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国連のさまざまな活動を紹介します。 

子どもに対する暴力撤廃に向けて:『子どものための2030アジェンダ:ソリューションズ・サミット』参加報告会

4月27日(金)、東京のユニセフハウスで『子どものための2030アジェンダ:ソリューションズ・サミット』*の参加報告会が開かれました。


この報告会では、政府、市民社会、企業など各セクターを代表してソリューションズ・サミットに参加した方々から、会議の様子、今後の進展への期待や思いなどが共有されました。また、SDGsの啓発促進に力を入れる国連広報センターから、所長の根本かおるが参加し、パネルディカッションのファシリテーターを務めました。

ソリューションズ・サミットは、日本が子どもに対する暴力をなくすことに積極的に取り組むパスファインディング国になると誓約した国際会議であることからも注目されます。


報告会の主催団体は、平成30年度外務省NGO研究会と日本ユニセフ協会。協力団体としては、ACE、チャイルド・ファンド・ジャパン、国際子ども権利センター、ヒューマンライツ・ナウ、国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ、プラン・インターナショナル・ジャパン、ワールド・ビジョン・ジャパンが名前を連ねました。

 

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 ©UN Photo/UNICEF/Marco Dormino   (本文の内容とは直接関係のない写真です)

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*ソリューションズ・サミットは、「子どもに対する暴力撤廃」をテーマに、今年2月14日-15日、スウェーデンの首都ストックホルムで開催された国際会議。持続可能な開発目標(SDGs)の16.2(ゴール16のターゲット2「子どもに対する虐待、搾取、取引及びあらゆる形態の暴力及び拷問を撲滅する」)の達成をめざし、スウェーデン政府、「子どもに対する暴力撲滅のためのグローバル・パートナーシップ(GPeVAC)」および「オンラインの子どもの性的搾取撤廃のためのWePROTECTグローバル・アライアンス」が共催した。67カ国から、政府、市民社会、民間企業、国際機関、専門家、子どもなど、さまざまなステークホルダー386名が参加し、子どもに対する暴力を取り巻く現状や、予防や撤廃のための方策などに関する議論が行われた。国連から、高いレベルの幅広い参加があり、国連副事務総長、ユニセフ世界保健機関(WHO)と国連薬物犯罪事務所(UNODC)のトップ、紛争下の子どもに関する事務総長特別代表、子どもに対する暴力担当事務総長特別代表、国際労働機関(ILO)、UN Women、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)などが出席した。

 

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(ソリューションズ・サミット会場、ストックホルム)

 

報告会は二部構成。第一部は堀井学外務大臣政務官による基調講演、第二部はサミット参加者によるパネルディスカッションが行われました。

 

(第一部:基調講演)

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 (堀井学外務大臣政務官)

基調講演では、ソリューションズ・サミットに参加した堀井政務官が自らのスピーチに込めた思いや、子どもに対する暴力をなくすことにコミットするパスファインディング国になるとの誓約を行ったことについて語っていただきました。堀井政務官は1994年のリレハンメルオリンピックで銅メダルを獲得した元スピードスケート選手。サミットのホスト国となったスウェーデンは少年時代の憧れの選手だったトーマス・グスタフソンさんの祖国でもあり、とりわけ特別な感慨をもって、その地を踏んだと述べられました。また、家庭に戻れば5人の子の父親であるとし、普段から、世界各地で暴力にさらされている子どもたちの状況に胸が締めつけられているとの思いを共有されました。そのうえで、堀井政務官はあらためて、パスファインディング国への日本の参加、GPeVACの基金の人道分野に対する600万ドルの資金拠出、GPeVACの理事会への日本のメンバー入りという3つのコミットメントについて説明し、すべての子どもが暴力のないなかで育ち、将来への夢と希望をもって生きられるよう、引き続き取り組んでいくことを約束すると決意を述べられました。

 

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  ©UN Photo/Jan Corash   (本文の内容とは直接関係のない写真です)

(第二部:パネルディスカッション)

さて、基調講演に続いたパネルディスカッションでは、国連広報センターの根本の司会進行のもと、パネリストの皆さんから、現地でのエピソードや議論、日本の取り組み、今後の取り組みに対する意気込みや思いなどがあつく語られました。

 

―――

・パネリストの皆さん

杉浦正俊さん         外務省総合外交政策局人権人道課長

篠崎ほし江さん、  警察庁警察庁生活安全局少年課課長補佐

大谷美紀子さん      国連子どもの権利委員会委員

柴田哲子さん         ワールド・ビジョン・ジャパンアドボカシーシニアアドバイザー

野口明香里さん     ヤフー株式会社政策企画本部政策企画部

早水研さん              日本ユニセフ協会専務理事

ファシリテーター

根本かおる            国連広報センター所長

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(c)GPeVAC日本フォーラム

 

ソリューションズ・サミットが開かれた北欧の国、スェーデンの2月は日本と同じ冬の季節。外務省の杉浦さんは、一番寒い時期のストックホルムでのサミット開催となったものの、場は参加者たちの熱気であふれていた、と振り返りました。

 

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(外務省の杉浦さん)(c)GPeVAC日本フォーラム

 

熱気にあふれた会場で、あつい思いにあふれた参加者たちの本気度が伝わってきたと振り返ったのは国連子どもの権利委員会の大谷さんです。大谷さんは、来年が子どもの権利条約採択30周年および日本の条約加入25周年であることに触れ、サミットでは、子どもに対する暴力を絶対になくそうという決意が何回も確認され、その実現のために各セクターの連携が大切であることが常に強調されていたと述べました。

 

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(国連子どもの権利委員会の大谷さん)(c)GPeVAC日本フォーラム

 

サミットで「オンラインの子どもの性的搾取撲滅のためのWePROTECTグローバル・アライアンス」が主催するワークショップに参加した警察庁の篠崎さんは、ワークショップを主導した英国政府、インターポール、マイクロソフトエクパット、その他のさまざまな組織の間で有意義な議論や情報交換が行われていたことを振り返りました。そこで、インターネット上の性被害について社会全体の意識を高める必要があることや、小さい子どもと親への教育が必要であることに、意見の一致があったとし、国際会議の最前線で、みんなが熱心に認識の共有をはかっていたことなどを説明しました。

 

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警察庁の篠崎さん)(c)GPeVAC日本フォーラム

 

日本の市民社会を代表してサミットに参加したワールド・ビジョン・ジャパンの柴田さんは、サミットに参加した約400人のうち100人、つまり4分の1は市民社会からの参加だったと述べ、子どもに対する暴力という課題への市民社会の高い関心と関わりを指摘しました。また、柴田さんはサミットで、当事者の子どもたちが参画をし、会議の強い推進力となっていたことに感激したと振り返りました。とくに印象に残ったエピソードとして、タンザニアから来た少年が壇上から会場の同国の大臣を前に、「自分には夢があります。その夢とは、自分の国が、子どもたちが人権を享受している国として世界で有名になることです」と力強く演説し、会場から大きなスタンディングオベーションを得ていたことを紹介しました。

 

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ワールド・ビジョン・ジャパンの柴田さん)(c)GPeVAC日本フォーラム

 

Yahoo! JAPANの野口さんは、サミットのサイドイベントで挨拶をする予定だった高位の方が子どもの急病を理由に欠席されたときに会場から大きなあたたかい拍手が沸き起こったことを紹介し、社会全体が子どもを優先に考えるスウェーデンという国の雰囲気をとても強く感じ、深い感動を覚えたと述べました。また野口さんは、サミットで、警察庁の篠崎さんと同じワークショップに参加したところ、海外のホットラインが共同で設置した児童ポルノ画像の削除団体、“INHOPE”からの担当者も参加していたことを紹介し、有益な仲間づくりや、技術的な情報なども共有できたことがとても有意義だったと加えました。

 

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Yahoo! JAPANの野口さん)(c)GPeVAC日本フォーラム

 

日本ユニセフ協会の早水研さんは、この報告会で檀上に並んだパネリストの皆さんが活発にサミットの現地の様子やエピソードを伝えるのを見て、あらためて日本からすばらしいメンバーでサミットに臨めたことを誇りに思うと述べました。長年、この課題に取り組んできた早水さんの感慨深そうな表情がとても印象的でした。

 

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日本ユニセフ協会の早水さん)(c)GPeVAC日本フォーラム

 

パネルディスカッションでは、国連広報センターの根本の司会進行のもと、子どもに対する暴力の根絶という課題への各セクターの取り組みや日本との関係に話が及びました。

 

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(c)GPeVAC日本フォーラム

 

日本政府の取り組みとして、外務省の杉浦さんは、「国際的には日本が人権分野で必ずしも高い評価を得てこなかったことを考えると、日本と人権の歩みにおいて、日本がG7で初めてGPeVACのパスファインディング国となったことの意味はとても大きいと思う」と述べ、日本の人権への取り組みにおいて、サミットがひとつの節目となることを指摘しました。そのうえで、今後の取り組みについては、サミットに参加した外務省、警察庁ばかりではなく、厚生労働省文科省、その他の省庁が連携しあって進めるとともに、市民社会、企業など他のステークホルダーに加わってもらえる議論の場を設けたいと述べました。

 

また杉浦さんは、日本の美徳である謙虚さゆえに、その発信力が弱いことが克服すべき課題となっていることを指摘し、今後、日本の取り組みを海外に発信する努力に力を入れていきたいと意気込みを語りました。最後に、省内でご自身の次席の役職に就いておられる方が現在、2か月間の育児休暇に入り、その奥様が復帰しておられること、また、ご自身のご家庭でも子育ての時期に奥様も働いていらっしゃったことなどを紹介し、職業的立場からも個人的な体験からも、子どものために柔軟な働きかたが進んでいくことを期待し、また力を尽くしていきたいとの思いを述べました。

