国連広報センター ブログ

国連のさまざまな活動を紹介します。 

「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(8) 須賀千鶴さん

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めたブログシリーズ。第8回は、須賀千鶴さん(世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター長)からの寄稿です。

 

The Great Reset:  新しい社会の方向性を再考するために

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2018年7月に、世界経済フォーラム経済産業省、アジア・パシフィック・イニシアティブの3者により設立された世界経済フォーラム第四次産業革命日本センターの初代センター長に就任。国際機関のネットワークを活用しながら、データ政策、ヘルスケア、スマートシティ、モビリティ、アジャイルガバナンスなど多様な国際プロジェクトを率いる。2003年に経済産業省に入省、FinTech、ベンチャー政策などの分野を歴任。© Chizuru Suga

 

2022年夏。僕は新型コロナウィルス(新型コロナ)が世界を席巻し、国境が閉ざされて以来、初めての海外旅行に出かける。空港の入国手続で審査官が、パスポートに加えて、「免疫パスポート」と書かれた見慣れない証明書を要求してくる。書類審査が終わると、行動や接触を追跡できるアプリをスマホにダウンロードするよう指示されたー

 

パンデミック後の世界では、このようなことも「New Normal」になるのでしょうか。新型コロナの出口戦略を模索する各国は、国内における行動制限をどう解除するかという問題の先に、国境を超えた人の移動をどのように再開していくかという共通の課題に直面します。外国から訪れる旅行者が新型コロナにかかっておらず、ウィルス感染源ともならないことを、どのように確認し、信頼して、入国を認めるのか。逆に、空港に降り立つなり何日も隔離されるリスクを感じずに出国できるのはどのような場合なのでしょうか。

 

おそらく多くの国は、人類がワクチンを入手し、世界中に広まるまで待つことができず、近隣国、信頼できる国、感染収束したと認められる国などと、先んじて国境解放の議論をはじめるでしょう。実際に、いくつかの国がお互いに入国規制を緩和して「ファストトラック」を設け、あなたも仲間にならないかと選択的に声をかけはじめています。抗体保持が再感染リスクを下げるとのエビデンスはないものの、「免疫パスポート“immunity passport”」や「リスクフリー証明書“risk-free certificate”」が議論され、今にも導入が始まろうとしています。

 

この新しい世界は、プライバシー、政府による監視とコントロール、テクノロジーの恩恵とリスクなど、さまざまな課題を私たちに突きつけます。それはまさに、世界経済フォーラム第四次産業革命日本センターが、日本政府、独立系シンクタンクのアジア・パシフィック・イニシアティブ、世界経済フォーラム三者JVとして設立された当初から、必死に解を模索してきた問いでもあります。2018年の設立以来、日本センターはその趣旨に賛同していただいた官公庁や企業などの多くのパートナー組織とともに、世界経済フォーラムの持つ国際的な枠組みを活用しながら、さまざまな社会課題とテクノロジーに関する議論と実装を重ねてきました。今、そのネットワークの真価が問われていると感じています。

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世界経済フォーラム・シュワブ会長を迎えての議論(2019年3月 東京) ©︎ 世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター

 

私たちの目標は、世界がテクノロジーによって後戻りできないほど変化していることを人々に理解してもらい、人類が直面している課題をうまく解決できるよう、適切な「ナッジ(後押し)」を提供することです。

 

パンデミック、気候変動、高齢化など、人類の未来を左右する大きな課題の解決の鍵は、物質、デジタル、生物の融合を進める巨大なテクノロジーの波を「統御」するすべを持つことです。テクノロジーは国境を軽々と飛び越えグローバルなインパクトを持つので、その統御のアプローチもグローバルな文脈で機能しなければなりません。ではその議論を誰が、どのようにリードすれば、迅速で的確でフェアな解決につながるのか。唯一の答えは、政府、産業、学術界、有識者市民社会などを含めたマルチステークホルダー・アプローチで対話を重ね、目線を合わせ、アジャイルに実装を積み上げていくことにあると考えています。今回のパンデミックはその理解を否応なしに広げました。

 

国境再開プロセスひとつをとっても、ルールメイキングに国家だけが関与すると、友好的で評判のよい国、「ウィルスを封じ込めた」という宣言を信頼しやすい国を選んで国境を開放していく誘惑にどうしても駆られます。これは自然な反応ですが、私はこれがやがて各国・地域のブロック化 ―しかも従来の経済的なブロックではなく、物理的なブロック化― につながるのではないかと懸念します。仲間の輪に入りそこねた国々、強い国家の後ろ盾を持たない人々や難民を含めて、多くの人々が取り残され、無視できない格差が進展するおそれがあります。

 

私たちが必要としているのは、あらゆる人々の声が代弁された、真にグローバルな解決策です。国境を超えた自由な人の移動の確保は人類共通の利益であり、パンデミックからの脱出に向けて、グローバルに「信頼(トラスト)の輪」を広げることが急務です。各国で操業する多国籍企業や、世界中から留学生を集める大学などが、「信頼の輪」を広げるにあたって大きな役割を果たすことになるでしょう。私たちも、世界中から各界のリーダーを結集して濃密な議論をすることを重んじてきた組織として、国境を超えた人の移動にかかるルールのグローバルな相互運用性(interoperability)の確保に取り組みたいと考えています。 

 

世界経済フォーラムでは、テクノロジーガバナンスへの投資をさらに強化していく予定です。新たなテクノロジーがもたらす新たな課題に対して、大国が独自開発するルールのはざまで窮屈な思いをすることになりやすい「か弱き声」を代弁し、普遍的な原則を見出してコンセンサスを形成できる日本への期待は大きいと感じています。新しい社会に向かって歴史的な岐路にたっているという思いのもとに、さまざまなステークホルダーとの対話を積み重ねながら、粘り強く、胆力をもって前に進みます。

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2020年1⽉のダボス会議にて。世界経済フォーラム第四次産業革命センターのムラット所長、各分野リーダー、政府渉外チームとともに ©︎ 世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター

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世界経済フォーラム第四次産業革命センターが事務局を務めるG20 Global Smart Cities Alliance会合(2019年9月 横浜) ©︎ 世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター

 

日本・東京にて

須賀 千鶴

「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(7) 大島ミチルさん 

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めたブログシリーズ。第7回は、大島ミチルさん(作曲家)からの寄稿です。 

 

