISSで勤務をしていた時、衝突が発生し、女性及び子どもを含む多くの住民が着の身着のままで国連の施設に保護を求めて避難してきました。

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武力衝突直後にUNMISSの施設に避難してきた現地住民(2013年) ©︎ Machiko Kawasaki

 

そのような中、任務中のインド軍兵士2名が亡くなる事案が発生し、その地域に展開していた歩兵部隊が撤収する事態に至りました。一度重大な事案が発生してしまうと、そこでのPKO活動は縮小又は中断を余儀なくされ、その地域で困難な状況にある地域住民の保護にも多大な影響を与えます。こういった悲劇を少しでも失くし、地域に平和を根付かせるためにも、国連には不断の努力が求められています。そのため、PKO部隊には、そこで暮らす住民や人道支援活動を行う人々を守るために、また、自らの安全を確保して任務を遂行するために、高い技術及び専門的な知識が求められています。しかし、要員派遣国の中には、訓練に必要な機材や専門知識のある教官の不足により十分な訓練等の準備が実施できない国もあり、安全性及び実効性の観点から深刻な問題になっています。そこで、国連、支援国及び要員派遣国の3者が協力して質の高い要員を育成し、安全かつ効果的な任務遂行を可能とする国連三角パートナーシップ・プロジェクトが立ち上げられました。ニーズや能力ギャップを把握する立場にある国連が訓練内容を企画・運営し、技術とリソースを持つ支援国がプロジェクトへの資金拠出、教官派遣及び装備品の提供を行うとともに、PKO要員派遣国の要員に対し訓練を行うという3者の協力態勢が従来にないプロジェクトの特徴です。

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国連三角パートナーシップ・プロジェクトの一環で実施した、20191011月にウガンダ軍の施設においてウガンダ軍へ重機操作教育。訓練生に対し油圧ショベルの操作実習をした。 ©︎ UN


2015年のプロジェクト発足以降、道路補修などの施設分野を皮切りに、情報通信分野、2019年からは医療分野に訓練範囲を拡大してきました。2019年はアフリカ、アジア及び同周辺地域から243人の要員がこのプロジェクトに参加して訓練を受け、そのうちの多くは既にミッションに派遣されています。また、訓練の使用言語を英語だけでなく、フランス語にも広げ、教官及び訓練生の双方に女性の参加を働きかけるなど、多様性ある訓練が実施できるように計画段階から着意しています。


私はこのプロジェクトのうち、特に医療分野の訓練の計画及び準備を担当しています。全世界で展開されているミッションでは毎年多くの要員が亡くなっており、2019年は101名が命を落としています。派遣される要員に救急法などの医療訓練を行うことで防ぐことのできる死を最少化することは、要員の安全を確保する上で喫緊の課題となっています。2019年に医療分野の初めての訓練が行われ、日本、ドイツ及びベルギーから教官の派遣を受け、南スーダンコンゴ民主共和国のそれぞれのミッションに参加中の要員29名が2週間の訓練に参加をしました。この訓練を通じて得られた改善点をもとに、テキストの改訂、訓練要領や訓練生の評価法の確立などを現在実施中で、世界各国の要員派遣国でこの訓練が早期に開始できるよう準備を進めています。

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2019年にウガンダで実施した第1回野外衛生救護補助員コースの実施風景。日本の教官等がUNMISSおよびMONUSCO派遣中の各国軍の歩兵要員等に対し、マネキン人形を用いて救護実習を行った。 ©︎ UN


残念ながら、2020年はCOVID-19の世界的流行のため、医療訓練だけでなく施設分野や情報通信分野のほとんどの訓練が中止になっています。しかし、これをマイナスにとらえるのではなく、準備の時間をもらえたと前向きにとらえて頑張っています。また、従来の対面型の訓練だけでなく、インターネットを活用したオンライントレーニングやリモート講義など新たな方法でのプロジェクトの推進も模索中です。

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国連の同僚とのオンラインミーティング ©︎ Machiko Kawasaki


女性・平和・安全保障に関する国連安保理決議1325の採択から今年で20年が経過しましたが、今なおPKOが展開する国では、多くの住民が住居や仕事、教育機会を失うなど十分な生活ができない状況にあります。特に女性や女児は性的暴力を受けやすく、紛争が与える影響は男性よりも大きいといわれています。しかし、こういった状況を好転させるため、女性要員の増加など女性のPKOへの関与はこの20年で大きく変化してきました。国連では、職員の男女比率から個々のプロジェクトに至るまで、常にジェンダーパリティに注意が払われています。私の担当するプロジェクトでも企画段階から女性の参画の視点が重視され、結果として、どのくらいの女性が参加したかについて具体的な数字での説明が求められています。また、現在全世界で展開されるPKOでも女性の警察・軍事要員の増加に向けた努力がなされ、その割合は6.6%まで上昇しています。私の友人にも、南スーダン中央アフリカ共和国でのミッションに参加中の女性軍人やPKOセンターで教官や研究者として活躍している人もおり、世界全体でPKOへの女性の関与促進に真剣に取り組んでいることを実感します。

