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「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(24) 塚本美都さん

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めた新ブログシリーズ。第24回は、塚本美都さん(ILO 雇用政策局・開発投資部 部長)からの寄稿です。

 

ウィズ・コロナ時代の働き方を考える

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1994年国際労働機関(ILO)での勤務開始後、2018年よりILOジュネーブ本部の雇用政策局・開発投資部(DEVINVEST)部長。これまで、脆弱性と気候変動の諸課題を人間中心のアプローチを通じた持続可能なインフラ開発に結びつけ、ILOにおけるキャリアの半分以上にわたってアフリカ、アジア、ラテンアメリカの様々な国のコミュニティ主導の取組を支援。開発投資部では、貿易とマクロ経済の雇用への影響分析、雇用集約型の雇用創出スキーム(EIIP)、平和と強靭性のための雇用(JPR)、フォーマル化移行支援に関する取組を推進。ILOでの勤務以前は、日立グローバルデータストレージテクノロジーズに勤務。 ジョージタウン大学にてMBA及び国際ビジネス外交の優等学位を取得。(写真:ジュネーブ平和ウィーク2020にて、『コロナ禍での健康、雇用と平和構築の課題の相互関係についてパネルスピーチを行う様子』)

 

多くの国連機関と同様、私が勤務する国際労働機関(ILOジュネーブ本部では、3月16日から「エッセンシャル・ワーカー」を除く全職員のテレワークが義務付けられました。私の部署では、1,2名の同僚が定期的にテレワークを実施しており、部内会議は既に対面とリモートのハイブリッドな環境であったことから、テレワークへの移行は比較的スムーズでした。 しかし、子どもや家族のケアに責任を持つ職員の多くが今回改めて気付いたことは、家事・育児といった家庭における仕事と職業としての仕事のバランスを取る、そして柔軟な勤務形態を可能にする必要があるということでした。自分や配偶者の「オフィス・スペース」と子どもの「学習スペース」を共有しなければならないケースもあり、これはロックダウンや外出自粛期間中は特に顕著でした。私の場合、 仕事とプライベートの時間を明確に区切ることが難しく、子どもがウェビナーに飛び込んできたり、ピアノのレッスンの音が聞こえたりしないようにする方法を見つけることに苦心しました。 テレワークで通勤時間が節約された分、こうした「仕事」に費やす時間が多くなりました。

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パンデミック期間中のテレワークの様子 © World Bank Photo Collection

 

30年近く前に日本の企業で働いた経験を振り返り、現在の日本の労働者の生活はどう変わったのだろうと思うことがあります。 残業時間の削減などを含め、働き方改革に向けた取組が進んでいると聞きますが、当時の現実は、帰宅時間が遅かったり、土日も仕事をしたりと、家族と過ごす時間が殆どなく、ワーク・ライフ・バランスの取れていない労働者が多かった印象です。これは、会社への「義理」や「忠誠心」による残業や、同僚、上司あるいは取引先との飲み会に深夜まで同行したりする慣例が理由の一つであったと思います(そして、非公式な交渉がそこで成立することも多くありました)。  

 

新型コロナウイルス感染症の流行は、こういった働き方を変えたのでしょうか。(テレワーク等の代替的な職場での安全衛生が確保されていることを前提として)一部の職業や業務では、どこからでも仕事ができること、労働者のモチベーションが高ければ生産性を高く保つことができること、そして良好なワーク・ライフ・バランスが労働者とその家族の心身の健康にとって重要であることに、社会が長期的な視点から気づくことを私は望みます。今回の危機によって、「仕事の未来」やデジタルな働き方を考える必要性が、かえって前面に押し出されました。 私たちは、デジタルな世界を受け入れ、男女ともにより柔軟な働き方を実現する、バランスのとれた方法を見つけることが必要です。これは労働者個人だけでなく、市民全体にも重要です。日本は、労働人口減少のギャップを埋めるために、デジタル技術を積極的に取り入れる努力を進めています。それに加え、ワーク・ライフ・バランスの重要性を文化として受け入れる必要があるのだと私は思います。こうしたバランスの欠如が、日本の人口減少の一因となっていることも否めないのではないでしょうか。

 

「在宅勤務は労働生産性を低下させる」という印象は、多くの場合間違っていることが証明されています。 生産性には、働く場所よりも、個人のモチベーションと、そして個人が自身のスキルを発揮できる健全な環境が重要なのです。

 

私たちILO開発投資部は、新型コロナウイルス感染症の流行が始まってからも精力的に活動を続けてきました。テレワーク期間中は、パンデミックの社会・経済への影響や、それが仕事の世界に与える影響の分析、そしてこれらの分析に基づく政策提言など、多くの取り組みが行われてきました。現在は、ILOが作成した「新型コロナウイルスのパンデミックの中での安全で健康な職場づくりの手引き」や、「安全な職場復帰に関するガイドライン」に基づき、ILO本部では、全職員の安全、健康、家庭の状況を考慮した段階的なアプローチを経て、既に半数以上の職員が職場での仕事を再開しています。「労働安全衛生(Occupational Safety and Health, OSH)」は、ILOの基盤となる重要な分野で、これまでに40以上の国際労働基準がILO加盟国に採択されています。 新型コロナウイルスがもたらす脅威は、職場の全ての人たちを対象として安全かつ健康的な労働環境を整備することの重要性を、さらに浮き彫りにしたと言えるでしょう。 雇用者と労働者は共に、職場の安全を確保する上で重要な役割を担っています。

 

私は1994年にILO勤務を開始しましたが、最初の任務は、1995年のILO総会において採択された「1995年の鉱山における安全及び健康条約(第176号)」の起草でした。  鉱山であろうと、オフィスであろうと、「ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事) 」を確保するためには、労働安全衛生基準が不可欠です。ディーセント・ワークは、SDGsの目標の一つであり、経済、社会、健康、教育、環境などすべての分野に深く関連しています。私が初めて携わった条約の採択から26年経った今、私は、1970年代に始まった雇用集約型投資プログラム(EIIPを実施する部署を任されています。このプログラムは、労働力を基盤としたインフラ整備と環境事業を行い、それらを通じて雇用機会を創出するという、ILOの国際労働基準を中心とした規範の枠組みを実際に現地で具現化する取組です。現在のEIIPは、社会・環境的側面により焦点を当てた6つの分野における活動に取り組んでいます。 ILOはこれまでEIIPを通じて、様々なインフラ建設プロジェクトを実施し、脆弱な立場に置かれた人々の雇用を創出し、技能開発による雇用機会を増やし、また、現地の制度を強化してきました。

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カメルーンにおける「Kumba Mamfe道路建設プロジェクトにおける排水溝整備の様子 

© ILO CO-Yaounde

 

EIIP事業のうちインフラ建設プロジェクトでは、高い足場からの落下、頭上からの落下物、重機事故などによる労働災害のリスクが特に高いことが知られています。EIIPでは、すべての雇用者と労働者を対象に労働災害の予防と安全衛生意識向上のためのトレーニングを実施しており、さらに、労働行政強化を目的に労働基準監督官のキャパシティ・ビルディングを行うこともあります。

 

これに加えて、新型コロナウイルス危機により、新たな労働安全衛生リスク対策が必要となりました。これには、職場での人と人との物理的距離の確保、手洗い施設やそのアクセスの確保、頻繁な手洗いや咳エチケットを含む衛生意識の向上、職場における消毒機材の確保、マスクを含めた適切な保護具の使用、労働者の健康状態のモニタリングなどが含まれます。これらの新たなニーズに対応し、ILOは、職場での新型コロナウイルス感染症予防及びリスク低減 アクションチェックリスト、「職場における新型コロナウイルスを止めよう!」と題したセクター別のガイド、および「雇用集約型のインフラ建設プロジェクトで遵守すべき新たな労働慣行の調整に関するガイドライン」等を策定しました。これらのツールは、新型コロナウイルス感染症に対する労働安全衛生対策だけでなく、ロックダウンやその他の事業中断の事態での計画作成にも役立ちます。その後これらのガイドラインは、ILOがインフラ建設プロジェクトを実施、あるいは支援している20カ国以上の国々で、それぞれのニーズや状況に応じて改訂されました。いくつかの国では、政府や開発機関が、新型コロナウイルス危機に直面、あるいはその余波が残る時期に、特異的な対応を進めるための手段として、これらを取り入れています。

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労働者が物理的距離を保って業務の現場に就く様子 © World Bank Photo Collection

 

一連のガイドラインに基づいて対策を実施してきた国の一つがレバノンです。レバノンでは、新型コロナウイルスの脅威が高まる中、2020年3月中旬に全国的なロックダウン政策措置が導入されました。この措置の期間は自治体によって異なるものの、概ね6月頃まで続き、その間、インフラ建設プロジェクトを含むほとんどの経済活動を停止せざるを得ない状況に陥りました。レバノン全国で幅広いインフラ建設プロジェクトを展開するILOレバノン事務所は、政府や自治体との協議を重ねた上で、前述のガイドラインを現地のニーズに適合させ新型コロナウイルス危機に対応するための新たな労働安全衛生基準を作成し、労働基準監督官に追加的トレーニングを実施したり、必要な個人用保護具を調達するなど、安全な事業再開に向けた準備を着々と進めてきました。実際に、6月初旬のインフラ事業再開時には、すでに職場における新たな労働安全衛生基準を実施するためのシステムが出来上がっており、労働者が適切な物理的距離を保つことができるように建設作業工程が修正され、プロジェクト参加者の健康状態を毎日観察・記録するなど、徹底した管理が行われていました。これにより、同国におけるインフラ事業は軌道に乗り始めました。

 

しかし残念なことに、8月4日、レバノンの首都ベイルートで爆発が発生し、これによって200人近くが死亡、6,500人以上が負傷、30万人以上が家を失ったことは周知の通りです。

 

ILOレバノン事務所とEIIPチームはこの危機的状況に迅速に対応し、すぐさまドナー国、各省庁、自治体との調整を開始しました。これら関係者の積極的な反応が功を奏し、爆発後数日には、ベイルートのがれき撤去のための緊急雇用プロジェクトを開始し、200名の雇用が創出されました。がれきの撤去作業には、割れたガラスの破片の撤去などのハイリスク業務も含まれるうえ、新型コロナウイルスの脅威も依然として存在しています。繰り返しになりますが、労働安全衛生基準をしっかり実施することが、こうした新たな状況下でもディーセント・ワークを実現するための鍵となります。