アーチストの沈黙と挑戦 

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映画音楽、TV番組音楽、アニメーション音楽、舞台音楽など様々な分野で活躍。大河ドラマ天地人」映画「失楽園」アニメーション「鋼の錬金術師」他、多数。中国やオーストラリアなど海外の映画やフランスの音楽祭の作曲もするなど活動は海外にも及ぶ。毎日映画コンクール音楽賞受賞、日本アカデミー優秀音楽賞、日本アカデミー最優秀音楽賞といった国内の賞に加えて、アニメーション・オブ・ザ・イヤー音楽賞、ジャクソンホール映画祭(アメリカ)ベスト映画作曲賞なども多数受賞。吉永小百合氏の原爆詩の朗読の音楽や長崎の被爆50年の記念歌「千羽鶴」も作曲している。国立音楽大学卒業 ©︎ Michiru Oshima

 

私の仕事は、映画、テレビドラマ、アニメーションなどの映像の音楽の作曲、アーチストのための作曲や編曲、そしてコンチェルトや交響曲のようにコンサートのための音楽の作曲などです。今年の1月に私は関西フィルハーモニー管弦楽団による「箏と尺八のための協奏曲」のコンサートのために日本に滞在していました。そして約2週間の滞在でコンサートや映画などの打ち合わせを終え、1月23日ニューヨーク(NY)へ戻るために私は羽田空港にいました。そこには海外からの旅行者がマスクを山のように買って行く姿が!でもその時はまだ私にとってコロナウイルスは他人事でした。

先行きの見えない不安の中でも自宅での作業は続く ©︎ Michiru Oshima

 

最初に仕事に影響が出たのは「核兵器不拡散条約(NPT)再検討会議」期間中の国連での「平和のためのコンサート」でした。演奏家との打ち合わせの前日の3月11日に本コンサートの計画すべての中止の連絡が入りました。驚きと、残念!と、やはりそうか・・・と言う気持ちを抱えながらも落胆している暇などありません!お願いをしていたアーチストに「ごめんなさい、中止になりました」とキャンセルのメールをすぐに書いて送りました。そして、3月22日にNY州は在宅勤務義務付け・自宅待機要請が出されました。それ以前もレストランの多くはクローズし始め、カフェでお茶を飲むのも精神的に落ち着かない日々でしたから、その時はむしろどこかホッとした気持ちでした。ですが、本当に大変な状況が始まったのはそこからです。

 

私の仕事は自宅での作曲が仕事の8割以上です。会社や事務所へ出社して仕事をするということはありません。何十年もこういう生活をして来ましたからコロナウイルスによって特に生活が激変することはないだろうと思っていました。ですがそれも数週間くらいならば・・・の話です。何故かと言うと、作曲は自宅で出来ても、書き上げた譜面を演奏家が演奏しなければ音楽として形になりません。私の場合はオーケストラを使うことがほとんどですから70人から80人という演奏家をスタジオに集めて録音することが必要となります。

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通常に行われるオーケストラの録音風景。この写真はBudapest Symphony Orchestra ©︎ Michiru Oshima

 

自宅待機要請が出た頃、私はハンガリーのオーケストラで3月末の締め切りの録音の直前でした。まだ感染者がわずかしかいなかったハンガリーでしたので安心していたのですが、数日後「録音はしばらく出来ないことになりました」との連絡が来ました。「そうですか、分かりました。また再開出来る時にご連絡いただければ・・・」と返事をして、私はすぐに他に演奏が可能なオーケストラとスタジオを探しました。そしてOKの返事が来たのがロシアのオーケストラでした。私も今は移動が出来ませんから、機械を通して遠隔で音を聴いたり演奏家の姿を見たりして作業を行います。その機材のテストを終えホッとしたのもつかの間、またもや直前になって「自主隔離の命令が出たので録音が出来なくなりました」と連絡が来ました。ため息をつく暇もなく 再び他の国にも連絡、いくつもの条件(人数や人との距離)を考慮して今度こそ!と思っていたのですが、その録音も前日になって「感染者が増えて来ているので止めましょう」との連絡が来ました。

 

“もう右を見ても左を見ても行き止まり”そんな気持ちでした。一つの部屋で大人数が一緒に演奏するのですからまさに3密です。諦めるしかありません。その仕事は結局オーケストラでの録音を諦め、シンセサイザーを使って自分で演奏して納品するという変更を余儀なくされました。通常の2倍、3倍の労力ですが仕方がありません。何よりも本意ではない形で作品を納品することが残念でなりませんでした。

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世界中のオーケストラで録音が出来なかった自粛期間、コンピュータとシンセサイザのみで全ての作業を行なった ©︎ Michiru Oshima

 

この先6月、8月、11月とやはりオーケストラでの録音を予定しているのですが、本当に出来るのだろうか?という不安はぬぐい切れません。でも「出来ませんでした」とは言えません。音楽が完成しないと「映画」や「テレビ」の作品は仕上がらないのです。おそらくこの先1年間はこのプレッシャーと戦いながら過ごすことになるでしょう。そして今まで以上に世界中の音楽家としっかり連携を取りながら、関わる人々の健康を考慮し、新しいやり方を考え、仕事のタイミングを判断して行かなければ行けません。 

 

もう一つ、私の周りには、演奏家、指揮者、役者・・・多くのアーチストの友人がいます。そして、そのほとんどの仕事(公演)はキャンセルになってしまいました。ニューヨークのブロードウエイは9月まで閉鎖。オーケストラの中には存続の危機を訴えるところも出ています。 コロナウイルス により“真っ先に中止になり、そして最後に再開”という、“最も長く活動が出来ない”仕事と言っても良いでしょう。 日本でも、多くのドラマや映画の撮影が延期になり、コンサートは6月18日までは上限人数を屋内で100人、屋外で200人、または収容人数の50%以内との条件が付き、演劇に関しては稽古や準備すらストップしてしまっていると聞いています。「仲間と準備して来た舞台が中止になりました」と友達から話を聞いた時、「いつか また出来れば、パワーアップして更にいい舞台になりますよ!」と励ましたつもりでしたが、「もう同じメンバーが集まることは、おそらく不可能なんです」と返され 、その気持ちを十分に理解していなかったと恥ずかしい気持ちになりました。

 