 

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©UN Photo    (本文の内容とは直接関係のない写真です)

 

警察庁の篠崎さんは、政府では、児童買春や児童ポルノの製造等の子供の性被害の防止対策を内閣の重要施策の一つとして、総力を挙げて取り組んでおり、昨年、内閣総理大臣が主催する犯罪対策閣僚会議で、子どもの性被害防止プランが策定され、安心・安全なインターネットの利用のための啓発活動等に取り組んでいると強調しました。そのうえで、今後、外務省の杉浦さんが述べられたのと同様に、その取り組みにおいては官民で力をあわせていくことが必要であることを述べ、そうした努力の一環として、4月23日(月)、子どもの性被害撲滅対策推進協議会という関係省庁と関係する民間団体等による協議会の総会が開催されたことなどを紹介しました。

 

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 (c)GPeVAC日本フォーラム

 

日本ユニセフ協会の早水さんは、国内で、1996年以来、子どもの商業的性的搾取の根絶をめざすアドボカシー活動を進めてきたこと、その後、1999年に児童買春・児童ポルノ禁止法が超党派で成立し、2014年に単純所持禁止へといたるまで厳しい道のりがあったことを振り返りました。そして、今後、説得力のあるアドボカシーを展開していくためには、しっかりとしたデータが必要であるものの、子どもへの暴力については、途上国よりも、むしろ日本のような先進国でそうしたデータが不足していると述べ、データ整備の重要性を訴えました。さらに、ユニセフが取り組んでいる「子どもにやさしいまちづくり事業」にも言及し、国レベルでは成果を生んできた一方、自治体レベルでは課題が残るとして、その取り組みへの意欲を述べました。

 

野口さんは、Yahoo! JAPANを中心としたインターネット有志企業が日常的に行なっている活動として、セーファーインターネット協会(SIA)への通報に対し、オンライン上の児童ポルノ画像等のIPアドレスを突き止めてサイトやプロバイダーへ削除依頼を出していることなどを説明しました。野口さんによれば、今は、オンライン上の児童ポルノ画像はURLがわかれば、きちんとした手順を踏んで削除を依頼すると9割を超える確率で消えるそうです。また現在、アジアインターネット日本連盟(AICJ)という組織に、Yahoo! JAPANやグーグル、メルカリなど20社ほどが参加して、公共政策諸課題への取り組みが行われていることなどを紹介しました。さらに、自社の「どこでもオフィス」という取り組みなどを紹介し、テクノロジーを利用した柔軟な働き方が子育てを助け、親子にとってのより良い子育て環境にもつながると述べました。インターネットの功罪について、野口さんは、インターネットにはマイナスの面もあれば、プラスの面もあり、大人たちはその両面をしっかり理解しながら、小さい子どもにも正しいインターネットの利用のしかたやリスクを教え、慣れ親しんでもらうようにすることが重要であると強調しました。

 

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(c)GPeVAC日本フォーラム

 

ワールド・ビジョン・ジャパンの柴田さんは、今後GPeVAC日本フォーラムとして、2つの活動を計画していると述べました。まず第一に、他の先行するパスファインディング国での成功事例などを含む国際的な子どもに対する暴力撤廃に関する取り組みを整理し、それを外務省にて設立が検討されているマルチステークホルダーでの議論の場にインプットすることを通じて、今後の日本国内での取り組みの推進に貢献したいと抱負を述べました。国際市民社会は、ソリューションズ・サミット開催前から定期的に情報交換の会議を開催していることから、そのような場を通じて情報を収集していくことを考えていると述べました。第二に、日本国内における子どもに対する暴力撤廃に向けた政府やNGOによる取り組みに関する情報を整理し、同様にマルチステークホルダーでの議論の場にインプットしたいと抱負を述べました。そのうえで、子どもに対する暴力をなくすために何かしたいけれど何をすればよいのかわからないという人へのアドバイスとして、GPeVACを構成するようなNGOの勉強会やキャンペーンにぜひ参加してもらいたいと述べ、ワールドビジョンが今年3月に子どもに対する暴力をなくすキャンペーンを日本で始めたことなどを紹介しました。

 

国連子どもの権利委員会の大谷さんは、日本においては、インターネットの問題を含め、子ども自身の参加という大きな課題があることを指摘しました。大谷さんは、自分が日本人初の委員として、国連子どもの権利委員会に加わっていることについて、重責を感じていると述べ、任期4年の残り3年間、世界の子どもの権利のアドボケートとしてさらに力を尽くし、今後、いろいろな人と協力しながら、具体的な成果をあげられるように目指したい、また、日本においては、子どもの参加の実現に貢献できるよう動いていきたいと意気込みを語りました。

 

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 (c)GPeVAC日本フォーラム

 

会場にいらっしゃっていた人間の安全保障に関する国連事務総長特別顧問の高須幸雄さんにもご発言いただきました。高須さんは、日本がこのたびパスファインディング国になったことをとても高く評価されましたが、それと同時に、人間の安全保障の統計からみると、日本が子どもをあまり大切にしている国とは言えないと指摘しました。日本にも困っている子どもたちはたくさんいる、国際的な仕事は非常に重要だが、それだけでは不十分であって、SDGsは日本に対して国内の課題を突き付けていることを強く認識しなければならないと訴えました。

 

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国連事務総長特別顧問の高須さん)(c)GPeVAC日本フォーラム

 

パネルディスカッションを締めくくるにあたり、ファシリテーターの根本は、可能な開発目標(SDGs)の17の目標の中で、ゴール16は日本でもっともイメージしにくいものの一つと言われてきたが、ターゲット16.2の「子どもに対する虐待、搾取、取引及びあらゆる形態の暴力及び拷問を撲滅する」は、日本の人々にとっても身近な課題として捉えやすく、またSDGsのすべてのゴールへのつながりも見えやすいと指摘し、今後の取り組みに期待感を示しました。そして根本は最後に、自分としては、「伝える」ということを通じて、今後、さらに16.2の達成に貢献していきたいと述べました。

 

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ファシリテーター:根本かおる)(c)GPeVAC日本フォーラム

 

最後に、ファシリテーターを務める根本が会場の皆さんに示した、世界の子どもたちに関する数字を共有します。

 

世界保健機関(WHO)の統計数値です。

 

・世界で、2歳-17歳の半数以上が何らかの形の暴力にさらされた経験があります

・世界で、2歳-4歳の子ども3億人が体罰を受けた経験があります

・世界で、13歳から15歳の3人に1人がいじめにあった経験があります。

・世界で、人身取引の3人に1人が子供です

 

SDGsの達成期限年の2030年、私たちは子どもを取り巻く状況について、どんな数字を見ることになるのでしょうか。

 

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©UN Photo/Eskinder Debebe   (本文の内容とは直接関係のない写真です)

 
(職員 千葉潔)

【故郷を後にして70年。今も試練に直面し続けるパレスチナ難民と彼らを支援する国連機関UNRWA No.1】

連載第1回  1948年のナクバ(大惨事)から70年たった今年、パレスチナ難民にさらなる試練が降りかかる

中東でパレスチナ難民が発生して今年で70年となります。彼らの多くは今も故郷に戻ることができず、ヨルダン、レバノン、シリア、ヨルダン川西岸地区、およびガザ地区で主にUNRWA国連パレスチナ難民救済事業機関、「ウンルワ」と呼ぶ)から最低限の支援を受けながら暮らしています。難民としてのこれほど長い歴史は、彼らの「人間としての尊厳」が脅かされてきた歴史でもあります。

イスラエルにとって今年は建国70周年。米国政府が聖都エルサレムイスラエルの首都と認め、2018年5月14日、在イスラエル大使館をテルアビブからエルサレムに移しました。これが大きなきっかけとなり、パレスチナでの緊張が一挙に高まり、和平への道のりはさらに遠くなりつつあります。国連広報センターの妹尾靖子(せのお やすこ)広報官は、2018年4月16日から約二週間、UNRWAの活動現場であるヨルダン、西岸地区およびガザ地区を訪問し、難民の暮らしと彼らを支えるUNRWAの活動をはじめ日本からの様々な支援を視察しました。

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UNRWAの活動地域 ©UNRWA

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ガザのビーチ難民キャンプから、さらにレバノンやエジプトに海から避難するパレスチナ難民  ©1949 UNRWA Photo By Hrant Nakashian


日本から遠い中東の地、パレスチナパレスチナ難民はどのような人なのでしょうか。

まずはパレスチナ難民について説明しましょう。今から70年前の1948年5月14日、パレスチナイスラエルが建国したことによって第1次中東戦争が起こりました。パレスチナにはアラブ人が暮らしていましたが、この戦争で故郷の家を残してヨルダン川の西岸およびガザに、あるいはさらに周辺国であるレバノン、シリア、ヨルダンにまで避難したのです。その数、およそ70万人。これらがパレスチナ難民となった最初の人々です。そして、イスラエル建国に伴って自分たちが難民となった1948年5月15日を「ナクバ(大惨事)」として、決して忘れることのないよう毎年想起しています。

 

 パレスチナ難民を支援する国連機関、UNRWA 「ウンルワ」の誕生

これらの難民を支援するために、1949年、国連総会でUNRWA が設立され、翌年5月、その活動が開始しました。UNRWAは、ヨルダン、レバノン、シリア、西岸地区、およびガザという5つのフィールドに住むパレスチナ難民に教育、保健、救済、社会福祉など、基礎的なサービスを提供しています。その後、パレスチナ人を支援する周辺アラブ諸国イスラエルとの間で度々戦争があったため、新たな難民も発生し、現在の難民数は第三世代、第四世代の子どもや孫までも含む約530万人に上ります。これは、世界の難民総数である2,250 万人の約24%を占める規模です。[ 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の世界難民報告書 2017 年 6 月 ] 

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ガザの南部にあるハンユニス難民キャンプの過去 (1955年)と現在 © UNRWA Photo

現在、パレスチナ難民はヨルダン(220万人、難民キャンプ数19)、西岸地区(81万人、同19)、ガザ地区(130万人でこれは同地区総人口の約70%、同8)、シリア(53万人、同9)、レバノン(45万人、同12)にある難民キャンプやその外で暮らしています。こうした難民を支援するUNRWAのスタッフは総勢3万人を超え、その多くはパレスチナ難民です。これら職員の大部分は学校の教員や医療関係者として働いています。

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西岸にあるベイト・ジブリン難民キャンプ © 2015 UNRWA Photo by Dominiek Benoot

 

なぜ今、パレスチナ難民を支援するUNRWAが注目されているのでしょうか?