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国連安保理決議1325の採択から今年で20年。とりわけ女性や女児に寄り添って活動を続けるUNMISSベンティウ事務所所長の平原弘子さんがメッセージを寄せた。

 

国連は2028年までにPKOに参加する各国軍の女性割合を15%に、警察部隊は20%まで引き上げることを目標に掲げています。この目標達成には、各国の取り組みが重要と考えます。特に、各国のリーダーが女性のPKO参画の重要性やメリットを理解して、具体的に行動することが求められていると思います。私自身も国連三角パートナーシップ・プロジェクトを通じて、これからのPKOを担う女性要員を育成し、この目標に貢献できるよう頑張っていきたいと考えています。

「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(25) UNHCR親善大使・ギタリストMIYAVIさん

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めた新ブログシリーズ。第25回は、ギタリストMIYAVIさん(UNHCR親善大使)からの寄稿です。

 

どんな状況でもベストを尽くす ー みんなで支え合い、助け合える世界に

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ギターピックを使わない三味線にインスパイアされたスラップ奏法を独自に編み出し、“サムライギタリスト”として世界的に注目されるギタリスト。これまで30カ国以上、8度のワールドツアーを実施。アンジェリーナ・ジョリー国連難民高等弁務官事務所UNHCR)特使が監督を務めた『Unbroken(邦題:不屈の男アンブロークン)』などに出演し俳優としても活動。2017年、日本人初のUNHCR親善大使に就任。これまでレバノン、タイ、バングラデシュケニア、コロンビアのUNHCRの現場を訪問。 © UNHCR/Allan Kipotrich Cheruiyot

 

2020年、年が明けてからはブラジルやハワイなどをツアーで周っていました。その中で、UNHCR親善大使としてコロンビアの難民支援の現場を訪問し、ベネズエラから逃れてきた難民の方たちや地元でサポートをしてくれている人たち、現地のUNHCRの職員たちと話をしました。UNHCR親善大使としての活動でいつも感じることですが、現場で何が起こっているのか、どれだけリアリティを持って感じられるかが重要なので、直接現地に出向くことは親善大使の活動としてもすごく大切なことです。

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コロンビアで出会った子どもたちと。コロンビアには自身も避難を強いられ困難に直面している国内避難民が多くいるにもかかわらず、ベネズエラから逃れてきた人たちを寛容な姿勢で受け入れている。© UNHCR/Santiago Escobar-Jaramillo

 

その時点で、中国で新型コロナウイルスの感染が広まっているというニュースは目にしていましたが、ここまで影響がおよぶとは思っていませんでした。その後、2月にロサンゼルスでの仕事を終えて日本に帰ってきて、今度はヨーロッパ、アメリカでの感染者の数が激増していき、3月に入ると状況は一変しました。日本でも緊急事態宣言が発令され、僕も皆さんと同じようにステイホームの日々が始まりました。4月に新アルバムのリリース、その後に国内でのツアーを控えていましたが、ツアーをキャンセルするのかしないのか、これまで前例のない危機を前に、スタッフたちとずっと議論を重ねていました。

 

新型コロナウイルスの感染が拡大していく中で考えさせられたこと。自分に何ができるのか、エンターテイメントの存在意義、ミュージシャンとしてどうあるべきなのか、何を発信していくのか、なぜ音楽を続けるのか。いろんなことを考え始めた時期でした。

 

ツアーや映画の撮影など仕事で海外を周っていると、事前に予定していたことがいきなり変わることは、ある種日常茶飯事です。どんな状況にあっても、置かれた状況の中でどうベストを尽くせるのか、常に予期せぬ変化があることを前提に考え、これまでも動いてきました。

 

コロナ禍においても、感染してしまった人の命を救うために僕たちが直接的にできることはそう多くないかもしれない。でも、リモートワークで職場に行けない方、学校に行けない子どもたちなど、家にいるしか選択肢がなく心がどんどん病んでいってしまっている人たちに対して、音楽やパフォーマンスを届けたり、医療現場の最前線でリスクを背負いながら働いている人たちに対して支援をしたり、僕たちアーティスト、エンターテイメントにもできることが必ずあるはずだと思い、できることからはじめていきました。

