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「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(19) 野田章子さん(後編)

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めたブログシリーズ。第19回は、野田章子さん(国連開発計画(UNDP)インド常駐代表)からの寄稿の後編です。

 

コロナ危機におけるリーダーシップ: インドからの現場報告(後編)

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2019年5月よりUNDPインド常駐代表。それ以前は、三菱総合研究所を経て、1998年からUNDPタジキスタン事務所に勤務した後、UNDPのコソボユーゴスラビア(現セルビア・モンテネグロ)の各事務所を経て、2002-2005年は UNDP本部でマーク・マロック・ブラウン元総裁のもとでプログラムスペシャリストを務める。その後、国連コンゴ民主共和国ミッション(MONUC)、パキスタンの国連常駐調整官事務所での勤務を経て、2006年からUNDPモンゴル事務所にて常駐副代表、2011年からUNDPネパール事務所にて国代表、2014年10月より2019年4月までモルジブ国連常駐調整官兼UNDP常駐代表を歴任。慶応義塾大学大学院修了(政治学修士) ©︎ UNDP

 

インドでの感染者数は9月上旬現在、世界第2位。13.7億人の人口から考えると、他の国の感染率に比べると最悪の状態とは言えませんが、2か月の都市封鎖の時期も含め確実に毎日感染者数は増加し、減少傾向には至っていません。このような中、UNDPオフィスのスタッフの中にも感染者が何人かおり、また死亡に至るケースもありました。UNDPに20年近く勤務した彼。コロナへの恐怖と偏見からか検査に行かず自宅で経過を観察していましたが、病状が急激に悪化し、オフィスに連絡が入った時点では受け入れ先の病院の手配が間に合いませんでした。コロナが確認されたのは死亡後でした。自宅待機期間を終えたご家族を慰問しましたが、稼いだお給料は出身州での家の建設にあてていたらしくデリーでの生活は大変貧しいもので、一室に奥さんと子供3人が残され途方に暮れていました。今でも時折、あの慰問の光景がフラッシュバックします。


この辛い経験をもとに、スタッフにはコロナの疑いのある病状があればすぐに病院に相談する重要性をミーティングやメールで何度も強調し、またスタッフには小型のパルスオキシメーター(血中酸素飽和度を測定する機器)を配布し日頃から自分と家族の健康に留意するようお願いしました。また亡くなったご家族にはスタッフ有志で寄付を募り、これからの教育費にと渡しました。


都市封鎖の間、デリーでは大気汚染が49%削減され、窓の外からは楽しそうな鳥のさえずりが聞こえ、色鮮やかな蝶々が飛んでいるのも目に入ります。メディアでは、ここ30年程見えなかったヒマラヤ山脈が200キロ以上離れたウッタルプラデーシュ州のサハランプールという町から見えた映像や、車が影を潜めた道路をゾウが優雅に歩いている姿などがニュースになりました。人間の経済活動が一時的に縮小されただけで、これ程明らかに環境によいインパクトが与えられるとは、考えもしませんでした。

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都市封鎖により、閑散とする4月のニューデリーの道路。 ©︎ UNDP/Shoko Noda


環境面からみると効果的な結果が見られますが、反対にこれまでの経済成長最優先の影で、次の食事がいつできるかも分からない多くの人々がコロナ危機にあたり失業してしまった姿は、写真などで見ていても胸が締め付けられる思いです。労働人口の85%以上を占めるインフォーマルセクターで働く労働者たち。彼らは一生懸命働いて工場を動かし続け、ビジネスが利益を享受できるようにし、経済成長を進めてきた人々です。しかしながらインドの現状の雇用制度では、彼ら自身は経済成長の真の利益者となっておらず、このコロナ危機に直面し、都市封鎖の中、真っ先に雇用を切られました。今後、ポスト・コロナの復興を考える際に、より環境に優しく、また最も脆弱な労働者やその家族へのより充実した社会保障制度の拡充を視野に入れた政策が必要になってきます。


