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国連のさまざまな活動を紹介します。 

「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(17) 本田桂子さん

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めたブログシリーズ。第17回は、本田桂子さん(米国コロンビア大学国際公共政策大学院の客員教授・客員研究員)からの寄稿です。

 

コロナを契機により良い世界にーピンチをチャンスにして発展途上国との共生を

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米国コロンビア大学国際公共政策大学院の客員教授・客員研究員。発展途上国における政治的リスクに対し保証を提供する世界銀行グループの機関、多数国間投資保証機関(MIGA)の長官CEOを2019年10月末までつとめた。それ以前は、マッキンゼー・アンド・カンパニーのアジア部門で初の女性シニア・パートナーとして、企業戦略M&Aや提携などに関する助言を24年にわたり行った。ベイン・アンド・カンパニーおよびリーマン・ブラザーズにも勤務。2020年より三菱UFJファイナンシャル・グループとAGC株式会社社の社外取締役一橋大学客員教授を務める。国連投資委員会委員。

 

コロナはグローバル

日本でも感染者が増えているようですが、罹患なさった皆様にはお見舞いを申し上げます。中国で発生したコロナは、イタリアをはじめとする欧州で猛威ふるい、私の住む米国ニューヨークにもやってきました。この原稿を書いている8月16日時点で、米国は、大変残念なことに、ジョンズホプキンズ大学によると、累積コロナ陽性確認者数が541万人超で世界トップ、一日の新規陽性確認者が42,000人と世界で第二位となっています。コロンビア大学でも学生が一人と職員が一人亡くなりました。

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ニューヨークの病院で、新型コロナウィルスに感染した疑いのある患者の対応にあたる医療従事者たち。©︎ UN Photo / Evan Schneider

 

昨年まで世界銀行グループの多数国間投資機関(MIGA)に在籍していた私が気になるのは、世界の国々、特に医療機関が充実していない国は大丈夫だろうか、という点です。ジョンズホプキンズ大学は、米国のみならず、世界各国のデータを集めていますので、みてみました。

 

コロナの、この7-8か月でのグローバル展開には驚くべきものがあります。既に、188の国と地域で感染者が確認されています。世界銀行の加盟国が189か国ですので、ほぼ世銀全加盟国を席巻したといってもよい状況です。加えて、コロナは、老若・人種・性別を差別することなく、感染を拡大しています。

 

コロナ下でのグローバル連携進捗-官も民も

コロナ以来、国際機関の在り方について、課題の指摘が相次いでいます。しかし、グローバル連携を、特に官民あげてのグローバル連携を確認できたのも、コロナを通じてでした。

 

最初に私の目についたのは、各国中央銀行と国際金融機関の連携でした。IMF国際通貨基金)、世界銀行グループなどが対策を打ち出す中、各国の中央銀行は、市場に大型の資金供給を行うことを、揃って示しました。その結果、資本市場は落ち着きをみせました。これは情報が世界各国にあっという間にいきわたった賜物だと思います。世銀IMF総会などは対面では開催できなくなりましたが、どんどんオンラインに移行し、時差の壁はあるものの、それを乗り越えて議論の場は設定され、世界的に連携してのコロナ対応は進んでいます。これは主にパブリックセクター、官のグローバル連携でした。

 

医療関係の論文は、オンラインで、しかも査読前の論文を、私でも読めるようになりました。また、それらの論文に関する、その分野の専門家の意見・感想も読むことができます。これは医療関係者が、コロナに感染した患者の治療にあたり、その知見を共有化する、という観点から大きなプラスだったと思います。加えて、感染がおこった状況も供給され、予防として何を行うべきかも共有されました。さらには、薬やワクチンの開発も、複数の国の機関が共同で行うものが目につきます。こちらは私は沢山の官民を超えた、個人も含めた連携だと感じました。

 

教育の分野でも、コロンビア大学をはじめてとして多くの大学が、オンラインへ移行しました。私のESG投資のクラスもすべてオンラインになり、学生は、ニューヨーク、サンフランシスコやフランスから参加してきました。加えて、これまで多忙だった方々が、移動の時間がなくなったということで、私の授業にゲストスピーカーで、ドイツなどからも参加いただけました。これにヒントを得て、コロンビア大学では、日本関連のウェビナーを企画し、実行しております。78日には、フィリピン・マニラの浅川アジア開発銀行総裁、米国・ワシントンの古澤IMF副専務理事とパネルディスカッションをご一緒し、伊藤隆敏教授が東京からモデレートして下さいました。500人を超える方々、それも日本と米国だけでなく、英国、インド、ブラジルなどからもご参加いただきました。遠隔な方々とオンラインでつながり議論ができるは、わかってはいましたが、いままではあまりやっていませんでした。コロナのおかげで、世界の遠いところにいる方々とつながり、意見交換できる、は大きな発見でしした。DX(デジタルトランスフォメーション)を肌で感じた次第です。これも官民連携できる分野だと考えます。

 

コロナの主戦場は発展途上国

世界中に広がったコロナですが、どこが主戦場なのでしょうか。34月は、先進国が新規患者の過半をだしていたのですが、8月15日時点の陽性確認者数でみると、77%が発展途上国で、先進国の23%のうち19%は米国なので、米国を除くと大半の新規感染者は発展途上国ででていることがわかります。

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世界銀行によると、2019年時点で、世界の人口は約77億人のうち、84%発展途上国に住んでいます。約64.4億人です。そのうち、インド、バングラデシュ等の南アジアに18億人、サハラ砂漠以南のアフリカに11億人が住んでいます。

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発展途上国との共生を進めるーピンチをチャンスに

発展途上国は、経済成長率が高いだけではなく、人口も多く、市場として有望なところも多いのです。そのため、民間による発展途上国向けの対外直接投資(FDI)が増え、2017年には官によるODA3倍を超えていました。日本企業にも、製造の一部移転だけではなく、新たな市場を求めて、発展途上国へ事業を拡大されているところが沢山あると思います。加えて、発展途上国の成長性のため、純粋な投資先として投資を進められているところも多いと理解しています。

 

ニューヨークでは、3、4月はICUや病院のベッドに加え、人工呼吸器、マスク、医療用ガウンなどの確保に大わらわでした。世銀グループMIGA時代に、発展途上国を多くまわり、かつそういう国で病院の設立を民間が投資する支援をさせていただく機会もありましが、ECMO(体外式膜型人工肺)は勿論、人工呼吸器やICUは十分にありません。こういうところが、コロナの主戦場になっている現状を大変憂慮しています。

 

最も気になるのが、コロナ罹患防止に有効で安全なワクチンができた場合の配布です。先進国中心・優先になってしまうと、医療体制が脆弱な発展途上国での犠牲者が増えてしまいます。また、コロナは国境を越えます。発展途上国での感染を抑えないとそれが先進国に流入してきます。発展途上国にも配慮した、ワクチンの配布を強く望みます。

 

コロナの長期化に伴い、日本の皆様には、大変お疲れのことと存じます。毎日の罹患防止と仕事・勉強で精一杯というのも、よくわかります。しかし、コロナ後を見据えると、日本だけで物事は完結できません。グローバル化は日本にとっては不可欠です。困ったときに助けてもらったことは多くの人は忘れません。この非常時だからこそ、ウィズコロナ時代とコロナ後に発展途上国といかに共生していくか、を考えませんか。

 

愛する祖国日本の皆様が、コロナを乗り越えられますように。加えて、コロナを契機として、グローバル化、特に発展途上国と共生においてよりよい形をうちだされますように。

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新型コロナウィルス対応の最前線にいる医療従事者に敬意を表してライトアップされたエンパイアステートビル。©︎ UN Photo / Evan Schneider

 

米国・ニューヨークにて

本田 桂子

写真でつづる中満泉 国連事務次長・軍縮担当上級代表の訪日 (2020年8月3日―11日)

国連広報センターの根本です。中満事務次長が訪日し、広島・長崎への原爆投下から75年という重要な節目で行われる式典にグテーレス国連事務総長の名代として参列しました。滞在期間中は、被爆者や若者、政府、市民団体などと意見交換を行ったり、オンライン・イベントにも参加しました。

  

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8月9日、長崎での平和祈念式典で ©︎ 長崎市

 

2017年に軍縮担当に就任して以来、毎年参列を欠かさず、被爆者の方々にも今の立場にある限り毎年出席することを約束していました。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が拡がる中、訪日前にアメリカでPCR検査を受け、日本到着後、入国時にも再度PCR検査を受け、2週間の自主隔離をした上での出席です。並々ならぬ参列への並々ならぬ決意を感じます。国連広報センターにとっても、COVID-19の感染拡大が始まって以来、初めての国連の高官の訪日となります。