 

日本で、東京で何をするべきか、緊急事態宣言の中で、まずは自宅からでも発信できることをしていくしかない。そうしてスタートしたのが、Instagramでのファミリーライブです。僕は普段、ツアーで海外にいて自宅を空けることが多いのですが、ファミリーバンドを結成したことで、逆に音楽を通じて家族のきずなが深まりました。そして、その時間をファンのみんなや、僕の活動を応援してくれている人たちとシェアできればと思い、できるだけ間隔を空けずにやろうと始めましたが、さすがに毎日やっていた時はすごく大変でした(笑)。だけど、その中でも新しい発見がたくさんありました。 

自宅から配信したファミリーライブ。「家族で音楽を楽しむ動画が自粛中の人々に元気を与えたとして、第13回ペアレンティングアワード「パパ部門」を受賞

 

こんな時だからこそ、みんなで苦しい時間、不安な時間をどう乗り越えていくか、とにかく時間を共有することで、少しでもその不安をぬぐえればと思いました。緊急事態において、アーティストもファンもあまり関係ありません。単なるショービジネスではない、人としてのつながりを大切にしたかったんです。インスタライブを見にきてくださった方と共有する時間は、僕たちにとっても大事なものだったし、2020年、あの状況下で過ごしたあの時間は忘れることはないと思います。

 

その次にチャレンジしたのがヴァーチャルライブです。予定していた全国ツアーが中止になってしまったので、それならヴァーチャルでやってみようと。レベル1は僕のワークスペースから、レベル2ではドローンを使用してスタジオから、レベル 3teamLabから世界に発信しました。まだコロナの影響が少なくない中で、安全に配慮しながら全力で関わってくれたスタッフのみんなを誇りに思いますし、これもこの2020年に行ったことに大きな意義を感じています。そして今、次なるレベル4の開催も予定しています。

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新しい挑戦として始めたヴァーチャルライブ。テクノロジーを駆使して、さらなる 進化を続けている © COURTESY OF MIYAVI

 

世界的な流れとして、どの業界においてもテクノロジーを使わざるを得ない状況になってきたのは、ある種必然的なことなのかなと感じています。これから、もっとリアルとバーチャルが交差していく。リモートでの会議やバーチャル上でのコミュニケーションにおいては、今まで当たり前だったことはやはり難しくなってきます。面と向かって対話する時の空気感、ふれ合い、体温、その場の雰囲気や波動による影響などはリモートだと皆無になってしまう。その中で、どうリアルであれるのか、人と人の本当の”つながり”って何なのか、今、あらためて問われているような気がします。

 

620日の「世界難民の日」には、オリンピックを直前にいろんなアーティストや賛同してくれる企業などを招いてチャリティイベントも計画していたのですが、今年は結局オンラインでの開催となりました。ここらへんの判断も、日本での温度感とUNHCR本部があるスイス・ジュネーブ他の国の状況とのギャップがあったので、非常にセンシティブで難しい判断でした。が、結果ああいう形での開催になり日本のミュージシャンの仲間たちがそれぞれ思い思いのメッセージを寄せてくれ、難民問題についての意識が決して高くない日本において、非常に意義のあるイベントになったと思います。

 

声を上げるということは責任を伴います。参加してくれアーティストたちそれぞれが自分の言葉で、それぞれの立場で話してくれたこと自体、すごく大きなことですし、今まで難民問題に触れたことがなかった人たちにも届きはじめている、強い手応えを感じました。

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世界難民の日 特別配信 UNHCR WILL2LIVE Music 2020」ではメインパーソナリティ―を務め、音楽を通じて難民支援への参加を呼び掛けた ©国連UNHCR協会

 

やはりどうしても日本にいると物理的な距離もあり、さらにコロナという世界規模の危機の中で、難民問題を身近に感じることは難しいかもしれません。でもそんな今だからこそ『世界のどこかで僕たちよりももっと過酷な状況で生き抜いている人たちがいる』ということに目を向けてほしいし、僕たちも彼らから学ぶべきことがたくさんあります。

 