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レバノンでは、ドナー国や関係省庁による柔軟な姿勢が緊急事態への早急な対応を可能にした。 © ILO CO-Beirut

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がれきを除去する労働者たち © ILO CO-Beirut

 

このような緊急雇用支援を提供するにあたり、ILOは脆弱で、支援を最も必要としている人々に手を差し伸べます。ILOレバノン事務所は、爆発の影響を直接・間接的に受けた人々の優先的な雇用を特別に配慮した労働者選考プロセスに関するガイドラインを作成しました。

 

例えば、20代のレバノン人テルジアン氏は彼の父親が亡くなった後、働けなくなった母親を養うために、爆発源の近くの宝飾店で勤務をしていました。しかし、今回の爆発でこの唯一の生計手段は無慈悲にも破壊され、彼の雇用の見通しは絶望的なものとなりました。このように弱い立場にある人たちに手を差し伸べるために、インターネットやSNSなど様々な手段で求人広告を発信し、国内外のNGO自治体のネットワークも活用し、彼らに仕事の機会が与えられ、セーフティー・ネットが機能するための工夫がなされました。「このプロジェクトは、私の未来への希望をつないでくれました」とテルジアン氏は言います。

 

レバノンにおけるインフラ建設プロジェクトは、細かく配慮されたステップに従って事業を進めることで、女性の参加を促進するだけでなく、現地レバノン市民とシリア人難民の双方に適切かつ均衡のとれた雇用機会を提供し、社会的結束の向上を目指していますレバノンはシリア難民の最大の受け入れ国の一つとして知られていますが、同国のひっ迫する財政状況や、限られた雇用機会を巡って、両者の関係が緊張することもあります。しかし、レバノン人とシリア人は、ベイルートの街の再建、そして新型コロナウイルスの脅威を食い止めるという共通の目標に向け、手を取り合って活動をしています。

 

モーリタニアでも、ILOは現地コミュニティと難民の平和的共存を支援しています。とりわけ、多くのマリ人難民が居住しているバシクヌー(Bassikounou)地域やムベラ(M’berra)難民キャンプでのILOの使命は、学校や道路などのインフラ資産の建設を通じて雇用機会を創出することです。新型コロナウィルス感染症の流行に際しては、職人の専門技術を生かしたマスクの生産で代替的な雇用機会を創出するなど、いくつかのイノベーションも生まれました。このような手作りマスクの生産には、生地の裁断や縫製に最大限の労働力を投入する必要が生じるため、「雇用集約型」の取組となるのです。ILOモーリタニア事務所は、ここに好機を見いだし、すぐに現地の仕立職人21名を対象に、2週間の集中トレーニング・コースを実施し、雇用集約型のマスクの大量生産方法を指導しました。何万枚ものマスクが現地で生産され、これらの仕立屋は、この困難な時期にも収入を確保することができました。

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モーリタニアにおける「訓練学校(Chantier école)」プロジェクトは、日本政府からの支援も受け、435名の男女の若者たちの雇用機会と技能開発機会が創出された。 © ILO CO-Nouakchott 2019

 

新型コロナウイルスパンデミックは、仕事の世界、そして私たちの働き方を変え、それらは今も変化し続けています。この不確定な状況においても、1つ確かなことがあります。それは、常に人々を私たちの対応や行動の中心に据える必要があるということです。安全で健康的な労働環境の確保は、政府、雇用者、労働者すべてが負う重要な責任の一つです。職場で労働安全衛生基準を順守することと、雇用機会を創出するインフラ建設事業のような雇用集約的な投資は相反しません。労働者の安全と健康は、こういった事業に組み込まれ、さらに改善されることが望まれます。レバノンでのILOの対応が示すように、新たな必要性に合わせて仕事や働き方を調整することで、すべての労働者、特に弱い立場にある労働者が危機下であっても生計を確保できるように支援を続けていく、そうした取組が求められています。このような、「人間中心のアプローチ」がディーセント・ワークの鍵を握っています。

 

今回の記事の寄稿にあたって、国際労働安全衛生基準の専門的観点から多くの有益なインプットをして頂いた氏田由可さん(ガバナンス三者構成主義局 労働行政・監督・安全衛生部 安全衛生専門家)、及びEIIPガイドラインの策定と現地事務所との調整に基づき知見を共有してくれた渡邉友基さん(雇用政策局 開発・投資部 JPO)に、この場を借りて感謝を申し上げます。


スイス・ジュネーヴにて

塚本 美都

この記事は10月上旬に執筆されました。現在は、ジュネーブ州の措置に従い、ILO本部職員の殆どがテレワーク形態に戻っています。)

みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(23) 岡井朝子さん(後編)

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めた新ブログシリーズ。第23回は、岡井朝子さん(UNDP総裁補 兼 危機局長)からの寄稿の後編です。

 

大胆な変革で 歴史的な危機からの飛躍を(後編)

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UNDPの危機関連の活動全般を指揮し、危機の予防や対応、復旧にむけたUNDPのビジョンと優 先事項を推進する。前職は2016年から在カナダ・バンクーバー日本国総領事。1989年に外務省 入省。国連を含め、国際舞台での30年以上のキャリアを通じ、開発、人道支援、防災、平和構 築分野での豊富な実績を有する。パキスタン、オーストラリア、スリランカ日本大使館での 勤務の他、国連日本政府代表部公使参事官や第66会期国連総会議長室上席政策調 整官として国連本部とも深く関わってきた。 英国ケンブリッジ大学一橋大学法学部卒業。 ©︎ UNDP

 

前編では、コロナ危機の打撃の大きさを考察し、その深刻さゆえに、コロナ危機からのbuild forward betterの道筋には、SDGs羅針盤に課題を統合的にとらえ、しかも柔軟に思考することの大切さを論じました。後編では、build forward betterの道筋にさらに必要なポイントを論じたいと思います。

 

道筋3:複層的危機に瀕する脆弱な国々への支援アプローチにも革新を


UNDPの危機局長として、最も頭を悩ませている問題が、紛争や暴力の影響下にもともとある国々が、輪をかけたようにコロナ危機の影響を受け、さらには自然災害や気候変動の影響で連続パンチを食らっている状態にどう対処するかです。


例えば、スーダンでは、経済情勢の悪化とインフレが契機となり、バシール政権が軍によって倒されましたが、暫定政府が移行計画を準備している中でも、引き続き国内に反政府武力勢力を抱え、ここにこの夏、大規模な洪水被害が発生しています。サヘル地域では、過激主義勢力が一部地域を占拠、拡大を続け、人口1億5千万人のうち、既に420万人が家を追われています。人口の7割がエネルギーへのアクセスがない中、気候変動の影響は世界平均の1.5倍のスピードで現れ、毎年のように干ばつに襲われ、食料事情は悪化の一途。国境を越えた武器薬物の密輸に加えてマリではこの夏、軍事クーデターが起こり、近々選挙を予定している近隣の国々への波及が懸念されています。当然ながらこれらの国々の医療事情はもともと悪く、国民、避難民に十分な支援は到底行き届いていません。

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干ばつや暴力的過激派の襲撃など様々な問題を抱えるサヘル地域(チャド) ©︎ UNDP Chad / Aurélia Rusek

 

歴史を通じて、世界は脅威、リスク、激動に直面してきましたが、今日直面している課題は、脅威とその後のリスクの割合、頻度、強度、性質、地理的な広がりが大きく変化していると思います。地政学的不安定性と国境を越えた犯罪ネットワークと暴力的過激派の介入による紛争の長期化、経済的および財政的不安定性が政府の対処能力を大きく減退し、国境を越えたリスクを引き起こしています。パンデミックという世界的な脅威に直面し、気候変動、自然界とどう向き合うか、サイバー脆弱性などその他新たに出現する脅威をどう未然に防ぐかは、相互に関連しています。


コロナ禍はまた、政府の統治の問題と市民と政府との間の社会的結束の改善の必要性もまた明らかにしました。多くの国で政治危機に発展しており、既存の弱点を露呈または悪化させ、ガバナンスシステムへの一般市民の参加と信頼をさらに損なっています。各国がこの危機から立ち直るのを支援したいのですが、国内利害の対立、格差と決定過程への参画の不平等、誤った方向への資源投資、司法制度を含む機能不全または無反応の統治メカニズム、といったとても難しい課題に直面すると無力感が募ります。紛争や脆弱な状況では、政府の正当性はすでに存在せず、地元の治安機関ではなく、非国家武装グループや暴力的過激派による保護への依存度が高まっている場合もあります。


コロナ危機は、特に脆弱で紛争や危機の影響を受けた状況において、ショックに対する回復力を構築することの緊急性を改めて明らかにしました。レジリエンスの重要な要素の中には、社会的結束、人権、危機ガバナンス、中央のみならず地方レベルでの対応能力、外国人排斥やヘイトスピーチなどの未然防止などが含まれます。また、紛争停止と平和の追求、包括的で公平で法の支配に従う社会経済的枠組みも不可欠です。

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自然保護に従事する女性への資金提供プログラムを通じて環境保護と女性のエンパワメントを推進(コスタリカ) ©︎ UNDP Costa Rica

 

世界がさらなる危機と紛争に向かうのか、それともレジリエンスに向かうのかは、今私たちがガバナンス、人権、平和と安全の課題にどのように対処するかに大きくかかわってくるでしょう。そして、人々こそが変化の主体となることを示唆しています。UNDPでは、アジェンダ2030に向けた進展を損なわないために、市民の空間を拡大し、信頼を回復し、機関と代表する人々との間のギャップを埋める手段として、各国が新しくより包括的な社会契約を構築する方法を模索しています。外部からの人道支援はコロナ禍前にも既に限界に達し、世界のすべての脆弱な人々を救うことはできていませんでした。脆弱な人々自らが能力をつけ、開発の主体となるような社会を築かなければなりません。


国連と世銀がまとめた「平和への道筋」という共同研究では、国際社会が「予防」にもっと注力すべきで、開発政策がその中核を占めるべきことを提言しています。すなわち、今日の多くの暴力的紛争の根底には、権力、天然資源、安全保障、公正などにおける排除とそれに対する不満があることを検証し、より人々を中心としたアプローチを採用する必要を指摘しました。リスクが高い場合や高まっている場合には、対話を通じた包摂的な解決策、適応されたマクロ経済政策、制度改革、再分配政策が必要で、インクルーシブであることが鍵です。それは、市民参加の主流化であり、意思決定への女性と若者の参加の強化を意味します。さらにこの研究は、国内の開発プロセスが安全保障、外交、調停、その他紛争が暴力的になるのを防ぐための努力ともっと統合され、一貫性をもって行われるべきことも強調しています。