日本での自主隔離中も精力的にメディアのインタビューに応じた

 

東京

広島での平和記念式典を控えた8月3日には、東京都内で茂木敏充 外務大臣を表敬し、日本の国連への大きな協力と貢献に対して感謝を表明。同時に、安全保障環境の悪化が続く中での軍縮・軍備管理の果たす役割と日本への期待などについて意見交換を行いました。コロナに関しても、多国間での協力は不可欠、ワクチンなどで国際支援を続けることは日本として当然という茂木外務大臣の言葉を、中満事務次長は心強く受け止めていました。

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©︎ UNIC Tokyo/Kaoru Nemoto

 

また、小泉環境大臣への表敬訪問では、現在の厳しい安全保障環境における軍縮の役割、軍縮における日本への期待や、今後の多国間主義なども含めて幅広い課題について意見を交わしました。

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©︎ UNIC Tokyo/Kaoru Nemoto

 

8月4日午前には、最後に、世界保健機関(WHO)のUHC親善大使を務める武見敬三参議院議員を表敬し、新型コロナ感染症(COVID-19)対策へのグローバルな政策協調と国際協力の必要性について意見交換しました。

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©︎ UNIC Tokyo/Kaoru Nemoto

 

尾身朝子外務大臣政務官との昼食会でのディスカッションは、軍縮分野を越えた幅広い議題に及びました。

 

午後には山口那津男代表はじめ公明党の議員の方々と、現在の安全保障環境や軍縮をめぐる課題について、核兵器禁止条約に日本がどう向き合うべきかも含めて意見交換。

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©︎ UNIC Tokyo/Kaoru Nemoto

 

その日のうちに広島に移動し、5日からは分刻みのスケジュールが始まりました。

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広島にて ©︎ UN Photo/Kanako Kimura

 

広島 

広島・長崎への原爆投下から75年の重要な節目において、国連として核兵器のない世界の実現に向けた決意を発信するとともに、被爆者をはじめとする多くの市民の方々と語らいました。

 

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松井一實広島市長を表敬(8月5日) ©︎ UN Photo/Kanako Kimura

 

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市民社会が企画した超党派の国会議員らとの討論会。来年へ延期された核不拡散条約(NPT)再検討会議への対応、核兵器禁止条約の署名・批准に向けた条件、核兵器をめぐる東アジアの地域情勢、被爆体験の継承のあり方などを主たる議題に、核兵器廃絶へ日本はいま何をすべきか、その政策について討論(8月5日) ©︎ 核兵器廃絶日本NGO連絡会

 

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中満事務次長からは「安全保障環境は悪化の一途を辿っている、そして質的に非常に複雑になり変化をしている」と指摘した上で、①安全保障は様々なツールからなり、軍縮はそのツールの1つであるという認識が必要であること、②対話と外交を通じた安全保障への復帰と日本の役割、③延期されたNPT再検討会議の成功への協力、④核兵器禁止条約との関係は日本が決めることだが、ドアを閉めることはせず問題点を完全に共有しているという姿勢を示して欲しい、という4点について強調。議論の録画はこちら。 ©︎ 核兵器廃絶日本NGO連絡会

 

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広島市の平和記念式典にて、グテーレス国連事務総長の名代として献花(8月6日) ©︎ 広島市

 

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広島平和記念式典では、グテーレス国連事務総長のビデオメッセージが流れた。「核兵器の危険を完全に排除する唯一の方法は、核兵器を完全に廃絶すること」と強調。メッセージ全文はこちら。  ©︎ 広島市

 

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国際平和のための対話イベント「UN75 in Hiroshima」(広島県主催)。湯崎英彦広島県知事とともに、公募で選ばれた若者を含め様々な世代・バックグラウンドを持つ参加者とともに、真剣勝負の対話。中満事務次長も、若者がリードするデジタル・テクノロジーを活用した平和プロジェクトといった若者だからこその取り組みなどに大いに勇気づけられた。当日の模様を収録した動画はこちら。(8月6日)  ©︎ UN Photo/Kanako Kimura

 

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国連ユニタール広島事務所と(一社)国連ユニタール協会主催「原爆投下と国連創設から75年―コロナ禍の今、核なき世界をどう実現していくのか」にも登壇。録画は、日本語英語(8月6日) © UNITAR

 

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広島県核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)主催「2020年度 核兵器と安全保障を学ぶ広島-ICANアカデミー 」公開ベント。湯崎広島県知事とともにオンラインで登壇し、核軍縮の停滞をどう打破するのかを議論。 概要とアーカイブ映像はこちら。(8月6日) ©︎ 広島県(Hiroshima Prefecture)広島-ICANアカデミー実行委員会事務局(The Executive Committee of Hiroshima-ICAN Academy for Nuclear Weapons and Global Security)

 

長崎

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田上富久長崎市長を表敬。批准した国が表敬の時点で43、発効のために必要な批准した国の数が残り7か国となった核兵器禁止条約についても意見交換(8月8日) ©︎ UN Photo/Kanako Kimura

 

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長崎平和祈念式典にて、グテーレス国連事務総長のメッセージを代読。「私たちは、核軍縮のための共同の努力を再開すべく、第10回核兵器不拡散条約運用検討会議を活用しなければなりません。私たちは、核実験に反対する規範を擁護しなければなりません。そして、国際的な核軍縮体制を保持し、強化しなければなりません。私は、新たにその重要な一部となる核兵器禁止条約の発効を心待ちにしております」メッセージ全文はこちら。 

 

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原爆死没者追悼平和祈念館にて、「核兵器廃絶1000万人署名」運動で集められた署名を受け取る(8月9日) ©︎ UN Photo/Kanako Kimura

 

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赤十字国際委員会主催の被爆75年オンラインイベント「核兵器が存在することは人類にとって何を意味するのか~コロナ危機の最中に考える」では、長崎を拠点にジュネーブ、ソウル、ワシントンDC、東京とを結んで議論。潘基文国連事務総長やベアトリス・フィンICAN事務局長も。(8月9日)

 

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イベントに登壇する高校生らと語り合う機会も ©︎ ICRC

 

東京

東京に戻り、11日午前には日本記者クラブで記者会見。

 

午後には赤坂御所にて天皇・皇后両陛下とのご接見があり、中満事務次長からは、広島・長崎の式典への参列を踏まえ、核軍縮の現状や被爆体験の継承などについて説明しました。両陛下から愛子様の中学卒業文集「世界の平和を願って」が中満事務次長に手渡されました。

 

天皇・皇后両陛下へのご接見が今回の訪日の締めくくりとなりました。日本にとって戦後75年、国連にとって創設75年の節目。国連総会の初めての決議が核軍縮に関するものだったということにも、核軍縮が国連にとって非常に重い課題であることが表れています。来年予定されているNPT再検討会議を成功に導くためにも、中満事務次長の多忙な日々は続きます。

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全ての日程を終えて、記念にホテルのロビーでパチリ。左はこの間、中満事務次長をアシストした木村華奈子さん。これから国連軍縮部でのインターンシップがオンラインで始まります。 ©︎ UN Photo/Kanako Kimura

「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(16) 小林いずみさん

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めたブログシリーズ。第16回は、小林いずみさん(ANAホールディングス株式会社社外取締役三井物産株式会社社外取締役、株式会社みずほフィナンシャルグループ社外取締役、元 多数国間投資機関(MIGA)長官)からの寄稿です。

 

新しい価値社会とその実現に向かって

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 ANAホールディングス株式会社、三井物産株式会社、株式会社みずほフィナンシャルグループ社外取締役、元 多数国間投資機関(MIGA)長官を勤める。それ以前は、大学卒業後化学メーカーに勤務した後、1985年にメリルリンチグループに転職し主にデリバティブ市場業務に従事。2001年、メリルリンチ日本証券株式会社代表取締役社長に就任。2008年11月から2013年6月まで、世界銀行グループ、多数国間投資機関(MIGA)の長官。2013年以降国内外法人の社外取締役、アドバイザー等を主に活動。2002年から2008年まで大阪証券取引所社外取締役、2007年から2009年、2015年から2019年4月公益財団法人経済同友会副代表幹事。 ©︎ Izumi Kobayashi