今年3月に東京マラソンに出場するために来日した難民アスリート、ヨナス・キンディ選手と、非公式ですがお会いさせてもらい話した時の言葉が印象に残っています。「エチオピアから命からがら逃げてきて、今もなお難民として生かされている。どれだけ物資やお金の支援を受けても、カフェで一人お茶をしていると、耐えられないくらいの孤独を感じることがある」と。「時に、自分が空気のような存在で、周りからそこで生きていることさえも忘れられる、何もできないまま時間が過ぎていくのが、怖い」と、涙を流しながら話してくれました。これは先進国に住んでいる僕たちも感じることがある感情じゃないでしょうか。物質的なものではなく“人とのつながり”。それを持って僕たちは“生きている”と実感することができる。社会とのつながりをどう持ち、自分の存在を肯定していくか、本質は同じことのような気がします。 

2016年リオ五輪で初めて結成された「難民選手団」のメンバーでもあるヨナス選手。現在はルクセンブルクでトレーニングに励んでいる。

 

今現在、僕自身もUNHCR親善大使として、難民支援の現場に足を運べないのは、もどかしい気持ちでいっぱいです。僕の役割は、自分の足で現場に入って、そこにいる人たちを音楽や文化の力で元気づけること。そして、そこで得たこと、起こっていることを自分の目で見て、肌で感じて、それを世界中の人たちに伝えること。だから、今動けないことがもどかしいですが、そんなことばかりは言っていられません。じゃあ今、東京にいて、何ができるのか。日本初のUNHCR親善大使として、この国における難民問題をどう広めていくことができるのか。日本で暮らす難民の方たちの状況も、もっともっと勉強していきたい。そしてこの難民問題の現状を日本の人たちに伝えていき、その支援の輪を広めていく、それが今日本にいる僕のミッションでもあります。

 

2021年に延期された東京五輪への出場を目指して、今も世界各地でトレーニングに励んでいるヨナス選手をはじめとした難民選手団のアスリートたちに心からエールをおくり続けるとともに、彼らと東京で会えることを心待ちにしています。

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バングラデシュロヒンギャ難民キャンプでサッカーの試合に飛び入り。子どものころ “サッカー少年”だったMIYAVIと難民の子どもたちのサッカーはUNHCRの現場訪問の恒例 © UNHCR/Jordi Matas

 

先行きや未来が見えないのは、本当に怖いことです。それはどんな大企業も、アスリートも、難民キャンプで過ごしている人たちも、僕たちと一緒です。じゃあ、どうやってその怖さを克服していくのか。そのためには、新しい道を作るしかない。それ以外に未来にはつながる道はない、僕はそう強く感じています。

 

ロックダウンにより世界中で経済活動がストップし、僕たちの生活もパニックに陥りました。だけど見方を変えると、地球にとっては決してマイナスではなかったのかもしれない。交通量が減り、空気がきれいになった。自宅にいる時間が増え、自分や家族との向き合い方も見つめ直せた。もしかしたらSDGs(持続可能な開発目標)を達成し、未来に向けて持続可能な地球にしていくために与えられた必然的な時間、試練だったのかもしれない。だからこそ、このまま何もなかったように経済が前のように戻ってはいけない。何をもって“成功の価値”とするのか。その成功の価値観の中に、地球や社会全体との向き合い方も含まれないといけないですし、このパンデミックをその方向へシフトする大きなきっかけにするべきだと強く思っています。

 

コロナじゃなければこうだったのに、と振り返るだけだと何も生まれない。僕たちミュージシャンは、描きたい未来を、言葉や音に乗せて伝えていくことができる。未来を描くことができて、初めてそこに希望が生まれる。それが僕たちの役割ですし、存在する理由でもあります。それもこのコロナ禍に改めて再確認できたこと。なので変わらずに描き続けていきたいと思います。

 

今、僕らの時代は岐路に立たされています。この地球上で僕たちが直面している問題は、何をやっても無力感を感じるくらい、途方もない大きい問題ばかりです。だけど、僕たちみんながそれぞれの役割をまっとうして、つながることができたなら、そこに解決の糸口が見つかるかもしれない。世界を見渡せば、そんな意識をもった人たちがたくさんいます。

 

未来を信じて、声を上げている人たちもたくさんいます。誰も自分が大変な時に、他の人を助けることなんてなかなかできません。だから、まず自分が強くあること。しっかりと自分たちの足を固めた上で、地球に良いことをしたり、世界のどこかで苦しんでいる人を助けていく。自分にできることは限られて小さなことだとしても、それを続けていくことで、いつか、皆がつながり、大きなうねりを生み出すことができる。僕はそう強く信じています。がんばりましょう!

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新型コロナウイルスの危機をみんなで乗り越え、1日でも早く、ギターを携えて難民の子どもたちに会いに行ける日がくることを願っている © UNHCR/Jordi Matas

 

日本・東京にて

MIYAVI