そんな中、各国の文化芸術への対応も様々です。ドイツ在住のオーボエ奏者の渡辺克也さんは「ベルリン州から5,000ユーロ、更にオーケストラの組合から500ユーロ、著作権協会から250ユーロの寄付がありました(合計額は日本円で約70万円)。経済的な危機感はないのであとは感染を避けるだけです」と語っています。フランスでは、マクロン大統領と文化大臣が音楽、映画、演劇、ダンス、書籍などで活躍する著名な人たちとビデオ会議で意見を交換。その後、具体的な支援策を発表しています。もちろん保証される内容は個人のよって違いますが、ヨーロッパでは積極的にアーチストを守ろうという国の姿勢が見られます。そして日本でも、5月26日、第二次補正予算文化芸術・スポーツ関係者や団体に対して、活動の継続や再開などを支援するために、総額で560億円規模の新たな支援策を、個人に対しては、最大で150万円を支援する方針で固まったとのこと。一刻でも早く支援が進むことを心から願っています。

 

アーチストたちも動き出しました。オーケストラの演奏家たちがマスクを付けてコンサートをしたり(無観客ですが)、自宅に録音できるシステムを完備したり、インスタライブやオンライン朗読をライブ配信したり・・・苦しい状況下でも新しい可能性を探っています。

 

日本で活躍している役者の今拓哉さんが私にこう話してくれました。 

「『命より大事なものはない』と言う錦の御旗の如くが叫ばれてます。
もちろんこれは真理です。ですが、同時に語るべきは
『どう生きるか』『どう命を輝かせるか』
生かされている時間の密度や価値を豊かにしたい。
いま心の底からそう思ってます。
そして、心豊かな『生』に”文化”は必要だと・・・」

 

ニューノーマル」と呼ばれる時代を生き抜かなければならないアーチストたちは、未来を見据えて一歩一歩、暗闇のトンネルの中を一筋の光をたぐり寄せるように歩き出しています。

 

米国・NYにて

大島 ミチル

「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(6) 有馬利男さん 

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めたブログシリーズ。第6回は、有馬利男さん(一般社団法人グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン(GCNJ代表理事)からの寄稿です。

 

「コロナ対応型」のビジネスのあり方とは

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2011年に一般社団法人グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン(GCNJ)代表理事に就任。それ以前は、1967年に富士ゼロックスに入社後、1988年総合企画部長、1996年米国ゼロックス・インターナショナル・パートナーズCEO、2002年富士ゼロックス代表取締役社長、2008年相談役特別顧問を歴任し、2012年に退任。社長在任時に経営改革を推進する一方、「企業品質」コンセプトを打ち出すなど、CSR経営に尽力した。2007年7月から2018年6月末まで国連グローバル・コンパクトのボードメンバーも務め、現在も持続的な社会の構築に向けた活動を継続している。1967年国際基督教大学教養学部卒業 ©︎ Toshio Arima

 

突然降って湧いた新型コロナの災厄、世界は鎖国状態になり、社会は巣籠もりと、生活もビジネスも大きなダメージを受けている。グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン(GCNJ)もイベントはすべて延期、会議や打合せはオンラインに切り替えた。しかし、やってみると大きな問題はないし、かえって会話が身近に感じられ、お互いの意見もわかり易い。更に効用がある。事務所で会議する場合、終わると次の場所へ急ぐ。しかし、オンラインの場合は自宅からの参加が多く、その必要がない。新型コロナの話題もあり、会議終了後も会話の続くことが多い。

今回、折角声をかけて頂いたので、このようなオンライン会議での対話を通じて、新型コロナに関して私が抱いた個人的な感想を述べてみたい。

 

国連グローバル・コンパクトUNGC)

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コフィー・アナン国連事務総長(当時)は企業にグローバルな課題解決への参画を求め、世界の経営トップに「人間の顔をしたグローバリゼーション」への取り組みを促した ©︎ GCNJ

 

先ずは、国連グローバル・コンパクト(UNGC)をご存知ない方のために、UNGCの簡単な説明をさせて頂こうと思う。UNGCの発端は1999年のダボス会議でのコフィ・アナン国連事務総長(当時)のスピーチ。1990年代、ベルリンの壁の崩壊で冷戦が終了し、グローバル化が急激に進むと、企業による人権や環境破壊などの問題が世界に広まった。アナン氏は、ダボス会議に集まった世界のビジネスリーダーを前に「企業が問題の原因を作っている。解決には企業が力を発揮すべきだ」と指摘し、国連と民間企業が手を結んで「人間の顔をしたグローバル市場」を一緒に創ろう、と提案した。

 

その翌年20007月にUNGCが発足し、同年9月、ミレニアム開発目標MDGs)が承認された。UNGCは「人権」「労働」「環境」「腐敗防止」の4領域で10の原則を掲げ、賛同する企業や組織が加盟する。UNGCにとって、MDGs10原則を通じて達成すべきゴールであるが、いまは持続可能な開発目標(SDGs)に受け継がれている。UNGCは「世界最大のCSR推進組織」と言われるが、現在14,000を超える企業や組織が加盟している。70数カ国にローカル・ネットワークがあり、ビジネス社会を動かしてSDGsを推進する実働部隊になっている。日本のGCNJはその一つであるが、2003年に編成され、現在約370の加盟企業や組織が活発に活動している。

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UNGCは上記の10原則に基づき世界のSDGsを牽引している ©︎ GCNJ

 

これからのコロナ後の時代

コロナ後の時代は、コロナから身を守り、コロナと共生する生活に転換しなければならない。世界中の人々の生活やビジネスの様式が変わり、グローバルな交流や取引が「コロナ対応型」に変わる。これは一体どう言うことなのだろうか。「人間の顔をしたグローバル市場」を標榜するGCNJからみて、これからの企業経営に影響を与える2つの重要な視点がありそうだ。

①「グローバル市場は今後も健全に発展できるのか?」そして、

②「テレワークは日本企業の競争力と生産性を増強するのか?」である。

以下に「ネガティブとポジティブ」の主な考え方と、私の意見を述べてみたい。

 

①「グローバル市場は今後も健全に発展できるのか?」

ネガティブな見方としては、新型コロナが急速に世界に広まったのはグローバル化のせいであるから、人の交流はなるべく抑えて、インバウンド観光客などは制限してゆく。マスクの輸入が途絶えたのは過度な中国シフトのせいである。工場やサプライチェーンの自国回帰、そして可能な限り「自国優先」や「ブロック経済」へと向かうべきだ。企業経営の面では、事業停止のダメージからの回復に時間がかかるので、CSRSDGsに関わっている余裕はなく、今後は収益優先の経営に向かう、とする考え方。