日本の私たちの生活がCOVID-19によって変わり始めた今年3月初め、まだダウンジャケットを着ていました。だんだんと仕事の会議がリモートになり、友人との交流もSkypeやzoom, スポーツジムも閉鎖され日々の運動は毎日のウォーキングと室内でのトレーングという生活になりました。緊急事態宣言が解除された後、対面の会議がいくらか復活してきましたが、地下鉄の昇り降り、ビルからビルへの移動の運動量には到底及ばず時間が許せば歩いていくようにしています。江戸時代の人々はこうしてどこでも歩いて(私は時には自転車も使いますが)行っていたのだと自分に言いきかせると徒歩の活動範囲が急拡大し、これまで気づかなかった地形の様子、街の成り立ちや知らなかった歴史建造物や街並みを発見します。元々は移動に伴う感染の予防と運動不足解消が目的でしたが、結果遥かに大きな気づきを得ることになりました。

 

3月半ばに早咲きの桜が咲き、薄手のジャケットに着替えた頃に桜が満開になると4月の一週目には八重桜と共に早くもツツジが咲き始めました。

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不忍池の関山 ©︎ Izumi Kobayashi

 

上着が要らなくなった頃、梅が実をつけ始め銀杏の枝から小さな葉が顔をだし、ハナミズキ、紫陽花と自然は我々が感染症に恐れ慄き家にこもっていることなど気にせずいつも通り流れていきます。そして今は熱中症を心配しながらマスクをつけて歩いています。6月には庭の小さな山法師の木にヒヨドリが巣を作り十日間雛の成長を毎日楽しみに観察することができました。4ヶ月半が経過し気づいたことは、自然の力の大きさと、今都会に住む私たちが感染症の拡大によって感じているストレスを、長い間人間は自然に与えていたのだということです。人間が活動を制限すれば、或いは活動の仕方を変えれば自然へのストレスは減少し、結果的には人間も自然の一部としてその豊かさを享受できるはずなのです。

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初夏に咲き誇っていた紫陽花 ©︎ Izumi Kobayashi

 

勿論環境問題はこの状況が起こる前からグローバルに大きな問題とされていました。資源を海外からの輸入に頼っている日本の企業ですら二酸化炭素排出や化石燃料の開発に関し踏み込んだ対応を表明し始めています。今回の感染症の発生も人間の環境破壊の結果であるという意見もあります。その因果関係については更なる検証が必要と思いますが、少なくとも我々が活動を制御することによって失われた地球の自然が回復するということは全ての人に明確に示される結果となりました。そして大勢の人たちがこれまでの生活を見直す必要性に気付いています。


人間が生きていくためには経済活動を止めることはできません。しかし「経済の継続=これまでの経済活動」ではないはずです。経済界が模索を始めたポスト・コロナのニュー・ノーマルの柱はデジタルです。社会のデジタル化によりこれまでできなかったことが可能になります。しかしいくらデジタル化が進んでも私達の考え方、行動の仕方が変わらなければ本当の変化は起こりません。デジタルは行動変化を可能にする道具であり、我々が社会のあり方を本質的に問い直してこその価値を活かすことができます。ニュー・ノーマルとは単にこれまでの生活や仕事の仕方をデジタルを活用したリモートに置き換えることではなく、経済の回し方、個々の人々の生活のあり方の優先順位を問い直し、自然と共生しながらバランスをとっていく道を見つけることであると考えます。一人一人が自分の生活、これまで現実的ではないと考えて排除してきた生活スタイルや働き方をタブーとせず実現していくための扉を開くことです。「できない」はなく、「どうやって実現するか」を考えるのみです。そして経済活動を支える企業にも同じことが求められます。

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新型コロナウイルス感染症対策として、フィジカル・ディスタンスを保つために芝生に円が描かれたニューヨークの公園。ニュー・ノーマルはもう始まっている。 ©︎ UN News/Daniel Dickinson

 

世の中の価値観が変わると言われている今、企業が持続的な価値創造を実現するためには従来の「できない」を捨てることが必要です。都会の企業に勤めていたら地方には住めない、対面でなければ相手を理解できない・チームワークは育たない、生活の利便性と地球環境の改善は相反する等々。これまでの人類の発展は概ね生活の利便性を向上させるために優先順位をつけて技術を発展させる一方で様々な物を諦め、排除してきました。そしてこのアプローチは一定のレベルの利便性の実現という意味では成功しました。例えば我々の生産や活動には常に「移動」が伴ってきました。より速く移動することを考え様々な交通網を発展し、私たちは移動に関わる時間をどんどん短縮しました。しかし「移動」不要になったら、あるいは30%、50%減した状態が通常となったら何を変えなければならないのか。これは交通機能の後退を意味するのではありません。外に出ること、他の地域に移動することの主たる目的が変わるのであって、交通機関の重要性が変わるわけではないのです。

 

ただし利用の仕方と目的が変われば、これまでの価値観と生活様式を前提としたビジネスモデルでは持続できません。ニュー・ノーマルへの思考は、これまでの価値観の延長で行動の変化を捉えるのではなく、新たに生まれてくる異なる価値観によるニーズに応えるサービスや機能を創造・提供することだと考えます。これまで無理と思っていたことを無理と思わず、どうやったら実現できるか、という姿勢でアプローチを続けなければ解を得ることはできないでしょう。


企業は投資家との対話を求められています。企業の行動変革を促す最も大きな原動力を持つのが投資家です。私が関与している金融機関では、石炭火力発電所建設プロジェクトを融資対象から外すこと、関与する事業の二酸化炭素排出レベル開示の深掘りなど環境に関わる開示を高度化しましたが、こうした変化は明らかにグローバルな投資家を意識した取り組みです。投資家は今や短期の利益ではなく中長期の価値向上を求めていると言われていますが、投資家全般を見渡せば現実はまだまだ道半ばです。

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新型コロナウイルス感染症の影響により、世界中で株価が低下した。投資家は、グローバルなビジョンや中長期的な視点がより求められている。 ©︎ UN Photo/Mark Garten

 

今回COVID-19という人間にとっての禍が否応なしに多くの人が持続的な地球のあり方を考えるスイッチを入れました。人々が求める社会を作り、機能し、持続的に発展する為のサービスや技術、働き方を提供する組織とビジネスモデルに大転換できなければ企業も地球もそして人間も生き残っていくことはできないでしょう。私たちは今地球規模での感染症との闘いの真っ只中です。油断は許されません。が、長い目で見た時この禍を人類にとって喪失の時代とするかより良い未来のための出来事とするかは我々の価値観の転換と行動変容にかかっています。「以前の生活を取り戻したい」という気持ちはあります。

 

しかし「新しい形の充足感と幸福」への期待もあります。国家にとっては目の前に起こっている問題を解決することが最優先です。残念ながら感染症の問題は国レベルで解決することはできません。国を超えた地球レベルの転換には企業活動や投資のあり方を一から考え直し前に進めることが有効です。既に多くの企業がESG活動に関する自社の取り組みを見直し開示も進んでいます。実際200社をこえる日本の企業や機関がTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース、Task Force on Climate-related Financial Disclosures)への賛同を表明しており、日本は今や世界最大のTCFDサポーターです。しかし実際のビジネスとなると、資源関連ビジネスをコアとするビジネスモデルから脱却しESGを柱とする新規ビジネスモデルの確立に取り組む例もありますが、まだまだ限定的な取り組みで本当の意味での事業化はこれからです。そして多くの企業ではESG/SDGsは本来の事業戦略とは別枠の取り組みとして位置付けており、先進的な企業でさえ気候変動関連の一部など対象範囲は限られています。ESGやSDGsに関わる取り組みは事業価値の向上と一体として考えなければなりません。人々の行動変容と価値観の転換が起こる時にこそ新しいビジネスのチャンスが訪れます。COVID-19との闘いの出口はまだまだ見えてきません。

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(UNFCCCウェブサイトより)

 

しかし私たちにはこの禍を乗り越え、自然と共生していく知恵があるはずです。もちろん知恵は政治や学術、行政等々あちらこちらで出されることでしょう。しかし私は民間企業の力はそれを凌駕する広がりを実現できると考えています。今こそ企業と投資家は長期的な目線で新しい社会の姿を議論し、人々の新しい生活を支える事業を発展されることを望んでいます。

 

日本・東京にて

小林 いずみ

「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(15) 水鳥真美さん

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めたブログシリーズ。第15回は、水鳥真美さん(国連事務総長特別代表(防災担当)兼国連防災機関長)からの寄稿です。 

 