1)聖地エルサレムをめぐる問題とガザ地区の大規模な抗議運動

この70年、パレスチナ難民はパレスチナ問題についての最終的な解決がないまま、中東の政治の混乱に巻き込まれ続けてきました。2017年末からの米国による決定によってパレスチナ難民はこれまで以上に厳しい局面に立たされています。まず、2017年12月6日、米国政府はユダヤ教キリスト教およびイスラム教の聖地であるエルサレムイスラエルの首都とし、自国の大使館をエルサレムに移転すると発表しました。国際社会はこの米国の決定に即座に反応し、国連総会は12月21日緊急特別総会を開き、米国政府に方針の撤回を求める決議案を128カ国の賛成多数で採択しました。

高まる国際社会の批判をよそに、米国政府は2018年5月14日、イスラエル建国70周年に合わせて在イスラエルの米国大使館をエルサレムに移しました。これは、中東における政治的バランスや国際社会の世論を配慮し、歴代の米政権のいずれもが手を付けなかった決定です。東エルサレムを将来のパレスチナ国家の首都とすることを求めるパレスチナ側にとっては、到底認めることのできない事態です。エルサレムの地位をめぐって、パレスチナでは一挙に緊張が高まり、ガザ地区にあるイスラエルとの境界付近では今年3月からガザの住民が抗議デモを行っています。5月14日には幼い子ども含む60名以上がイスラエルの銃撃などで命を落としたというショッキングなニュースが飛び込んできました。(2018年5月16日現在)このような状況に強い危機感を持つアントニオ・グテーレス国連事務総長は、イスラエルパレスチナ双方に対して強く自制を訴えています。

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オリーブ山から見たエルサレムの旧市街 (2015) © UNRWA Photo

 

2)UNRWAの財政状況、危機に陥る

パレスチナ難民への支援に関しても、大きな打撃がありました。2018年1月16日、米国政府は、突然、UNRWAに拠出する予定の1億2,500万ドル(約140億円)のうち、およそ半分の6,000万ドルのみを拠出し、残りの6,500万ドルについては凍結する、と発表したのです。米国からの拠出金は、これまでUNRWA全予算の3割を占め、その多くがパレスチナ難民への支援の根幹となる教育、医療、福祉サービスという最重要分野に用いられてきました。

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ローマで開催されたUNRWA主要拠出国会議において、財政難にあえぐUNRWAへの緊急的な追加支援を求めるグテーレス国連事務総長 (2018年3月15日) ©FAO

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UNRWAの中学校で © 2010 UNRWA Photo by Shareef Sarhan

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エルサレムのアマリ難民キャンプのUNRWAクリニック © 2016 UNRWA Photo by Tala Zeitawi

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難民への食料配給の様子 © 2013 UNRWA Photo by Shareef Sarhan

翌日、ピエール・クレヘンビュールUNRWA事務局長は声明を出し「パレスチナ難民数百万人の尊厳、人間の安全保障が危機に瀕しています」と世界に訴え、このような拠出の凍結は人々の過激化を助長してしまうと警鐘を鳴らしました。グテーレス国連事務総長は、「大幅な予算カットによってUNRWAが存続できなくなれば、中東全体の安全が損なわれる」と国際社会に警告を発しました。

それから数か月後、私が訪れたUNRWA事務所で出会ったどのスタッフも、米国が決定した拠出の大幅削減について、大きな戸惑いと不安を感じていました。UNRWAは創設来最大の危機を乗り越えるため、米国政府に働きかけ、また、国際社会に対して支援を増やすよう粘り強く訴えています。これに対応するように、カタールサウジアラビアUAEがそれぞれ5,000万ドルの追加拠出を表明したほか、4月末には日本政府も1,000万ドルの追加支援を表明しましたが、UNRWAの資金難は未だ解消されていません。このままの財政状況が続くと、約50万人のパレスチナ難民の子どもたちが通うUNRWA学校が今年秋の新学期を開けない可能性もでてきました。UNRWAは今年に入ってからはソーシャルメディア「#尊厳を守る#DignityIsPriceless」キャンペーンを開始しており、パレスチナ難民の尊厳と希望を守るため、日本を含む世界からの支援が求められています。

2018年1月29日、クレヘンビュールUNRWA事務局長は「#尊厳を守る (#DignityIsPriceless)」キャンペーンを開始を宣言
 

広がるパレスチナ難民支援の輪と日本からの支援への期待

大きな試練に直面しているパレスチナ難民とUNRWA。今回の視察中、私はUNRWA の活動現場をじっくりと見る機会を得ました。高まる不安や脅威にも関わらず、ヨルダン、西岸地区、そしてガザでUNRWAの職員たちは最も脆弱な難民コミュニティーにサービスを提供し続けていました。実は、その職員の多くは自らも難民なのです。中東和平への道のりは遠のいたものの、日本を含む国際社会は現在、難民への支援を徐々に強めています。そこには政府のみならず、市民社会や個人も参加しています。次回からは、その支援の様子について詳しく報告していきます。お楽しみに!

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「 #尊厳を守る ( #DignityIsPriceless )」キャンペーン( https://www.securite.jp/unrwa

UNRWAパレスチナ難民の尊厳と希望を守るため、皆さんの支援を求めています。

こちらのビデオもご覧ください

  

 


  

 

アウトリーチ拠点としての図書館と持続可能な開発目標(SDGs)

〜国連寄託図書館の研修会を開催しました〜

こんにちは。国連広報センターで国連寄託図書館を担当している千葉です。

3月1日‐2日、国連広報センターは国連大学ライブラリーとの共催のもと、国連寄託図書館の年次研修会を開催しました。

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一年に一度開いているこの研修会については、5年前にも綴らせていただいたことがあります。その際は、研修の内容に加えて、国連寄託図書館の成り立ちや歴史をご案内しました。そもそも国連寄託図書館とはどんなものなのか知りたいというみなさまにおかれましては、そちらのブログをあわせてお読みいただければ幸いです。

国連寄託図書館をご存知ですか?

今回は、国連広報センターが近年、図書館との関係で考えたり、取り組んだりしていることに話しを及ばせながら、ご報告したいと思います。

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国連大学ライブラリーで

(はじめに)
まずは国連寄託図書館をめぐる背景からご説明します。

情報のデジタル化が進む現代において、社会を形作るすべてのもの、人、組織がその影響を受け、変容しています。記憶の機関とも呼ばれ、情報資源を収集しアクセスを提供してきた図書館でもまさに深淵な変容が進行中です。

当然ながら、国連寄託図書館も時代の趨勢と無縁でなく、ニューヨーク国連本部から紙媒体の資料を収受し配架して閲覧に供することを中心にした活動はもはや過去のものです。もちろん途上国ではまだインターネットの普及が困難な地域も多くありますし、紙媒体の重要性が一概に否定されるものではありません。しかし、その他の組織や団体がそうであるように、国連も今、デジタル情報の発信をもっとも重視し、世界各地の国連寄託図書館に対しても、デジタル化への対応とともに、アウトリーチ活動の充実化を促しています。

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SDGs関連書籍陳列/各種お知らせ、北海道付属図書館で

デジタル化時代の国連寄託図書館の活動、国連との関係の在り方については、さまざまな課題もあって、現時点で、まだ国連本部から具体的な活動指針を示しきれているとは言えません。しかし、それぞれの国・地域において「知の宝庫」であり続けるとともに、最近ますます、人々の交流の拠点、アクティブラーニングの場としての存在感を増している図書館とのパートナーシップは、国連にとって大きな財産であり、今後の図書館のアウトリーチ拠点としての活動に国連は大きな期待をしています。

世界各地の国連寄託図書館もその方向性に概ね賛同しています。2014年4月から9月にかけて、国連が世界各地の国連寄託図書館から幅広く集めたコメントや意見をみると、国連寄託図書館の多くがその歴史や専門性に誇りを持ち、その活用をもとにした情報提供やアウトリーチ活動の展開に高い関心を示していることがわかります。

国連広報センターが図書館の皆さんに研修の場を提供している背景にはこうした状況があります。

<研修内容のご紹介> 

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国連大学ライブラリーの多目的スペースで

さて、今回の研修についてご案内してまいりたいと思います。

二日間のさまざまな研修プログラムを、「知識・理解の向上」と「つながり」という二つの観点から整理してご案内いたします。まずは、「知識・理解の向上」として、研修の中心に組んだSDGsと人権に関する二つの講演について、その次に、「つながり」として、国連諸機関からの研修へのご協力や研修を通じたさまざまなつながりの広がりについてご紹介いたします。

(知識・理解の向上)
今年は、「持続可能な開発目標(SDGs)」と「人権と国連」についての二つの講演をご用意し、国連にとって大切なこれらの課題の理解を確かにしていただくことに焦点をあてました。