 

ポジティブな見方は、グローバルかつ迅速な情報開示や説明責任の不足が問題を大きくした。コロナウイルスを前に人類は皆同じ、一つの「種」に過ぎない。また、“先進国で収束しても、途上国で終わらなければ第2波、第3波がやって来る”と、「誰一人取り残さない」ことの重要性も認識した。命を守るためにビジネスを停止したが、その結果、収入が途絶え、自ら命を絶つリスクが生まれる。人類社会が持続するためには「命も経済も」統合的に守らなければならない。このような経験から、世界の一体感と協調意識が共有されたとする考え方。

 

私の見方と意見

これからは、コロナウイルスと闘いつつ共存する、人類存続のための長期戦になる。グローバル市場は既に不可分に組み上がっており、いまさら元には戻せない。しかし、これまでの無防備・無制限な「グローバリゼーション」から「コロナ抵抗力を備え、持続的に発展するグローバル社会と市場」を整備しなければならない。今こそ世界が、アナン氏の言う「人間の顔をしたグローバル市場」の実現に取り組まなければならないと言えるのではないだろうか。また、そこで日本は重要な役割を果たせると私は思う。それは「自然と共生する生活様式」や「三方よし」「人を大切にする経営」など日本で古くから共有されて来た価値観が生きるのではないかということと、もうひとつ重要なことは、SDGsを積極的に活かすことである。そのためには、コロナ後の時代の「新しい生活様式」と「人間の顔を持つグローバル市場」に相応しい、真に持続的な日本社会の構築に向けた、日本としてのSDGsの目標設定とPDCAサイクルの設計をしなければならないと考える。

 

②「テレワークは日本企業の競争力と生産性を増強するのか?」

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GCNJ事務局内で、Zoomを利用したウェブ会議の様子 © GCNJ

 

ネガティブな見方としては、日本の住宅は狭く部屋数も少ない。防音も弱い。長期となると家族の生活が耐えられない。IT設備のコストもかかる。上司と部下の相互理解と部下育成の機会が減る。仕事のプロセスも見えない。機密保持の問題もある。日本生産性本部の調査では66%が効率は下がったと答えている。やはりリアルなオフィスに戻すべきである、との考え方。

 

ポジティブな見方は、テレワークを必要に迫られてやってみたら充分に機能した。オンライン会議はむしろ距離感が縮まる。各種の調査では6割以上がテレワークを続けたいと答えている。今後のオフィスは「社会的距離確保」のため、より広いスペースが必要となり不経済になる。また、満員電車での通勤は不快かつ感染リスクが高く、従業員には不人気である。今後、実務上の問題点を解消しながらテレワークを継続発展させたいとの考え方。

 

私の見方と意見

テレワークの効果は大きい。エネルギー消費やCO2排出(E:環境)そして、QOLダイバーシティ、ワーク・ライフ・バランス、健康維持(S:社会)、ビジネス効率とスピード(G:企業統治)など、いま広がっているESGに対応し、SDGsの多くの課題につながる。企業はテレワークを「はたらき方の主流」に据えるべきである。特に「自律的なはたらき方」はカギで、日本型の「終身雇用、年功序列、個別指示型」から「職務規定とKPIに基づく自律・成果型」への転換が重要で、併せてマネジメント・プロセスの変革も必要。この自律的な働き方から、全体の見えるリーダーや自律性と専門能力の高い人材が育成される。

 

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UNGCの原則とSDGs、そして投資家の目線ESG ©︎ Toshio Arima

 

日本のオフィスワークは、「そろばん、鉛筆、カーボンシート」の第一世代から「電卓、ワープロ複写機」の第二世代に、更には「PCとインターネット」の第三世代へと「道具の進化」によって生産性と仕事の質を上げてきた。しかし「はたらき方」の面では、第一世代の「終身雇用、年功序列、個別指示」そのままである。日本の労働生産性がOECD36カ国中21位、先進7カ国の最下位に低迷する所以であろう。いま日本はテレワーク化という「はたらき方の進化」の絶好のチャンスを前にしている。この「進化」をミスすると取り返しのつかないことになる。逆に、先行すれば少子高齢化と労働力不足に悩む日本にとって、正に「ゲームチェンジャー」になると私は考える。

 

CSRの視点で言えば、企業は収益で株主に報いるだけでなく、ビジネスに直接・間接に関わってくるステークホルダーの期待や要求に応えなければならない。しかし新型コロナが提起した問題は、日常の企業活動とは無関係の社会課題(コロナ)であっても、経済システムを根底から崩してしまうと言うことである。BCP(事業継続計画)DRR(防災・減災)の視点の重要性があらためて認識されたが、このような新しいレンズでSDGsをみると、企業の日常とは離れたSDGsの課題が、人類社会の一員である企業にとっては放置できない問題としてみえてくるのではないかとも思う。 

 

日本・東京より

有馬 利男

「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(5) 根本かおる(後編)

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めたブログシリーズ。第5回は、根本かおる(国連広報センター所長)の寄稿の後編として、日本のメディアへの期待、日本における「信頼」の課題、そしてコミュニケーションの役割について考えます。

 

コミュニケーションを「ニュー・ノーマル」推進の中核に(後編)

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2013年に国連広報センター所長に就任。それ以前は、テレビ朝日を経て、1996年から2011年末まで国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)にて、アジア、アフリカなどで難民支援活動に従事。ジュネーブ本部では政策立案、民間部門からの活動資金調達のコーディネートを担当。WFP国連世界食糧計画広報官、国連UNHCR協会事務局長も歴任。2012年からはフリー・ジャーナリストとして活動。コロンビア大学大学院修了 ©︎ UNIC Tokyo

 

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)危機を受けて私が期待することの一つに、これを契機にメディアや市民社会から、誤った情報に踊らされず、正しい情報を見極める力を持つなど、情報を受け取る側のメディアリテラシーを促進し、自らを守る動きが生まれることがあります。その意味で日本赤十字社の取り組みをご紹介します。新型コロナウイルスの3つの“感染症”である病気・不安と恐怖・差別と偏見の負のスパイラルの仕組みについてわかりやすく解説し、「ウイルスの次にやってくるもの」という動画にまとめて、どうしたら氾濫する情報から距離を置き、情報の信頼度を見極めることができるのかを提言しています。ぜひご覧になっていただき、3つの感染症の仕組みを理解して自らを守るヒント、そしてコンテンツ制作の専門性とネットワークを持つメディア・クリエイティブ業界の参考にしていただければと思います。

