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国連学会をご存知ですか -研究大会に参加してきました―

こんにちは、千葉と申します。国連広報センターで、国連公式文書訳出やウェブサイト管理などを担当しております。

 

(2016年)6月初旬、いつもお世話になっている日本国際連合学会の第17回研究大会が国立オリンピック記念青少年総合センターで開催され、参加してきました。

 

大会開催からかなり時間が経過してしまいましたが、時計の針を一か月ほど戻し、ブログで、その様子などについてお伝えしようと思います。

 

まずは、日本国際連合学会(以下、国連学会)のご紹介から。         

 

この学会は1998年、国連システムの研究とその成果の公表及び普及を目的として、創設されたものです。緒方貞子氏、渡邊昭夫氏、横田洋三氏の重鎮3人の先生方が本格的な国連研究の場をつくる必要があるとの強い認識から設立を企画されました。

 

その活動として、国連システムに関する研究の促進ならびに各種の情報の収集、発表および普及、研究大会の開催、機関誌『国連研究』における会員の研究成果の刊行、韓国・中国の国連学会との東アジア国連システムセミナーの開催など内外の学会及び関係諸機関、諸団体との協力などをおこなっていらっしゃいます。

 

国連広報センターにとって、国連学会は最大のパートナーのひとつであり、役員をはじめとする先生方には日頃ご支援をいただいております。また私自身も、創設当初から一会員として所属し、多くのことを学ばせていただいてきました。

 

大会当日。

 

自宅のデジタルカメラを持参して、大会の様子を写すつもりが忘れてしまい、しかたなく望遠機能のないスマホカメラで、冷や汗をかきながら、午前の部の写真を数枚とらせていただきました。

 

開会時刻が迫る頃には、会場はすでに国連にかかわる実務家、研究者の皆さんであふれんばかりでした。傍聴も可能だったせいか、若い学生さんの姿もたくさん見受けられました。

 

午前10時の開会時刻。学会の理事長を務められていらっしゃる大泉敬子・津田塾大学教授から開会のご挨拶。大会の共通テーマ、「創設70周年の国連とその課題」についてのご説明がありました。

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今年の研究大会のプログラムはこちら → http://www.jauns.net/2015kenkyutaikai.pdf

 

私ども国連広報センターにとって、大泉理事長は長きにわたり、心強いサポーターでいらっしゃいます。これまでに広報センターで主催したセミナーやシンポジウムで講師や司会をお願いしたことも何度となくありました。

 

大泉理事長のご挨拶が終わると、いよいよ、今大会の目玉、元国連事務次長の明石康さんによる特別講演、「回顧:国連の70年」、でした。

 

明石康さんは国連学会の初代理事長です。1957年、国連勤務開始。国連では事務次長として、広報局や軍縮局を率いたり、カンボジア、旧ユーゴスラビアに展開するPKOを率いたりして、ご活躍された方です。

 

明石さんは、仕事に向き合う厳しさと、ジョークも大いに飛ばす硬軟両面を兼ね備えた方です、と大泉理事長はそのお人柄に触れて、プロフィールを紹介されました。

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卑近な話になりますが、実は、私は、全くの力不足ながら、1990年代の数年間にわたって、カンボジア、旧ユーゴなどでご活躍中の明石さんが日本にお帰りになるたびに、裏方としてお支えするため、秘書官の役を任じられ、24時間体制で随行させていただいていたことがあり、大泉理事長のご紹介のとおりの明石さんを存じ上げていました。

 

思い返せば、随行する私にも明石さんはたしかに軽快なジョークを大いに飛ばされておられましたし、たとえば、当時、賀状にて、拙宅の改築をお知らせしたところ、家屋「改築」への心温まる祝賀のご返事のなかには、軽妙洒脱に、国連「改革」のことが一言書き添えられておりました。その一方、時の人として、そのスケジュールがぎゅうぎゅうに詰まっていくなかで、風邪で高熱におそわれても、周りに辛そうな顔は一切見せずに、たんたんとお仕事をされていたお姿に、何よりもご自身に向けられた厳しさを感じたことを覚えています。

 

さて、明石康さんのご講演は、終戦の年を回顧されるところから始まりました。

 

70年前、まだ中学3年生だった明石さんは、国民に多大な犠牲を強いた戦争に国を導いた指導者たちにつよい憤りを感じたそうです。

 