複数の同時多発する脅威とトレードオフの考慮事項を、開発政策に統合し、国連システム全体、NGO、国際ドナー、開発銀行、国および地方政府を含むすべてのアクターと共同対処できないか。防災協力の分野からRisk-informed Developmentという手法が生まれてきていますが、これをあらゆるリスクに応用し、そのリスク情報に基づく開発により、リスクの発生を回避し、回復力を構築するための手段できないか。


課題はとてつもなく大きいですが、日々模索しています。

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女性への経済的エンパワーメントや能力開発は経済発展やSDGs達成に向けた重要な投資(パレスチナ) ©︎ UNDP PAPP/Shareef Sarhan

 

道筋4: SDGsのための資金調達は官民をあげたシステム変革が必要


さて、上述したような脆弱国支援において、政府開発援助(ODA)予算の存在は必要不可欠です。ですが、日本も含め、各国の財政状況は厳しく、経済の後退も相まって、先細りが懸念されています。ここはなんといっても日本をはじめとしたドナー諸国に頑張って確保して欲しいところです。でも、途上国支援は政府資金でやるもので、自分たちは関係ない、とか、自国さえよければいい、他国に構っている余裕はない、と思考を閉ざしてしまっている方がいたとしたら、誠に残念です。感染症は、皆が安心な状態になるまでは、皆が不安を抱えたままなのですから。


コロナ禍で大きく後退を余儀なくされているSDGs実現のためには、国際および開発金融機関、ビジネスリーダー、イスラム金融など宗教的倫理に基づく取引を行う金融機関、その他の民間セクターパートナーとのパートナーシップやネットワークを通じて、公的、民間部門双方より、国内、国際双方の資金源を確保できるようにしなければなりません。SDGsの資金調達には、グローバルな金融システム内での大幅な変革が必要で、経済、社会、環境の分野を横断して、公的機関と民間機関との相互関係のあり方を変える必要があります。そして、次世代の開発計画への投融資を検討する際には、パンデミック、気候と災害のリスク、および経済的ショックをすべて同時に考慮する必要があります。

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モバイル決済を行う人。海外に住む家族からの仕送りで生計を立てている家庭は多く、海外送金の継続は重要(ケニア) ©︎ UNDP Kenya


開発資金を確保するために、国連事務総長の資金調達戦略は次のことを求めています。

  • 世界の経済政策と金融システムを2030アジェンダに合わせる
  • 地域および国レベルで持続可能な資金調達戦略を策定し投資を強化する
  • 金融革新、新技術、デジタル化の可能性をつかみ、金融への公平なアクセスを提供する。

UNDPは、財政と民間セクターの開発に長年携わってきた実績がありますが、近年、官民からのSDG資金調達にかかる要望の増大に応えるため、2019年4月にSDGファイナンスセクターハブ(FSH)を設立し、政府、民間セクター、および国際金融機関がSDGsへの資金調達を加速するお手伝いをしています。官民連携を深める国家戦略の支援から、SDGsに資するプライベートエクイティファンド、SDG債券および事業の指針を定めたグローバルスタンダードの策定、SDGs達成を可能にするグローバル、地域、国レベルでの投資分野をまとめた投資家マップまで、FSHは現在、SDGインパクト、統合国家フレームワーク(INNF)、保険およびリスクファシリティ、デジタルファイナンスの4つの主要なイニシアチブを提供しています。さらに、9月の国連総会時に開かれたSDGビジネスフォーラムにおいて、UNDPはグローバルコンパクト、国際商工会議所やマイクロソフトやDHLといった民間のパートナーとともに、The COVID-19 Private Sector Global Facilityを立ち上げ、民間企業がSDGsの理念に即してコロナ禍から回復するのを支援することとしました。 

 

政府によるルール作りと資金のより効果的な活用、民間企業とのパートナーシップにより、公的資金だけでは到底埋めきれないコロナ禍からの回復とSDGs達成のための資金ニーズを満たし、官民をあげた取り組みを邁進していって欲しいと思っています。

 

日本においても、経団連をはじめとしたビジネス団体、ベンチャーを含む企業、自治体、非営利組織、教育研究機関、若者団体などがもう深く内外でSDGsを促進する取り組みに参画し始めてくれています。シティ・ファウンデーションとは、若者によるイノベーションや社会企業を支援する活動「Youth Co:Lab」を共催しています。地球規模の危機に、GDP世界第3位の日本が官民あわせて国際的リーダーシップをぜひともとってもらいたいと願っています。

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Youth Co:Labのイベントには課題解決に取り組みたい若者が多数参加(東京) ©︎ UNDP Tokyo

 

結びに:「人間の安全保障」と日本への期待


分断とカオスを印象付けながら幕を開けた国連総会一般討論演説でしたが、菅総理の国連デビュー演説は、「人間の安全保障」を中核に据え、国際協調を訴える誠実なもので各国に好意をもって受け止められました。先日、菅総理は、2050年までの温室効果ガス排出量正味ゼロ達成を目指すと発表されましたが、グテーレス国連事務総長が即刻声明を出すなど、大歓迎されました。もともと「人間の安全保障」の概念は、1994年のUNDPの人間開発報告書で生まれ、2003年に故緒方貞子元国連難民高等弁務官アマルティア・セン教授とともに共同議長を務めた『人間の安全保障委員会』の報告書の中で定義されて以来、日本の国際協力のベースとなる考え方として脈々と受け継がれてきました。それから26年を経て、上記に見てきたように、恐怖や欠乏から人々の生活を守り、人間の尊厳を守る、そのために人々、社会の能力をつける、という考えの妥当性は不変です。むしろ、さらにバージョンアップして、現代社会が直面する紛争、暴力、自然災害や破壊、気候変動、パンデミック、デジタル社会の進展などによるあらゆるリスク、脅威の根本原因に未然に対処し、不平等などの構造的障壁を取り除き、人々が理不尽な扱いを受けないような社会づくりのためのシステム変革を起こす原動力としなければならないものとの認識を新たにしています。


この未曾有の危機に際し、日本も否応なく変化への適応を迫られています。危機の中に皆ともにいるからこそ、そこから這い出し、乗り切るためには、変化を恐れず、大変革を果敢にリードしていかなければなりません。官民、自治体、学界、市民社会その他どこにおられようとも、より多くの日本の皆さんが、その必要性に賛同し、人間開発の最大の後退の危機を歴史的飛躍に変えるための変革をともに力強く推進していく仲間となってくれることを願っています。

 
アメリカ・ニューヨークにて
岡井 朝子

みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(22) 岡井朝子さん(前編)

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めた新ブログシリーズ。第22回は、岡井朝子さん(UNDP総裁補 兼 危機局長)からの寄稿の前編です。

 

大胆な変革で 歴史的な危機からの飛躍を(前編)

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UNDPの危機関連の活動全般を指揮し、危機の予防や対応、復旧にむけたUNDPのビジョンと優 先事項を推進する。前職は2016年から在カナダ・バンクーバー日本国総領事。1989年に外務省 入省。国連を含め、国際舞台での30年以上のキャリアを通じ、開発、人道支援、防災、平和構 築分野での豊富な実績を有する。パキスタン、オーストラリア、スリランカ日本大使館での 勤務の他、国連日本政府代表部公使参事官や第66会期国連総会議長室上席政策調 整官として国連本部とも深く関わってきた。 英国ケンブリッジ大学一橋大学法学部卒業。 ©︎ UNDP

各国首脳陣が集う国連総会一般討論の週は、例年ニューヨーク国連本部周辺は交通規制が敷かれ、政府・国連関係者、報道陣などがあふれ、一年のうちで最も喧騒を極める時期ですが、今年は風景が一変しました。各国首脳の演説は録画されたビデオ、ほとんどのイベントはバーチャルで行われ、またその数も圧倒的に少数でした。主要国の演説の中には分断を象徴し、対立を煽るものもみられ、これが、75年前、第二次世界大戦の荒廃後、理想の世界を作ろうと設立された国連の総会議場で繰り広げられた討論かと、目を覆いたくなりました。

 

コロナ禍は世界の経済、仕事、生活に甚大なる影響を及ぼし、国連開発計画(UNDP)が30年前から公表している人間開発指数、すなわち世界の教育、健康、生活水準の総合的な指標は、統計開始以来初めてマイナスに転じるおそれがあります。分断の先に世界の未来はなく、今こそ国際協調と協力を通じて、人類の英知を結集し、この大きな試練をともに乗り越えなければなりません。

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人間開発指数は統計開始以来、初めてマイナスに転じるおそれ ©︎ UNDP


コロナ危機に際し、国連事務総長すべての紛争当事者に武器を置くよう停戦を呼びかけるとともに、世界保健機関(WHO)主導による保健医療分野の対策、国連人道問題調整事務所(OCHA)主導による人道支援、国連事務局開発調整室(DCO)/ UNDP主導による社会経済面における枠組みを立ち上げ、国連システム全体としてポストコロナも見据えた総合的対策を展開しています。UNDPは、特に社会経済環境面の対策の主導機関として、国連カントリーチーム他による今や百数十件にも上る社会経済影響評価調査、及び国別の対応策の立案、実施に携わってきており、持続可能な開発目標(SDGs)を羅針盤に据え、ポストコロナのよりよい社会づくりを加盟国政府をはじめとするパートナーとともに強く推し進めようとしています。私も危機にかかる政策とプログラム支援担当の局長として、ニューヨーク完全ロックダウンの中、3月以降、信頼する同僚とともに奮闘してきました。


まずこうした取り組みのなかで明らかになってきた世界中の弱い立場の人々への甚大な影響を概括します。そのうえで、今人類が直面している人間開発の最大の後退の危機を歴史的飛躍に変えるためには、どうすればいいか、今後の取り組みにおいて念頭におかなければならないと私が考えていることにつなげて論じたいと思います。

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コミュニティワーカーが貧困地区で新型コロナウイルスの予防方法などを広め、消毒キットを配布(バングラデシュ) ©︎ UNDP Bangladesh/Fahad Kaize

 