気候緊急事態下におけるコロナ禍からの復興

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2018年3月、国連防災機関(UNDRR)のトップとして、国連事務総長特別代表(防災担当)に就任。それ以前は、外務省で大臣官房会計課長、在英国日本大使館公使・広報文化センター所長、総合外交政策局安全保障政策課長、総合外交政策局国連政策課長、北米局日米地位協定室長などの要職を歴任後、2011年から英国イースト・アングリア大学付属セインズベリー日本藝術研究所統括役所長を務めた。一橋大学法学部卒、スペイン外交官学校で国際関係ディプロマ取得。 ©︎ UNDRR

         

コロナ禍により世界は、前例のない厳しい状況に直面しています。日本では緊急事態宣言が解除され、私が住むスイス・ジュネーヴでも生活は徐々に新常態に移行しようとしていますが、収束に至る道筋は平坦ではありません。世界全体を見ると7月下旬に感染者数は1,500万人、死亡者数は60万人を越えました。特に米州、南アジアでは新型コロナウィルスは依然として猛威を振るっており、アフリカ大陸では、第一波のピークは来年になるとも言われています。世界はまだまだコロナ禍第一波の渦中です。そして、パンデミックの恐ろしさは、世界のどこかに克服できていない地域が存在する限り、誰にも、どこでも、安全・安心は確保されないことです。


そういう厳しい状況の中ではありますが、我々はもう一つの緊急事態下にあることを忘れてはなりません。それは、「気候緊急事態(climate emergency)」です。コロナ禍同様これも世界的な現象であり、過去20年間に発生した自然災害の9割は気候変動に関連しており、その数は倍増しています。日本では太古の昔からどちらかと言えば、地震津波、火山噴火といった、いわゆる、地質災害が恐れられて来ました。その日本でも近年、毎年のように台風、豪雨、洪水の頻度と強度が増しています。今年もまた、九州に始まり各地で記録的な豪雨が続き、多くの尊い人命が失われ、甚大な経済的損失が発生しています。亡くなられた方々、そのご家族の方々、そして住居、生活の糧を失われた方々に心よりお見舞いを申し上げます。

熊本、鹿児島、宮崎に甚大な被害を与えた洪水により、愛する人や家を失ったすべての人たちに想いを寄せています。避難所でのCOVID-19感染防止の取り組みとともに、懸命な救助活動が行われています。


災害ほど人々の生活に大きな爪痕を残し発展を阻害する現象はありません。その災害の大半が気候変動に関連している以上、気候変動からのリスクを軽減できず、そこからの被害発生を食い止めなければ、2030年までに達成すべき「持続可能な開発目標(SDGs)」の実現は不可能です。例えば、目標1:貧困の撲滅について見れば、毎年世界中で2,600万人が災害により貧困層に陥っています。また、目標8:経済成長に関しては、災害による全世界の経済的損失額は毎年5,200億ドルに及びます。いずれも世界銀行の統計です。また、気候関連災害による全世界の経済的損失額は上昇傾向にあり、2017年には3,000億ドル以上となりました。

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1980年から2019年までの気候関連災害の発生数とそれによる経済損失を表したグラフ ©︎ Swiss Re and UNDRR


このような状況に鑑み、2015年に日本を含む国連加盟国が採択した、防災・災害リスク軽減策としての「仙台防災枠組」、気候変動対応策である「パリ協定」、そして「持続可能な開発のための2030アジェンダ」を三位一体のものとして達成しなければならない、そういう認識が国際場裡では確固たる方向性となっています。そして、日本でもこの機運が盛り上がっています。6月末、私が長を務める国連防災機関(UN Office for Disaster Risk Reduction, UNDRR)は、環境省内閣府と気候変動に強靭な世界の実現を目指して公開シンポジウムを共催しました。


このシンポジウムを通じて発信されたメッセージは、「気候変動適応策と防災・災害リスク削減策という二つの政策の統合性、シナジーを確保することが不可欠」ということです。これは具体的に、何を意味するのでしょうか。気候変動対策には、大きく分けて2つあります。一つは、気候変動の元凶である温室効果ガスを削減するための緩和策です。緩和策無くしては、人類は気候変動によってもたらされる危機的状況、climate emergencyを乗り越えることはできず、コロナ禍が霞んでしまうほどの大きな社会的、経済的困難に直面することは必至です。しかしながら、緩和策の進捗が未だ危機を回避するに十分ではない中で、気候変動によって受ける影響を少しでも和らげるための適応策への注目度も近年増しています。


昨年9月にグテーレス国連事務総長が招集した気候行動サミットにおいても、社会の強靭性を増すための適応策推進の必要性が強調され、世界銀行、緑の気候基金開発途上国の適応策支援を増やしています。

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2019年に行われた気候行動サミットのオープニングでスピーチするグテーレス事務総長 ©︎ UN Photo


気候変動適応策と災害リスク軽減策の間には、多くの共通した政策目標があります。例えば、洪水対策としての堤防強化、宅地のかさ上げ措置は、両政策の目的を同時に達成する術です。にもかかわらず、多くの国では、気候変動適応策は環境担当省、災害リスク軽減策は防災担当省が担当し、政策の統合性確保、予算の効率的使用が実現できないという、いわゆる、縦割り行政の弊害が見られます。


一方で統合性の実現に成功している例もあります。興味深いのは、南大洋州島嶼国の事例です。この地域の国々はすべからくハリケーン、洪水といった気候変動関連の災害の脅威に晒されています。ツバル、キリバスマーシャル諸島は、海面上昇によって国全体が海中に没してしまうという存亡の危機にすら晒されています。一方でいずれの国も人的、財政的資源が乏しく、縦割り行政を許す余裕もない中、これを逆手にとって気候変動対応策と災害リスク軽減策を一つの省庁に担わせ、持続可能な開発目標達成につなげるという三位一体を政府機構、政策実現のあり方に反映させています。Joint National Action Plan for Climate Change and Disaster Risk Management、通称JNAPSと呼ばれるこの方針は、2009年にトンガで初めて策定され、2017年以降はPacific Resilience Partnershipという域内全体の方針になっています。


小泉環境大臣、武田防災担当大臣が国連防災機関とともに、気候変動と防災のシナジーに関するシンポジウムを開催することを決められたことからは、省庁の壁を乗り越えてこの二つの問題、更には持続可能な開発目標の達成に一致して取り組もうという両大臣の強い決意が伺われ、国連としても心強い限りです。

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新型コロナウイルス感染症の影響で筆者(中央画面)はオンラインで公開シンポジウムに登壇し、小泉環境大臣(左)と武田防災担当大臣(右)ととも熱い議論を交わした ©︎ UNDRR


気候変動は、このまま対策が進まなければ世界に未曾有の影響を与える緊急事態ですが、コロナ禍ほどの切迫感を持って対応できていないのが現状です。パンデミックの即時の影響と比較して、気候変動の影響はじわじわと時間をかけて現れて来るためでしょうか。しかしながら今年もまた日本が見舞われた大規模豪雨災害を見れば、気候緊急事態は待った無しの危機であると言えるのではないでしょうか。


防災、災害リスク軽減の分野における日本の知名度は世界的に確立しています。数多くの大規模災害に見舞われてきた日本の強靭性強化分野における取り組みは世界的に評価されています。建築基準制度の整備、強靭なインフラ建設といったハード面のみならず、毎年の防災白書の発行、包括的防災戦略の策定、そして防災教育の普及、啓発活動の充実を進めていることはつとに知られています。また、日本は防災分野に特化した国際協力に力を入れている数少ない援助国の一つです。その日本において、近年気候変動関連の災害で人命が失われ、多大な経済的損失が発生していることは、驚きをもって受け止められています。日本ですら対応できないほど気象災害の猛威が加速度的に強まっていることについて大きな懸念が持たれています。そして、日本が今後、どのようにして気象関連災害への防災対策を強化して行くのかを世界は注目しています。


防災分野における日本の世界的知名度に限らず、環境分野においても日本は京都議定書の策定を可能とした国です。また、世界のどこに出張しても日本ほど多くの方が官民を問わずSDGsのバッジを胸につけている国はありません。コロナ禍が猛威を振るい、気候変動が世界中の人々の生活を脅かしているにもかかわらず、一致してこの危機を乗り切ろうという連帯が欠如しているのが現在の国際社会の現実です。持続可能な開発目標の達成には大きな赤信号がともっています。


日本を含む全ての国にとり、コロナ禍からの復興、特に経済、社会問題の克服が待った無しの課題であることは疑う余地もありません。一方で、コロナ禍が明らかにしたことは、世界中の国々の繁栄、その繁栄を阻害するリスクは、いずれもつながっているということです。