-持続可能な開発目標(SDGs
国連が今、その推進にもっとも力を入れているSDGsは、地球的諸課題の解決に向けて、経済、社会、環境の3側面を統合し、さまざまなパートナーの間をつなぐ共通言語です。SDGsこそ、今回の図書館研修の柱となる「つながり」を体現するものといえるかもしれません。

国連広報センター所長の根本が自ら講演を行いました。

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国連広報センター所長 根本かおる

2015年9月に国連総会で採択された「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ(Transforming Our World: the 2030 Agenda for Sustainable Development)」が私たち人間の直面する諸課題の解決の展望を描くとともに、その実現のための目標を「持続可能な目標(SDGs)」として提示したこと、その17の個別の目標はそれぞれ有機的なつながりがあること、その目標達成のためには、途上国、先進国を問わず、国家や企業、市民社会など、さまざまなステークホルダーがともに役割を果たしていくことが大切であること、地域コミュニティーが重要であることなど、国連制作の映像をお見せしながら、根本は包括的にご説明しました。 

また、国内の取り組みについて話を及ばせるなかで、根本は「未来を変える目標 SDGsイデアブック」という一冊の本をご紹介しました。この本は、SDGsの達成に向け、国内外の問題解決のためのさまざまなアイデアを紹介している教材(全176ページ)で、一般社団法人のThink the Earthが作成したものです。その中には、SDGsの目標をデザインしたアイコンのワークシートも付録としてついて、それを使った主体的・対話的な学び方なども提案されています。Think the Earthから研修会にご参加いただいた理事で編集ディレクターの上田壮一さんに根本からマイクをお渡しして、SDGs for Schoolプロジェクトのもとに、クラウドファンディングで集めた資金で本を作成し、入手を希望する学校に一クラス分の40冊を寄贈していることをご説明いただきました。5月から一般販売も開始されるそうですが、今回の研修をご縁として、各図書館にも一冊ずつ寄贈していただけることになりました。

講演のおわりに、根本は図書館の皆さんにSDGsの啓発促進のためのアウトリーチ活動の協力をあらためて訴えました。

-人権と国連

人権は、「誰一人取り残さない」というSDGsの合言葉にも通じ、そのすべての目標に共通するもっとも大切な課題です。とくに、今年は世界人権宣言70周年。この記念すべき年に、皆さんに理解しておいていただきたい重要なテーマでした。

「人権と国連」に関する講演は、桜美林大学の滝沢美佐子教授にお願いしました。滝沢教授は、「国際人権基準の法的性格(国際書院、2004年)」という書籍をはじめ、人権について多数の論文を執筆されている専門家です。

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滝沢美佐子教授

人権とは、人間がただ人間であることにより、固有な尊厳や生命に基づいて、誰も有する侵すことのできない永久の権利であること、人権の歴史、世界人権宣言の採択から現在にいたるまでの人権の歩みと国連の取り組みの歴史、そして、その課題などについて、わかりやすく解説していただきました。

ご講演の後半では、“A World Made NewEleanor Roosevelt and the Universal Declaration of Human Rights” (By MARY ANN GLENDON, Random House)、『“Can Human Rights Survive?“(By Conor Gearty, Cambridge University Press)』、『こどもの権利を買わないでープンとミーチャのものがたり(大久保真紀著、自由国民社)』、『無国籍(陳天璽著、新潮文庫)』、『重い障害を生きるということ(高谷清 著、岩波新書)』、『ルポ京都朝鮮学校襲撃事件-ヘイトクライムに抗して(中村一成著、岩波書店)』、『闘争のための権利(イェーリング岩波書店)』など、図書館の皆さんに人権に関係するいろいろな本を幅広くご紹介いただきました。

本を介して、人権と図書館がつながりました。

(つながりを大切に)
二日間の研修では、国連広報センターと国連寄託図書館とのつながりを再確認・強化するとともに、国連寄託図書館のつながりの地平を大きく広げていくことをめざしました。研修全体に共通するキーワードが、つながり、でした。

-国連広報センターとのつながり
国連広報センターは毎年、この研修に所長の根本以下、職員全員で臨んでいます。

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国連広報センター所長 根本かおる

 

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国連情報の発信において大切なパートナーである図書館の皆さんにお集りいただく研修会は私どもにとって、一年に一度、その活動に感謝の気持ちを直接お伝えする良い機会でもあります。今年も職員から謝意をお伝えするとともに、それぞれ自分が担当する仕事の領域から、アウトリーチ展開にお役に立つと思われるポイントをご案内しました。

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 国連大学本部ビル内の会議室で、実践共有


国連寄託図書館の皆さんからは、この一年間を振り返って、それぞれ、どのような活動をされ、またどんな課題を感じてきたかなどについて、お話しを伺いました。普段、館員の皆さんと私たちのやりとりは電話やメールで行われていますが、お互いに息遣いの聞こえる距離で、つながりをつよく確認しあい、また一層の強化をはかることができました。

 

-国連諸機関とのつながり

今回の研修会では、国連大学(UNU)、ユニセフ、国連開発計画(UNDP)、国連人口基金UNFPA)、国際労働機関(ILO)、国連工業開発機関(UNIDO)というさまざまな国連機関の日本の事務所や、日本の環境省との共同プロジェクトである地球環境パートナーシッププラザ(GEOC)などのご協力を得て、その広報を担う職員の方々から、図書館の皆さんにそれぞれの機関の活動や旗艦刊行物を紹介していただきました。

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今回ご協力いただいた機関はすべてUNU本部ビルに事務所を構えておられ、「ひとつの国連(ONE UN)」を象徴する実践ともなりました。図書館の皆さんにとっては、異なるイシューを扱う国連諸機関の活動を知り、諸機関とつながりをつくっていただく良い機会となりました。それぞれの機関のブリーフィングが終わった後、講師を務めていただいた職員の皆さんの前にはつながりを求める館員の皆さんの名刺交換の行列ができました。

-国連寄託図書館同士のつながり
二日間にわたって密に組まれた研修プログラムでしたが、その合間を縫って、館員の皆さんの間では、自然発生的に情報交換が行われ、それぞれの地域の図書館の現状や計画などについて積極的に話し合う様子がみられました。こうして国連寄託図書館の館員の皆さん同士が気軽に経験共有できる関係ができたこともまた、この研修会の大切な成果の一つです。

-そのほかの図書館とのつながり
国連広報センターは以前から、少しずつではありますが、国連寄託図書館のネットワークを維持、強化するとともに、それを超えて、大学図書館公共図書館の区別なく、その他の図書館とのゆるやかなつながりを広げてきました。国連広報センターとのつながりは国連寄託図書館としての指定を意味するものではありませんが、今回、研修会をそうした図書館にも開放したところ、年度末の忙しい時期ではありながら、日比谷図書文化館、東洋大学武蔵野大学、玉川学園マルティメディアリソースセンター、ウィメンズプラザ図書資料室、人権教育啓発推進センター人権ライブラリーの6つの図書館/資料室からご参加いただきました。

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武蔵野プレイスで、斉藤館長(写真中央)の説明を聞く

国連寄託図書館の研修プログラムで毎年恒例となっていることの一つは、あらたなつながりと学びを求めて、国連寄託図書館の皆さんとご一緒に、その他のさまざまな図書館をお訪ねするということです。

今年訪れたのは、武蔵野市立「ひと・まち・情報創造館 武蔵野プレイス」でした。武蔵野プレイスは図書館を中核にしながら、生涯学習支援、市民活動支援、青少年活動支援の4つの機能を融合させたユニークな複合機能施設で、全国的にも有名な図書館です。さまざまな機能のつながり、まちづくり、福祉、教育などさまざまな分野の横断的な交流促進、各階のそれぞれのルームからルームへのつながりなどがよく考えられた図書館で、その取り組みに大いに学ばせていただきました。

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 武蔵野プレイスの取り組みに学ぶ

<研修会、閉会>
こうして、さまざまなパートナーの協力を得て、今回の研修は例年どおり、あるいはそれ以上に充実し、つながりが強化され、広がりました。二日間のプログラムがすべて終了すると、館員の皆さんは当日すぐにそれぞれの持ち場へと帰っていかれました。図書館の皆さんには、これからまた一年間、それぞれの地域で、SDGsをはじめとして、国連とその活動に関する情報提供にご尽力いただくことになります。次回の研修でまたお会いして、いろいろな活動の様子をお聞きすることが楽しみです。

最後になりますが、研修会の開催にあたっては、共催者である国連大学ライブラリーの勝美さんと近松さんのお二人にたいへんお世話になりました。あらためて、この場を借りて、深くお礼を申し上げたいと思います。

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国連大学ライブラリーの勝見道子さんと近松美幸さん、左から

~あとがき~ 

12年前、個人的に図書館に随分お世話になったことがあります。小学三年生になったばかりの娘が身体を悪くして、一年間以上、学校を長期欠席せざるを得なくなったときのことです。今まで通りクラスで友だちと一緒に勉強したり、遊んだりすることができなくなって、泣いてふさぎ込む我が子をみて、父親として、せめて何かしてやれることはないかと、学校生活を追体験してあまりあるような本を好きなときに好きなだけ読めるよう、とにかくたくさんの本を図書館から借りてくることにしました。週末になると、大きな袋を持って、地域の図書館に行って制限冊数ぎりぎりまで借りてきては、翌週、娘が読み終えると返却し、かわりにまた新しい本を借りてくるということを繰り返しました。それらの本のほとんどは児童書、児童文学でしたが、気がつくと、いつのまにか、一千冊近い本を借りていました。本たちは娘に国語力にとどまらない、生きる力を与えてくれました。