コロナ禍前の社会はそもそも持続可能でなかった


コロナ危機の現れ方は国によって異なります。最初に保健医療の危機として顕在化し、それに続いた経済封じ込めにより、仕事、収入、生活への影響が大きくなっているケースの他、むしろパンデミックが広がる前に、企業活動の停止や、集会の禁止、国境の閉鎖によって社会経済危機が先行するケースもあります。また、衣料産業や観光など特定の産業に依存していた国々、あるいはもともと脆弱で紛争や人道危機に瀕していた国・地域においては、特に深刻な影響がみられます。これに加えて、紛争、干ばつ、バッタ被害、異常気象、その他前例のないもろもろの複層的な危機に直面しています。 コロナ危機によって、5億人分のフルタイム雇用が失われ、今年中に1億人前後、今後の景気後退の深刻度次第では、2021年には、最大1億5000万人が新たに絶対貧困に陥ると推定されています。


顕著になったことは、コロナ禍は、最も脆弱な人々が最も影響を被り、発生前から存在していた不平等と脆弱性をさらに悪化させている、ということです。まず、悪影響は特に女性に偏って顕著に表れています。そもそも収入や貯蓄が少ない中、学校閉鎖による子どものケアや病人の介護など、無償労働が増え、さらにはジェンダーに基づく暴力(GBV)も蔓延しています。 インフォーマル・セクターの労働者は、低賃金の上、自宅にいると収入が入ってこず、また社会保障へのアクセスがありません。 統計的にみると、世界の10人中7人の労働者がインフォーマルな市場で生計を立てており、世界の人口の半分(40億人)は、全く社会保障の恩恵にあずかっていません。

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インフォーマル労働者や女性、若者、難民や移住者、障がい者には社会保障がない人も多く、深刻な打撃を受けている(コロンビア) ©︎ UNDP Colombia

 

医療システムの危機は、長年にわたる社会インフラにおける過少投資のつけともいえます。収入の不安定化などにより、食料不安が広がっています。今年の末までに新たに2億7千万人が飢餓の危機に瀕する予測がでています。移民のうち約100万人はすでに仕事や収入を失い、仕送り金は世界全体で2割減りました。移民、出稼ぎ労働者からの仕送りに依存していた国への経済的影響は深刻です。また、デジタル・ディバイドは、教育や行政サービスへのアクセスなど、持てる者、持たざる者の格差をさらに広げています。 インターネット を利用しているのは世界人口のうちの 53.6%で、残りの約36億人はアクセス がなく、うち後発開発途上諸国は接続人口が2割以下です。アクセスのない人のうち17億人が女性で男女格差は広がる一方。このような格差の問題は移民、難民、国内避難民、高齢者、若者、子ども、障がい者、農村の人々、先住民などの間にも存在します。


あらゆる形態の人種差別と差別の構造的問題がよりはっきりしたことで、「他者」への不信感が高まり、「外国人」への恐れにもつながる危険性をはらんでいます。人権が損なわれ、政府への信頼が揺らいだところもあります。特に若い世代を中心に何百万もの人々が60か国以上で、さまざまな社会的、経済的、政治的懸念に抗議するために街頭に出ました。


日本でも前例のない大規模な緊急経済対策を組んで対応していますが、税収は減少する中、財政ギャップは拡大し、多くの途上国で債務危機が迫っています。


無制限の森林破壊、違法な野生生物の取引などにより人畜共通感染症が制御不能パンデミックにつながると科学者が長年警告してきたにもかかわらず私たちは十分な対応をとってきませんでした。


そもそもパンデミック前の社会は理想ではなく、持続可能でもなかったことが、白日の下にさらされたのです。

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アラブ地域の多くの国が化石燃料から持続可能なエネルギーへの転換を進めている(イエメン) ©︎ UNDP Yemen

 

前例のない時代は前例のない措置を必要とする


このような実態が明らかになるにつれ、国連では最近、「もとに戻すならよりよく戻そう」(“Build back better”)では、十分ではなく、この地球規模の未曾有の危機を乗り越えるために、「社会を前進させよう」(“Build forward better”)と呼び掛け始めています。2030年に向けて、SDGs羅針盤として、人間開発の最大の後退の危機を歴史的飛躍に変えよう、と未来志向の行動要請です。


コロナ禍からの回復は、気候危機、あらゆる種類の不平等、そして私たちの社会保障システムのギャップに取り組む機会としなければなりません。持続不可能なシステムやアプローチに戻るのではなく、再生可能エネルギー、グリーンな雇用とインフラ、持続可能な食品システム、社会的包摂性、ジェンダー平等、より強力な社会的セーフティネット国民皆保険など、医療システムのみならず、あらゆるリスクへの備えができた、より回復力のある社会経済システムに移行する必要があります。また、グローバルレベルでは、21世紀の問題と課題に対応できる効果的な国際協力の枠組みを形成していかなければなりません。


UNDPでは、今まさに、開発のあり方、将来が問われていると認識し、全力をあげて取り組みを強化しています。既存のリソースの使用方法の再考、革新的で規模拡大が可能なソリューションの考案など、国際社会全体で、システムの変革、革新、デジタル化を加速する機会をあらゆる観点から模索する必要があると考えます。


そのために目下私たちが重視している変革への道筋を4つご紹介します。


道筋1:SDGs実現を加速化させる多分野横断型の統合的取り組みを共創する。


持続可能な開発のための2030アジェンダは、開発の社会的、経済的、環境的側面をカバーする17の一体不可分なSDGsを通じて、各国が複雑な課題に取り組み、より持続可能な未来を築くために、統合された方法で実施されなければなりません。

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干上がってしまったアラル海周辺地域では、収入確保と環境保全につながる養蜂の取り組みを実施(ウズベキスタン) ©︎ UNDP Uzbekistan

 

2030年までのわずか10年で、世界は古い開発の領域を超越し、新しいソリューションと新しい考え方、働き方、パートナーシップ、資金調達を必要としています。病気の蔓延を食い止めることから紛争を防ぐことまで、今日の複雑な課題は、ばらばらな対応では解決できません。 UNDPではこれをSDG integrationと呼び、個々のテーマ、セクターだけでなく、システムを対象とした開発アプローチをとりながら、根本原因や経済、社会、自然生態系全体への波及効果など、複雑な課題間の関係にも焦点を当てて対処しようとしています。


統合された行動は、社会全体の創造性とノウハウを活用することによってのみ可能です。統合された政策とプログラム策定、データと分析、資金調達とイノベーションなどを組み合わせ、 国や地方自治体、コミュニティ、市民社会、学界、民間セクターと協力して、人々の日常の現実に対応する持続可能なソリューションを構築していかないといけません。

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ワクチンの保管・輸送状況や使用率を管理できるアプリの導入でワクチン接種が効率的に(インド) ©︎ Prashanth Vishwanathan/UNDP India

 

SDGsの進展は、コロナ危機前も必ずしも順調ではありませんでしたが、コロナ危機で、さらに危ぶまれます。2030年に達成するという強い信念を貫くには逆算の発想が必要です。すなわち、2030年にSDGsが達成された地球を目標に、そこに到達するために起こらなければならない変革とそのスケール、スピードをイメージするのです。今と同じやり方を10倍積み上げたところで、到底SDGsを世界で達成することはできません。指数関数的変化が求められているのです。 

             
このような 開発の未来への突破口となるものを探し出すインキュベーターになりたいとの野望の下、UNDPは、SDGs加速化のための「アクセラレーター・ラボ」を設立しました。 現在、60のラボが設立され、ボトムアップアプローチで草の根のイノベーションを促進する78か国をサポートしています。全ラボはネットワーク化され、学びと試行を通じて、規模拡大可能なソルーションを模索しています。

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アクセラレーターラボを通じて空港と病院に導入した感染抑制ロボット(ルワンダ) ©︎ UNDP Rwanda

 

日本でも、SDGsの達成をイノベーションの機会と捉え、企業の技術・ノウハウで課題解決を目指すオープン・イノベーション・プラットフォーム、SDGs Holistic Innovation Platform(SHIP)の枠組みを活用し、今年から、内閣府の予算で5か所のUNDPのラボで日本企業との共創(Co-creation)が始まったことは嬉しい限りです。


ところで、新型コロナウイルスの流行は、デジタル接続がいかに不可欠な公共財であるかを証明しました。現在の緊急事態下では、コネクティビティ が基本的行政サービス、教育の継続、デジタル能力の促進、社会的インクルージョン推進などの基盤 であることが強く認識されました。デジタル技術は、食糧、水、住宅、エネルギー、医療などと並んだ中核的な社会機能を支える公共財として、優先的取り組みが必要です。


これにあたって、デジタル能力構築の必要性は重大です。UNDPではスキル開発とともに、先進国のテクノロジーやリソースにあまり依存しないで展開できるローカルソルーションとイノベーションネットワーク構築をサポートしており、この数か月で190ものイニシアティブが生まれました。 今、組織を挙げてこの取り組みを加速化させています。

コロナ禍を受けキルギスタンでは電話やオンラインでの法律相談を実施(英語動画)

 

道筋2:システム変革は複雑さと不確実性を受け入れるところから


課題は複雑化し、先が読めない世界をどう乗り切るか。単体の開発プロジェクト一件で解決できることは稀です。「プロジェクト」ではなく「プログラム」や「システム」というより広い視野から見る必要があります。複雑な現在を理解する新しい方法として、UNDPでは、新しい現状に意義を見出すという意味の「センスメイキング」というイノベーション手法を積極的に取り入れようとしています。上記のアクセラレーターラボでもまずそこから始めています。


科学者の報告から、パンデミックが発生する可能性が非常に高いことはわかっていましたが、ビッグデータモデリングの量に関係なく、正確な時期を予測することはできませんでした。イノベーションが重要と言っても、接触追跡アプリやテスト機器が単独でコロナ禍を「解決」しませんし、ハッカソンブロックチェーンソリューションも気候変動対策に貢献しこそすれ、「解決」しないのと同じです。 新型コロナウイルス対策の成功として広く認められているベトナム、韓国、またはセネガルの例を見ると、医療および技術の対応に加えて、社会、規制、調達、行動の問題に取り組む包括的なプログラムを実施しています。現代の複雑な問題には、魔法のような「万能薬」はなく、もっと根本原因、諸課題の連関性に目を向けて、オプションを拡張する必要があります。


UNDPでは、社会保障のあり方に革新が必要と考え重点事項として取り組んでいますが、現金給付のデジタル化などの個々のイノベーションとあわせ、社会セーフティーネットを再考するための第一歩として一時的な最低賃金保障制度を提言しました。債務救済の一環として、132か国にいる27億人の貧困に瀕した人々をウィルスの脅威から守りつつ、最低限の生活を保障できることをデータをもって示したのです。トーゴからパキスタンまでの多くの政府が既に採用しています。個々のプロジェクトを超えて、このタイプの大規模なシステム変革には、長期的な視点とポートフォリオアプローチに移行する意欲を持った忍耐強い資本が必要です。


こういった取り組みの実証事例をもっと積み上げ、スケールアップを実現させ、変革をあちこちで起こしていく必要があります。

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一時的に最低賃金を保証すれば社会保障を受けていない労働者も自宅に留まれる(バングラデシュ) ©︎ UNDP Bangladesh/Fahad Kaizer

 

後編では、私がUNDP危機局長として最も頭を悩ませている複合的な危機や官民あげて必要な資金の流れをつくるシステムについて論じます。
 
アメリカ・ニューヨークにて
岡井 朝子

「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(21) 藤井明子さん

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めた新ブログシリーズ。第21回は、藤井明子さん(UNDPモルディブ常駐代表)からの寄稿です。

 

コロナ危機を転機に モルディブ - 未来の観光とは?

