国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めたブログシリーズ。第8回は、須賀千鶴さん(世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター長)からの寄稿です。
The Great Reset: 新しい社会の方向性を再考するために
パンデミック後の世界では、このようなことも「New Normal」になるのでしょうか。新型コロナの出口戦略を模索する各国は、国内における行動制限をどう解除するかという問題の先に、国境を超えた人の移動をどのように再開していくかという共通の課題に直面します。外国から訪れる旅行者が新型コロナにかかっておらず、ウィルス感染源ともならないことを、どのように確認し、信頼して、入国を認めるのか。逆に、空港に降り立つなり何日も隔離されるリスクを感じずに出国できるのはどのような場合なのでしょうか。
おそらく多くの国は、人類がワクチンを入手し、世界中に広まるまで待つことができず、近隣国、信頼できる国、感染収束したと認められる国などと、先んじて国境解放の議論をはじめるでしょう。実際に、いくつかの国がお互いに入国規制を緩和して「ファストトラック」を設け、あなたも仲間にならないかと選択的に声をかけはじめています。抗体保持が再感染リスクを下げるとのエビデンスはないものの、「免疫パスポート“immunity passport”」や「リスクフリー証明書“risk-free certificate”」が議論され、今にも導入が始まろうとしています。
この新しい世界は、プライバシー、政府による監視とコントロール、テクノロジーの恩恵とリスクなど、さまざまな課題を私たちに突きつけます。それはまさに、世界経済フォーラム第四次産業革命日本センターが、日本政府、独立系シンクタンクのアジア・パシフィック・イニシアティブ、世界経済フォーラムの三者JVとして設立された当初から、必死に解を模索してきた問いでもあります。2018年の設立以来、日本センターはその趣旨に賛同していただいた官公庁や企業などの多くのパートナー組織とともに、世界経済フォーラムの持つ国際的な枠組みを活用しながら、さまざまな社会課題とテクノロジーに関する議論と実装を重ねてきました。今、そのネットワークの真価が問われていると感じています。
私たちの目標は、世界がテクノロジーによって後戻りできないほど変化していることを人々に理解してもらい、人類が直面している課題をうまく解決できるよう、適切な「ナッジ(後押し)」を提供することです。
パンデミック、気候変動、高齢化など、人類の未来を左右する大きな課題の解決の鍵は、物質、デジタル、生物の融合を進める巨大なテクノロジーの波を「統御」するすべを持つことです。テクノロジーは国境を軽々と飛び越えグローバルなインパクトを持つので、その統御のアプローチもグローバルな文脈で機能しなければなりません。ではその議論を誰が、どのようにリードすれば、迅速で的確でフェアな解決につながるのか。唯一の答えは、政府、産業、学術界、有識者、市民社会などを含めたマルチステークホルダー・アプローチで対話を重ね、目線を合わせ、アジャイルに実装を積み上げていくことにあると考えています。今回のパンデミックはその理解を否応なしに広げました。
国境再開プロセスひとつをとっても、ルールメイキングに国家だけが関与すると、友好的で評判のよい国、「ウィルスを封じ込めた」という宣言を信頼しやすい国を選んで国境を開放していく誘惑にどうしても駆られます。これは自然な反応ですが、私はこれがやがて各国・地域のブロック化 ―しかも従来の経済的なブロックではなく、物理的なブロック化― につながるのではないかと懸念します。仲間の輪に入りそこねた国々、強い国家の後ろ盾を持たない人々や難民を含めて、多くの人々が取り残され、無視できない格差が進展するおそれがあります。
私たちが必要としているのは、あらゆる人々の声が代弁された、真にグローバルな解決策です。国境を超えた自由な人の移動の確保は人類共通の利益であり、パンデミックからの脱出に向けて、グローバルに「信頼(トラスト)の輪」を広げることが急務です。各国で操業する多国籍企業や、世界中から留学生を集める大学などが、「信頼の輪」を広げるにあたって大きな役割を果たすことになるでしょう。私たちも、世界中から各界のリーダーを結集して濃密な議論をすることを重んじてきた組織として、国境を超えた人の移動にかかるルールのグローバルな相互運用性(interoperability)の確保に取り組みたいと考えています。
世界経済フォーラムでは、テクノロジーガバナンスへの投資をさらに強化していく予定です。新たなテクノロジーがもたらす新たな課題に対して、大国が独自開発するルールのはざまで窮屈な思いをすることになりやすい「か弱き声」を代弁し、普遍的な原則を見出してコンセンサスを形成できる日本への期待は大きいと感じています。新しい社会に向かって歴史的な岐路にたっているという思いのもとに、さまざまなステークホルダーとの対話を積み重ねながら、粘り強く、胆力をもって前に進みます。
日本・東京にて
須賀 千鶴