東京2020オリンピック・パラリンピック(東京2020大会)の開幕を7月に控え、夏季五輪として初めて「持続可能な開発目標(SDGs)」への貢献を掲げる東京2020大会に向けて、立場の異なる様々な人々がすでに日本各地で動き出しています。
国連広報センターは、こうした人々がどのような想いをもってオリンピック・パラリンピックを通して持続可能な社会の実現に取り組んでいるかをお届けしていきます。第1回は株式会社アシックスの若手社員による、スポーツ用品業界を含むアパレル業界の持続可能性を実現するための挑戦を紹介します。
第1回 アシックス 〜スポーツ用品×持続可能性〜
株式会社アシックスのCSR統括部に所属する増田堅介さんは、入社5年目の2017年に、衣服をリサイクルして新しい製品を作るというプロジェクトを提案し、担当することになりました。製作するのは、同社がゴールドパートナーを務める東京2020オリンピック・パラリンピック(東京2020大会)で日本代表選手団が着用するオフィシャルスポーツウェア。巻き込むのは全社、ビジネスパートナーだけではありませんでした。
「品質の良いものを作るだけではなく、全国の皆さまの応援する気持ちと日本代表選手団の皆さまをお繋ぎして日本を一つにしていく、そういったモノづくりができないかと考えました」
アシックスは、スポーツ用品カテゴリーで唯一の東京2020大会のゴールドパートナーとして、大会成功への貢献とサステナビリティの推進を同時に達成することが、同社にしか実現できない大きな役割であると考えていました。そうして、人々の思い出が詰まったスポーツウェアを回収し、日本代表選手団オフィシャルスポーツウェアとして再生する、日本を一つにするモノづくりに挑戦することを決めました。プロジェクトの名前は、ASICS REBORN WEAR PROJECT。衣服を、そして人々の想いを再生し、つなげるという意味が込められています。
アシックスは、以前より、スポーツ用品業界を含むアパレル業界全体の課題として、製品のリサイクルが進んでいない現状がある点を認識し、衣服のリサイクルに取り組もうとしていました。しかし、今回のモノづくりには大きなチャレンジがありました。
まず、衣服のリサイクルは世界的に見てもまだ非常に難しいのが現状です。衣服は一つの素材、一つの色だけで作られていないことが多いため、混在した素材や色を選別、除去するところから始めなければなりませんでした。試作品として、衣服をリサイクルして製造したポリエステル樹脂から糸を製作しましたが、最初は不純物の除去がうまくいかず、糸が切れてしまったり細い糸が引けなかったり課題がたくさんありました。
これまでアシックスでは、樹脂の製造工程にまで遡って製品を作る経験がなかったので、リサイクルパートナー、糸や生地サプライヤーと一丸となって、高い品質を実現するために何度も試作を行いました。
プロジェクトを担当する増田さんは、同時に社内のマーケティングや店舗、営業の部門と連携して、多くの人々に衣服を提供してもらう仕組みづくりを実現しなければなりませんでした。しかし、衣服のリサイクルの難しさから、モノづくりが可能かどうかの確認が度々遅れてしまいました。
「(東京2020大会を目標に)製品の納品時期とか開発のスケジュールが決まっているなかで、社内の関連部門には、こんなにスケジュールが後ろ倒しになって本当に間に合うのかと、かなり不安にさせてしまいました。ビジネスパートナーと、ほぼ毎日お電話を通じてスケジュールや品質の確認などを密に協議して、それをまた製品開発部門の方々に説明して、一緒にやりましょうと働きかけをさせていただきました。コミュニケーションを重ねていきながら試作を重ねて、ものが徐々に出来てくると少しずつ信頼をいただけるようになりました」
衣服の回収は、2019年1月に開始。衣服の回収ボックスは、アシックス直営店やスポーツ用品店、東京2020大会のパートナー企業、提携大学、将来のアスリートが練習しているトレーニングセンターなど、全国250箇所程度に設置されました。
4か月ほどの回収期間で集まった衣服は、実に約4トンにも及びました。
東京2020大会オフィシャルパートナーである東京ガス株式会社では、750枚以上の衣服が回収されました。同社の東京2020オリンピック・パラリンピック推進部の川﨑由香さんは、次のように振り返ります。
「初めて参加したフルマラソンの時のウェア、子供が小さいころに試合で使ったユニフォームなど、社員が提供した衣服の一枚一枚に思い出が詰まっていました。『オリンピック・パラリンピックは夢みるだけでしたが、時を超えてウェアだけでも2020へ行ってこい!!』と送り出しました。このプロジェクトを通して、物理的な資源リサイクルの観点だけでなく、大切にしていた思い出の洋服を誰かのために役立てるという、心の豊かさの気づきにも繋がったと思います」
多くのアスリートも思いの詰まったウェアを寄付しました。東京ガス所属のパラ水泳木村敬一選手は、小学校4年生で水泳を始めた時のウェアを提供。元レスリング選手の吉田沙保里さんもリオデジャネイロ2016大会前の練習できていたウェアを寄付し、「私も日本代表選手としてオフィシャルスポーツウェアを着たときは本当に嬉しくて、いよいよ(大会が)始まるんだなと気持ちが高ぶったことを思い出しました」と語りました。そして、東京2020大会の日本代表選手団に向けて「みんなの思いがつまったウェアを着て、気持ちを強く持って、最高のパフォーマンスを出せるように頑張ってほしいです。応援しています!」とエールを送りました。
2019年1月に本プロジェクトを発表した時は、日本のメディアに加えて約40か国のメディアが、特にサステナビリティの観点から非常に高い共感を持って報じました。SNS上でも世界中から好意的なコメントが多数寄せられました。
2020年2月にオフィシャルスポーツウェアがお披露目になった発表会でも、多くのメディアからウェアの機能性やデザインだけでなく、本プロジェクトの経緯や効果、今後の展開などサステナビリティに関する質問が寄せられました。
衣服の製造は、気候変動に大きく影響します。繊維産業は世界の温室効果ガス排出量の約10%を占めており、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)事務局によると、航空業界と海運業界の合計を上回るエネルギーを使用しています。また、繊維素材のほとんどは再利用可能であるにもかかわらず、その85%は最終的に埋め立て産業または焼却処分されています。
こうした現状に対し、衣服や繊維製品にかかわる企業はすでに対策を取り始めています。アシックスも、気候変動への対策と循環型社会の実現に積極的に取り組んでいます。例えば、同社は2019年に、UNFCCCのもとでファッションに関わる様々な企業がバリューチェーン全体を通じ、ファッション部門の気候への影響に一致団結した取り組みを行うことを合意する「ファッション業界気候行動憲章」に、日本に本社をおく企業として初めて署名しました。また、2050年に向けて温室効果ガスを実質排出量ゼロにするという目標も掲げています。2030年までにシューズのアッパー(甲被)部分やウェアのポリエステル材を100%再生ポリエステル材に切り替えることも表明しています。
増田さんは、今回の挑戦は、循環型社会をつくる一つのスタートだと話します。
「循環型社会の形成を達成していくためには、メーカーが資源を無駄にしないモノづくりを推進することが必要であると思います。それを達成していくために、東京2020大会などの大舞台を活用させて頂きながら、日本から世界に対してこの重要性を発信していきたい。そして今夏には、本取り組みをレガシーとすべく、ASICS REBORN WEAR PROJECTと同様にウェアをリサイクルしたシューズを一般のお客様に提供していきたいと考えており、製品を買ったお客様がこの循環型社会の形成に貢献していただくという輪をどんどん広げていきたいと考えております」