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UNDPモルディブ事務所常駐代表。それ以前は、大学院卒業後NGO勤務を経て、UNDPパキスタン事務所にて勤務開始。UNDP東京事務所(現・駐日代表事務所)、スーダン事務所、ジャマイカ事務所、フィジー・マルチカントリー事務所(現・パシフィック事務所)、ベトナム事務所を経て現職。大阪外国語大学京都大学大学院、英国サッセックス大学大学院卒業。 ©︎ UNDP

7月半ば、日本に一時帰国する為訪れたモルディブのヴェラナ国際空港は、目を疑う程閑散とした状態でした。3月にコロナ危機でシャットダウンした後、約4ヶ月振りに空港が再開した直後のことです。去年4月に就任してから幾度となく使ってきた空港。いつも華やかなリゾートで休暇を楽しむ人たちで溢れかえっていた「Sunny Side of Life」が、ひっそりとして、まるで別世界のようでした。

 

インド洋に浮かぶ26の環礁、1200の美しい島。日本ではハネムーンや晴れやかで贅沢なリゾート地として有名なモルディブ。例年170万人を超す観光客からの収入に頼る典型的な観光業中心経済は、3月に完全にストップ。あっという間に国の債務は膨らみ、国家予算を圧迫しました。現在も日々増加する新たなケースへの対応と予防のための費用、即座に必要な社会救済対策など、収入はゼロに等しいにも関わらず、国民の生活を守るために必要な支出は削ることはできません。8月に国連事務総長が発表した観光に関する政策ブリーフによると、今年は観光客の数が58%―78%減少すると予想されています。モルディブはまさに大打撃を受けている典型的な国と言えるでしょう。

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観光業が中心であるモルディブ経済は、新型コロナウイルス感染症の影響により、大きな打撃を受けている。 ©︎ UNDP/Akiko Fujii


同時に観光業への打撃は個人や家族の収入源のストップを意味します。リゾートだけでなくゲストハウスを含む1,000近くの観光宿泊施設、その他観光運搬業の従業員、リゾートで働くフリーランスのダイバーやミュージシャンなどが直接すぐに影響を受けました。UNDPモルディブ事務所が経済開発省と共同で行った調査では、政府が運営するジョブポータルにCOVID-19が原因の失職や減収についての相談のうち54%が観光業で働く人達によるものでした。今回のように1つのセクターに集中した経済が金融危機や自然災害などの危機に脆弱なことは以前から指摘されていましたが、目下、国の急務はいかに観光セクターを復興できるかにかかっていると言っても過言ではないでしょう。


一方、モルディブの観光業はこれまで、特に持続可能な開発目標(SDGs)の視点から、様々な課題が指摘されてきました。

  •  モルディブが将来も世界の観光客を魅了して止まない美しいサンゴや自然。2011年に低所得国を卒業し急速な経済成長を遂げたモルディブ。この両者のバランスが未来の観光の鍵。また、モルディブの観光業界が将来起こるであろう海面上昇の影響に備えること。またこの点は日本を含む国際社会が団結して気候変動などの地球規模の課題に取り組むことが以前にも増して求められています。

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    モルディブの美しい景観の維持と経済発展の両立に向けて、課題に取り組むことが求められている。 ©︎ Masrah Naseem/ UNDP Maldives


  • モルディブではリゾートに限らず年々近隣諸国からの安い労働力に頼る傾向にあり、現在在留する移民労働者は滞在に必要な書類を持たない人々も含め10−15万人、つまり全労働力のほぼ半数とも言われます。モルディブの若者や女性の観光分野での雇用創出や活躍にはまだまだ改善の余地があります。リゾートの雇用におけるモルディブ人女性の割合は全体の3%。若者や女性が未来の観光の形に自分の仕事や生活を描くことができることが重要です。

 

私が去年モルディブに着任してから思い続けてきたこれら2つの課題点は、コロナ危機によってさらに明確になりました。コロナ危機は長くても数年で乗り切ることができるかもしれません。でも奪われた自然や気候変動による影響は観光に根本的で長期的なダメージを与え続けます。今がモルディブの観光にとって大きな転機と言えるでしょう。


美しい自然と気候変動

モルディブの目を見張る美しさは、なんと言ってもターコイズブルーの海、白い砂浜にサンゴ礁。ところが気候変動による水温上昇や都市化に伴う汚染によって年々サンゴ礁の劣化が進んでいます。イエール大学が発表した、今年の環境と生態系持続力を測る環境パフォーマンス指数(EPI)を見ると、180カ国中127位。特に生物多様性の喪失分野では179位の残念な結果となりました。この課題に取り組むためには、リゾート開発に伴うラグーンの埋め立てや堆積物、都市化による海洋汚染やゴミ処理能力の限界など、気候変動のみならず複雑な生態系の変化に焦点を当て、開発のしかた、観光のあり方を早急に見直す必要があります。

 

コロナ危機はいつかは収束するでしょうが、一度失った生物は取り返しがつきません。先のEPIによると、過去10年間のモルディブの経済発展とともに温暖化ガス排出量が急速に増加したことを示しています。国の電力の9割以上は石油燃料、電力の約4割を占めるのが観光分野。環境省は昼間のピーク電力の7割を再生エネルギーで賄う目標を打ち出しました。リゾートのみならず観光業全体でもって再生エネルギーを活用するには国全体の法的、組織的、またマインドセットの転換が必要です。環礁からなり気候変動に大きく左右されるモルディブが世界の他の国々のモデルとなって気候変動の分野で発信していくことは、大変意義があります。モルディブの世界におけるリーダーシップを期待すると共に、日本などの国際社会の大胆なステップに期待します。来年グラスゴーで行われるCOP26(第26回気候変動枠組条約締約国会議)はコロナ危機前と後の地球的課題に対する国際社会の意識変化を試す大きな機会と言えるでしょう。

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美しい海や砂浜の傍、汚染問題が深刻化している。モルディブが世界の気候変動におけるリーダーシップの舵を切ることを期待する。 ©︎ UN


未来の観光像 ―地元の若者と女性を巻き込んだエコツーリズム

モルディブの若者の15%はいわゆるニートと呼ばれる、教育並びに仕事に就業していない人たちです。UNDPモルディブ事務所が去年日本政府の支援を得て行った「若者の脆弱性に関する調査」では、多くの若者達が将来の仕事に対する不安や男女格差に関する不満を訴えました。国全体で見ると、観光客数並びに観光業からのGDPは年々鰻登りであるにも関わらず、です。また、地元では女性が住み込みでリゾートで働くことに対する抵抗があることや、ボートなどの通勤手段がないなど住民島から日々通勤することが困難なことから、女性の進出が阻まれる状況があります。近年、地元住民が住む島にあるゲストハウスを訪れる外国観光客も出てきましたが、地元住民への経済・社会的な効果はまだまだ低いようです。また素晴らしいダイビング・スポットも、地元の子ども達や女性のほとんどは経験したことがないようです。自分たちの周りの自然や地球環境について知ることが自然を守る第一歩かも知れません。

 

家族や子どもたちが海洋生物を見たり学んだりできるような地元市民活動と観光合体型の観光業。海外旅行が困難な時期だからこそ、国内需要にも目を向け、モルディブの住民が楽しめる観光の形を探ってみても良いかもしれません。またデジタルテクノロジーを使ったダイビングなどバーチャルな体験を商品化するなど。これを機に、地元住民特に若者と女性を巻き込んで未来の観光像について徹底的な対話をしてはどうでしょうか。着任したばかりの意欲あふれる観光大臣に期待します。

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若者や女性を巻き込み、モルディブの未来の観光像に関する対話が求められている。 ©︎ UNDP


さらに、モルディブは独自の文化を持ち、またそれぞれの島にも少しずつ異なる生活様式や民話、民芸品、歴史的な場所や文化遺産などがあります。例えばモルディブ南部諸島のアッドウ(Addu)市メッドウ(Meddho)にあるモルディブ最古の900年前に作られたと言われる墓地。18世期に作られたというモルディブで一番大きな墓碑もここにあり、当時の王族の墓とも言われています。地元のNGO代表によると年々の気候変動による影響で砂浜の浸食が激しく、重要な文化遺産が失われる可能性があるとのことでした。

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美しい自然に加えて、豊かな文化も有するモルディブ。重要な文化遺産である墓碑を侵食から守るため、地元市民が尽力している。 ©︎ Abdulla Shaimaan Waheed

 

世界の観光客にも知ってもらい、この地を守っていきたい、と市民が立ち上がり、砂袋を設置し浸食を防いでいます。ですが、資金力のあるリゾート島と異なり、島への交通手段、上下水道、電気、ゴミ処理を含む基本的インフラの限界は否めません。特にコロナ危機で国庫が圧迫される中、200に散らばる住民島への基本的インフラ投資は困難です。近くにあるリゾートとインフラを共有するなどのPPP(官民パートナーシップ)で、エコツーリズムの新たな形を構築できるのでは。気候変動、環境破壊、地元住民への観光分野への参加は、21世紀のモルディブの観光業がこれからも若者に希望を与え続けられる重要な要素だと考えます。また、地球規模の課題を推進することに、官も民もありません。コロナ危機だからこそ気づいた様々な課題。今を持続可能な開発目標(SDGs)の達成を可能にする転機に。いつかはモルディブのビーチでハネムーンを、と夢見ているあなた。是非住民島にも足を伸ばしてみては。

  

モルディブ・マレにて

藤井 明子

「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(20) 中満泉さん

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めた新ブログシリーズ。第20回は、本シリーズの第1回目として寄稿いただいた中満泉さん(国連事務次長 兼 軍縮担当上級担当)からの寄稿です。