「ウイルスの次にやってくるもの」は200万回以上再生されている © 日本赤十字社

 

COVID-19ほど社会全体に打撃を与えている危機は、一つの主体だけでできることには限りがあります。ここは一致団結し、いろいろな主体が協力して知恵を出し合う連携型の発信を積極的に推進することが重要になるでしょう。日本でも、「#コトバのチカラ」というコラボ型のメディアプロジェクトが立ち上がっています。日々の鍛錬を経て数々の困難を克服してきたスポーツ選手たちの言葉には、危機を乗り越えるチカラと勇気が凝縮していると考え、Googleニュースイニシアティブからの支援のもと、日本全国の新聞・テレビ・オンラインメディアなど24社が協力して実施されているものです。

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コトバのチカラで紹介されている池江璃花子さんの言葉(出典:コトバのチカラ/時事通信社 https://powerofwords.jp/

 

これまでにも読者からの情報提供や調査依頼を受けて取材を進める「あなたの特命取材班」が課題解決型のメディアとして多くの地方新聞に提携が広がっていますし、今年の国際女性デーでは12社を超えるメディアが「#メディアもつながる」などの共通のハッシュタグを添えて連携しながらジェンダー平等や女性の権利について積極的に発信し、世の中に関心のうねりを作ることに成功しています。

 

私が深く関わってきた持続可能な開発目標(SDGs)の推進についても、SDGメディア・コンパクトに加盟する日本のメディア企業の間で、SDGsという人類全体の大問題について連携して発信していこうではないかという声が上がり始めていました。これからの「Build Back Better - 復興するならより良い形に」という復旧・復興のフェーズにおいて、まさにSDGs羅針盤の役割を担うことになります。より包摂的で公正、よりグリーンで持続可能な社会づくりというみんなに関わる課題について、業態や社の垣根を越えてメディアがつながり、協力し合いながら発信するという形が拡がることを期待しています。幅広い分野から英知を結集し、ネットワークを持ち寄って初めて、ウィズ・コロナ、アフター・コロナという未知の海を渡っていくことができるでしょう。

 

さて、危機においてリーダーの信頼は不可欠ですが、日本について気になる分析結果が公表されています。政府・企業・市民社会・メディアなどに一般の人々から寄せられる信頼を数値化して分析しているEdelmanが、COVID-19危機を受けた国際調査結果を発表しています。日本に焦点をあてた分析では、国際的には危機を受けてこれらの主体への信頼が高まっているのに対して、日本では停滞し、特に政府は信頼を失っているなど、気になる結果が見て取れます。Kekst CNCの国際意識調査も信頼について同様の傾向を示しています。これらの調査結果を見ると、リーダーシップを発揮すべき主体が、どのようなメッセージをどういったタイミングで発信すべきか、戦略的に考えられていなかったのかもしれません。

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(出典:2020 エデルマン・トラストバロメーター 中間レポート(5月版):信頼とCOVID-19パンデミック

 

他方で、「新たな日常」「新しい生活様式」に向けた環境が日本で醸成されつつあることもこれら調査は浮き彫りにしています。Edelmanの調査は、経済よりまず健康と安全と考える度合い、この危機をポジティブにとらえる度合いは日本でも高いということを示しています。

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(出典:2020 エデルマン・トラストバロメーター 中間レポート(5月版):信頼とCOVID-19パンデミック

 

また、Kekst CNCの分析では、日本はCOVID-19後に経済が根本的に変化することを望むと回答した人たちの割合が他の調査対象国(英・米・独・スウェーデン)よりも高く、支持政党で違いが見られた他国と異なり、自民党を含む全政党の支持者の過半数が経済の根本的な変化を望んでいることが明らかになっています。ここは日本が目指すべきこれからの社会のビジョンを早急に示すことが必要ではないでしょうか。さらに同調査がCOVID-19危機からの経済回復で最も重要なことは何かと具体的な項目について尋ねたところ、日本では「将来的な健康への脅威に対して適切な準備と対策をしておく」(24%)、「社会的弱者に対する支援を行う」(15%)、「一刻も早く通常時に戻す」(15%)と続いています。「将来的な健康への脅威に対して適切な準備と対策をしておく」について20%台を示したのは日本だけで、日本の防災意識の高さが見て取れます。それに反して気候対応を柱に据えた経済を上げた割合は、どの国も一桁に留まりましたが、日本が2%台と突出して低い結果となりました。今後の発信で、感染症対策と気候・環境対策が密接不可分であると明示的に訴えていく必要があるでしょう。

 

コロナ禍を抑え込むには一般の人々による新たな日常・新しい生活様式の実践が不可欠で、人々の協力なくしては成立しません。さらに、新たな日常・新しい生活様式は、これからどのような社会にしていきたいのかというビジョンを支えるべきものです。各種調査からも浮き彫りになっているリーダーシップを発揮すべき主体への信頼の低下に真摯に目を向け、人々の願いや関心項目を念頭に、ここは日本の関係者の間でも、情報伝達・市民との対話・人々の参画の枠組みとしてコミュニケーションの優先度を上げて、社会づくり戦略の中核に位置付けるべきではないでしょうか。

 

ニュー・ノーマルをみんなで築くという後世の歴史の教科書に載るぐらいの転換点に立って、自分には何ができるだろうかと悩み考えながら日々の発信にあたっています。

 

日本・東京にて

根本かおる 

ツイッターでも、この危機を乗り越えるためのインスピレーションとなるメッセージを日々共有している

「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(4) 根本かおる (前編)

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めたブログシリーズ。第4回と第5回は、根本かおる(国連広報センター所長)からの寄稿を二部構成でお送りします。今回は前編として、パンデミック下における国連の取り組みや日本のメディアの現状について考えます。

 

コミュニケーションを「ニュー・ノーマル」推進の中核に(前編)

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2013年に国連広報センター所長に就任。それ以前は、テレビ朝日を経て、1996年から2011年末まで国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)にて、アジア、アフリカなどで難民支援活動に従事。ジュネーブ本部では政策立案、民間部門からの活動資金調達のコーディネートを担当。WFP国連世界食糧計画広報官、国連UNHCR協会事務局長も歴任。2012年からはフリー・ジャーナリストとして活動。コロンビア大学大学院修了 ©︎ UNIC Tokyo