我々の生活を脅かすあまたのリスクがつながっているという点につき、再びコロナ禍に視点を戻して考えて見ましょう。新型コロナウィルスは何らかの野生動物が感染源であると考えられています。背景として、世界の人口が増え続けている中で、野生動物の搾取、森林破壊、生態系の破壊が進むことにより、人と野生界が接触する機会が増えていることが指摘されています。国連環境計画のアンダーセン事務局長は、このままでは「今後数年間で動物からヒトへ移る感染症は絶え間なく発生することになるのは、科学的に明らかだ」と警告を発しています。そして森林破壊、そして自然を破壊した上で無秩序、無制限に拡大する人間の居住地域は、多くの途上国において、洪水被害の増大、深刻化にもつながっています。


災害について語る時、「自然災害」という言葉がよく使われます。しかしながら近年我々を襲っている災害の頻度、強度は「自然」に増しているわけではなく、人間の営みが背景となっています。コロナ禍につぐ第2、第3の感染症の世界的発生をくい止めるためには、我々の営み、経済活動のあり方を考え直すことが不可欠です。気候緊急事態も産業革命以来の人類の活動が発展と繁栄をもたらしてきた一方で、もはや地球の正常な営み、持続可能な開発が達成できない状況に我々を追い込んでいます。人類が地球の地質や生態系に重大な影響を与える新しい地質時代、「アントロポセン(人新世)」に我々は突入してしまったのです。

新型コロナウイルス感染症も災害も、予防が一番の解決策だ ©︎ UNDRR 


コロナ禍からの復興がコロナ禍以前の状況に戻ってはならず、より強靭、よりグリーン、かつ公平な新常態への復興とならなければいけないのは、こういう危機的な状況を背景としているからです。


戦後、一貫してグローバル・アジェンダの実現を引っ張ってきた日本が気候変動、災害リスク軽減、生態系の保存、そして持続可能な開発達成において、国際社会で指導力を発揮することを世界は再び待ち望んでいます。


スイス・ジュネーブにて
水鳥 真美

「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(14) 秋山信将さん(後編)

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めたブログシリーズ。読者の皆さまに今後の日本と世界を考えてもらう一助となるよう、執筆者には組織を代表するのではなく個人の資格で、時には建設的な批判も含めて、寄稿いただいています。第14回は、秋山信将さん(一橋大学大学院法学研究科/国際・公共政策大学院教授)の寄稿の後編として、国際機関の体制や機能、また他ステークホルダーとの連携の有用性について考えます。

※文中の写真はいずれもイメージで、文章と直接関係はありません。

 

コロナ危機は新しい、実効的な多国間主義を考える契機である(後編)

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一橋大学大学院法学研究科/国際・公共政策大学院教授。2018年より同大学院院長を務める。それ以前は、2016年から2018年まで外務省に出向し、在ウィーン国際機関日本代表部公使参事官として、核セキュリティ、原子力安全を中心に国際原子力機関IAEA)での原子力・不拡散外交に携わる。また、2010年、2015年の核兵器不拡散条約(NPT)運用検討会議には日本政府代表団アドバイザーとして参加。最近では、外務省の「核軍縮の実質的な進展のための賢人会議」メンバーを務める。一橋大学博士(法学)© ︎Nobumasa Akiyama

 

新たな多国間主義のあり方を目指して 

今後の多国間主義を通じた国際協力を考えるにあたって二つのカギとなる考え方を示したい。一つは、グローバル・ガバナンスの「重層化」である。そしてもう一つが、「マルチ・ステークホルダー」化である。いずれも国際機関をめぐる議論においては目新しい概念ではない。しかし、今回のパンデミックの中でのマルチラテラリズムの危機を目の当たりにし、改めてガバナンス改革の方向性としてこの二つの重要性を確認したい*1

 

今回の感染症パンデミックのようなグローバルな規模の危機への対処の実効性を高めるためには、対策のループホール(抜け穴)を作らないという点で国際的な協調が不可欠である。例えば、今回の新型コロナは、感染力が比較的強いために、時期は相前後するものの世界各地に蔓延しており、また免疫のメカニズムも明らかになっていない。一方で人の往来を完全に遮断し続けることは不可能である以上、世界規模での対応が必要であり、そのためには、グローバルな対応における「ウィーク・リンク(弱い鎖の輪:一つの輪が弱ければ鎖は役に立たないことの喩え)」を作らないことが重要である。その国際協調を実現するプラットフォームは、国際機関、今回の場合には世界保健機関(WHO)が中心となるが、国際機関のキャパシティやマンデートを考えると、国際協調をその枠内で追求するだけでは不十分である。

 

今回、WHOに対して、その危機対処ぶりに関して各国から多くの不満が寄せられていた。中国との間で、とりわけ初期段階において情報共有が円滑にできていなかったのではないか、またWHOから提供された新型コロナウィルスの特性や対処方法に関する情報が不適切であったのではないか、といった不満である。こうした不満が出るのは、新型コロナが新しい感染症であったことや、主権国家の集合体である国際機関の宿命として効果的に業務を遂行するためには、当事国たる加盟国と協調的な姿勢を取る必要があったということで理解できるが、そのことは、WHOの統治体制の見直しやエンパワーメントが不要ということを意味しない。

 

しかし、主権国家の集合体としての国際機関の側面を考えると、国際機関そのものの能力を強化するという国際協調体制改善の方向性の限界も認識したうえで、国際機関の強化と並行し、国際協調の重層化とネットワーク化を通じた、グローバル・ガバナンスの能力強化の方策を志向することも必要である。具体的には、有志国家間での協力体制の強化や、民間レベルにある専門知識や情報ネットワークの活用のために、エピステミック・コミュニティ(Epistemic community: 知識共同体、専門知を持つ人々の集団)/市民社会といった多様なステークホルダーのコミットメントを高め、国際機関と連携を取りつつ、国際社会全体としての能力向上を図るという方向性である*2。新型コロナの危機における国際社会の対応ぶりは、こうした形のガバナンスの改善が必要かつ有効であることを示している。

 

新型コロナは未知の感染症で、感染力や症状などが解明されておらず、また、効果的な治療法はいまだ確立されていない。そのような中で、政府の持つ情報や能力だけでは対応が追い付かず、各国政府の対策の策定にあたって感染症の専門家の役割に注目が集まった。さらに、感染者数や感染のパターン、あるいは症例などのデータが出始めると、政府や政府と密接に連携している専門家だけでなく、大学や研究所などに所属する研究者が、SNSなどを通じて情報や知見を交換しながら、様々な知見が蓄積されていくという現象がみられた。しかも、このような情報の交換と知の蓄積は、医学界、疫学の専門家という狭いコミュニティに留まらず、数理統計学や心理学、人工知能(AI)によるビッグデータ解析など多様な領域の専門家を巻き込む形で広がっていった。

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新型コロナウイルスのワクチン開発が世界中で進められている ©︎ UN Photo/Loey Felipe

 

このような専門家のコミュニティ(エピステミック・コミュニティ)は、政府の対策に対する「ピア・レビューワー(peer reviewer: 一種の査読者)」の役割を果たし、またある時には政府外の専門家の知見や情報が、政府内部の政策形成過程の中に取り入れられ、手探りの中で進められていた感染症封じ込め対策の改善に貢献したと言っても良いであろう。

 

また、言うまでもなく、感染症の症例に真っ先に触れるのは医師であり、そのほかの医療従事者である。新型コロナ危機において、中国政府からの情報提供のあり方に関する不満や不信感が国際社会に充満したが、従来の政府の担当窓口を通じたWHOへのコミュニケーション(通報や情報提供)が国家の利害関係の中で適切に機能しえないのであれば、医師や研究者といった非政府や市民社会の主要アクターが直接参加し、情報を提供・共有できるようなネットワークを構築することも一つの方策であろう。

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アフガニスタンイスラムカラで、新型コロナウイルスによる脅威に最前線で対応する医療従事者たち ©︎ UNOCHA

 

このようなエピステミック・コミュニティのネットワークを通じた早期通報、情報共有、そして集まってくる情報の科学的検証をネットワーク上の集合知にも一部頼りながら、公的なチャネルで活動するWHOを補完し、関係国やWHOに対し、蓄積されたデータによるエビデンスをもとに代替案を提示しつつ対応を促したりすることを可能にする。エピステミック・コミュニティのチャネルに情報が流れ、様々な、しかし専門的な知識に裏打ちされた情報や知見が社会に共有されることにより、国際機関や各国は、ある種のピア・プレッシャーも受けることとなり、国際機関や各国政府は、自らの危機への対応力(responsiveness)、情報公開等における透明性(transparency)や政策の妥当性や適切性に関するアカウンタビリティ(accountability)を高めていかざるを得なくなり、結果として国際社会全体での危機対応能力が向上することが期待できる。