 

歴史の転換期とリーダーシップ 

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2017年に国連事務次長 兼 軍縮担当上級代表に就任。同ポストへの就任以前は、2014年から国連開発計画(UNDP)総裁補・危機対応局長を務めた。国連平和維持活動局、事務総長室および国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)を含め、国連システムの内外で長年経験を積んできた。米国のジョージタウン大学外交大学院で修士号を、早稲田大学から法学士号をそれぞれ取得 © ︎UN Photo

 

新型コロナウイルス感染症パンデミックが始まって早くも6ヶ月が過ぎました。この間私はNY近郊で「ロックダウン」生活を家族と共に送り、かなり忙しいオンライン勤務を経て、原爆投下75周年の広島・長崎での平和記念式典国連事務総長の代理で出席するため、2週間の自主隔離期間を含めて7月半ばから8月半ばまで約1ヶ月間日本で過ごす機会も得ました。久しぶりの長期滞在でもあり、終戦75周年という節目でもあり、コロナ禍の日本で現在を観察し、その過去と未来のことを考え、信頼する友人達と話す機会も持つことができました。

 

祖国日本が、心を一つにしてこの未曾有のコロナ危機を乗り越えられるよう小さな貢献として、数人の世界で活躍する仲間たちとこのブログシリーズを立ち上げた時、中心になって取りまとめてくださる同志でもある国連広報センターの根本かおるさんに、私は2つか3つのテーマについて書きたい、とお伝えしてありました。危機の時代のリーダーシップ、これからの世界の安全保障の問題、そして、複雑さを増す今の世界における国連の役割と日本に期待することについてです。今回はこの数ヶ月間の思索の期間を経て、リーダーシップについて私が考えることを駄文にまとめてみたいと思います。

 

ただし、焦点を「危機における」ではなく「歴史の転換期における」と変えます。私たちは、単に一過的な「危機」にあるのではなく、むしろこの危機がおそらくもたらすであろう様々な困難や、大変化のことを考えなければならない、と痛感するようになったからです。事実、世界中で多くの学者たちが歴史、哲学、社会学、人類学、政治学や経済学などそれぞれの視点から、コロナ危機と復興が私たちの歴史の分岐点になるだろうと述べています。

 

リーダーシップ論は東洋では諸氏百科、西洋ではギリシャ哲学の時代から盛んに研究・議論されてきたテーマです。日本でも、明治維新、敗戦、3.11・福島原発事故など、節目節目でリーダーシップについて様々な議論がなされてきました。もちろん私は、学術的な意味でリーダーシップについてきちんと調べたことはなく、単に日々の実務の中で期待されるリーダー像について考えてきただけです。初めて少しだけ真剣にリーダーシップについて考えたのは2017年のことでした。の年、母校ジョージタウン大学の外交大学院の卒業式でスピーチをすることになった時です。それぞれの道でおそらくリーダーとなっていくであろう卒業生に、アドバイスになるようなスピーチを、との依頼でした。

 

その時私は現代のリーダーに重要な資質として、以下の3点をあげました。

  1. 人を感動させ、インスピレーションを与えることができるビジョンや大局観
  2. 部下がその潜在力を十分に発揮し、リスクを恐れずに活躍できる環境を整え、個人の能力を越えてそれを集め大きなエネルギーを作り出す能力
  3. 大勢に流されずに正しい決断を下せる勇気と、最も困窮する脆弱な立場の人々に心を寄せる態度

今もこれらはリーダーに欠かせない重要な資質であると考えています。

 

あらためて世界を見渡せば、国際社会でも私達の住む社会の身近なところでも多層に分断の様相が深まり、気候危機が深刻化し地球が悲鳴をあげつつあります。サイバー、人工知能(AI)、バイオ技術など様々な新技術が「第4次産業革命」とも形容される大変革をもたらしつつあります。そして #MeToo、若者たちの「未来のための金曜日」や #BLM(Black Lives Matter)といった社会変革のための運動が世界各地で連動的に起こっています。

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人種差別や警察の暴力に抗議するニューヨークの若者たち ©︎ UN Photo/Evan Scheneider

 

今コロナ危機の渦中にあって、転換期には特に以下のような資質をもつリーダーが必要とされていると思います。まず1つ目に、不確実で混沌とした世界だからこそ、しっかりとした歴史観と知力を持ち、木と森を見極める大局観と未来へのビジョンを持つ人です。2つ目には、大変化・パラダイムシフトを恐れず、それを可能にする勇気と決断力です。3点目として、多様な意見の存在をプラスに捉え、それらに耳を傾ける余裕と柔軟さを持ち、ボトムアップを可能にし、社会変革へのプラスの力とする能力です。これは多様な考え方から、新しいビジョンやアイデアを生み出していく力とも言えます。そして4つ目に、特に分断の世界の今だからこそ、真に誠実さ、最も弱い立場にいる人々に心を寄せ共感する力、謙虚さを持ち合わせる人です。

 

私が「リーダー」と呼ぶのは、必ずしも政府のトップで国政を預かるような人だけではありません。どんな企業にも組織にも、コミュニティーにも、若者のグループにもリーダーはいます。それぞれのリーダーが、それぞれの場で、今の転換期に進むべき道を考えなければなりません。

 

1.不確実な時代だからこそ必要な大局観

私たちが今、大変革の時代にいることは数多くの人が論じています。歴史を見れば、30年戦争であれ、第1次世界大戦そして第2次世界大戦であれ、大変革と新しい秩序は戦争によって引き起こされた事が多くありました。そして、その戦争の背景にはもちろん、宗教的対立や経済危機など深刻な社会・経済的な問題がありました。私たちは、今いる大転換期を「戦争」なしに通過して、新しい時代の幕を開けなければなりません。私はコロナ危機後も、グローバル化の大きな流れが変わることはないと確信しています。グローバル化とは、様々な事象が「地球規模で」起こってくるということです。だから、今リーダーの持つべき歴史観とは、それぞれの過去の歴史から現在に続く私達の地球と世界全体の未来を考え、その中で彼ら彼女らの会社、グループ、組織、地域社会そして国のあるべき姿を考えることだと思います。日本には「ご先祖さまに恥ずかしくないように」という良い言葉がありますが、今必要とされるリーダーの歴史観とはそれに加えて「孫とそのまた孫にも恥ずかしくないように」というものだと私は思うのです

 

自らを利する行動などもってのほかですが、前例主義や短期的なタイムスパンでのみ方策を考える従来型の、あるいは安定期のアプローチはもはや通用しません。私たちの世界で進行している気候危機は、来年再来年ではなくても、将来必ず私たちの子どもや孫が住むこの地球に破滅的な影響を及ぼすことがわかっています。日本を毎年のように襲うようになった超大型台風や、オーストラリアやアメリカ西海岸の大規模森林火災など、明らかな兆候がすでに警告を発しています。地球を守るためにエネルギー源や食料生産など様々な経済活動の持続的なあり方、そして今、何に投資するべきかを考えることは、もはや先延ばしできない緊急の課題なのです。同様に、適切な自衛力を持ちながら誠実な交渉・対話によって安全保障を探ることは、緊急の課題です。第三次世界大戦でどのような兵器が使われるか、と問われたアインシュタインが、第三次世界大戦についてはわかりませんが、第四次大戦ならわかります。石と棍棒でしょう。」と答えたことからもわかります。

 

戦争論」の著者クラウゼヴィッツは「軍隊における階級が上がるにつれて、指揮官の行動が精神や知性、洞察力に支配される割合が高くなる」と言いました。知性や洞察力は、人類社会数千年の歴史とそれが生み出した私達の文化・芸術・美しいものを愛すことによって磨かれ、本質的なこととそうでないものの区別をつける能力を私たちに与えるのではないでしょうか。

  

2.「勇気」と決断力

大勢に流されずに「正しい」ことをするのにはとてつもない勇気がいります。そして、行く先の見えない不確実な状況にあり、必要な行動が何であるかが必ずしも明確でない時、多くの人は行動を先送りにします。知性や洞察力が、勇気と結合する時、時代の転換期に必要な決断力が生まれるのだと思います今、私たちはそういう勇気と決断力を持つリーダー必要としています

 

私にとって勇気とは、ブレない自分の信念というか軸のようなものを持ち、何か難しい局面に立ち向かう時にそれに照らして決断できることです。この軸のようなものを、私は「モラル・コンパス」とも呼んでいます。感情的になったり独善に陥らないように、客観的に事実を捉えて結論を導き出す訓練が必要だし、経験と難しい決定の場数を踏んでいることも役に立つでしょう。もちろん、リーダーがあらゆる分野で深い見識を持つことは不可能なので、難しい局面でのリーダーの決断力を支えるのが、政治的立場など特定の立場に偏った視点や、「結論ありき」でそれに忖度する分析ではなく、真に知的な誠実さを持つ専門家のみが提供できる専門知だと思います。そして、決断力の質を高めるのが、以下に述べる多様性の強みを理解できるか否かにもかかっていると思います。

 

3.多様性とボトムアップを変革への力にする

私たちが時代の転換点にあるとき、間違った決断を下さないためには多様な意見に耳を傾け、決断の質を高める必要があります。私たちの国はそう遠くない過去の転換期に、誤った方向に進んでしまった歴史を持っています。

 

島国である私たちの国では、多様性の持つ強みを理解する機会がこれまでは少なかったのかもしれません。欧米では、多様性が決定の質にどのような影響を持つかについて様々な研究がなされています。それらは一貫して、ビジネスであれ、政策決定であれ、多様性を持つチームによって下された決定の方が、そうでないものより優れているという結論に至っているようです。当然かもしれませんが、多様なメンバーがいるほど特定グループの潜在的なバイアスや感情・直感に支配されずに客観的にデータや事実を評価・分析して、意思決定に活かす傾向が強いです。そして、多様性がある組織の方が、イノベーション力が高く、より創造的で革新的なアイデアが生まれやすいです。ジェンダー格差の解消の議論でよく引用される、女性幹部が多い企業の方がそうでない企業に比べて利益率が高いという研究がありますが、これは女性を幹部に迎えることに抵抗のない多様性を尊ぶ組織文化が背景にあるとも言われています。

 

ボトムアップの運動を大きな改革へのエネルギーとして捉え、これをプラスのものとして理解することも、SNSや情報技術の発達した今日の世界では必要だと思います。そして、これらを分断の要素ではなく、プラスのものとして生かしていくことがリーダーの役割でしょう。多様性やボトムアップの大きな運動を変革のための力としていくには、リーダーに確固とした信念とビジョン、自分と異なる視点を評価できる余裕や自信、柔軟性がなければならないのは言うまでもありません。