 

日本には29の国連機関・組織の事務所が拠点を置き、3月下旬から全面的に在宅勤務に移行し、仕事の仕方を変えて活動を続けています。打ち合わせもイベントへの登壇も、取材を受けるのも日々の情報発信もほぼ全てがオンラインで行われ、朝から晩までコンピューターとスマホの両方に釘付けの状況が続いてきました。 私が在籍する国連広報センターは、これら29の国連諸機関を広報分野において調整しつつ、国連システム全体の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)への対応について、日本の方々に対して日本語で発信する司令塔のような役割を担っています。非常に速いスピードで進展する国連の危機対応をほぼリアルタイムで伝えるために、時差13時間のニューヨークとの深夜のビデオ会議がほぼ日課になっています。

世界中の国連のコミュニケーション担当者が、オンラインでCOVID-19 に対する広報面の対応を議論

 

前例のない危機には前例のない対応でともに乗り越えようと、日本の国連ファミリーの間でも、世界に拡がる国連の広報関係者のネットワークでも危機を受けて連帯感が強まっていると感じています。今回のCOVID-19危機では「活動を伝える」という伝統的な広報発信にとどまらず、「危機広報」が緊急対応の中核の一つとして据えられ、その重要度が非常に大きくなっているというのが大きな特徴です。これほどまでに広報の比重が高いグローバル危機は、私の国連でのキャリアの中でも初めてのことです。決まったことをプロセスの川下で伝えるというのではなく、対象とするオーディエンスは誰か、どのようなメッセージをどのような手法で伝えるかなどについて緊急対応の戦略作りの中で一緒に考えています。広報関係者の士気は高く、前例がない大海原を、同じように模索する仲間たちと経験と教訓、データと分析などを共有して、叱咤激励し合いながら小さな船を漕ぎ出しているような気持ちで日々膨大な情報に向き合っています。

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国連広報センターはCOVID-19専用ページを立ち上げて発信。国連とクリエイターの協働で作ったCOVID-19対応のためのロゴとメッセージ・スタンプも活用

 

30秒かけて入念に手洗いする、2メートル以上の距離を確保するなどの公衆衛生上のメッセージをどのように伝え、どうしたら生活習慣として定着させることができるだろうかと考えるのは前向きになれる仕事です。協力してくれそうな著名人に声を掛けたところ、瞬く間にダンスや歌、イラストや笑いも交えてSNSでバイラルに拡がっていきました。平時には考えられないようなパートナーシップも生まれています。例えば、サンリオのハローキティとベネッセのしまじろうが世界の子どもたちを励まそうと、社の垣根を越えてコラボし、「みんなといっしょたいそうビデオシリーズ」を立ち上げています。また、国連は初の試みとして世界のクリエイターたちにCOVID-19関連のメッセージをわかりやすく伝えるためのクリエイティブの提供を「オープンブリーフを通じて募集しました。これに応じて日本を含め140を超える国々から1万6000以上の作品が寄せられ、作者をクレジットすれば自由に使用できるよう公開されています。これらの手応えから、コロナ禍を受けて「こういう時だから連帯して協力したい」という気持ちが社会に溢れていることを実感しています。 

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United Nations COVID-19 Response Creative Content Hubは日本を含む世界中のクリエイターの作品を自由に使用できるよう提供 ©︎ Hikaru Igarashi

 

反対に目を覆いたくなるのが、不確かな情報の氾濫や扇動目的や悪意に基づく誤った情報の拡散、特定の国籍や人種、感染者とその家族、医療従事者らを差別・攻撃する極端な言説です。不確かな情報が蔓延すると正しい情報が伝わりにくくなり、人々の健康がリスクに晒されかねません。さらに差別と偏見そのものが人権上大きな問題であるのに加えて、公衆衛生の面でも、感染の可能性がある人が差別を恐れて受診しなくなってしまう危険性があります。不安や恐怖は熟考を妨げ、短絡的なものの考え方しかできなくしてしまい、感情的な差別・排除・攻撃につながりやすくなります。それは日本のSNS上の両極端に振れがちなコメントの応酬を見ても明らかでしょう。

 

国連では「COVID-19に関するヘイトスピーチ対策への国連ガイダンスノート」を作成し、政府やソーシャルメディア企業、メディア、市民社会などへの提言をまとめたところです。ナチスによるユダヤ人虐殺もルワンダの虐殺も、いずれもヘイトスピーチから始まっていることから早い段階で声を上げることが重要です。「感染は本人のせい」「感染は自業自得」と考える人の割合が日本では他国よりも突出して多いことが調査でも明らかになっていますが、こうした中、日本の政府・自治体、またインフルエンサーから差別と偏見を許さないという強いメッセージが発出されていることを心強く感じています。

 

SNSのプラットフォームを提供する企業も有害なデマの拡散を減らすよう注力し、Facebookは3月だけで4000万ものCOVID-19関連で問題のあるポストを削除しています。BBCの報道では、英医学誌の研究から、調査対象となったYouTube上のCOVID-19関連動画の4分の1は誤解を招く情報あるいは不正確な情報を含んでいたことが明らかになっています。UNESCOの発表では、SNS上のCOVID-19関連ポストのおよそ4割が信頼できないソースからのもので、4割以上がボットから自動的に送信されたと指摘しています。さらに不確かな情報の蔓延は人々を疑心暗鬼にさせ、メンタルヘルス上の問題を増大させてもいます。 

 

ここまでの規模とスピードで拡がるインフォデミックとの闘いは、マルチステークホルダーによるパートナーシップ型で立ち向かわなければ到底歯が立ちません。この状況を受けて、国連は国連システム全体をあげてプラットフォーマーやメディアと連携して、信頼できる情報に基づく発信に認証マークをつけて発信する「Verified(ベリファイド)」という取り組みを5月下旬に立ち上げました。 

 

日本から20ものメディアが参加している、国連とSDGs推進に熱心なメディアとの連携のプラットフォームの「SDGメディア・コンパクト」加盟メディアに協力を求めると同時に、一般の人々に対してもVerifiedからのメッセージを広める「情報ボランティア」として参加するよう募っています。”検証済み“を意味する「Verified」では確かな情報の発信にとどまらず、各国での課題解決型の取り組みに関するストーリーも取り上げていきます。ネット空間にウソ、恐怖、ヘイトではなく、事実、科学、連帯を溢れさせようと意気込んでいます。人々に希望と共感と自己肯定感をより強く持ってもらうきっかけにして欲しいと願っています。 