 

その際に留意すべきは、このようなエピステミック・コミュニティのメンバーで、ネットワークを通じ早期通報を行った者が、国家の利益を損ねたという理由から当該国政府により罰せられるというような可能性もあるという点である。例えば感染症の情報というのは、国家安全保障に直結すると考えられており、そのような情報を漏洩することを禁じる国もある。また、政府の威信や国民からの信頼を維持するという観点から、政策の失敗ともとられかねない感染症の流行に関する情報の提供を躊躇する政府も出てくるであろう。しかし、国境を越えて影響が広がるパンデミック危機においては、一国の国益よりも国際公益を優先させるべきである。さらに言えば、国内においても、ある地域での感染症の流行を隠ぺいすることにより、国内の他の地域での感染症の蔓延を引き起こすリスクもある。そこで、そのような「公益通報」行為を行った専門家(whistleblower: ホイッスルブローワー)の権利保護の方法についても考える必要性があるだろう。その意味では、安全と人権の衡平性を確保する観点からも人権や民主主義の専門家の関与も欠かせない。

 

他方で、災害時に見られる社会的な現象に「インフォデミック(infodemic)」がある。ソーシャルメディア上などで真偽や出所不明な情報、あるいは「フェイクニュース」と呼ばれるような虚偽の情報が流通し、これらの情報が人々をパニックに陥れることによって社会的な混乱が生じるような状況が、今回の新型コロナのパンデミックでも、世界各地で生じていた。そのためには、誤った情報が否定され、その代わりにより確度の高い、出所の明らかな情報が流通されるべきであるが、エピステミック・コミュニティのネットワークを通じて発信される情報に、そうした「フェイクニュース・バスターズ」的な役割も期待しても良いのではないだろうか。

 

このようなネットワークはまた、医療機器や防護服など緊急時対応のための資機材の備蓄や生産拠点の所在に関する情報をあらかじめネットワークに登録しておき、緊急時には、感染症の流行状況やトレンドを適切に把握・予想して、資機材を相互に融通するためのプラットフォームとして活用しえるかどうか、検討しても良いであろう。新型コロナ対応で世界的に医療資機材が不足し、奪い合いになったことは記憶に新しいが、もしこのような危機対応時における資機材の相互融通が効率よく行えるようなネットワークが構築されれば、各国ごとに備蓄や生産体制を囲い込むよりも効率的かつ、おそらく迅速に物資の供給が可能になるであろう。

 

おわりに

新型コロナ危機によって、国際機関を通じた多国間協力への悲観論が高まっている。しかし、国際社会は、グローバルな取り組みを必要とする問題が深刻化している(そして、そうしたグローバルなイシューを単独でリーダーシップをとって解決できるような超大国が存在しない)今こそ多国間主義を必要としている。そこには、主権国家の集まりとしての国際機関が抱える制度的制約という構造的な問題が立ちはだかるが、それを悲観もせず、また理想論に固執することもなく、どう乗り越えるかを、従来の思考の枠組みを超えて柔軟かつ複眼的に考えていくことが求められよう。

 

本稿では、一つのアイディアとして、多国間主義の実効性を確保するためには、国際機関自体のガバナンスを改革していくことも重要であるが、その国際機関が政策領域のグローバルなガバナンスを、エピステミック・コミュニティ/市民社会のネットワーク化を通じた重層性を確保していく形で強化・改善していく方向性について述べた。このような重層性は、開発支援や、国際保健の分野でも公衆衛生など、すでに様々な政策領域においてみられる現象であるが、今後、政策の専門的技能や情報を国際機関などの公的セクターが独占することは一層困難になるであろうし、それを考えると、いかに民間(市民社会)という別のレイヤー(層)の国際協調ネットワークを構築し、公的レイヤーの国際協力との間での相互補完性を高めていくことは自然の流れのように思える。加えて、このような国際協調の重層化は、多様性と民主的価値を重視するリベラルな国際秩序における規範との親和性も高い。その観点からは、こうした多国間主義の重層化(ネットワークの構築)を、民主主義の有志国が支援に動いても良いのではないだろうか。

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UNDPの支援のもと、バングラデシュのコミュニティーワーカー達は、衛生用品の配布と新型コロナウイルス予防の啓蒙活動を行なっている ©︎ UNDP Bangladesh/Fahad Kaizer

 

さらに言えば、ともすれば、米国と中国という、対立を激化させている超大国の間にあって、パワーポリティクス的パラダイムで国際政治を見がちな日本ではあるが、同時に、日本ほどあらゆる面で国際社会との繋がりがなければ成り立たない国家はない。そのような国にとっては、より強靭且つしなやかなグローバル・ガバナンス、すなわち重層的なガバナンスは、良好な国際環境を構築・維持するうえで大きなメリットでもあるわけで、日本がこのようなネットワークづくりをスポンサーするくらいのビジョンがあっても良い。なお、これは、現下のパンデミック危機の中で浮上した別の重要なテーマである、データのフェアで公正な取り扱いに係るルールや規範作りという、ポストコロナの社会経済生活あるいは国家と個人の関係を規定しかねない大きな課題にも連なるテーマであると言える。

 

本稿で述べたガバナンスの重層化は、多国間協調のあり方をよりよくしていくための、一つのアイディアに過ぎない。しかし、今後、より良い多国間協調、あるいはグローバル・ガバナンスの制度設計と実現について、多くの人々がアイディアを出し合い、相互にレビューすることは、実はグローバル・ガバナンスを改善するうえで、多くの人たちのコミットメントを促すことにもつながり、それ自体にも重要な意義があると考える。

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Forum of Small States (FOSS) は、6月に国連憲章署名75周年記念イベントを開催し、多国間主義の重要性について議論した ©︎ UN Photo

 

日本・東京にて

秋山 信将

*1:新型コロナウィルスに対するWHOの対応とそこから導かれるガバナンス改革の在り方についての詳細は、拙稿「新型コロナウィルス対応から見る世界保健機関(WHO)の危機対応体制の課題」、日本国際問題研究所レポート、2020年5月17日を参照。

*2:エピステミック・コミュニティについては、International Organization, Vol. 46. No. 1. (Winter 1992)の特集号を参照。

「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(13) 秋山信将さん (前編)

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めたブログシリーズ。読者の皆さまに今後の日本と世界を考えてもらう一助となるよう、執筆者には組織を代表するのではなく個人の資格で、時には建設的な批判も含めて、寄稿いただいています。第13回と第14回は、秋山信将さん(一橋大学大学院法学研究科/国際・公共政策大学院教授)からの寄稿を二部構成でお送りします。今回は前編として、パンデミックにおける多国間主義、そして国際機関の体制改革の重要性について考えます。

※文中の写真はいずれもイメージで、文章と直接関係はありません。

 

コロナ危機は新しい、実効的な多国間主義を考える契機である(前編)

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一橋大学大学院法学研究科/国際・公共政策大学院教授。2018年より同大学院院長を務める。それ以前は、2016年から2018年まで外務省に出向し、在ウィーン国際機関日本代表部公使参事官として、核セキュリティ、原子力安全を中心に国際原子力機関IAEA)での原子力・不拡散外交に携わる。また、2010年、2015年の核兵器不拡散条約(NPT)運用検討会議には日本政府代表団アドバイザーとして参加。最近では、外務省の「核軍縮の実質的な進展のための賢人会議」メンバーを務める。一橋大学博士(法学)©︎ Nobumasa Akiyama

 

はじめに:グローバリゼーションの反逆

新型コロナが我々の生活に与えた影響は、質的にも、また規模の面でも莫大なものであることは言を俟たない。

 

人類の、あるいは国際社会の発展の歴史という視点から見ると、今我々は、我々がこれまでたどってきたグローバリゼーションの歴史から逆襲を受けているようでもある。「国際社会」がグローバル化していく過程は、また、感染症グローバル化する歴史でもあった。

 