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2019年の国連気候行動サミットの開会式で演説するグレタ・トゥーンベリ氏(右) ©︎ UN

 

4.分断の時代に必要な誠実さと共感力

なぜ今、リーダーは誠実であるべきなのでしょうか。最も弱い立場にいる人たちに心を寄せ、共感することができるべきなのでしょうか。人類社会が長い時間をかけて作り上げてきた人道主義の精神が、リーダーに求められるからだけではありません。今の世界の分断の構図の根底に、グローバリゼーションがもたらすはずであった繁栄から取り残されたと感じる多くの人々の、フラストレーションと怒りがあるからです。そしてそういった怒りが極限に達した時に、暴力を伴った大きな混乱をもたらしたことが歴史上、何回かありました。分断の構図を克服するのは、私達の世界の安定した未来にとって、必要不可欠なことだと私は確信しています。

 

拡大した格差を是正し、今の社会に存在する様々な不平等と不正義を正していくことは、残念ながら一朝一夕ではなし得ません。格差や不平等は改善すべきという信念を持ち、複雑な政策を組み合わせて一つ一つ変革していく努力の積み重ねが必要です。経済格差であれ、人種差別であれ、女性への差別であれ、その最初の一歩が、誠実に困窮する立場の人々に心を寄せ、彼らの痛みと怒りを理解し共感することなのだと、私は思います。一生懸命働いているのに、子どもに栄養のある食事を出すことができないお母さんって、どんな気持ちなのでしょう。経済的な理由で進学できない若者の悔しさって?業績を上げてるのに、女性だから男性より昇進が遅いって?肌の色が違うために、差別されるって?私たちはもっとそういう不安、絶望や怒りを想像して理解する努力をするべきです。そうすることによって、リーダーは机上の空論ではなく、適切な現場感覚を持って行動できるようになるのだとも思います。

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ネパールで男女平等と女性の権利を求めて抗議活動する若者たち ©︎ UN Women/Uma Bista 

 

専門家たちは人道主義者とリアリストを二項対立に位置付けて分類議論することが多いのが残念でなりません。これは政治的な右派・左派、保守・リベラルの問題ではありませんナショナリストとグローバリストの対立も関係ありません。政治的立場や経済的な立ち位置を超えて、リーダーは皆が等しく心に刻むべきことです。2年前にある夕食会で、名前を聞けば誰でも知っているグローバルな証券会社のトップと同席した時、彼の言った言葉が強く印象に残っています。「ここまで広がってしまった格差を是正していくことは、もはや企業の社会的責任(CSR)といったレベルの問題ではないと思う。私達の社会のあり方、そして資本主義という経済活動のあり方への根本的な疑問だろう。私たちの未来を守るために、我々も含め、すべてのリーダーが全力で取り組むべき問題だ。」

 

結びに

日本では「シンゴジラ」であれ「半沢直樹」であれ、近年の映画やドラマで描かれる政治家のほとんどが、危機にあって決断できない無能な人や、自らの利益のためにひたすら権力を求める悪人のように描かれていることに、私は危機感を持っています。もっとも、イギリスでも元カンタベリー大主教ローワン・ウィリアムス氏が「多くの場面で政治的リーダーシップが、最悪で最も腐敗したエンタメ産業の様相を呈し、公務の理想が完全に蔑まれるようになった」と言うので、これは多くの国での潮流なのでしょう

 

日本語には、英語のPoliticianとStatesmanを区別する訳語がありません。両方とも「政治家」なのですが、英語では前者は「政治屋」といった否定的な意味で使われることも多くあります。後者は「高潔で偉大な指導者」という意味です。ケネディ大統領をして「まさに今世紀(20世紀)最大のステーツマンであった」と形容された、国連のダグ・ハマーショルド第2代事務総長の言葉でこのエッセイを結びたいと思います。1958年4月9日国連特派員協会のランチでの言葉です。ある意味、このエッセイのアンチテーゼでもあります。

 

「私は、我々が破局に向かっていると信じる人々のグループには属していないのです。・・・これは私たちよりも古い世代が持っていたような、世界の最も有能な人々が全てを最善に導くだろうという危うい確信によるのではありません。もっと難しい確信によるものです。つまり、いつの世もこの世界には、未来をまともなものにするために闘う十分な数の人々がいるからこそ、未来は大丈夫だろうと確信しているのです。」

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ハマーショルド氏は、1953年から1961年にコンゴでの和平ミッション遂行中に搭乗機が墜落して事故死するまで、第2代事務総長として世界各地の戦争回避に尽力した ©︎ UN 

 

アメリカ・ニューヨークにて

中満 泉

「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(19) 野田章子さん(後編)

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めたブログシリーズ。第19回は、野田章子さん(国連開発計画(UNDP)インド常駐代表)からの寄稿の後編です。

 

コロナ危機におけるリーダーシップ: インドからの現場報告(後編)

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2019年5月よりUNDPインド常駐代表。それ以前は、三菱総合研究所を経て、1998年からUNDPタジキスタン事務所に勤務した後、UNDPのコソボユーゴスラビア(現セルビア・モンテネグロ)の各事務所を経て、2002-2005年は UNDP本部でマーク・マロック・ブラウン元総裁のもとでプログラムスペシャリストを務める。その後、国連コンゴ民主共和国ミッション(MONUC)、パキスタンの国連常駐調整官事務所での勤務を経て、2006年からUNDPモンゴル事務所にて常駐副代表、2011年からUNDPネパール事務所にて国代表、2014年10月より2019年4月までモルジブ国連常駐調整官兼UNDP常駐代表を歴任。慶応義塾大学大学院修了(政治学修士) ©︎ UNDP

 

インドでの感染者数は9月上旬現在、世界第2位。13.7億人の人口から考えると、他の国の感染率に比べると最悪の状態とは言えませんが、2か月の都市封鎖の時期も含め確実に毎日感染者数は増加し、減少傾向には至っていません。このような中、UNDPオフィスのスタッフの中にも感染者が何人かおり、また死亡に至るケースもありました。UNDPに20年近く勤務した彼。コロナへの恐怖と偏見からか検査に行かず自宅で経過を観察していましたが、病状が急激に悪化し、オフィスに連絡が入った時点では受け入れ先の病院の手配が間に合いませんでした。コロナが確認されたのは死亡後でした。自宅待機期間を終えたご家族を慰問しましたが、稼いだお給料は出身州での家の建設にあてていたらしくデリーでの生活は大変貧しいもので、一室に奥さんと子供3人が残され途方に暮れていました。今でも時折、あの慰問の光景がフラッシュバックします。


この辛い経験をもとに、スタッフにはコロナの疑いのある病状があればすぐに病院に相談する重要性をミーティングやメールで何度も強調し、またスタッフには小型のパルスオキシメーター(血中酸素飽和度を測定する機器)を配布し日頃から自分と家族の健康に留意するようお願いしました。また亡くなったご家族にはスタッフ有志で寄付を募り、これからの教育費にと渡しました。


都市封鎖の間、デリーでは大気汚染が49%削減され、窓の外からは楽しそうな鳥のさえずりが聞こえ、色鮮やかな蝶々が飛んでいるのも目に入ります。メディアでは、ここ30年程見えなかったヒマラヤ山脈が200キロ以上離れたウッタルプラデーシュ州のサハランプールという町から見えた映像や、車が影を潜めた道路をゾウが優雅に歩いている姿などがニュースになりました。人間の経済活動が一時的に縮小されただけで、これ程明らかに環境によいインパクトが与えられるとは、考えもしませんでした。

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都市封鎖により、閑散とする4月のニューデリーの道路。 ©︎ UNDP/Shoko Noda


環境面からみると効果的な結果が見られますが、反対にこれまでの経済成長最優先の影で、次の食事がいつできるかも分からない多くの人々がコロナ危機にあたり失業してしまった姿は、写真などで見ていても胸が締め付けられる思いです。労働人口の85%以上を占めるインフォーマルセクターで働く労働者たち。彼らは一生懸命働いて工場を動かし続け、ビジネスが利益を享受できるようにし、経済成長を進めてきた人々です。しかしながらインドの現状の雇用制度では、彼ら自身は経済成長の真の利益者となっておらず、このコロナ危機に直面し、都市封鎖の中、真っ先に雇用を切られました。今後、ポスト・コロナの復興を考える際に、より環境に優しく、また最も脆弱な労働者やその家族へのより充実した社会保障制度の拡充を視野に入れた政策が必要になってきます。


このような今までにない危機に直面し、UNDPはインド政府、州政府、ドナー各国、企業、市民社会、コミュニティ、その他の国連機関と緊密に連携して、パンデミックによって影響を受けた人々を支援しています。中でも日本政府からの支援はその中核を占めています。支援の内容はまず、最前線で我々の生活や健康の基盤を支えている医療従事者と最も脆弱なコミュニティに焦点を当てます。具体的には、マスク、手袋、手指消毒剤、石鹸を含む安全キットを1万8,000人以上の貧困層のごみ収集分別者に提供し、都市封鎖中に約10万の食品パッケージと50万キロの穀物を配布しました。またUNDPは、最前線の医療従事者を新たな感染から保護するために、医療施設での医療廃棄物の安全な廃棄をリアルタイムで監視する簡素なスマートフォンアプリの開発を支援しています。

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マスクや手指消毒剤の支援物資の確認を行う、ニューデリーのUNDPの職員。 ©︎ UNDP

 

パンデミックの拡大に伴い、支援の焦点を地域のネットワークを動員する方向に転じ、インフォーマルセクターの労働者や最も脆弱な労働者に手を差し伸べ、彼らがさまざまな社会保障制度にアクセスできるように尽力しています。また、コミュニティ組織と協力して、最も影響を受けている人々が、家族経営の農業、商店、その他の小規模ビジネスといった新しい仕事を始めたり、生計を立てる機会を得たりできるよう手助けしています。目標は、125万人にこのような支援を届けることです。


UNDPインドのチームの強みは、新型コロナウイルス対策にデジタルソリューションを使えることです。 2万8,000を超える医療施設で、個人用保護具(PPE)のサプライチェーンを追跡するために、既存の電子ワクチン情報ネットワーク(eVIN)に追加機能を設計しました。また、ウッタルプラデーシュ州政府に対しては、州外から戻ってきた出稼ぎ労働者の教育レベルやスキルといった情報を、州政府当局が収集できる新しいアプリの導入も支援しました。アプリによって情報が照合できると、新たな労働力の情報に基づいて経済回復計画を立てるのに役立つと考えられます。コロナに関する正しい知識を身に着けてもらうために、コロナに関する簡単なオンラインゲームも開発し、インドをはじめ数か国で広めています。