 

後編では、日本のメディアへの期待、日本における「信頼」の課題、そしてコミュニケーションの役割について考えてみたいと思います。

 

日本・東京にて

根本 かおる

「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」番外編 山中伸弥さん

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めたブログシリーズ。今回は番外編として、京都大学iPS細胞研究所所長の山中伸弥教授からの本ブログシリーズへのご賛同とご協力についてご紹介します。

 

一致団結してこの危機を乗り越える

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2010年にiPS細胞研究所長に就任。それ以前は、臨床研修医を経た後、米国グラッドストーン研究所博士研究員、奈良先端科学技術大学院大学教授、京都大学再生医科学研究所教授などを歴任。2006年にマウスの皮膚細胞から、2007年にはヒトの皮膚細胞から人工多能性幹(iPS)細胞の作製に成功し、新しい研究領域を拓く。2010年に文化功労者として顕彰、2012年に文化勲章受章、また同年ノーベル生理学・医学賞を受賞。大阪市立大学大学院医学研究科博士課程修了(大阪市立大学博士(医学))© ︎京都大学iPS細胞研究所

 

京都大学iPS細胞研究所所長の山中伸弥教授は、「感染症の専門家ではない」とことわりながら強い危機感から今年3月29日に「山中伸弥による新型コロナウイルス情報発信」と題するウェブサイトを開設し、科学に基づく世界の最新情報を発信していらっしゃいます。「新型コロナウイルスへの対策はこれからが本番。私たちが一致団結して正しい行動を粘り強く続ければ、ウイルスとの共存が可能となります。自分を、周囲の大切な人を、そして社会を守りましょう!」とのウェブサイトに関する山中教授の言葉はまさに本ブログシリーズが目指すものと考え、ウェブサイトへのリンクを貼らせていただくことをお願いしたところ、「国全体で目的を共有して心を合わせて危機に取り組むことが最重要」という本ブログシリーズの目的に賛同していただき、ご快諾いただきました。

 

山中伸弥による新型コロナウイルス情報発信 

https://www.covid19-yamanaka.com/index.html

 

山中伸弥京都大学iPS細胞研究所所長のコメント(上記ウェブサイト内「今、求められる対策は?」より)

「ウイルスへの対策は、有効なワクチンや治療薬が開発されるまで手を抜くことなく続ける必要があります。1年以上かかるかもしれません。マラソンと同じで、飛ばし過ぎると途中で失速します。ゆっくり過ぎるとウイルスの勢いが増します。新型コロナウイルスは強力です。しかし、みんなが協力し賢く行動すれば、社会崩壊も医療崩壊も防ぐことが出来るはずです。今、私たちが新型コロナウイルスに試されています。私たちの団結力を見せつけなければなりません!」

 

ありがたくリンクさせていただきます。

山中先生、ありがとうございます!

「みんなで乗り越えよう、新型コロナパンデミック:私はこう考える」(3) 清田明宏さん 

国連諸機関の邦人職員幹部をはじめ、様々な分野で活躍する有識者を執筆陣に、日本がこのパンデミックという危機を乗り越え、よりよく復興することを願うエールを込めたブログシリーズ。第3回は、清田(せいた)明宏さん(国連パレスチナ難民救済事業機関保健局長)からの寄稿です。

 

誰も置き去りにしない新型コロナウイルス対策支援を
パレスチナ難民の現場からの報告―

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2010年に国連パレスチナ難民救済事業機関UNRWA)の保健局長に就任。それ以前は、結核予防会・結核研究所に勤務後、国際協力機構(JICA)でイエメン結核対策プロジェクトに従事した後、世界保健機関(WHO)にて中近東の結核対策、三大感染症の責任者として3,100人の保健医療スタッフをまとめた。2015年第18回秩父宮妃記念結核予防国際協力功労賞受賞。高知医科大学(現・高知大学医学部)卒業 ©︎ Akihiro Seita

 

世界を席巻する新型コロナウイルス 、総計560万人のパレスチナ難民が避難しているガザ、ヨルダン側西岸、ヨルダン、レバノン、シリアでも感染が広がっている。5月14日現在で、これら国々の患者の総計は1,883 人、その内63人がパレスチナ難民だ。数としては多くないかもしれない。しかしその一人一人の苦悩は深い。

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UNRWAの活動地域を示す地図

4月中旬、レバノン西部のパレスチナ難民キャンプで一人の新型コロナウイルス の患者が見つかった。40代の女性、肺炎の症状で難民キャンプの近くの病院に入院、感染を疑われPCR検査を実施、陽性であった。治療のためにレバノン政府が認定する新型コロナウイルス 専門病院への転院が必要となった。至急その病院に連絡、救急車を手配し、転院が行われた。現在は治療を終え、無事に帰宅された、と聞いている。本当によかった。

 

ただ、この転院を巡り、大きな問題が生じた。専門病院での治療費を誰が払うかだ。レバノンでの新型コロナウイルス の治療は高額だ。集中治療室(ICU)が1日1,000ドル(約107,000円)、人工呼吸器を使えば1日1,500ドル(約160,000円)に、一般病棟でも一日500ドル(約53,000円)だ。もしICUに1週間、一般病棟に2週間入院となると、費用は14,000ドル(約150万円)になる。

 

レバノンに約50万人のパレスチナ難民がいるが、彼らの7割は一人月208ドル(約22,000円)以下で暮らす貧困層だ。彼らレバノンの公的医療保険を持てないので、もし3週間の入院となれば、その費用は150万円になり、全て自費となる。貧しい彼らにとって、それは不可能だ。公的資金を持つレバノン政府も極度の財政危機に見舞われ、債務残高が国内総生産の170%、今年3月には債務不履行(デフォルト)に陥っていた。レバノンの総人口は約700万人だが、そのうち100万人以上いるシリア難民や約50万人いるパレスチナ難民の治療に財政が回らない、とのことだった。

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レバノンの難民キャンプの様子(2019年2月撮影)© Akihiro Seita

最終的には、私が仕事する国連パレスチナ難民救済事業機関UNRWA)が治療費を支払うことで転院が実現した。UNRWAパレスチナ難民の支援をする国連機関なので、本来の業務といえばそうだが、我々も恒常的な資金難に見舞われている。しかし、もし我々が負担できなければ、患者さんが転院できない、治療を受けられない事態になる。それは絶対に避けねばならない。