コロンブス交換」とは、アメリカの歴史学者ルフレッド・クロスビーの有名な言葉だが、食物や動物など多くのものが大陸を超えて行き交うことで、世界中の生態系、社会生活を変えてしまったことを指す。この「コロンブス交換」によってヨーロッパにはジャガイモやトウモロコシがもたらされ、アメリカ大陸には、牛や馬、ヒツジといった家畜がもたらされた。ほかにも奴隷がアメリカ大陸にもたらされ、世界の生態系や生活様式などあらゆるものが変革した。両大陸間で交換されたものはそれだけではない。感染症もまた「コロンブス交換」によって大西洋を渡った。ヨーロッパからアメリカ大陸には、コレラ、インフルエンザ、マラリア、ペスト、天然痘結核などがもたらされた。遺伝的に免疫を持たないアメリカ大陸の先住民族は、これらの病気によって壊滅的な被害を受け、レコンキスタから100年後、メキシコの原住民の人口はレコンキスタ前の3パーセントにまで減少してしまったとの研究もある。

 

また、アメリカ大陸からヨーロッパにもたらされた感染症の一つに梅毒があると言われている(諸説ある)。ヨーロッパにおける梅毒のアウトブレークがはじめて記録されたのは1494年のことだった。フランスの侵略を受けていたイタリアのナポリで起きたものである。このヨーロッパでの初めてのアウトブレークからわずか4年後の1498年には、梅毒はアジアに到達していた。そして、日本ではじめての梅毒の記録は、1512年の大坂での症例である。ヨーロッパへの伝播から20年で(ヨーロッパから見て)世界の東の果てまで到達したということになる。ちなみに鉄砲は、種子島に伝えられたのが1543年なので、8~9世紀の唐で銃の嚆矢といえる「火槍」が発明されてから600年ほどかかったことになる。ある意味では、感染症は、戦争のあり方を、そしてそれによって政治のあり方を変えることにもなる近代的な兵器よりも、30年も早くグローバル化したということになる(なお、その40年後には日本は世界最大の銃保有国になっている)。それでも、当時新しい病気が地球を一周するのには20年かかった。

 

しかし、新型コロナは、中国の武漢で初めての症例が世界保健機関(WHO)に報告されたのが2019年12月で、それからわずか5か月で世界中ほとんどの国で感染が確認され、死者の数は半年で50万人近くにまで膨れ上がった。

 

現在のところ、この感染症に対する有効な治療方法は確立されておらず、ワクチンなど感染を防止する医学的手法が見つかっていないため、人の移動が著しく制限され、また物流も滞っている。アウトブレークの第二波、第三波を避けるためには、今後も人やモノの移動は一定程度制限されるであろうし、かつてのレベルにまで人やモノの流れが回復するのには時間がかかるであろう。カネや情報の移動はそれほど制約を受けないのかもしれないが、生産や物流などの経済活動は停滞し、いくつかの分析は世界経済の回復には数年を要するとの見方を示している。

 

一方、密集を避け、リモートでの会合が常態化するなど、人々の行動様式も変化していくであろう。感染症の封じ込め対策を進める中で、人々の間には、移動の自由を奪い、そして安全のために自由を抑圧することを一定程度許容するマインドを生んだ。これは、国家の権威への依存の高まりと民主主義や人権といった、これまでの我々の「自由な」社会が依って立ってきた基盤の浸食でもある。

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アルジェリアでも、フェイスマスクをつけて食料品(パン)を販売している ©︎ ILO/Yacine Imadalou

 

また、新型コロナのパンデミックは、国際協調が「主権国家」の前にいかに脆いものであるかを白日の下にさらした。シェンゲン条約による人の往来の自由は閉ざされ、輸送途中のマスクや人工呼吸器でさえも国家間で奪い合う事態まで起きるありさまは、近代か中世を彷彿とさせるようでもあった。いくつかの国は、今回の危機を教訓に、医療機器などを戦略物資と位置付け国産化を進めたり、また産業のサプライチェーンの国内回帰などを進めようとしている。

 

国際秩序を支えるはずの大国に目を向けると、いち早く危機からの脱出を宣言した中国は「健康一帯一路」戦略を打ち出し、「マスク外交」にいそしむ。そして、米中の戦略的競争が激化する中で、米国首脳は、国内政治的要素もあるとはいえ、パンデミックの発生に関し中国責任論を強硬に展開し、さらにWHOについて、その立場が中国寄りであると批判し、脱退を宣言した。この数年、米中の戦略的競争と対立の激化の中で、地政学復権が言われている。新型コロナのパンデミックをめぐる国際政治の喧噪は、こうした見方を補強するようにも思える。「主権国家」の本質がむき出しになった現在の状況では、国際協調という言葉がむなしく響く。

 

グローバリゼーションは止まらない:多国間主義は重要であり続ける

しかし、グローバリゼーションによって受ける恩恵にいったん味を占めた人類は、グローバリゼーションという人類の発展パラダイムを放棄することはできないであろう。加えて、情報やデータ、通信など、おそらく今後我々の生活を規定していく上で極めて重要な意味を持つことになるであろう技術は、不可避的に「国境」という概念とは親和性が薄い。

 

おそらく、我々は、当面のところ、変容しながらも深化するグローバリゼーションと主権国家の権力の肥大化という二つの潮流が引き起こすパラドクスの渦の中で泳いでいくしかないのであろう。

 

感染症パンデミックに留まらず、経済格差と不平等、気候変動問題、テロ、大量破壊兵器の拡散など、今国際社会が抱える問題は、グローバリゼーションが変質し、主権国家間の利己的な利益追求が主流となる近代(あるいは19世紀的世界)へと国際政治の時計の針が逆回転したとしても、それによって解消されるものではないどころか、深刻さを増すことになろう。その原因も影響もグローバルな課題は、いずれにしても国際社会の協調なしに解決することは不可能であり、国際社会は、これらの問題を解決することなしに、持続可能で平和な生活を獲得し維持することはできない。

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シリアにある避難民テントで佇む少女 ©︎ UNICEF/Omar Albam

 

本来であれば、このような国際協力を調整し推進する役割をになうのが国際機関であるはずだ。しかし、残念なことに、国際機関もまた、新型コロナの犠牲者となりつつある。WHOによる新型コロナの危機対応については、アウトブレーク初期の段階で適切な情報提供や移動制限等の警告を発することができなかったという、組織の活動の実効性に係る不満が高まったことは否定できない。それゆえに各国からの信頼を獲得するのに失敗したという面はあろう。だが、トランプ大統領のWHO脱退宣言に象徴されるように、各国からの批判の中には、WHOが中国の影響下にあり、中国に対して妥協的なアプローチをとったがゆえに正確な情報を国際社会に対して伝えることができなかったのではないかという、中国の台頭に対する脅威論を念頭に置いたような極めて政治的な文脈での批判も少なくなかった。

 

しかし、そもそも国際社会は主権国家によって構成され、国際機関はその主権国家の集合体でもある。感染症の流行に関わる情報は、経済活動、社会の安定にとって大きな影響を与えうるものであり、国家安全保障という観点からも極めて高い機微性を備えているということに留意する必要がある。理念上は、そうした各国の個別利害を乗り越え、国際社会全体の福祉のために自国(自政府)に不利な情報であったとしても積極的に情報を共有し、国際機関(今回の場合にはWHO)をハブとして国際協力を推進すべきなのであろう。しかしながら、現実にはそのような理想的な協力体制の構築は容易ではない。

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イランで新型コロナウイルスの対応にあたるWHOの職員や公衆衛生の専門家たち ©︎ WHO

 

中国からWHOへの情報提供に関しては、今後様々な調査などでその実態が明らかになっていくであろう。その是非については、正確な情報や調査報告を受けて議論することが必要である。同時に、一般論で言えば、このような国際機関加盟国からの情報提供の不備や協力的な姿勢の欠如というのは、中国に固有の問題ではなく、他国であったとしても起こりえる事態でもある。これは、善悪の問題というよりも、国際社会の構造自体に由来する問題である。主権国家という制度、そして秩序や法執行をつかさどる中央権力が不在で、各主権国家がそれぞれ独立して存在し、時に利害をぶつけあうのが国際社会の現実である。

 

もちろん、それが現実だからと言って国際機関不要論や国際協力批判論に与するのは単純に過ぎる。すでに述べたように、国際社会の安定と繁栄を望むのであれば、国際社会における協力なしに解決が不可能な諸問題に取り組む必要がある。それは、気候変動や大量破壊兵器の拡散、経済格差や不平等などの問題は、放置しておけば人類の生存や我々の社会の持続可能性に大きなリスクをもたらすものであるからだ。

 