SDGsとは無縁の話だと思われるかもしれません。でも、振り返ってみると、子どもを対象にした本であっても、扱っているテーマは結構幅広く、そうした本の多くはSDGsの17目標のいずれかとつながるテーマをもって書かれていたように思います。

当時、もしもSDGsがすでに決まって、ロゴやアイコンもデザインされていて、本ブログでご紹介した「SDGsイデアブック」に付いたワークシートのカードなどが手元にあったとしたら、小学生の娘は興味をもって、借りてきた本の多くにそれを使って彩りを加えていたかもしれません。図書館への返却のたびに、それらを取り除くのにちょっと面倒な思いもしたかもしれませんが、その分だけ、地球と人間の現状と未来に視野を広げ、深い学びの喜びを感じていたのではないかなと思います。

今年成人式を迎え、今は東北被災地でのボランティア活動に励む元気な娘を少し眩しく感じながら、当時脆弱な立場にあった一人の小学生を取り残さずに支えてくれた図書館、そして、数々の良書へと誘っていただいた司書の方々への深い感謝をあらたにするとともに、国連寄託図書館、そのほかのさまざまな図書館、そして、そこに収蔵された多くの本とSDGsのつながりに想像をめぐらせました。

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(千葉のブログを読む)
「持続可能な開発目標(SDGs)と初等教育~八名川小学校をお訪ねしました」
「国連事務局ヤング・プロフェッショナル・プログラム(YPP)をご存知ですか」
「佐藤純子さん・インタビュー~国連の図書館で垣間見た国際政治と時代の変化~」
「北海道にみた国連につながる歴史ー国際連盟と新渡戸稲造」
「国連学会をご存知ですかー今年の研究大会に参加してきました」
「沖縄の国連寄託図書館を想う」
「国連資料ガイダンスを出前!」
「国連資料ガイダンスをご存知ですか」
「国連寄託図書館をご存知ですか」

シリーズ:モルディブで、サステナビリティーについて考えた(第5回)

国連広報センターの根本かおる所長は、2018年3月10日から16日、インド洋の島国モルディブを訪問し、気候変動対応の最前線や国連の活動などを視察しました。温暖化による異常気象や海面上昇が人々の暮らしに影響を及ぼしているモルディブで、サステナビリティーについて考えたことをシリーズでお伝えします。

連載第5回・最終回 日本女性特有のしなやかさで 国連システムをとりまとめる

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モルディブの民族衣装姿で公式行事でスピーチする野田章子さん UN Maldives Photo

今回のモルディブ訪問では、たった一週間の滞在ながら、離島の視察も含め、政府・国連機関・自治体・民間企業・外交団・市民団体・若者・女子学生・エコリゾート・女性のロールモデル的存在など、様々な立場のアクターたちから話を聞き、モルディブの実相に触れることができました。国連開発計画(UNDP)モルディブ事務所 常駐代表で、モルディブで活動する国連機関をたばねる立場にある 国連常駐調整官 も務める野田章子(のだ・しょうこ)さんと、彼女を補佐官として支える大阿久裕子(おおあく・ゆうこ)さんの存在があったからこそ実現したと言っても過言ではありません。

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ラーム環礁で。自治体の長(中央)、野田さん(左から4人目)、大阿久さん(左端)

モルディブに着任してから3年半になる野田さんは、UNDPのトップとして気候変動へのレジリエンスを高めるコミュニティー中心型のプロジェクトや津波避難訓練などを推進するのはもちろんのこと、UNDP、UNICEF、WHO、UNFPA、IOMなどモルディブで活動する国連の組織を束ねる国連常駐調整官の立場として「United Nations Development Assistance Framework (国連開発援助枠組み)2016-2020」の取りまとめでリーダーシップを発揮してきました。

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長年の功績が認められ、2017年、中曽根康弘賞の優秀賞を受賞 UNDP Tokyo Photo

ここ最近は国連常駐調整官としてニューヨークの国連事務局本部やジュネーブ国連人権高等弁務官事務所との調整の仕事が忙しくなっています。というのも、日本でも報道されたように、昨年後半からモルディブが度重なる反体制派の拘束や国家非常事態宣言の発動などで政治的混乱に陥っており(国家非常事態宣言は3月22日に解除)、様々なプレーヤーから情報収集しながら国連としての対応が求められるからです。

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インド大使とモルディブ情勢について意見交換 UNIC Tokyo Kaoru Nemoto

国連常駐調整官事務所に在籍する「平和と開発」に関するアドバイザーや人権担当官のサポートを受けながら、機微に触れる事項に関して、ニューヨークの国連事務局本部やジュネーブ国連人権高等弁務官事務所などとのきめ細かな調整が欠かせません。私の出張の直後の3月下旬には、ニューヨークの国連政治局からモルディブ担当者の訪問の受け入れがあり、関係者との会談が相次ぎました。

野田さんの提言がニューヨークの国連事務総長の名前で発出されるモルディブ情勢に関する声明に反映されることもあります。人権や民主主義に関する国連の立場を守りつつ、同時に現地において政府と国連との間に良好な関係を維持しなければならないという非常に難しいバランス感覚が求められる、神経を使う仕事ですが、大きなやりがいを感じながら任務にあたっています。

海岸通りに面したビルにある事務所の利点は、窓からの素晴らしい海の風景です。気が張る仕事の合間に景色に目をやることで、困難なことにも前向きに取り組む活力を保つことができます。

 モルディブの人々へのリスペクトを形で表現したいと、野田さんは公式行事などでは進んでモルディブの民族衣装を着ることを心がけています。事務所のワードローブには色鮮やかな民族衣装の数々がありました。

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事務所に、公式行事で着用するモルディブの民族衣装をそろえている UNIC Tokyo Kaoru Nemoto

また、「大学時代はマスコミに就職したいとも考えたことがあった」と語る野田さんは、モルディブの人たちに対して国連の活動に関心を持ってもらうことが肝心と考え、積極的にマスコミに登場すると同時に、ツイッター を通じてソーシャル・メディアで発信しています。

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モルディブのインタビュー番組(DhiTV)”Fourth Estate programme”に出演(2015年9月3日) UN Maldives Photo

そうした広報重視の姿勢があってこそ、世界的に人気のあるテレビドラマシリーズ『ゲーム・オブ・スローンズ』で有名なニコライ・コスター=ワルドーUNDP親善大使を招聘し、モルディブの状況を視察してもらいました。国連の現地スタッフをはじめ、モルディブ中の人たちが大歓迎したとのことで、一気にUNDPの認知がポジティブに広がったと言います。

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2017年10月、ニコライ・コスター=ワルドーUNDP親善大使とともに、ラーム環礁マーメンドゥー島の学校での「緑のカーテン」プロジェクトを視察 UNDP Maldives Photo

今回の連載でも野田さんが撮影した美しい写真を多数活用させていただいていますが、駐在しているからこそ撮影できる写真をたくさん撮りためています。政府との関係で難しい舵取りを任されている中で、広報発信を通じて世論を味方につけ、携帯通信会社など若い年代へのリーチに強い民間企業と関係を築いてユースにリーチすることも野田さんが力を入れていることです。

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モルディブの大手携帯通信会社トップと。この会社は若者を対象に動画コンテストやリーダーシップを養うためのワークショップをUNDPとともに開催 UN Photo Shamha Naseer

エネルギーの塊のような野田さんにとってストレス解消は、自宅で飼っている2匹の猫、たまとふじとの時間を大切にすることと、夫との朝のジョギングで野良猫に餌をやることです。散歩やジョギングは、2平方キロメートルの土地に10万人がひしめき合ってごみごみしたマレ島ではなく、混雑緩和のために作られた人工島のフルマーレ島に住んでいるからこそできることでもあります。 

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飼い始めて9年になる「たま」とは、モンゴル、日本、ネパール、モルディブと4カ国を一緒にまわってきた UNIC Tokyo Kaoru Nemoto

フルマーレ島では、行政サービスの効率的な提供や気候変動や異常気象を理由に移住する人たちが移り住むことも見越して、まさに野田さんのマンションの目の前でさらなる拡張工事が行われています。事務所のあるマレ島まではフェリーで20分程度。オンとオフの切り換えに最適、と野田さんはいいます。

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自宅マンションのテラスからフルマーレ島の拡張工事現場を臨む UNIC Tokyo Kaoru Nemoto

UNDPモルディブ事務所と国連常駐調整官事務所の職員は約7割が女性で、野田さんを筆頭に、国際スタッフも現地スタッフも、女性たちがそれぞれにプロ意識を持ちながら生き生きと仕事をしている姿が印象的でした。ラーム環礁への出張でサポートしてくれた現地スタッフのアザフさんは、まだ幼い娘のアムラちゃんを預ける先がなかったため、アムラちゃんを連れて出張していました。出張先でアムラちゃんを知人に預けて仕事をしていましたが、こうした柔軟性のある対応も野田さんの理解があってのことです。 

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ラーム環礁のスピードボートでの、アザフさんとアムラちゃん UNIC Tokyo Kaoru Nemoto

若手の国連機関の正規職員への登竜門であるジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO)の大阿久裕子さんは、国連常駐調整官としての野田さんを補佐官として支えています。ちなみに野田さんも私も、このJPOを出発点に国連でのキャリアをスタートしました。

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同僚と談笑する大阿久さん(右)。職場では女性たちが活躍している UNIC Tokyo Kaoru Nemoto

国際NGOピースボート」、そして国連ボランティアとしてスーダンでの勤務経験を持つ大阿久さんは、2016年2月からモルディブで活動する国連機関の横の連携を調整しながら野田さんをサポートしています。

最後に、野田さんは日本出身の国連職員として日本に対して抱いている思いや日本への期待についてこう語っています。

日本でも、特に最近の政治情勢や中国の進出、気候変動の関連でモルディブのことがマスコミで取り上げられることが増えてきました。野田さん、大阿久さんという日本出身の国連スタッフがモルディブの人々に寄り添いながら献身的に活動しているということを覚えておいていただきたいと思います! 