 

新型コロナウイルス の対策の基本は、感染者の発見と隔離・治療だ。それには経済・社会状況にかかわらず全ての人が利用できる医療制度が必須だ。そうでなければ、患者さんは医療機関を受診しない。その結果、患者さんの命の問題となり、それとともに地域で感染が広がる。この状況はパレスチナ難民の様な社会的弱者にとって深刻だ。医療制度全体の底力が問われている。

 

新型コロナウイルス による苦悩が深いのは患者さんだけではない。住民全体だ。私が住むヨルダンでは、驚かれるかもしれないが、新型コロナウイルス の対策は今のところ比較的うまく行っている。5月14日現在の総感染者数は582名。ヨルダンの人口は約1,000万なので、感染者の率で言うと日本の半分以下だ。ヨルダン政府は感染が広がった3月からロックダウンをかけ、外出禁止、公的機関や空港の閉鎖、帰国者の強制隔離、他県への移動禁止、店舗の閉鎖等を行った。感染者が出た地域の封鎖と接触者検査も行い、感染拡大を抑えている。

 

ただこの対策が社会経済に与える影響は甚大だ。短期労働者が職を失い、商業施設で働く従業員も給料が止まった。ヨルダン政府は社会経済支援を進めているが、状況は厳しい。それをある日実感した。

 

ヨルダンにはUNRWAの診療所が25あるが(UNRWA全体では144)、その一つを訪問した。ヨルダンでは病院以外の診療所が、受診者間での感染を防ぐため3月末から閉鎖されていたが、ようやく最近予防接種が再開された。その視察のためだ。完全予約制で患者数も少ない。医療従事者も完全防御だ。本当によく仕事をしている。頭が下がる。

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今月、診療所で予防接種を受ける子ども(2020年5月撮影)© Akihiro Seita

診療所で19歳の母親に会った。近くのパレスチナ難民キャンプに住む、9ヶ月の子供を持つ母親だ。予防接種再開を喜んでいたが、生活は、と聞くと、表情が一変、非常に大変だと、答える。聞くと、ご主人は工事現場で働く日雇い労働者。通常は日当25ヨルダン・ディナール(約3,700円)だが、今回の対策の影響で工事が止まり、過去3ヶ月収入はゼロ。ご主人の兄弟の支援で生き延びている、とのことだ。

 

パレスチナ難民の生活基盤は非常に脆弱だ。社会経済変化の影響を直接受ける。新型コロナウイルス の対策にはロックダウンがある程度だが、それにより生じた社会経済上の影響を最初に、そして甚大に受けるのが彼らだ。失業保険の様な社会保障制度の恩恵を受けられる可能性も低い。対策の過程で彼らの生活が奪われる。包括的であるべき社会全体の底力が問われている。

 

もちろん、対策を進める中で生まれた素晴らしい話も多くある。新型コロナウイルス はある意味、社会に新たな機会を提供している。国境・制度・人種、その全てを超えて協力する科学者・医学者の事例はよく知られている。素晴らしい事例が地域レベルでも起こっている。

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薬局で患者用の薬剤を詰めている薬剤師(2020年4月撮影)© Akihiro Seita

ヨルダンでは、前述の様に病院以外の診療所が3月末から1ヶ月閉鎖された。UNRWAの25の診療所もだ。ただ、UNRWAでは約8万人の糖尿病・高血圧の患者さんの治療をヨルダンではしている。患者さんにとって、安定した薬剤提供が止まれば死活問題になる。そのため患者さんの自宅へ薬剤を直接配布することにした。そのため政府から、薬剤師と医師の出勤の許可を特別に取り、彼らに診療所で、薬剤を患者用の封筒を作り、入れてもらった。インシュリン、糖尿病薬、降圧剤、コレステロール剤等、薬剤の種類は多い。一人分の封筒を作るのに数分かかる大変な作業だが、黙々と進めている。

 

そして、封筒の配布はパレスチナ難民のボランティアが行う。彼らは自主的に診療所に集まっている。配布の前に患者さん一人一人に電話をし、住所を確認。そして自分たちの車で配る。感染を防ぐためマスク等の防具をつけて。4月末までには7万人以上に配り終わっている。ものすごい活動だ。この様な事例が各地で起こっている。地域の底力、実はすごい。

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診療所の待合所で薬剤を配布する患者に電話しているボランティア(2020年4月撮影)© Akihiro Seita

新型コロナウイルス とその対策は、我々に、我々の社会がどの様なものであるかを問いかけている。近代最大の感染症、そして、公衆衛生史上、恐らく人類を守る最大の戦いである新型コロナウイルス 対策、我々の社会の脆弱な部分が白日の元に晒される。そしてそれは常に、パレスチナ難民の様な社会的弱者を最初に、だ。

 

医療保険があれば受けられるはずの治療が受けられない。失業保険があれば守れるはずの生活が守れない。そして、難民キャンプの生活環境は劣悪で、いわゆる“3密”、ソーシャルディスタンスが取れない。一度感染者が出ると、難民キャンプ内で感染が急激に広がる。社会全体が危険に晒される。

 

その危険性は日本にもある。不安定な雇用形態にある人々、足腰の弱い中小企業への打撃が大きい。社会の問題は社会的弱者に集約されるが、新型コロナウイルス の様に近代社会最大の衝撃に晒された場合、それが明白になっている。社会的弱者を置き去りにしない、社会保障・医療政策等、包括的対策が必要となる。

 

国際協力も重要だ。ウイルス は、人間社会にあるすべての境界を簡単に超える。国境、地域、人種、社会、全く関係なく拡がる。国際的な開発アジェンダである、持続可能な開発目標(SDGs)は「誰も置き去りにしない」をその普遍的目標にしている。今回の新型コロナウイルス 対策では、それが如実になった。

 

世界中の全ての人が感染から守られて初めて、対策は成功となる。日本も安全となる。その際、決して忘れてはならないのは、パレスチナ難民の様な社会・経済的弱者の存在だ。強引な言い回しだが、パレスチナ難民を含め難民への対策支援、日本国内の対策に繋がっている。誰も置き去りにしない新型コロナウイルス の対策の支援が火急の課題だ。

  

ヨルダン・アンマンより 

清田 明宏