このような今までにない危機に直面し、UNDPはインド政府、州政府、ドナー各国、企業、市民社会、コミュニティ、その他の国連機関と緊密に連携して、パンデミックによって影響を受けた人々を支援しています。中でも日本政府からの支援はその中核を占めています。支援の内容はまず、最前線で我々の生活や健康の基盤を支えている医療従事者と最も脆弱なコミュニティに焦点を当てます。具体的には、マスク、手袋、手指消毒剤、石鹸を含む安全キットを1万8,000人以上の貧困層のごみ収集分別者に提供し、都市封鎖中に約10万の食品パッケージと50万キロの穀物を配布しました。またUNDPは、最前線の医療従事者を新たな感染から保護するために、医療施設での医療廃棄物の安全な廃棄をリアルタイムで監視する簡素なスマートフォンアプリの開発を支援しています。

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マスクや手指消毒剤の支援物資の確認を行う、ニューデリーのUNDPの職員。 ©︎ UNDP

 

パンデミックの拡大に伴い、支援の焦点を地域のネットワークを動員する方向に転じ、インフォーマルセクターの労働者や最も脆弱な労働者に手を差し伸べ、彼らがさまざまな社会保障制度にアクセスできるように尽力しています。また、コミュニティ組織と協力して、最も影響を受けている人々が、家族経営の農業、商店、その他の小規模ビジネスといった新しい仕事を始めたり、生計を立てる機会を得たりできるよう手助けしています。目標は、125万人にこのような支援を届けることです。


UNDPインドのチームの強みは、新型コロナウイルス対策にデジタルソリューションを使えることです。 2万8,000を超える医療施設で、個人用保護具(PPE)のサプライチェーンを追跡するために、既存の電子ワクチン情報ネットワーク(eVIN)に追加機能を設計しました。また、ウッタルプラデーシュ州政府に対しては、州外から戻ってきた出稼ぎ労働者の教育レベルやスキルといった情報を、州政府当局が収集できる新しいアプリの導入も支援しました。アプリによって情報が照合できると、新たな労働力の情報に基づいて経済回復計画を立てるのに役立つと考えられます。コロナに関する正しい知識を身に着けてもらうために、コロナに関する簡単なオンラインゲームも開発し、インドをはじめ数か国で広めています。

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電子ワクチン情報ネットワーク(eVIN)を利用し、在庫確認を行う医療従事者。 ©︎ UNDP


コロナの拡大のため、このプログラムを施行するのは決して容易ではありません。UNDPは各州にスタッフが駐在しており、彼ら彼女らを通じて、また地域に密着したNGOと連携しプログラムを動かしています。その際にもスタッフの安全が第一です。出張申請がスタッフから提出されるたびに、コロナ対策はしっかりできているか確認します。私自身もスタッフと一緒に最前線でコミュニティ支援を行う機会があります。先日はUNDPのプラスティック再利用のプロジェクトに従事しているごみ収集分別者の女性たちに支援物資を渡しました。使い捨てのマスクや決して安全ではないゴミを収集して生計を立てている彼女たちに、心から感謝の意を届けました。

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コロナ危機の中にありながら、環境のために日々貢献しているゴミ収集分別者に、支援物資と感謝の意が贈られた。 ©︎ UNDP India


この記事が公開される9月中旬の時点で、UNDPを含むインドの国連のスタッフは基本的には在宅勤務を継続しています。先日、所用で久しぶりにオフィスに立ち寄る機会がありました。あんなに賑やかでインド独特のカラフルな服をまとったスタッフでいっぱいだったオフィスが、まるで幽霊屋敷のようにガランとしていたのにはとても寂しく感じました。

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在宅勤務が引き続き実施されているUNDPインド事務所。 ©︎ UNDP/Deepak Gera


世界の中で、またインドで国連としてどこまで貢献できるだろうか。期待に応える仕事ができているだろうか。日々、試行錯誤しながら自分自身に問いかけています。このような状況のなか、スタッフ全員が常にひとつにまとまり、健康でやる気を失わずに今まで通りの仕事の結果を出してもらうのは決して簡単ではありません。このような危機であるからこそ、よりスタッフに寄り添ったリーダーでありたいと心掛けています。


このコロナ危機がある程度収拾したときに、私も丹羽さんがおっしゃるように、最終的には問題解決に少しでも貢献できたと誇りをもって言えるように、これからも努力していきたいと思います。

 

インド・ニューデリーにて

野田 章子