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電子ワクチン情報ネットワーク(eVIN)を利用し、在庫確認を行う医療従事者。 ©︎ UNDP


コロナの拡大のため、このプログラムを施行するのは決して容易ではありません。UNDPは各州にスタッフが駐在しており、彼ら彼女らを通じて、また地域に密着したNGOと連携しプログラムを動かしています。その際にもスタッフの安全が第一です。出張申請がスタッフから提出されるたびに、コロナ対策はしっかりできているか確認します。私自身もスタッフと一緒に最前線でコミュニティ支援を行う機会があります。先日はUNDPのプラスティック再利用のプロジェクトに従事しているごみ収集分別者の女性たちに支援物資を渡しました。使い捨てのマスクや決して安全ではないゴミを収集して生計を立てている彼女たちに、心から感謝の意を届けました。

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コロナ危機の中にありながら、環境のために日々貢献しているゴミ収集分別者に、支援物資と感謝の意が贈られた。 ©︎ UNDP India


この記事が公開される9月中旬の時点で、UNDPを含むインドの国連のスタッフは基本的には在宅勤務を継続しています。先日、所用で久しぶりにオフィスに立ち寄る機会がありました。あんなに賑やかでインド独特のカラフルな服をまとったスタッフでいっぱいだったオフィスが、まるで幽霊屋敷のようにガランとしていたのにはとても寂しく感じました。

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在宅勤務が引き続き実施されているUNDPインド事務所。 ©︎ UNDP/Deepak Gera


世界の中で、またインドで国連としてどこまで貢献できるだろうか。期待に応える仕事ができているだろうか。日々、試行錯誤しながら自分自身に問いかけています。このような状況のなか、スタッフ全員が常にひとつにまとまり、健康でやる気を失わずに今まで通りの仕事の結果を出してもらうのは決して簡単ではありません。このような危機であるからこそ、よりスタッフに寄り添ったリーダーでありたいと心掛けています。


このコロナ危機がある程度収拾したときに、私も丹羽さんがおっしゃるように、最終的には問題解決に少しでも貢献できたと誇りをもって言えるように、これからも努力していきたいと思います。

 

インド・ニューデリーにて

野田 章子

「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(18) 野田章子さん(前編)

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めたブログシリーズ。第18回は、野田章子さん(国連開発計画(UNDP)インド常駐代表)からの寄稿の前編です。

 

コロナ危機におけるリーダーシップ: インドからの現場報告(前編)

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2019年5月よりUNDPインド常駐代表。それ以前は、三菱総合研究所を経て、1998年からUNDPタジキスタン事務所に勤務した後、UNDPのコソボユーゴスラビア(現セルビア・モンテネグロ)の各事務所を経て、2002-2005年は UNDP本部でマーク・マロック・ブラウン元総裁のもとでプログラムスペシャリストを務める。その後、国連コンゴ民主共和国ミッション(MONUC)、パキスタンの国連常駐調整官事務所での勤務を経て、2006年からUNDPモンゴル事務所にて常駐副代表、2011 年からUNDPネパール事務所にて国代表、2014年10月より2019年4月までモルジブ国連常駐調整官兼UNDP常駐代表を歴任。慶応義塾大学大学院修了(政治学修士)。 ©︎ UNDP

 

インド全土でのロックダウンが宣言されて2日目の3月26日。「Shoko、今晩中にTikTokにビデオを上げたいから、これからピアノを弾いて、一言二言みなさん家にいましょうと呼び掛けてビデオに撮って送ってくれる?全部で45秒ぐらいね。」これから夕食という時に、オフィスのソーシャルメディア担当者からこの様な指示。すでに空腹な夫に頼み、角度の調整や練習で結局1時間ほどかけて撮影。TikTokインドとUNDPインド事務所のコラボで行われた#StayHomeIndia (#GharBaithoIndia)キャンペーンで、私のビデオはモディ首相や人気ボリウッド俳優のメッセージと並びトップページに掲載されました。

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#StayHomeIndia (#GharBaithoIndia)キャンペーンを通して、家にいるよう呼び掛けている。
©︎ UNDP India


ビデオでは「Let’s stay at home(家にいよう)」と笑顔で言ってはみたものの、内心はコロナ対応プログラムの早期立ち上げのプレッシャー、自宅勤務となった総勢600人超のスタッフをどう統括するか、そして日本にいる両親のことなど、国連勤務23年目にして今まで経験したことのない危機に直面し、正直不安でいっぱいでした。3月上旬からはUNDP本部からのメールはすべてコロナ関連。夜型の広報チームから来る連絡や内容確認事項は早くても夕食の時間帯。ズーム会議もUNDP本部のあるニューヨークに合わせた時間と、何かと勤務時間が不規則になり、また本部のスピード感と流動的な現場での状況に挟まれ、週末もなく夜遅くまでパソコンに向かう毎日でした。

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UNDP本部のあるニューヨークの時間に合わせ、様々な会議が開かれている。 ©︎ UNDP/Hajime Kishimori 


UNDPインド事務所のスタッフは幹部3人を除いては、全員インド人です。これまでに紛争や大規模な自然災害のような危機に直面した状況でのプログラムを動かした経験がほぼないオフィスに、危機感を持たせコロナ対応のプログラムを早急に立ち上げ、既存のプログラムの軌道修正を行わせることには苦労しました。それを在宅勤務という形態で行うことは、以前に国連常駐調整官になるために受けたテストでも試されないような全く想定外の危機対応能力を求められました。


在宅勤務に入った当初のスタッフの勤務習慣はばらばらでした。また在宅勤務への適応も、各人の性格、家族構成、男性、女性、ITを使いこなせる若い世代とそうでない世代などによって様々です。前述のように広報担当のスタッフたちは皆、当初は典型的な夜型でした。またスタッフの中には働きすぎて自己調整ができなくなり、燃え尽き症候群状態で2、3日ダウンしてしまう人もいました。一人暮らしのスタッフも結構多く、彼らとは、ミーティングや「ズーム」ランチをして、日頃の調子や仕事の進捗を聞く機会を設けました。睡眠障害に陥っている人、オフィスが恋しい人など、家族と同居しているスタッフとはまた違った問題を抱えています。

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スタッフとのオンライン・ミーティングはチームの結束力のために欠かせない ©︎ UNDP/Swetha Kolluri


またスタッフの要望や問題を吸い上げるため、定期的にオンラインのアンケートを行いました。アンケートの結果から分かったことは、例えば女性はやはり家事全般を行うというプレッシャーがあり、女性スタッフは在宅勤務で自宅にいることで勤務時間中も家事や食事の準備を期待されてしまい、さらに負担が大きくなる傾向にあるという点です。私同様、ズーム会議疲れを感じているスタッフも見受けられました。そのため12時から14時まではミーティングをなるべく避ける時間帯と設定しました。自宅勤務のため、仕事と生活の区切りをつけるのがより難しく、ワークライフバランスが崩れる傾向にあるので、有給休暇の取得を促しました。またスタッフの健康を考えて、インドらしくヨガの先生によるオンラインのクラスやその他の趣味講座を設けました。ストレス対処方や家庭内暴力に関するウェビナーも随時、開催しています。

メンタルヘルスは体の健康と同等に重要です。#MentalHealthAwareness(メンタルヘルスへの関心)について、UNDPインド事務所は心の健康を保つためのヒントについて、フェイスブックメンタルヘルスの専門家とのライブ対談を開催します。」スタッフに対するケア以外に、専門家を招いたメンタルヘルスを取り上げたウェビナーも随時開催。

 

スタッフにはワークライフバランスの重要性を説きますが、有言実行につなげるのは決して簡単ではありません。私の通勤時間は、通常であれば1日1時間弱。これに相当する時間をなるべくジョギングやヨガに使うようにしています。ジョギングに関しては、毎月の合計距離を100キロに目標を定め、今のところ何とか達成しています。ヨガではカラスのポーズを習得できました。在宅勤務で一番嬉しいのは、飼い猫のたまとふじと過ごす時間がぐっと増えたことです。たまは午前中の昼寝を終え午後になると、私のズームミーティングやフェースブックライブの途中に、パソコンの周りを優雅に歩き回り愛嬌を振りまきながら登場することもしばしば。こういう息抜きがあってこそ、長時間に及ぶ在宅勤務もなんとかこなしています。

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長時間に及ぶ在宅勤務の癒しである、飼い猫のたま。この日は膝に乗って画面を凝視しています。©︎ UNDP/Shoko Noda


また5月には息抜きとインスピレーションを求め、お正月休みに日本で買ったUNDPの大先輩の丹羽敏之さんの「生まれ変わっても国連」を手に取りました。470ページに渡る本なので、読破できるか心配でしたが読み始めると結局、睡眠時間を削るほど集中して読めました。輝かしいキャリアをお持ちの丹羽さんですが、正直にご自分の成功、葛藤を描かれています。あとがきに「自信と不安、希望と失望、満足と落胆、信頼と裏切り、成功と嫉妬の連続であった。そうしたなかで、つねに試行錯誤をし、問題解決の道を探ることは価値のあることでもあった。」とあったのが大変印象的でした。


この「ニューノーマル」も5か月を過ぎると、ポジティブな効果も見受けられます。例えばUNDPでは主にズームで会議を行います。ズームの画面では、同じ大きさの四角形の枠に参加者が映し出されます。インドのような階級社会では日本のように上下関係がしっかり根付き、より上席のポストに付いているスタッフに気を使いながら話す傾向がありますが、ズーム会議になってからは、役職に関わらずやる気がありアイディアが豊富なスタッフの活躍がより明確に見えてきます。中間管理職の煩わしい管理を飛ばし、直接連絡をしてくるスタッフの中には、この「ニューノーマル」の勤務形態で上下関係の煩わしさからの解放感を有難く思える人もいるようです。またほぼすべてのミーティングがオンラインで行われるため、出張や移動の時間が大幅に短縮され効率化も図ることができ、今までの出張やセミナーに充てられた経費が節約され、少しでも多くの予算を受益者への支援に再編成できることも利点です。

 

後編では、UNDPインド事務所が様々な制約の中でどのような支援活動を行っているかについてお伝えします。

 

インド・ニューデリーにて

野田 章子