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モルディブ訪問の締めくくりに3人でスナップ写真を UNIC Tokyo

 

シリーズ:モルディブで、サステナビリティーについて考えた(第4回)

国連広報センターの根本かおる所長は、2018年3月10日から16日、インド洋の島国モルディブを訪問し、気候変動対応の最前線や国連の活動などを視察しました。温暖化による異常気象や海面上昇が人々の暮らしに影響を及ぼしているモルディブで、サステナビリティーについて考えたことをシリーズでお伝えします。

連載第4回 モルディブで出会った女性のロールモデルたち

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モルディブで女性初のスキューバダイビングのPADIコース・ディレクターになったズーナさんをインタビュー UN Photo Yuko Oaku

今回のモルディブ訪問で出会った中で輝いていたのは、何と言っても女性たち、そして女の子たちでした。これまでの連載でも、野田章子国連常駐調整官をはじめ、マーバイドゥ―島で清掃活動に携わる女性たち、リゾートホテル「シックスセンシズ ラーム」のサステナビリティー担当官のメガンさん、マーメンドゥー島の学校で「緑のカーテン」プロジェクトを誇らしげに案内してくれた少女、そしてうつで苦しむ人々へのオンラインでのサポートを提供しようとするシバさんをご紹介しました。しかしながら、社会としてはまだまだこの国の女性たちは多くの制約に直面しています。

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モルディブの領域の99パーセントは海 UN Photo Shoko Noda

訪問を通じて、モルディブには特有の社会の複雑さがあると感じさせられました。一人当たり国民総所得が1万ドルを超えて中進国の仲間入りをし、人口の3倍にのぼる外国人観光客を受け入れ、「一島一リゾート」を基本に一泊1000ドルもする高級リゾートホテルが自己完結型で離島に開発され、しかしながらその隣の島で暮らす現地の人々は飲み水の確保にも苦労しているという現実があります。また、建設工事現場などでの肉体労働については、モルディブ人ではなく、バングラデシュなどからの移住労働者が担っているという二重構造があります。

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離島の風景 UN Photo Shoko Noda

観光で訪れる女性たちは肌をむき出しにした格好に躊躇がありませんが、モルディブ人は100パーセントがイスラム教徒で、女性は服装はもちろんのこと、社会的な役割に大きな制約があります。

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マレのビーチ。女性は服のまま水に入る。後ろは中国が進めるマレ島と空港島とを結ぶ橋の建設 UNIC Tokyo Kaoru Nemoto

そんな中で今脚光を集めているのが、20年以上の経歴を持つ著名なダイビング・インストラクターで、スキューバ・ダイビングの国際的な教育機関PADIでコース・ディレクターの資格を2017年にモルディブ人女性として初めて取得したズーナ・ナシームさんです。その功績から、今年の国際女性デーに政府から表彰を受けています。

 (国際女性デーに、女性の優れた功績を顕彰するRehendi Awardを受賞したズーナさん。若者・スポーツ担当省のツイッターより)

国連開発計画(UNDP)親善大使で俳優のニコライ・コスター=ワルド―さんが昨年10月モルディブを訪問した際にも、ズーナさんの取り組みに触れる機会があり、多くの刺激を受けたと語っています。 

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ニコライ・コスター=ワルドーUNDP親善大使とズーナさん。首都マレからフェリーで10分のヴィリンギリ島にあるズーナさんの Moodhu Bulhaaダイビング・センター にて UNDP Maldives Photo)

現在ズーナさんが力を注いでいるのが、子どもたちに海の豊かさを伝える体験型の出前授業です。海に囲まれていながらサンゴを直接見たことのない子どもたちも多く、その子どもたちに海に入ることを教えて海の豊かさに直接触れてもらう取り組みを、教育省や地元のダイバーたちと連携して行っています。先生たちや親の多くが海に入ることを知らないこともあり、彼らにも一緒に授業を受けてもらいます。

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(3月の講習にはBillabong High International Schoolから合計で生徒86人が参加した Billabong High International School 公式Facebookより) 

この 体験型出前授業 を通じて、生徒たちは海の素晴らしさに触れると同時に、気候変動の影響を受けて海水温が上昇してサンゴが白化してしまっていることや、プラスチックごみの問題の深刻さに気付かされます。私もズーナさんを案内役に彼女が拠点とするヴィリンギリ島でシュノーケリングをし、色鮮やかな様々な魚をはじめ、まだら模様のエイやマグロを見ることができましたが、サンゴは一様に白くなってしまっていました。 

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「私たちの講習を受けた子どもたちは『海のアンバサダー』となって、声を上げてくれるでしょう」と体験出前授業に大きな手ごたえを感じているズーナさんから、モルディブのダイビング・インストラクターの世界でプロフェッショナルな女性として生きること、そして海の豊かさを子どもたちに伝えることの大切さなどについてお話をうかがいました。

 

ズーナさんに出会った3月14日、UNDPモルディブ事務所と民間の携帯通信会社が共同で開いた女子高校生向けの国際女性デー記念ワークショップで、現地の女子高生たちにお話しする機会がありました。野田章子さんやパートナー企業の女性幹部の思いがあってこそ、このようなワークショップの開催が実現しています。

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野田章子さんは女の子たちのエンパワーメントに力を注ぐ UNIC Tokyo Kaoru Nemoto

世界経済フォーラムが2017年に発表した「グローバル・ジェンダー・ギャップ指数2017」で、日本は114位、そしてモルディブは106位です。「モルディブのほうが日本よりも少しランクが上で、両国の女性には共通の課題がたくさんあるんですよ」と前置きすると、女の子たちがびっくりした表情をしていました。

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自分のキャリアを中心に講演 UN Photo Yuko Oaku

自分自身が乗り越えてこなければならなかったハードルや次世代を担う女子たちへの期待についてお話すると、参加者の1人が「私のまわりの大人たちから、女の子はこれをしてはいけない、あれをしてはいけない、とうるさく言われてきました。どうしたら壁を打ち破れるのでしょうか?」と勇気を持って質問してくれました。

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勇気を出して質問してくれた女の子と Ashwa Faheem UNDP Maldives

モルディブには、ズーナさんという女性のダイビング・インストラクターとして尊敬を集める存在がいます。UNDPモルディブ事務所では、野田章子さんをはじめ、たくさんの女性たちが責任を持ってプロフェッショナルとして仕事をしています。きょうの会の運営も、女性職員が担っていますね。誰でもいいので、自分自身のロールモデルにできるような人を見つけて、その人の経験から学ぶことができるといいですね」とお話しすると、女の子たちがキラキラした目を会を率先するUNDP女性スタッフたちを向けていました。

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UNDPの現地職員の女性たちがワークショップをリード Ashwa Faheem UNDP Maldives

そして、ワークショップのハイライトは2つのチームにわかれてのグループ・ワーク。「もし自分が企業の役員で、その会社で女性活躍推進のためのマスコットキャラクターを作るとしたら?テーブルの上のツールを使って表現してください」をお題に、ワイワイがやがや、楽し気な声が響きました。

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グループワークでは議論白熱 Ashwa Faheem UNDP Maldives

Empower、encourage、confidence、supportというようなポジティブな言葉が多く飛び交っていたのが印象的です。こうした前向きなものの考え方に楽しみながら触れるグループ・ワークは、日本のチーム・ビルディングの現場でも使えるのではないでしょうか。

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このグループはマスコットキャラクターに、妻・母・職業人などのいくつもの役割が期待されて頭にいくつも重なる重しに、私は負けない、という気持ちを込めたという Ashwa Faheem UNDP Maldives

モルディブ特有の状況として注目されるのが、モルディブでの離婚率の高さです。一般的にイスラム圏で離婚は少ないのですが、モルディブは離婚率の高さでギネス記録に登録 され、2位のベラルーシ、3位のアメリカに大きく差をつけてのぶっちぎりの1位なのです。UNFPAモルディブ事務所の調査分析によると、15歳から24歳の年齢層の10パーセントがすでに2度から3度結婚を経験し、25歳から29歳では男性の14パーセント、女性の20パーセントが複数回結婚を経験しています。

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休日を楽しむマレの家族 UNIC Tokyo Kaoru Nemoto

度重なる離婚は夫婦にも子どもにも大きな心の傷を与えますし、経済的自立が難しい女性は、経済的な理由もあって再婚せざるを得ず、自尊心を傷つけることになるケースもあります。

「婚前交渉が禁じられていることは、家が狭くてプライバシーのないモルディブの人々が早くに結婚することに影響しているでしょう。コンドームなどの避妊具も、未婚者は入手できません。結婚しているという証明書を見せる必要があります。リプロダクティブ・ヘルス/ライツは一種のタブーのように見なされて学校で教えることはなく、何も知らないまま結婚してしまいます」と国連人口基金UNFPAモルディブ事務所のリツ・ナッケン代表とシャディヤ・イブラヒム副代表が語ってくれました。

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UNFPAモルディブ事務所のリツ・ナッケン代表(中央)とシャディヤ・イブラヒム副代表(右) UN Photo Yuko Oaku

こうした中、UNFPAモルディブ事務所では、マレで唯一若者に対してリプロダクティブ・ヘルス/ライツについて啓発を行っている Society for Health Education(SHE)と連携して、若者を対象に人気のオシャレなカフェでの 啓発イベント を開催しています。 

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Tatiana Almeida/ UNFPA Maldives

気軽に議論に参加できるよう、SNSを活用して匿名で回答できるリプロダクティブ・ヘルス/ライツに関するクイズを行い、議論を活性化します。「初めての性交渉だけで妊娠する? Yes or No?」などの質問への回答結果が、スクリーンに棒グラフで映し出されます(この質問には、かなりの数のNoがありました)。こうしたクイズを軸にアニメーターが笑いも交えながら参加者の意見を上手に引き出し、同時に正しい知識を提供していきます。 

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Tatiana Almeida/ UNFPA Maldives

性がタブー視されてオープンに話し合うことが難しい状況でも、テクノロジーの進歩がこうした啓発活動を可能にしていることに感動を覚えました!