であるならば、今挙げたような国際社会の制度的な特性と、それによってもたらされる国際機関の機能的限界をよく見極めて、国際機関をどのように活用するのが最適なのか、という視点からもう一度国際機関の体制や機能を見直すガバナンスの改革を構想していくべきであろう。

 

後編では、この国際機関の体制や機能、また他ステークホルダーとの連携の有⽤性について、考えてみたい。

  

日本・東京にて

秋山 信将

「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(12) 村上由美子さん

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めたブログシリーズ。第12回は、村上由美子さん(経済協力開発機構OECD)東京センター所長)からの寄稿です。

 

ピンチはチャンス – よりよいアフターコロナ社会を目指して

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2013年に経済協力開発機構OECD)東京センター所長に就任。 OECDの日本およびアジア地域における活動の管理の責任者を務め、政府、民間企業、研究機関及びメディアなどに対し、OECDの調査や研究、及び経済政策提言に取り組む。それ以前は、主にニューヨークで約20年間投資銀行業務に就き、ゴールドマン・サックス及びクレディ・スイスのマネージング・ディレクターを務めた。著書に「武器としての人口減社会」がある。上智大学国語学部を卒業、米国のスタンフォード大学修士号を取得、ハーバード大学院で経営修士課程(MBA)を修了 ©︎ Yumiko Murakami

 

私が勤める経済協力開発機構OECD)は本部がフランスのパリにあり、多くの同僚が新型コロナウイルスに感染しました。幸いにも命を落とすケースは免れましたが、重症化し入院治療を受けるスタッフもいました。そんなフランスも、コロナウイルスの収束へ動き出しています。OECD本部は6月1日から段階的に出勤が始まりました。まだまだ限定的ですが、少しずつ日常を取り戻しています。

 

コロナ後はより強く包摂的な社会を構築しなければならないという問題意識を持った各国のリーダー達は、OECDで政策議論を再開しています。こうした議論に貢献すべく、OECDでは新型コロナウイルスに関するデータや政策提言をまとめた特設サイト(リンクを開設し、コロナが経済・社会・教育・貿易・租税・環境などに与える影響を分析したポリシーブリーフをこれまでに100本以上公表しました。 

新型コロナウイルスの特設サイトの日本語版を立ち上げ、最新のデータや政策提言を発信している © OECD

 

日本でも緊急事態宣言が解除され、社会経済活動が再開しました。公衆衛生上の危機的状況はピークを過ぎたかのように思えますが、強烈な打撃を受けた日本経済は多くの社会課題を顕在化させ、その解決には大胆なアクションが必要です。コロナウイルスは全ての人の健康の脅威となり、無差別に全ての人の生活を脅かします。しかし、コロナウイルスの影響から身を守る手段は、それぞれの人が置かれた社会経済的な立場により大きく異なります。その結果、コロナ危機の影響をより強く受けた人達は、生活の再建により多くの時間とリソースが必要になります。国全体で適切な対策をとらなければ、コロナが社会の分断に繋がる危険性も高まります。

 

新型コロナウイルスによるパンデミック以前から、日本は男女の経済格差がOECD加盟国中最も大きい国の一つでした。男女の賃金格差は約25パーセントもあります(表1)。安倍内閣の成長戦略として女性活躍が推進され、この数年間で女性の就業率は7割まで上昇し、今はアメリカよりも働く女性の割合は高くなっています。しかし、多くの女性が就業しても、男女の賃金格差の是正には繋がっていません。意思決定を行うリーダーや管理職のポジションに就く女性は依然として少なく、男性と比較して低い立場で働くケースが多いのが現実です。特に、非正規雇用やパートタイマーの女性割合は高く、報酬や職の安定性が不十分な状況下に置かれています。このような男女格差が、コロナ危機を経て更に悪化する可能性は否定できません。外出制限により多くのビジネスが影響を受けていますが、特にサービス業の中小企業で働く非正規労働者は、最も被害を大きく受けている可能性があり、その多くが女性です。失業や減給の影響を受けても、コロナ不況の中、再就職は容易ではないでしょう。

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表1:OECD加盟国における男女の賃金格差。日本のデータは黄色く表示されている(クリックすると画像を拡大表示できます) © OECD Gender Data Portal

 

休校で子供達が在宅している家庭でも、男性より女性により負荷がかかる構造が見えてきました。コロナ危機以前から、日本では男女の無償労働時間に大きな隔たりがありました。家事や育児に費やす時間は、OECD加盟30カ国の男性の1日平均が136分なのに対し、女性は262分と2時間以上も長いという統計があります。日本の場合、男性の無償労働時間は41分と特に短く、OECD加盟国の中でも最低レベルです(表2)。リモートワークが普及し、通勤時間もなくなり効率良く働けると期待されましたが、家事や育児の負担が増え生産性が低下したと感じる女性が多いことが様々な調査で指摘されています。また、子供の休学により止むを得ず欠勤しなければならないケースは、圧倒的に男性より女性が多いようです。

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表2:家事などの無償労働に費やす1日当たりの時間。男性の無償労働時間に費やす時間は黄色く記されており、日本(下から4番目)の男性の無償労働時間は最も短い(クリックすると画像を拡大表示できます) © OECD Gender Data Portal

 

さらに日本の抱える深刻な問題として、子供の貧困があります。特にひとり親家庭の子供の貧困はOECD加盟国中最悪のレベルです(表3)。背景には、男女の経済格差や、離婚後の親の扶養義務不履行などがありますが、コロナウイルスはそのような苦境にさらに拍車をかけることになりそうです。ひとり親家庭のほとんどが母子家庭ですが、彼女達は男性より経済的に不安定な場合が多く、コロナ不況の影響を受けやすい立場にあります。加えて、休校中の子供達の面倒も一人で見る以外に選択肢はありません。休校中の子供達は、インターネット環境が整っていれば学校や塾のオンライン学習で勉強の遅れを取り戻すことも可能かもしれませんが、貧困家庭ではそのような環境を整えるのは困難でしょう。コロナウイルス感染拡大以前から深刻だった子供の貧困問題が、パンデミックによってより悪化しないよう、我々は早急に対策を打ち出さなければなりません。

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表3:子供がいる世帯で家計を支える大人が一人の場合(ひとり親家庭)と複数の場合の貧困率(クリックすると画像を拡大表示できます) © ︎OECD Family Database

 

ピンチはチャンスという諺があります。今回のコロナ危機により引き起こされたピンチをいかにチャンスに変えることができるのか、私達一人一人が考えなければなりません。男女の経済格差や子供の貧困はコロナ以前から日本にとって大きな課題でした。日本社会に内在していた格差問題が、コロナウイルス感染拡大により顕在化してきた今こそ、この問題の真の解決策を探るチャンスだと捉えることができるのではないでしょうか。コロナ後を生きる私たちに求められるのは、単に社会生活をこれまで通りに戻すことではありません。コロナによって露呈した様々な社会の矛盾や不平等をどうすれば乗り越えられるのか、知恵を出し合いながら行動することが必要なのです。

 

変化は少しずつ芽生えているのではないでしょうか。例えば日本ではなかなか普及しなかった電子署名なども、コロナ禍を機に導入する企業が出始めています。これによって今後企業間の取引などビジネスのスピードはさらに加速するでしょう。オンライン診療の普及や非接触技術・医療テックの進歩など、コロナが撒いた新たなイノベーションの種はこれから大きく花開く可能性があります。変化は技術面だけにとどまりません。オンラインミーティングの普及で、物理的に集まらなくてもコミュニケーションや意思決定は可能だと気付いた人も多いのではないでしょうか。私たちのマインドにも、コロナによって大きな変化が起きています。

 

重要なのは、こうした変化の中核に、持続可能な開発目標(SDGs)の精神である「誰一人取り残さない」を据えることです。コロナによって加速度的に進む変化の根幹に「誰一人取り残さない」という視点を盛り込み、一人一人が包摂的な社会を作るアクターとなって行動すれば、ビフォーコロナ時代から根強く残る男女格差や子供の貧困などの問題にも解決策を打ち出せるのではないでしょうか。そして、個人・企業・国のすべてのレベルの行動によって包摂的な社会を作ることができれば、懸念されるコロナの第二波、そして将来起きるかもしれない未知のパンデミックに備えることも可能なはずです。

 

問題を見て見ぬふりをするのは、ビフォーコロナで終わりにしましょう。アクションを必要とする方向へ私達一人一人が主体的に動けば、アフターコロナの世界はビフォーコロナよりも良い社会になるはずです。


日本・東京にて

村上 由美子