少し生意気で反骨精神のある少年だったという明石さんはその後、修士論文で国連創設にいたる英米ソなどの交渉過程について書き上げ、さらに戦間期の研究をすすめる青年へと成長されました。そんな頃、国連幹部職員から誘われて、国連に勤め始めることになったのです。

 

そして、ニューヨークの国連事務局ビルでの明石さんの勤務は35階のイースト・リバーを見下ろす小さな部屋でスタートします。

 

国連で働き始めた明石さんには、そこに垣間見えるものの8割に冷徹な権力政治の現実を感じたものの、そればかりでなく、残りの2割に国連のビジョン、理想をみたそうです。

 

1997年のご退職まで、明石さんは約40年間国連に勤務されました。国際連盟において、新渡戸稲造は約6年間、事務次長を務めたけれど、気がつけば、自分はその約3倍の年月、事務次長として過ごした、と愉快そうに回想されました。

 

明石さんのお話しは、スエズ危機の際の国連、米国との関係、日本政府代表として行財政諮問委員会のメンバーなどを務めたときのこと、その行財政分野での経験をかわれて、国連工業開発機関(UNIDO)の憲章作成の交渉に臨んだことなど、たくさんのことに及びました。

 

国連は蹉跌、挫折を繰り返してきたが、少しずつ前進をしてきたのも確かなことだ、と約40年の歳月を振り返って、国連を語る明石さんの言葉には重みがありました。

 

お話のあと、質疑応答も活発に行われました。

 

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午後は3つのセッションが行われ、研究者、実務家が一緒になって議論しました。

 

第1セッションは、「国連が直面する安全保障分野での課題」をテーマに、星野俊也大阪大学教授の司会のもと、外務省総合外交政策局の有馬裕・国連政策課長、同じく外務省の国際法局の御巫智洋・国連政策課長、東京大学の東大作・准教授が報告されました。

 

第2セッションは、「日本を通して見た国連とその課題」をテーマに、横田洋三・人権教育啓発センター理事長(第3代国連学会理事長)の司会のもと、赤阪清隆・フォーリン・プレスセンター理事長(元国連事務次長)が報告されました。

 

第3セッションは、若手独立報告。山田哲也・南山大学教授の司会のもと、志村真弓氏(東京大学院)と藤井広重氏(内閣府国際平和協力本部事務局研究員)の報告がありました。

 

午後の部は、JICA前総裁で、元国連難民高等弁務官緒方貞子さんもご参加になり、会場前列に座って、報告を熱心にお聴きになり、高い見地から、またご自身の豊かな経験に基づいて、コメントをされておられました。

 

そして午後の部の後半からは、明石さんも緒方さんのすぐ後ろに座って、各報告をお聴きになり、これもまた、国連のさまざまな現場でのご体験を踏まえた方ならではのご発言をされておられました。

 

こうして国連の歴史の一ページを自ら記した重鎮お二人が見守るなかで行われた、研究者、実務家双方の方々の報告はいずれも内容に富み、かつ刺激的で、それら報告のあとには、活発な質疑応答が続きました。

 

午後6時、終日続いた大会はすべてのセッションを終了しました。

 

大会運営にあたられた役員の先生方におかれましては、本当にお疲れ様でございました。

 

あらためて、今年の国連学会の大会は、国連創設70周年という節目の年に開かれましたが、国連が引き続き、戦争を防ぎ、少しずつでも世界を良くするために活動しながら、80周年、90周年、100周年を迎えるとして、そのとき、国連はどんな課題に直面しているのでしょうか。そのときに開かれる国連学会では、今大会に参加されていた若い学生の皆さんがきっと、たくましい報告や議論をされていらっしゃるのだと思いますが、果たして、その報告や議論の内容はどのようなものになるのでしょうか。

 

今大会の充実した報告や議論を反芻するとともに、未来の大会に思いを馳せながら、会場となった青少年総合センターをあとにしました。

 

国連学会の末永いご発展をお祈りしています。

 

お知らせです!

国連学会の役員(広報)をお務めの二宮正人先生、秋月弘子先生のご尽力により、同学会ホームページがリニューアルされました。→ここをクリック。

→ http://www.jauns.net/index.html

 

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