シリーズ:モルディブで、サステナビリティーについて考えた(第3回)

国連広報センターの根本かおる所長は、2018年3月10日から16日、インド洋の島国モルディブを訪問し、気候変動対応の最前線や国連の活動などを視察しました。温暖化による異常気象や海面上昇が人々の暮らしに影響を及ぼしているモルディブで、サステナビリティーについて考えたことをシリーズでお伝えします。

連載第3回 モルディブの明日は、若者たちこそが担う

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自分たちのためのプロジェクトは自分たちで知恵を絞って考える L. Maamendhoo School提供

モルディブは人口のおよそ半分が25歳未満という国です。この連載でお伝えしてきた地球変動、異常気象、海面上昇、ごみ問題は、「これから」を生きる若者たちにこそ重くのしかかる課題だと言えます。今回の短い訪問で感じたのは、モルディブの若者たちは大人たちが決めてくれるのをただ待つのではなく、持続可能な明日を自分たちで作りだそうという気概にあふれているということでした。

連載第1回・第2回でもご紹介したラーム環礁のマーメンドゥー島は、国連の後押しを受けながら、島民議会がごみの分別と回収、そしてごみ処理の制度をいち早く確立しました。「自分たちのことは自分たちの手で」と考え行動する大人たちの背中を見て育ってきたこの島の子どもたちも、起業家精神に満ち溢れています。

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プロジェクトの説明も先生ではなく生徒が UN Photo Yuko Oaku

マーメンドゥー島の学校では、子どもたちのイニシアティブで校庭に緑の屋根が作られつつあるのです。せっかく校庭にあるのに、休み時間に校庭に出てスポーツをしたくても、暑さで頭が痛くなってしまう。そんな問題意識から、校庭を緑の屋根で覆って涼しくしたい、というアイデアが生まれました。

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マーメンドゥー島の生徒たちで、水タンクと緑の屋根と池とをつなぐコンセプトを考えた L. Maamendhoo School提供

プロジェクトには国連開発計画(UNDP)も支援していますが、コンセプトづくりは生徒たちがリードして行ったものです。ポンプで水をタンクにくみ上げてタンクから全体に水をまわし、残った水は校庭の池に戻し、池の水も再度タンクに、という形で循環させる仕組みのデザインと建設に、自分たちも関わったのです。

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池の建設も生徒たちが L.Maamendhoo School 提供

バドミントン用のネットが張られた校庭を、プロジェクトに携わった生徒たちが案内してくれました。「これから屋根にもっと緑を生い茂らせます。それから、水が通るパイプの部分に穴をあけて、そこでレタスの水耕栽培もする計画です」とのこと。生徒中心の取り組みが評価されて、首都マレでのマーケティング会議で生徒たちで事例紹介のプレゼンテーションをすることになっていると話してくれました。土地が狭く野菜をほぼすべて輸入に頼っているモルディブにおいて、コミュニティー単位で野菜を作ることのできる有効な事例でしょう。

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貯水槽から延びる青いパイプは、校庭をおおう屋根の「緑のカーテン」に流れ、また貯水槽へと循環する仕組みになっている UN Photo Yuko Oaku

生徒たちから話を聞いて大変関心したのは、連載第1回のストーリーでもお伝えしたように、地下水に塩分が含まれるようになってしまうなど飲み水の確保もままならない離島にあって、子どもたちが「水の循環」ということに意識が高いということです。

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マーメンドゥー島の生徒たち UN Photo Yuko Oaku

素晴らしいことに、マーメンドゥー島の学校の生徒たちが3月末に首都マレで開催された全国の学校対抗バドミントン大会の19歳未満の部で、見事優勝を果たした、とのニュースが飛び込んできました。

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L.Maamendhoo School 提供

以前は暑くてなかなか練習できなかったものの、このプロジェクトのおかげで暑さをしのいでトレーニングできた成果だと、感謝の言葉がUNDPに寄せられたとのことです。

離島の人たちが敏感なこととしてもう一つ挙げられるのは、津波の恐ろしさです。2004年12月のインド洋大津波では必死に木によじ登って助かったと話す人がいました。

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日本の援助で建設されたマレ島を取り囲む防波堤は,インド洋大津波から首都を守った UNIC Tokyo Kaoru Nemoto

日本などの提唱で2016年に11月5日を「世界津波の日」とすることが国連で採択され、津波に備えるための啓発活動 が世界各地で行われるようになっています。

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2018年3月モルディブ・ラー環礁ドゥバーファル島での津波避難訓練で生徒たちを避難誘導する教員 UNDP Maldives Photo

UNDPモルディブ事務所 では、日本政府からの財政支援を受けてUNDPがアジア太平洋地域で行う防災プロジェクトの一環として、モルディブ政府との連携で離島の学校を中心に津波避難訓練 を行い、どのように命を守るのか人々の意識に植え付けようとしています。

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遠藤駐モルディブ日本大使も参加し、訓練後に生徒から感想を尋ねた UNDP Maldives Photo

2017年9月に第1回の訓練をガーフ・アリフ環礁で行って以来、津波避難訓練をこれまでに5環礁6つの学校で実施 し、生徒・教員延べ2800名が参加しました。

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2017年9月ガーフ·アリフ環礁での第一回目の津波避難訓練で避難する小学生たち UN Photo Shoko Noda

小さな1200もの島々が南北およそ1000キロに広がる群島国家モルディブでは、津波が起こった際に他の島に逃げられず、救援物資を届けるにも輸送が大きな障壁になり、普段からのコミュニティーレベルでの備えと防災意識がカギを握ります。防災訓練の準備には生徒たちにも関わってもらい、今後はモルディブ政府側により強いリーダーシップを発揮して制度化してもらう必要があり、政府側に働きかけを怠りません。

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避難用持ち出しサックに入れるものを生徒たちで議論 UNDP Maldives Photo

国連の開催したコンテストを出発点に大きく羽ばたこうというモルディブ人の若い女性がいます。進学のために離島から首都マレに出てきたマリヤム・シバさん、22歳です。昨年、UNDPモルディブ事務所が民間企業などとの連携で開催する「Miyaheli ユース・イノベーション・キャンプ」の参加者募集の告知をフェースブックで見かけて応募し、同キャンプに参加して優秀者に選ばれたことで、大きく世界が変わりました。今は大学を卒業し、メンタル・ヘルスのためのウェブサイト「Blue Hearts」の立ち上げを実現しようと奔走する社会起業家です。

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マリヤム・シバさんと UN Photo Yuko Oaku

自分自身がうつに苦しんできたシバさんは、モルディブの離島ではなかなか専門家からメンタル・ヘルスのサポートを受けられず、緊急にカウンセリングや投薬などの治療を受けたくても首都マレまでの距離や専門家不足で予約が数ヶ月先になってしまうことなどを大きな問題だと感じてきました。うつによる知人の自殺が引き金になり、思いを行動に移そうと思い立ちますが、プロジェクト提案の仕方や資金の集め方などがわからず困っていたところで、Miyaheli ユース・イノベーション・キャンプの告知を見たのです。

シバさんは、自分のアイデアをプロジェクトとして成り立たせるためのノウ・ハウをキャンプの参加者やメンターたちから学び、それが大きな自信につながったことや、今後はメンタル・ヘルスのためのアプリ開発にも乗り出したいことなどについてインタビューで語ってくれました。そして、うつを一人で抱え込むのではなく、この病気と上手につきあっていく方法を見つけてほしいとも呼びかけます。

シバさんは3月末にUNDPがバンコクで開催する Youth Co:Lab Summit アジア・太平洋地域大会に招へいされ、私がインタビューした際にはその準備で興奮気味でしたが、なんとこのサミットで彼女のBlue Heartsプロジェクトが賞に選ばれた のです。アジア・太平洋地域から選抜された20の参加者の中で、Facebook上で一番多くの「いいね!」を集めたプロジェクトに贈られる「Popular Choice」賞を受賞しました。

自分と同じようにうつで苦しんでいる人々が容易にアクセスできるメンタル・ヘルスのサポートを提供したいとの願いから始まったプロジェクト提案が優秀者たちの集まりでも評価され、さらに大きな自信につながった ことと思います。

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バンコクで開催されたUNDP Youth Co:Lab Summit で「Popular Choice」賞に輝いたシバさん(右) UNDP Photo

シバさんとマーメンドゥー島の生徒たちの姿勢から、私自身、思いを形に変えるために一歩を踏み出す勇気の大切さをあらためて実感しました。素晴らしい刺激をありがとうございます!

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自主性と独創性にあふれたマーメンドゥー島の生徒たちと UN Photo Yuko Oaku



 

 

 

シリーズ:モルディブで、サステナビリティーについて考えた(第2回)

国連広報センターの根本かおる所長は、2018年3月10日から16日、インド洋の島国モルディブを訪問し、気候変動対応の最前線や国連の活動などを視察しました。温暖化による異常気象や海面上昇が人々の暮らしに影響を及ぼしているモルディブで、サステナビリティーについて考えたことをシリーズでお伝えします。

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美しいビーチはモルディブの財産であるはずが UN Photo Shoko Noda

連載第2回 プラスチックごみ、そして海面上昇と異常気象との闘い

今回モルディブには天気が安定していると言われる乾期を選んで訪問したのですが、首都マレから南部のラーム環礁の空港に着陸すると激しい土砂降りでした。

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ラーム環礁に到着すると、ゲリラ豪雨が UNIC Tokyo Kaoru Nemoto

「天気がこれまでの気象のパターンからはずれることが多くなったと地元の人たちも言っていますよ」と、モルディブに駐在して3年半になる野田章子国連常駐調整官 が言います。平坦で水はけの悪い土地ゆえに、すぐ大きな水たまりができてしまいます。

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強い雨が降るとすぐに水たまりが UNIC Tokyo Kaoru Nemoto

空港から車で30分ほどの港からさらにスピードボートに乗り、ごみ捨て場と化していた沼地をコミュニティーの力で再生させているというマーバイドホー島を目指します。

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野田章子国連常駐調整官とスピードボートでマーバイドホー島へ UN Photo Yuko Oaku

 途中、映画『スター・ウォーズ』が撮影されて「スター・ウォーズ・アイランド」と呼ばれるベラズドホー島があり、ここにリゾート・ホテルと宿泊施設を建設して開発することになっていると聞きました。

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映画『スターウォーズ』の撮影が行われ。「スターウォーズ・アイランド」と呼ばれるしまが UNIC Tokyo Kaoru Nemoto

人口およそ900人、長さ1.5キロ、幅0.5キロのマーバイドホー島は2004年にインド洋を襲った津波で大きな被害を受け、島の家々はその後援助団体の支援を受けて再建されたため、画一的な家並みになっています。

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左はモルディブ全域の地図、右は訪問したマーバイドホー島。島中央のS字型は沼地。

津波が起きた際には木によじ登って、何とか生きながらえることができました」と語る島民議会議長のアリ・ファイザルさんがコミュニティーの力で再生中の沼地に案内してくれました。

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マーメンドホ―島民議会のアリ・ファイザル議長 UN Photo Shoko Noda

この活動は気候変動などのリスクへのコミュニティーのレジリエンスを促すための 国連諸機関による統合型の支援プログラム(Low Emission Climate Resilient Development Programme、LECReD)  の支援を受けています。

 この水路は最近までごみ捨て場だった 根本かおる撮影 

「50年間ごみ捨て場だった場所がようやくここまできれいになって、魚も戻ってきました。この沼地は保全地域として保護し、マングローブの苗を住民で植え始めました。マングローブの林が戻れば高潮や海面上昇から私たちを守ってくれます」

 かつてごみ捨て場と化していた場所を女性たちが清掃して再生 根本かおる撮影 

干潟では女性たちが総出で清掃活動にあたっていました。島の女性たちは清掃活動やヤシの実の皮を柔らかくして紐を作って売るなど、コミュニティー活動に熱心です。

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紐づくりは島の女性の仕事。ハンモック風の椅子はモルディブ各地で見かける UNIC Tokyo Kaoru Nemoto

島の反対側ではごみ捨て場の代替地として、国連開発計画(UNDP)のサポートを受けてごみ処理場が建設中です。

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同じラーム環礁のマーメンドホ―島では、一足早く国連からの支援を活用して住民主導でごみ処理場が稼働していて、これが一つのモデルになります。国連ではラーム環礁の11の住民が暮らす島にごみ処理場を作り、回収システムの整備を後押しすることになっています。

 ラーム環礁マーメンドホ―島のごみ処分場 根本かおる撮影 

連載第1回 で紹介したマーメンドホー島で島民議会のメンバー中心で進められたこのプロジェクトは、まず新しいごみ回収システムに関する説明会を開き、住民のごみ回収や処理に関する知識を高めることから始まりました。このような努力が実り、現在では島のすべての住民や企業が毎月およそ8から10ドル程度の使用料を支払い、専属の職員を雇い、ごみ処理のシステムが運営されています。

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マーメンドホ―島ではごみの分別が進む UNIC Tokyo Kaoru Nemoto

首都マレでは分別はなく、すべてのごみをごちゃ混ぜにしてごみ出ししますが、マーメンドホー島では先駆けて、燃えるごみ、堆肥を作るための生ものごみ、グラスやプラスチックなどのリサイクルごみを色別のごみ箱に分別して処理しています。

ごみ処理場の完成を待つマーバイドホー島ではこのようなごみ回収のシステムができておらず、夕方の涼しい時間帯になると女性たちが手押し車いっぱいのごみをすぐ脇にごみの仮置き場に捨てにやってきます。

夕方涼しくなると、女性たちがごみを仮置き場に捨てにくる 根本かおる撮影

その仮置き場のすぐそばでは、海岸線の浸食により何本ものヤシの木が倒れていました。ごみ捨て場としては理想的とは言えない場所かもしれませんが、面積の限られた島では場所の確保は容易ではありません。

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ごみの仮置き場のすぐ脇では海岸浸食が UNIC Tokyo Kaoru Nemoto

 地下水に海水がまじって飲み水に使えなくなる中、人々はプラスチック容器に入ったミネラル・ウォーターに頼らざるを得ず、島はプラスチックごみだらけになっています。美観・生態系・国民の健康を脅かすプラスチックごみの処理が国をあげての喫緊の課題となり、モルディブではすべての学校に対して、今年4月からビニール袋やプラスチック容器の持ち込みを禁止することが定められました。

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美しい島のもう一つの現実 UNIC Tokyo Kaoru Nemoto

 海洋保護団体のParley for the Oceans は、モルディブ国内の地域コミュニティーやリゾート・ホテルなどと連携して海洋プラスチックごみを回収する活動を行っています。国内各地からごみが首都マレのParleyの作業場に集められ、プラスチックごみの選別が行われていました。

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Parleyのマレ事務所での選別作業 UNIC Tokyo Kaoru Nemoto

モルディブだけでおよそ1年間で700トンを超えるプラスチックごみを回収し、これを台湾に輸出して再利用に役立てています。ある有名スポーツ用品メーカーはParleyとの連携により、回収された海洋プラスチックごみや漁網を再利用した素材を使ったランニングシューズ を作っています。報道によると好調な売り上げで、すでに100万足以上を売り上げた、とのことです。 

訪問したマーバイドホー島を昨年8月に襲った高潮の際の写真と動画を見せてもらいました。島全体が海水に浸かり、島民が総出で水抜きを行い、ガレキやごみの撤去を行っていましたが、自然の巨大な破壊力を前に人間に一体何がどこまでできるのだろうとも考えさせられます。

2017年8月にマーバイドホー島を襲った高潮 マーバイドホー島島民議会提供

現に、ラーム環礁内でも人々の移住が進められ、小さなガードホー島から移住した人々のための家が比較的大きいフォナドホー島に設けられていました。私が話を聞くことができた人は、「私の家族は、子どもの今後の教育のことを考えてガードホー島からフォナドホー島に移りましたが、自主的ではなく、むしろ強制的に渋々移った人たちもいます。役所勤めだった人は同様の仕事に就くことができましたが、そうではない人たちは仕事を見つけるのも大変です」と語ってくれました。

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ラーム環礁の小さな島から他島に移住を余儀なくされた人々の暮らす住宅 UNIC Tokyo Kaoru Nemoto

翻って首都圏では巨大な開発工事が進みます。人口過密状態の首都のマレ島からフェリーでおよそ15分のところに作られた人工島のフルマレ島。過密化したマレ島からの移住地として始まったフルマレ島ですが、そのさらなる拡張工事は、基本的な行政サービスを効率的に提供することと並び、温暖化による異常気象や海面上昇などで移住を迫られた人たちの受け入れ先とすることも念頭にしていると言います。

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手前から首都マレ、空港島、フルマレ島。フルマレの埋め立てがさらに進むのがわかる。モルディブの1人あたり国民総所得は1万ドルを超えた UN Photo Shoko Noda

気候変動に関する政府間パネルIPCC)の評価報告書によると、今世紀末までに代表濃度経路シナリオによる予測で、0.3~4.8℃の範囲に海面水位の上昇は0.26~0.82メートルの範囲に入る可能性が高いとされ、国の海抜が平均で1-1.5メートル、最高でも2.4メートルのモルディブにとっては死活問題です。

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 フルマレ島の拡張埋め立て工事。右はインド洋の外洋 UN Photo Shoko Noda

日本政府が多額の拠出を行っている多国間基金の「緑の気候基金(Green Climate Fund)」は開発途上国温室効果ガス削減(緩和)と気候変動の影響への対処(適応)を支援するため、気候変動に関する枠組条約(UNFCCC)に基づいて資金を供与するシステムを運営していますが、この「緑の気候基金」からモルディブで気候変動のリスクを負う10.5万人の島民に安全な水を安定的に供給するプロジェクト についておよそ2400万米ドルの支援が行われることになっています。

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マーバイトホー島でコミュニティー活動に精を出す女性と UN Photo Yuko Oaku

温暖化に端を発する海面上昇、台風の大型化・高潮の頻発などの異常気象は、モルディブのような小さな島嶼国をまず直撃するとともに、さらには沿岸部に人口や経済活動が集中する日本のような先進国にも被害をもたらすことになります。先進国や中国などによる温室効果ガスの排出の影響が、その排出にほとんど関わっていないモルディブの人々の暮らしを脅かしている状況に何とも居たたまれない気持ちになってしまいますが、是非多くの方々に「連帯の気持ち」を持ってもらえればと思います。